ひみつのともだち

茶野森かのこ

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それでも、エラを心配させているのは事実。ルイは、申し訳なさそうに眉を下げた。

「…ごめんな、でも、僕は和真かずまを信用してるんだ。それに、和真と仲良くなれたお陰で欠片を貰えるし、ほら、お前の好きなチョコレートだって貰えるんだよ?」
「それは、そうだけど…」

エラは唇を尖らせ俯いた。初めてチョコレートの味を教えてくれたのも、和真だ。ルイは前々から人間の食べ物に興味を持っていた事もあり、和真が持ってきてくれたお菓子を食べて、その美味しさに衝撃を受けた。これはエラ達にも食べさせてあげたいと、和真にお願いしてみれば、和真は気前よく食料を分け与えてくれた。ルイが持ち運べるよう、小さく分けるのには、苦労や手間をかけてしまうが、それでも和真は気を悪くする事もなく、それ以来、様々な食料を持たせてくれている。そのお陰で、ルイ達はすっかり食通だ。
その恩恵は、エラも十分理解しているし、感謝もしてはいるのだろう、エラは俯いたまま、もどかしげにスカートの裾をきゅっと握った。そんなエラに、ルイはそっと身を屈めて、視線を合わせた。

「分かってくれとは言わない。でも、和真と会う事は許して欲しいんだ」

エラと喧嘩はしたくないが、和真と会えなくなるのも嫌だった。和真は感情の欠片や、食べ物を与えてくれるから会いに行くのではない、和真は大好きな友達だから、ルイは会いに行くのだ。
その思いが少しでも伝わるように、エラの心配が少しでも和らぐように、ルイはエラの頭をそっと撫でた。

「…じゃあ、」

エラが呟いたので、ルイが頭を撫でた手を退けると、エラは思い切りよく顔を上げた。そして、睨むようにルイを見つめる。その眼差しは、挑むようであり、どこか決意に満ちていて、ルイは嫌な予感に表情を強ばらせた。

「私も連れて行って!」
「…えっと…?」
「その人間の所!危なくないなら、私が行っても問題ないでしょ」

エラは、にっこりと可愛らしく微笑み、ルイはそうきたかと、頭を抱えたくなった。確かに和真は危なくない、ルイにとっては信用も信頼もしている人物だ、だが、和真に危険がないからといって、外の世界が安全とは限らない。この集落を出れば、自分達だけでこの身を守らなければならない、ルイにとってはそちらの方が、圧倒的に恐怖だった。

「ねぇエラ、僕達は、外では基本、単独行動を取ってるでしょ?危険を回避出来る能力があるって認められた妖精だけが、感情の欠片を集めに外へ出てる。それって、団体行動は人に見つかるリスクが高まるからなんだ、エラだって知ってるでしょ?集落の引っ越しの時も大変だったじゃないか」

頭ごなしに言ってもエラは引き下がらない、納得して貰える説得をと、ルイが諭すように言葉を掛ければ、エラはムッとして唇を尖らせた。

「私だって成長してるもん。長老達は能力検査なんて全然やってくれないじゃん!だったら、私が危険回避能力がないとは言いきれないじゃない?だって、私はもう立派な大人だもん」

そう胸を張るエラだが、ルイからしてみれば、まだまだ危うさが先にたつ。確かに年齢だけで言えば、エラも十七になろうとしているので、大人に近づいていると言えるが、メイの負担も考えずにその背中に乗って遊ぶくらいだ、どうしても幼く見えてしまう。
何より可愛い妹だ、危険なものからはなるべく遠ざけたい。

「でもな、エラ。その能力があるとも言いきれないだろ?」
「だから、確かめてみなくちゃ分からないでしょ!」
「そんなの、いきなり外に出て、人間に見つかりでもしたらどうするんだ」
「お兄ちゃんが人間は怖くないって言ったんじゃん!」
「和真は信用出来るって言ったんだ。その他の人間はまだ分からないし、それに、」
「でも、悪い事が起きるとも限らないでしょ!」
「最悪の事態を想像も出来ないで、外で行動は出来ないよ。やっぱりエラは何も分かってない、いい?外の世界にはね、」

「あの…!」

止まらない二人の言い合いに、トアは挙手をしながら割って入った。言い合いの最中だったので、ルイもエラも怖い顔でトアを振り返ったものだから、トアはびくりと肩を揺らして泣きそうになったが、それでもめげずに挙手した手を更に突き出した。

「ぼ、僕も行きたいです!」

泣きそうだった瞳を懸命に開き、トアは言う。その好奇心に満ち溢れた瞳は力強く、ルイはその意思の強さに、しっかり頭を抱えてしまった。

「トアまで、何を言ってるんだよ…」
「一度お会いしてみたかったんです、その人間に!」

その一言に、援軍を得たとばかりにエラは表情を輝かせた。
そして、「お願いします!」と、二人に揃って頭を下げられれば、ルイは「参ったな…」と、大きく溜め息を吐くしかなかった。




***




結局ルイは根負けし、翌朝、スズメのメイに先導を頼み、三人で和真の元へ向かう事となった。
人に見つからないよう、いつもより慎重に進むルイだが、エラとトアはまるで遠足気分のようで、終始楽しそうだ。二人はあまり集落の外に出る事はないので、見る物全てが新鮮なのだろう。


そうして、無事に和真のいる花屋にたどり着いた。今日は休日だ、商店街もまだシャッターを下ろしており、通りはいつもより静かで、人影もまばらだった。

「二人は、この鉢植えに隠れていて。僕が戻るまで、絶対に出ちゃダメだからね。メイ、よろしくね」
「分かったわ!」

花屋の店の脇には、店の裏側にある玄関へと続く細い道があり、その脇には鉢植え等が並んでいた。ルイは、ひとまず皆をその影に隠れるよう指示を出し、先に自分だけ和真の部屋へ向かった。突然会っても和真を驚かせるだろうし、先にエラ達が来ている事を知らせた方が良いと思ったからだ。
いつものように窓辺に立ち、側に置いてある小石で窓を叩こうとしたが、その前に、窓の隙間に赤い布が挟んであるのが見えた。

「和真、出かけちゃったんだ…」

これは、和真が留守の時の合図だ。昨日、彼女とデートだと言っていたので、もう出かけてしまったのだろう、帰りは遅くなるとも言っていたので、出かけに会えなければ、今日はもう会う事は出来ない。
和真に会えない事は残念だが、ルイは同時にほっとしていた。和真が居なければ、エラとトアがこの場所に止まる理由もない。
二人が危ない目に遭う前に、退散出来る。

それなら、まだ人の往来が少ない内に、二人を連れて集落に帰ろうと、ルイが意気揚々と下に視線を向ければ、メイの慌てふためく声が店先の方で聞こえてきた。
鉢植えの影に隠れてと言ったのに、エラとトアを置いて、メイが一人で飛び出すとは思えない。またエラの好奇心が疼いたのだろうか、それとも、妖精の存在がバレてしまったのか、ルイは途端に顔を青くして、大急ぎで下へと戻った。

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