東方のレッセイ・ギルド

すけたか

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第五幕

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「おい、あれは、な、なんだ」

従者の一人が指を指した。皆がつられる様にその方角を見る。
それは――東だった。黎明の空のもと、地平線には奇妙な姿が太陽の光を背に蠢いていた。
「く、クリスタリスだ。でかい。でかすぎる」
皆がざわついた。それはまるで――津波のように遠くから迫りくる、クリスタリスの大群だった。大群というより、大地を裏返して、それがそのまま転がってくるような――大津波だった。あまりの光景に人々は声がない。大地があらゆるものを飲み込んで迫ってくる。

終式結晶群イレイル

九十九はすぐに理解した。六十八の言う通り、朝日をものともしない。
(俺を、迎えに来たのか)

最期のレッセイ・ギルドを喰らうために。

終式結晶群イレイルはこちらへ物凄い勢いで迫ってくる。鉱石の波は百メートルはあるだろう。まさしく終式ついしきの名にふさわしい。九十九は持っていた木箱を開けて、中に入っていたすべてのプレパラートをホルダーに収めると、藍色の鉢巻きを自分の灰色の鉢巻きとは逆に結んだ。
――行かねば。

「俺は……」


俺はレッセイ・ギルド。
大地に憎まれしカガクシャの血をひく最高の技術集団が一人。
天の加護を得て雪と共に舞う。
それが誇り、我々の掟。
クリスタリス、なにするものぞ。

――来い、お前たちの敵はここにいる。



「どこに行くの」
歩き出した九十九に、細くか弱い声でアルタが話しかけた。九十九は振り返ると、
「東へ」

東へ帰る。

そういってまた歩き出した。アルタは――わかっていた。あのクリスタリスを相手にできるのは今、レッセイ・ギルドである九十九しかいない、と。しかし東へ帰るというのならそれは――……
アルタは走り寄って九十九の右手をとった。
「また、————また会える?」
「……」
まっすぐ九十九を見つめてくるアルタの目は黎明の光に輝いている。

ああ、この輝きは新たな世界を生み出すだろう。
確かな夜明けが来たのだ。そう思い九十九は――答えた。

「千年」

そういって首にかけていた天青石セレスタイトの入った試験管を外し、アルタの首にかけた。
「また、千年後に」

――困っていたら、俺を呼んでよ。

そう言って九十九は薄く微笑み、東へ向かって走り出した。
装天。
使うは天の最大の加護の力を秘める、天藍石ラズライト天河石アマゾナイト天青石セレスタイト


「……」
クリスタリスに向かって走っていく九十九の姿を見送り、アルタはつぶやく。
「千年。そう、千年————わかったわ」
ぎゅっと九十九から渡された試験管を握って、アルタは涙で歪む空を仰いだ。

「約束よ九十九。私は生き延びる。生き残って見せる。生き残ってロサは続いて――人は結晶世界で生き続けるわ。そうしたらきっとまたあなたと、千年後に――会えるよね」

そう呟き、頬を伝う雫を拭うとアルタは「ロサ・エスファナ」の惣領の顔に戻り、七条、と声をかけた。
「立ち上がりなさい七条。私達は生き延びなくてはならない。きっとあのクリスタリスは九十九が倒してくれるわ。その間にロサを西に移動させるのです。皆も、人々を起こして! ロサはクリスタリスのいない西へ向かいます!」
七条は腹を抑えて無言で立ち上がる。従者たちも慌てて集落の中に戻った。
「ヴァルル」
「申し訳ありませんアルタ様」
源上はゆらりと立ち上がった。その目には今まで見たことのない、強い意思が宿っていた。
「僕は一緒に行けません。もうロサとは――七条とは行けない。僕は別の道を行きます」
「ヴァルル」
「僕はもう源上です、アルタ様。ここでお別れです。ロサの永遠を祈っております。では」
そういって源上は何も持たず、ただ南へ歩き出す。そのあとを困惑の顔で従者のレナスが追った。
アルタは無言でその背を見送る。


西へ、東へ、南へ。
それぞれの道へと――運命は別れた。

遠くに見えるクリスタリスはまだその姿を崩すことなく近づいてくる。九十九が戦っているのか、おしとどめているのか。それとも食われてしまったのか――わからない。
しかしアルタは振り返ることなく、ロサを率いて西へと出発した。


東は遠く、遠くに去り――すべては遠く――。


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