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終幕
③
しおりを挟む「やだ、なんか泣きそうな顔してどうしたのよ。さっきも泣いてたけど」
「い、いや、何でもない」
そういって青年はペンダントを少女に返した。少女は再び首に下げると、
「そうだ、お兄さん人を探してるんでしょ。探さなくていいの」
「いや、もう見つかった。だからいいんだ」
「え?」
帰る、と青年は言った。少女は、
「帰るって――来たのにもう戻っちゃうの? 用事がすんだから?」
「ああ。元気そうでなによりだった」
「変なの――帰るって、どこの町? ラクダ捕まえないと」
「いいんだ。東に帰るだけだから、ラクダはいらない。世界樹が待ってるから、そこに帰る」
「世界樹?」
「巨木だよ。天を支えるようにそびえている世界樹。あれがあるから時間の流れが遅い東でも生きていける。水や果実を恵んでくれるんだ」
少女が怪訝な顔をする。
と、そこで思いついたように、
「ね、お兄さん、無頼だって言ったわよね」
「レッセイ・ギルドだけど」
「ああん、それはもういいわ。それより、今、ヒマ?」
「暇……といえば暇だが」
「じゃあ、お金払うから、私たちのボディガードにならない?」
少女はにんまり笑うと、
「お金は弾むわ。私達が七条や青海を抜け出たことはそのうち各流派に知られてしまう。そうすれば必ず追手が来るはずよ。ギルドがね。私はまだギルドとしては未熟だから正式な免許を持ったギルドには敵わないわ。白夜はギルドなわけじゃないけど……似た感じかな。白夜は「マイスタージンガー」を目指してるの。歌って踊れる結晶世界のアイドルってとこかしら。人々にレッセイ・ギルドの伝説を謳ってきかせるのが仕事。声がとても綺麗なのよ」
えへへ、と白夜が照れた。
「どう? あなたどこのギルドとも知り合いはいなさそうだし――双子がいなくなったってわかったら七条も青海も血眼で追ってくるわ。流派の沽券にかかわることだから。……ホントいうと追手はかなり脅威なの。困ってるのよ」
――困っていたら、俺を呼んでよ。
青年が断る理由はなかった。その言葉を――待っていたのだから。
「受けよう。でも金は要らない」
「やった! 交渉成立ね。金は要らないなんて、どうせど田舎で育ったから使い方を知らないんでしょ。どっちにしろお金はかかるんだから貰っときなさいよ。ああそうだ、まだ名乗ってなかったわね。私は維新。お兄さんは?」
「……九十九」
「九十九? ふーん、何だがゲジゲジみたいな名前ね。じゃあ早速出発よ。追手はいつやってくるかわからないからね。どこ行こうか? 白夜、行きたいとこある?」
「僕は姉様の行くところならどこでも」
「九十九は?」
「……腹が減っている」
「そこのお店で食事でもしてくる? パイを売ってるわ」
「結晶植物は受け付けない……結晶植物ではないなにか別のものがあればいいんだが」
「アレルギー? 仕方ないわね……じゃあ古代植物とかなら平気なの?」
「古代植物?」
「千年以上前から存在してる植物よ。「土の王」ってところで栽培されてるの。結晶世界の観光スポットでもあるんだけど。噂じゃレッセイ・ギルドも食したとか」
「それがいいな」
「じゃあ決まり! 「土の王」に行きましょ! 言っとくけど古代植物は高いですからね。払ってあげるけど、チャラにはしないわよ。その分働いてもらうから」
「僕、ラクダ一匹買ってくるよ!」
そういって白夜はラクダ売りの元へ駆けて行った。問答の末、一匹の頑丈そうなラクダを連れてくる。
「三人乗れるって」
「九十九、ラクダ乗れる?」
「もちろん。俺が手綱を引こう」
「あ、その前に食料買いましょ。水は回路で生成するからいいけどこればっかりはね」
維新は布を広げて雑貨を売っている露天商から九十九の分のコップやら敷布やらを買って、更に食料も荷造りすると、手際よくラクダに載せて括り付けた。
「じゃあ私が前ね、後ろに白夜乗って! 九十九、ちゃんとラクダ操って、落とさないでよ。それじゃあ、行きましょ!」
しゅっぱぁつ! と維新が笑顔で拳をあげるとラクダがその一歩を踏み出した。
空は青く、澄みわたって雲一つない。風がバタバタと九十九の灰と藍の鉢巻きをはためかせて砂が舞った。
ラクダはどこへともなく停留所から離れ、去っていく。
――こうして最期のレッセイ・ギルドと、かつての人類の末裔は元気よく共に彼方へと旅立っていったのだった。
了
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