ひみつのともだち

茶野森かのこ

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「あ!コロだ!」
「舞、急に走らないで」

そんな風に、エラの小言に右往左往しながらもコロと戯れていると、公園の入口から元気な声が聞こえてきた。真由と舞だ。
元気に駆けてくる少女は、舞。保育園の制服を着て、黄色い鞄を斜めに肩から下げている。
さすが商店街の人気者のコロだ、おさげ髪を揺らす舞はコロに一目散で、コロは早速舞にじゃれている。

「真由姉、久しぶり」
「…久しぶり」

遅れてやって来た真由に和真が声を掛けると、真由は疲れた様子で笑った。ボブの髪も、化粧もおざなりで、やつれた印象が否めない。カーディガンを羽織り、シャツとパンツといったラフな装いは、先程まで仕事をしてきた事が窺える。
朝から夕方まで働いて、また夜もパートに出かけていくと、以前言っていた事を思い出す。真由の家の生活状況は分からないが、それでようやく生計が立てられているのだとしたら、苦しい状況だろう。

和真は、何も力になれない自分に、もどかしさが募るのを感じていた。

「コロのお散歩?」
「…うん。最近、真由姉見かけないから皆心配してるよ」
「ごめんね、忙しくて」

また、そうやって笑う。心配かけないように、という気遣いなのは分かるが、和真はその笑顔にどうしても距離を感じてしまう。真由とは幼なじみで、真由の両親にも和真はよくして貰っていた、家族ぐるみで仲が良かった。和真だって、忘れてしまった訳じゃない。真由の両親との思い出は、まだ鮮度を持って手の届く場所にある、また二人の顔が見たい、話をしたいと、不意に思い出す事もある。彼女とデートに浮かれたって(ただの暇潰しだったけれど)、故人を思わない訳じゃない、真由の事だって、いつだって力になりたいと思ってる。
けれど、伸ばしかけた手にそっと目を伏せられたら、どうしたら良いのか分からなくなる。その心に無理矢理踏み込んで、これ以上、真由が遠くにいってしまうのは怖い。

「…そっか、えっと、体壊したりしてない?雅貴まさきまなぶは元気?あいつら、“まさかど”んとこの徹也と一緒になってさ、」
「え、また迷惑かけた?あの子達、何をしたの?」

雅貴と学は、真由の弟で、双子の小学二年生だ。“まさかど”とは、商店街にある肉屋で、その店の息子の徹也は、雅貴達とは同級生だ。皆、仲が良く、年は離れているが、和真もたまに一緒になって、キャッチボールをしたり、釣りに行くこともあった。だが、それも真由達の両親が亡くなってからは、すっかり減ってしまった。雅貴と学は、よく商店街にやって来て、同級生達やお店の人達とお喋りしたり遊んだりと、楽しそうに過ごしていたのに、最近では、その元気な姿を見る事はなくなっていた。今、和真が持ち出した話も、久しぶりに二人が商店街にやって来て、徹也と一緒に遊んでいたのを見かけたからだ。和真にとっては、戻ってきた日常の姿だ。それを、どうして真由が血相を変えたのかが分からず、困惑していた。

「迷惑なんて、かけてないよ。あいつら、イタズラすることもないし」
「でも、人もいる中で駆け回るでしょ」
「商店街の中で?追いかけっこみたいな事はしてなかったと思うけど…」
「でも、分からないじゃない、見てないところで何かあったら」
「え?」

戸惑う和真に、真由ははっとした様子で顔を上げた。

「ほら、だって分からないじゃない?相手を怪我させちゃう事もあるし」
「それって、去年の話?」

去年の事。雅貴と学は、商店街を駆け抜けた際に、前を歩いていた通行人を追い越そうとしてぶつかり、その反動で尻餅をついた雅貴は、後ろから来ていた自転車に接触してしまった。幸い、誰も大事には至らず、雅貴も擦り傷程度で済んだが、その時は大変な騒ぎになった。どこでどう捩れて話が伝わったのか、雅貴が事故に遭って大怪我をしたと聞いた和真は、大慌てで雅貴の元へ駆けつけた程だ。
その後は、当事者達や雅貴の両親や商店会会長なども交えて、互いに謝罪をしあって、注意をしあって和解をして。事の発端となった雅貴と学は、しっかりと叱られて反省をしたようで、それ以来、商店街にやって来ても、駆け抜けたりはしなくなった。
外でも安全に遊んでいるようだし、その話を、どうして真由が不安そうに持ち出したのか、和真は揺れる真由の表情に戸惑い、自分の胸にも不安が広がるのを感じていた。

「真由姉?」
「…はは、やだ、ごめん。何でもないの!ちょっと神経質になってるかも、大丈夫大丈夫」

和真の心の内を感じ取ったのか、真由はまた笑う。伸ばした手は、またすっとかわされてしまうみたいだった。

和真のフードの中から、そっと顔を出してその様子を見守っていたルイは、和真の体の周囲に、悲しみの欠片がふわりふわりと零れ落ちるのを見て、胸を痛めながら真由を見た。真由の表情は疲れきっていて、無理をして笑い顔を浮かべているのは明らかだ。それなのに、感情の欠片一つも見当たらない。そのまま舞に目を向ければ、舞は喜びの欠片に溢れていた。きっと、コロと遊べて楽しいのだろう。ルイはそれを見て、フードの中に戻ると、トワから結晶を受け取った。

「ルイさん、行くの?」
「うん、あの人のような気がするんだ」
「それなら私も行く!」

そう前に出たエラに、トワが焦って制した。

「エラは危ないよ、ルイさん、僕がついて行きますから!」
「トワまで私を子供扱いする気!?」
「ち、違うよ!エラは素敵な女性だよ、だから僕は好きになったんだし、だから、危険な事はしてほしくないんだ!」
「…トワ…」

きゅん、と胸がときめく音がした。

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