東方のレッセイ・ギルド

すけたか

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第四幕

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「今夜の分です」

ヴァルルはランタンを燈し、レッセイ達のもとにきて荷物を見せた。
「お疲れだと思うので、薬酒を持ってきました。これは一杯でも身体によく効きますよ。「奇想天外」という植物のエキスと、肉食獣の血などが入ったもので」
「それは相当に貴重なものではないのか」
焚き火の前で干し肉を口にしながら六十八は言った。左側に七十七が横たわって目をつぶっている。右側で九十九はラクダの乳を飲んでいた。
「その通りです。ですが……これは当然のこと。我々はあなた方に守られているのですから」
「そんなつもりはない」
六十八は水で残りの干し肉を流し込む。
「ともかく、これは今日の分ですので……あの」
ヴァルルは横になっている七十七を見て、
「どうかなさったんですか」
「腹が重いのよ」
七十七がだるそうに目をつぶったまま答えた。
「結晶化してるの。臓腑が侵されていくのがわかるわ」
「え!? やはりこんなところにも!?」
六十八がいぶかしげな顔をした。
「どういう意味だ。七十七はクリスタリスとの戦いの際、奴らの水を飲んでしまった。クリスタリスの水は結晶質を非常に多く含む。だからすぐに発病した」
「間抜けなものね。うまくやれなかったわ」
七十七の声は静かだ。師匠に怒られちゃう、とつぶやいた。ヴァルルは肩を落とし、
「実は……ロサで結晶化が広がっていることがわかったんです。原因はわかりませんが急速な勢いで」
「なるほど。それで――一応こちらを心配しに来てくれたと言うわけか」
「……あなた方は希望ですから」
「期待するのは勝手だが……もうしばらくしたら我々はここから去る」
「!」
「食料も水も十分もらった。そのことは感謝する。ここに宿営するという約束も守った……我々は旅立つ」
「待ってください!」 
ヴァルルはいやいや、と首を振った。
「あなた方はもう三人しかいない! たった三人で……どこへ行こうというのです? はっきりいいます、我々ロサと共にいたほうが得だ! 食料にも水にも今は困らない!」
「あんたが打算抜きで言っているのはわかる。だが我々はもうここにいてはならない」
「何故です! まるで許されないかの様に言うが、それは掟とやらなのですか!」
「そうだ。それに……ロサで結晶化が広がっているというなら、我々に構っている場合ではないのではないか。最悪全滅もありうるだろう」
「それは……それは止めます!」
「どうやって」
「わかりません……でも僕はロサの騎士だ。だから」
「その身を捧げる、か。我々も掟に身を捧げている。似た者同士かもしれんな」

ヴァルルは驚く。彼の口からロサの者へ感傷めいたセリフを聞くのは初めてだった。

「まあ、あと少しはいる。ロサの王にそう伝えろ」
「……」
ヴァルルは視線を落としたまま荷物をラクダにのせると従者と共に去っていった。
九十九は「あと少し」の期間がどれほどかわかっていた。七十七が結晶化で動けなくなるまでなのだろう。そうしたら今までずっとレッセイたちがそうしてきたようにまた、水を置いて旅立つのだ。
ここにはいられない。
六十八は掟と言ったが――自分達、レッセイ・ギルドをクリスタリスが狙ってきた可能性がある。今まで殆ど出会ってこなかった宝石群パキラが連続して現れたのがその証とも思えた。もっと数が増えるかもしれない。

(なんだかんだ言って師匠はロサを巻き込みたくないんだ)

掟の意味を知ってから九十九は自分がただ感情のままに掟を破る行動をとったことを恥じていた。

(俺は何も知らなさすぎる)

自分の正体――レッセイ・ギルド。己は一体なんなのだろうか。
大地に憎まれたカガクシャの末裔。そこから分派した祖は何を考え掟を作り、なんのために技術を継承し、プレパラートを託し続けてきたのか。

ふと九十九はアルタの顔が浮かんだ。
(アルタは……アルタ達は生きて安息の地を見つけるため、生き続けている。生きるために生きる。レッセイは技術継承のために生きる。継承のために戦い、死ぬ)
その差は何なのだろうか。何か掴めそうで――掴み切れない。

「七十七姉、この酒飲みなよ」
九十九はヴァルルが置いていった薬酒をコップに移し、近くによると身を起こそうとする七十七を助けた。
「ありがとう。すっかり身体が重くなってしまったわ。面倒ねえ」
師姉上あねうえ……怖くないの」
「怖くないわ。結晶化なんて幾らでも見てきた……結晶世界の決まり事よ。クリスタリスにやられてというのは業腹だけど。レッセイの死に方としては三流だもの」
そういう七十七の表情は穏やかだった。六十八は黙っている。

彼女はもう自分の運命を悟っているのだ。

七十七はコップを手に取ると酒を飲み、顔をしかめた。
「まっず……でも確かに滋養はつきそうね。もう私にはいらないものだけど」
「そんなこと!」
「ごちそうさま。あとは二人で分けて。思ったよりまずいから飲めるかわからないけど」
そう言って笑うと七十七はまた横になった。焚き火は炭に変わり、緋色の熾火が青い炎を纏ってゆっくりと点滅している。六十八は敷布を七十七にかぶせて、自らも布を引き寄せた。
「寝るぞ。また明日奴らが来るとも限らん」
「俺、厠にいってくる。先に寝てて」
早く寝ろよ、そういって六十八は丸くなった。
九十九はクリスタリスに出くわした時のことを考えてホルダーのプレパラートを確認し、宿営地からそっと抜け出した。
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