ひみつのともだち

茶野森かのこ

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「はは、小さな君に慰められちゃって、格好つかないな」

ぐ、と涙を拭って目を開けた和真かずまは、そこで初めてエラとトアに気づいたようだ。先程は、二人共ルイの背に隠れていたし、傷心の和真は視界が狭まり、ルイしか目に入っていなかったのだろう。
そして、見知らぬ二人の妖精を前にして、和真は「うわぁ!」と、腰を抜かした。

「ふ、増えてる…!」

その悲鳴を聞きつけたのだろう、店の中から和真の母親が「何、どうしたの?」と、驚いた様子で顔を出したので、和真はすかさず手でルイを下に押しやった。

「ミケに引っかかれちゃって!」

その言い訳に、ミケは心外だと顔を背け、和真の足を尻尾で叩いた。

「また無理に抱っこするから…ごめんね、源さん、驚かせちゃって」
「え、ごめん源さん!大丈夫?」

和真が慌てて店の中へ向かうと、あれだけはしゃいでいたコロも、今は心配そうに店の中を覗いている。
店の中には、杖を片手に腰を擦る年配の男性がいた。彼が、源さんだ。花屋の常連客で、コロの飼い主である。コロの散歩がてら、商店街で買い物をして帰るのが日課のようで、和真も昔から可愛がって貰っていた。近所に散歩に出るだけでも、綺麗に白髪を撫で付け、服装も洒落た和装姿なので、商店街では上品なお爺さんとして有名だった。

その源さんだが、どうやら和真の大声に驚き、その拍子に腰を痛めてしまったようだ。

「大丈夫、少し休めばなんてことないよ」

源はそう笑うが、いつも杖をついて歩いている人だ、元々足腰が悪いのに、和真が追い打ちをかけてしまったのだ、このまま返したのでは和真の気がすまない。
そこへ、ちょうど和真の父が配達から戻ってきた。事情を父に話せば、「それなら俺が家まで送っていくよ」と、源を車で送っていく事に。それでも、驚かせた本人が何も出来ないのは申し訳なかったので、和真も何か手伝えないかと申し出た所、それならコロの散歩をと、源がリードを渡してくれた。
コロの散歩は、何度か代わりに行った事がある。源はどこか申し訳なさそうだったが、コロの散歩もまだ途中、腰を痛めたまま元気なコロを連れて歩くのは大変だろう。助かるよと、ほっとした様子も見せていた。
源を乗せた車を見送ると、和真はしっかりと母からお叱りを受け、それから、鉢植えとミケの陰に隠れていたルイ達の元に戻ってきた。

「大丈夫だった?」と、ルイが心配そうに尋ねれば、和真は「大丈夫だよ」と笑った。和真のいつもの笑顔に、ルイもようやく安心出来たようだ。

「それで、今日はどうしたんだ?」

遊ぼう!と、跳び跳ねているコロを宥めつつ、和真は小さな声でルイに尋ねる。

「実は、感情の結晶を落としてしまった人を探してるんだ」
「結晶?それって、いつも集めてるやつ?」
「ううん。いつも貰って帰るのは、感情の欠片なんだ。結晶は、感情を作り出す元となる大事な物だよ。この青い結晶は、様々ある感情の内の、涙を作るものなんだ」

それから、結晶を落とした人物の特徴として、最近、様子の変わった人を知らないかと和真に尋ねていると、話を聞いていたコロがぴょんと跳ねた。

真由まゆが変だよ!撫でてくれても、あまり楽しそうじゃない!でも、いつも笑ってる!」
「まゆ?」
「ん?まゆ?真由姉の事か?」

和真はコロの言葉は聞こえないので、突然ルイが発した名前に、不思議そうに首を傾げた。

「和真、知ってるの?」
「幼なじみなんだ。半年前に両親が事故で亡くなってさ、心配してたんだよな…確かに、いつもと様子は違う…同じではいられないよな」
「朝、連れて行った家だよ」

真由を思って心配そうに呟く和真に、ミケが続けて言う。
朝は留守だったが、もう夕暮れ時だ、真由は帰っているだろうか。

「今、どこに居るかな?」
「うーん、真由姉は、一日中働いてるからな…弟達は、確か今日は野球の試合で遠征に行ってるし…」

ルイの問いかけに、和真が悩みつつコロを撫でていると、話の途中、心当たりを見つけたのか、「あ!」と声を上げた。




***



皆がやって来たのは、商店街からも遠くない、近所にある公園だった。真由の妹の舞が保育園に通っており、その迎えの帰り道に、真由達は必ずこの公園の前を通るという。
真由は、両親が亡くなってからは、休日も働きに出ているという。弟二人は小学生、妹の舞は保育園に通っており、働き手が真由しかいない上に、頼れる身内もいないのだという。
それを聞いた和真達親子は、真由は休めているのか、土日は舞達の面倒を見ようかと申し出たが、真由は「大丈夫、ありがとう」と笑って言うので、それ以上は何も言えなかったという。その疲れた笑い顔が距離を置こうとしているみたいに思えて、和真達は真由との関わり方に悩んでいた。
親切心も、押しつけるだけなら真由の負担になりかねない、何より、両親を失ったばかりで、その傷も癒えていない。ならば、少し落ち着くまで、そっとしておく方が真由の為かもしれない。
だが、それからも真由の様子は変わる事なく、悩んでいる内に、今日まできてしまった。


「せっかく公園に来たんだから、ミケも来れば良かったのにね!」

ルイ達が真由に思いを馳せる中、コロは楽しそうに跳び跳ねている。公園に遊びに来たと思っているようで、遊ぼう遊ぼうと、和真の足にじゃれている。

ミケが一緒に来なかったのは、コロがいるからなのだが、コロは自分が避けられているとは全く思っていないようだ。それに、心配していた源も、別れ際にいっぱい撫でて貰った、その手の温もりも力強さもいつもと同じで、それに安心したせいか、コロはまた元気を取り戻していた。

静かなミケとは穏やかに交流を持てたルイも、元気過ぎるコロとの距離の取り方に戸惑い、妖精の三人は、和真のフードに身を潜ませている。

「分かった分かった、本当にお前は元気だな」

和真ははしゃぐコロをわしゃわしゃと撫で、それから「ちょっと動くよ」と、フードの中に向けて声を掛けた。何をするのだろうと、ルイがフードから和真の肩に姿を現せば、和真は落ちていた小枝をボールのように放り投げた所だった。どうやら、真由達が通りかかるまで、せっかくならコロと遊んでいようと思ったようだ。コロが枝を追いかけると、和真もそちらに向かって走るので、フードの中はバタバタと揺れて、なかなかの大惨事となった。

「どこがちょっとなの!?全然ちょっとじゃないんだけど!」

エラが堪らずフードにしがみついて声を張り上げるが、和真には届いていないようだ。トワは必死で、感情の結晶を落とさないように抱えている。

「お兄ちゃん!何とか言ってやってよ!コロが走って枝を取ってくるなら、人間まで走る必要ないんじゃない!?」

必死に抗議するエラに、ルイが和真にそれを伝えれば、和真は「ごめんごめん」と申し訳なさそうに頭を掻き、走り出しそうな足を止めて、小枝投げに集中した。
コロはと言えば、何も気にせず楽しそうに駆け回っている。和真にコロの声は聞こえないが、「投げて投げて!」「やったー!」と、楽しそうな声が絶えず飛んでいた。




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