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「それじゃあ、そろそろ帰るね」
「おう、行くか。忘れ物はないな?」
和真と過ごす時間は楽しいが、あまり長居は出来ない。
和真の家族に怪しまれても困るし、ルイの帰りが遅くなっても仲間に心配をかけてしまうので、夕暮れ前には帰るようにしている。
ルイは、鞄と大きな袋三つをそれぞれの肩に下げ、腕には牛乳の入った瓶を抱えた。荷物が多い時は飛ぶのが大変なので、窓からではなく、和真に隠して貰いながら玄関から帰る事にしている。その際、もし和真が誰かに引き止められたり、イレギュラーな事が起きてもすぐ対応出来るよう、見送りにはミケも一緒についてきてくれている。二人の優しさには、いつも感謝しかない。
「ルイ、ここに入って」
和真がルイに声を掛けながら広げたのは、和真が愛用しているショルダーバッグだ。いつもは背中に回して背負っているバッグを胸元に回し、ルイが入りやすいように、大きく入り口を開けてくれている。ルイは和真の手に乗ると、促されるまま、鞄の中に入った。鞄の中は空っぽで、ルイが荷物をその中に置いて鞄の中から顔を覗かせると、和真は慎重に鞄を手で支えた。
「動いて大丈夫?」
「うん!よろしくお願いします!」
ルイが鞄から顔を覗かせながら元気良く言うと、和真も表情を緩め、「よし、行くか。ミケもおいで」と、ミケに声を掛けながら部屋を後にした。
ルイが玄関から帰る時は、いつもこのスタイルだ。以前は、手の中にルイを隠して移動していたのだが、それだとどうにも不自然で、加えて和真は、商店街の人々から声を掛けられる事が多い。その不自然な手の格好を見れば、「何持ってるの?」と必ず尋ねられ、いつも四苦八苦しながら誤魔化していた。これが毎回だと、さすがに言い訳のネタも尽きるし、手の中を見せてと言われたら、上手く切り返せるかも分からない。
自分が下手をすれば、ルイの存在が世間に晒されてしまうかもしれない、それだけは阻止しなければならない。そんな風に頭を悩ます和真を見て、「あの鞄に隠れるのはどうかな?」と、示したのはルイだった。
それ以来、和真と共に外へ出る時は、ルイは鞄の中に隠れるようにしている。鞄に入っての移動も慣れたものだが、和真は毎回のように「苦しくない?辛くない?」と、心配そうにルイを気遣い、慎重に鞄を支えながら歩いてくれる。ルイはその度に、和真の優しさに胸が温かくなるのを感じて、「大丈夫だよ!」と、ふくふくの笑顔で返事をするのだった。
和真の家は店舗を兼ねているので、家の玄関は店の裏側にあった。花屋で接客中の母親の姿を横目に、和真は気づかれないよう、こっそりと外に出た。そのまま商店街を歩いていると、やはり和真は色んな人に声を掛けられていた。ルイは、鞄の中からその様子を聞くのも好きだった。商店街の人達とは、皆が家族のようで、ご飯食べてるかとか、勉強してるかとか、うちでまた皆でご飯食べようとか、風邪引いてないかとか。それぞれの店の事を話したり、例え中身のない挨拶程度のやり取りでも、そこには思いやりが感じ取れる。こんな風に温かな世界で育ったから、和真は妖精にも優しいのかなと、ルイはぼんやり思った。
和真はルイを鞄に隠したまま、商店街の外を出て、人通りの少ない住宅地へとやって来た。
「今日も、ここで良いのか?」
「うん!いつもありがとう!」
和真はきょろきょろと辺りを窺いながら、ルイをそっと手に乗せると、ミケを撫でる振りをしながら、ルイを地面に下ろした。
ここで別れるのも、いつものお決まりだ。
「カラスに見つからないようにな」
「ふふ、和真は心配性だな」
「そりゃ心配だよ。ミケについて行かせるか?」
和真がミケを撫でながら言えば、ミケも、なう、と同意するように返事をしてくれたが、ルイは笑って「ありがと、大丈夫だよ」と、和真とミケを見上げた。
「じゃあ、またね!」
「あぁ、気をつけてな」
最後まで心配そうな和真に、ルイはそれ以上不安にさせないように元気に手を振ると、道の脇に生えた雑草の茂みへと向かった。
和真は悪い人間ではない、それなら、ルイ達が暮らす妖精の住み処まで送って貰った方が安全だし、和真もそうしようかと、言ってくれた事もある。だが、ルイがその申し出を受ける事はなかった。
ルイがいくら信用していても、妖精の仲間達は和真を信用していない。人間は恐ろしいものだと疑わないし、それはミケに対しても同じだった。人間の側にいる飼い猫も、妖精達は警戒の対象としていたからだ。だから和真達は、毎回、こっそりと見送りをしてくれていた。
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