ひみつのともだち

茶野森かのこ

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「メイ、どうした!?」

メイは、花屋の前の通りで翼を広げている。恐らく、毛繕いを装っているのだろう、しかしその様子は、体をふわふわと動かして、まるで踊っているみたいだ。そんなメイは、ルイの声に気づくと、「ルイ、良かった!」と、泣きそうになって顔を上げた。何があったのだと、よく見てみると、メイの大きく広げられた翼の中にはエラとトアがいて、メイが踊っているように見えたのも、その翼で二人の姿を隠そうと必死になっていたからのようだ。それが分かった途端、ルイはキッと眉をつり上げて、メイ達の元へと向かった。

「お前達!いくら人が居ないからって、こんな道の往来で立ち止まってちゃ駄目だろう!ごめんな、メイ」

やっぱり、外に連れて来るんじゃなかったと、危険を理解していないエラ達を叱るが、エラは怒られているにも関わらず得意気な顔を見せている。それに対して怪訝な表情を浮かべるルイだったが、すぐにその目を大きく見開く事となる。トワの背中に隠れて見えなかったが、エラはその腕に、青い球体を抱えていた。海を閉じ込めたように揺らめくそれを見て、どうしてエラが得意気な顔を見せていたのか分かり、ルイはまた頭を抱えたくなった。

「とにかく、ここは危険だから、物陰に隠れて」

だが、何よりもまずは身を隠す事が先決だ。ひとまず、先程の鉢植えの影に逃げ込むと、ルイは改めてエラと向き直った。

「それ…どうしたんだ?」

ルイが静かに尋ねると、エラは鼻高々にその球体を突き出した。

「そこで拾ったの!これ人間の感情でしょ?これがあれば、暫く欠片を集めに行かなくても良いよね!」

そう胸を張るエラだったが、ルイは深い溜め息と共に首を横に振った。

「これは、人間の感情の大元となるもの、その一部の結晶だよ。欠片じゃない。本来、人の中に無いといけないものなんだ。何か理由があって落としてしまったんだな…僕らが頂いてはいけないよ」

これだけは、本当に奪ってはいけない。感情的になっては伝わらないと、ルイはなるべく優しくを心がけて諭そうとするが、エラは不服そうに唇を尖らせた。きっと、兄に褒めて貰える、自分だって一人前だと認めて貰えると思っていたのだろうか、予想とは正反対の兄の反応に、反発心が膨らんだのかもしれない。

「…何よ、人間のせいで私達は影に追いやられる生活を送る羽目になったのよ!少し位良いじゃない!」
「奪われたからって奪ってしまったら、僕達は過去の人間と同じじゃないか。それに、この結晶を落とした人間は、優しい人間かもしれない。見て、この青い結晶は、悲しみの、涙の源だ。エラだって泣けないのは辛いだろう?」
「…そんなの知らない。これがあれば、危険な場所に行かなくても、当分の間は生きていけるんだよ?それでもお兄ちゃんは、人間の肩を持つの?」
「そういう訳じゃないよ、悪い人間ばかりじゃないって言いたいだけだ。それに、仕返しみたいな事をエラにはして欲しくない。僕らは人間がいないと生きていけない、妖精の中には人間を栄養源としてしか見ない者もいる。でも人間だって、僕らと同じで、喜んだり悩んだりしながら暮らしている。僕は和真と仲良くなりたいだけなんだ、人間は栄養源でも、恐れるだけの存在でもない、本来なら寄り添って、感謝をしなきゃならないのは僕らの方かもしれないのに」

エラは、ルイの言葉に唇を噛みしめ俯いた。

エラの気持ちも、ルイには分かる。感情の欠片と違い、その大元となる結晶は、欠片の何倍もの栄養を得る事が出来るし、何度も補給出来る。人間の元にないので無限ではないが、それでも暫くは感情の欠片を求めて外へ出なくても、集落の妖精達は生きていけるだろう。外へ出て、人間の側に行かなくて良いなら、危険に出くわす事もない。

それでもルイは、この感情を失った人間の事を思ってしまう。

涙を失った人間は、今、どんな気持ちでいるのだろう。悲しい時に悲しいと感じられないのは、悲しみに押し潰されるよりも、もしかしたら辛い事なのではないのか。感情がなければ、心がなければ、人も妖精も生きていけない。どんなに心を覆い尽くそうとしても、例え他人から感情がないように見えたとしても、感情が消えてしまう事はない。心は体の奥底に必ずあるもの、なくてはならないもの。人間の感情の欠片を栄養源としているから、ルイはそう強く思う。

悲しいも、幸せも、人間の感情は、こうしてルイ達を生かしてくれる大事なもの。その糧は、やはり人間にだってなくてはならない筈だ。

ルイは、エラの腕に抱かれた青い結晶を見つめ、それから心を決めて顔を上げた。

「だからこれは、持ち主に返してあげよう」
「…え?」

ルイの言葉には、エラのみならず、成り行きを見守っていたトアとメイも、ぽかんとして目を瞬いた。


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