東方のレッセイ・ギルド

すけたか

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第四幕

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「これどうする?」
七十七が山盛りの食料やら道具やらを見ながら言った。
「放っておけ」
「せめて木陰の外に移しましょう。ここにあると邪魔だわ」
そう言ってちょいちょいと九十五を手招きすると二人でずるずると移動させた。
「おーい。九十九。昼飯だぞ」
「いらない」
九十九はまだ師たちに背を抜けて寝っ転がっている。
「ご機嫌斜めだな。いいのか、食っちまうぞ」
「貰えるものは貰うくせに何も与えないんだ」
六十九は肩をすくめて、
「最初からそういう約束だろ。いいから食えよ。戦い終わって、腹減ってるだろうが」
「いらない」
「強情な奴。知らねえぞ」
他のレッセイたちが食事をとり始めても九十九は向こうを向いたままだった。七十七は何度か声をかけたが、六十九にほっとけと言われてそれ以上は言わなかった。食事を終えると皆、疲れからかすぐに眠り始める。天候は穏やかだ。くうくうと寝息を立てて、横になっている。

(みんななんで平気なんだ。「他人」とはいえ、ロサの連中がクリスタリスに食われたとしても何とも思わないのかよ)

それがレッセイなのか? 九十九は青空を睨みながら腹の中で叫びたい気持ちを押し殺す。
しばし強い苛立ちを見せていたが、流石に宝石群パキラとの戦いで消耗している。おまけに食もとっていないので急速に眠気が襲ってきた。うとうととし始め、そのうち意識は深く沈んだ。


気がついた時はもう夕方だった。
日は落ち、空は夕日の残り火と薄闇のグラデーションをおこして、紫色の強烈な色彩を描いている。時期に夜が来るだろう。
ぶるっと体を震わせて身をおこし、歩いてくると焚き火の前に六十八が座っていた。
他のレッセイたちは皆、寝ている。
「ずいぶんと遅い目覚めだな。皆さっさと夕餉をとってしまったぞ。今日は疲れたからな」
六十八は干し肉をとりだしながら、
「昼から話しかけてもずっと起きなかった。何も飲み食わずにいるからだ。ほら」
そう言って干し肉を差し出した。
「食え」
「……いらない」
「くだらん意地を張るな。身体が持たないと言ってるんだ。次いつクリスタリスがやってくるかわからない。その時今の状態で満足に動けるのか?」
「……」
九十九は不服そうに干し肉を受け取ると、むしゃむしゃと頬張る。実を言えば腹はぺこぺこだった。さらに差し出されたコップを受け取って水を一気に飲むと干し肉を腹に流し込んで、ぷは、と息を吐いた。
「九十九」
火の前にいた六十八は静かに声をかけると、
「こい。話がある」
「俺は……」
「いいからこい。大事なことだ」
そう言って六十八は立ち上がるとその場からずんずんと歩き出した。
「ちょ、待ってよ」
九十九はコップを置き、寝ている六十九達を一瞥してから六十八の後を追った。見張りがいないがいいのだろうか。しかし師の歩調は速い。九十九は慌ててついていく。

辺りが暗くなると共に六十八がやってきたのは宿営地から離れた、暗闇でもわかる白い大地だった。

「これは……」
「石膏だな。見ろ」
六十八の指さす方向にいくつか大きな岩が立っていた。奇岩である。先端が大きく、柱は細い。二人に古代の植物知識があったならまるでキノコのようだと思っただろう。
「大きい」
九十九はキノコの巨石に駆け寄ると、下から眺めた。奇妙な形だが、おそらく風の侵食でこのような形が出来上がったに違いない。表面はさらさらとしている。
「この地域に来た時にはなかったものだ。いつのまにか出現していた。大地は胎動している。あの緑の大地が侵食されるのは時間の問題だな」
「気づかなかった……」
歩みを止め、六十八はおもむろに話をきりだした。

「九十九。我々は何者だと思う」

「何者って……レッセイ・ギルド?」
「そうだな。我々はレッセイ・ギルド。それ以上でもそれ以下でもない」
辺りは次第に闇が濃くなってくる。やがて空に星が瞬き始めた。

「昔の話をしよう。大昔の話だ。今からずっと昔……千年と少し前のことだ」

千年前。
九十九は幼い頃六十八が語ってくれた物語を思い出す。千年前に結晶世界は生まれ、クリスタリスも生まれた。
それよりも――前?

「東の文明の地に「カガクシャ」という人間がいた」
「カガクシャ? 誰?」
「宗教者だ。カガクという神を信奉する一人……いや、複数だったのかもしれんが、それは知らん。ある時このカガクシャが――大地をけがした」
「汚す」
「そう。何をしたのか奴らは大地を汚して――そして結晶世界が生まれた。我々レッセイ・ギルドでは代々そう伝えられている。クリスタリスは汚された大地の怒りだ。……クリスタリスは元々肉を求めていたわけではない。目的は……」
「もしかして――カガクシャ?」
「そうだ。大地を汚したカガクシャを殺すために奴らは生まれた。今は憎しみのあまりもう何の区別もできず、誰彼構わず肉をむさぼっているだけだがな。だが奴らが本来求めているのはカガクシャなのだ。それは変わりない」
「……初めて聞いた」
「初めて話すからな」
六十八はポケットから月長石ムーンストーンの欠片をとりだすと装天して角柱結晶の中に放り込んだ。ぼう、青白い光が広がる。早く溶けてしまわないように地面にそっと置かれたそれはランタンのように六十八と九十九を穏やかに照らし出す。六十八の金銀まじった亜麻髪フラックスがいっそう派手に見えた。
両者は実に対照的だ。
金銀砂子のような髪に褐色の肌、色白の顔に漆黒の艶めいた黒髪。一見で師弟というつながりを想像するのは難しい。
「その後カガクシャがどうなったのかは知らない。ただ結晶世界を生み出したのはカガクシャだというのは確かだと――伝え聞いている……我々が何者かという話だったな」
「うん」

「我々はそのカガクシャの血を引いている」

「――え?」

「レッセイ・ギルドはカガクシャと……何らかの形で血縁関係があると言われている。千年たった今、それはとてもとても薄いものだが……歴代のレッセイは皆、カガクシャと同じ血を宿しているのだ。言い方を変えれば、我々はカガクシャの血を引く人間を弟子にしてきたという事だ。だから我々はクリスタリスに特に襲われやすい。憎まれている。他人と関わってはいけないというのは、他人を巻き込む恐れがあるからだ」
九十九は茫然とした。
カガクシャと――なんだって?
「なぜカガクシャと我々が関わり合いがあるのか……それは千年前、カガクシャの中からレッセイ・ギルドの祖が別れたからだと言われる。ナンバリングゼロ……つまり初代〇番はレッセイ・ギルドでもあり、カガクシャでもあった。レッセイ・ギルドという集団を創り、やがて時をかけ我々は確固たる掟を持った存在となった。カガクシャとは全く別物になり、カガクシャは遠い遠い昔のお伽噺になった――が、しかしなぜかその血を選んでしまう。まるで呪われているかの様に。そしてその呪いから解き放たれることなく……今も我々は大地から憎まれている」
「……」
「わかるか」
「……う……ん……」
九十九は懸命に理解しようとする。結晶世界を生み出したのがカガクシャと言うならば――

この世界を汚したのはレッセイ・ギルドでもあるということ――ではないか?

そうなのか?

九十九の心臓が嫌な音をたてた。
ドクドクと……それは運命が近づいてくる音のように思えた。知らなかった己の運命。レッセイ・ギルドの正体。
急激に血が引いていく感覚がした。
(――みんな知ってたんだ)

重い。
己が千年もの昔のすべての元凶、出発点と繋がっている。その事実に息詰まった。

「大地が我々を憎んでいる証に――終式結晶群イレイルというクリスタリスが存在する。何百年かに一度の割合で現れるクリスタリスだ。連中の目的はずばり、我々レッセイ・ギルドのみ。持っている核は仮晶で、真の核は大地。黎明に現れ、朝日が効かない。レッセイ・ギルドを殺すと勝手に消滅するという」
「真核が大地って……そんなの、どうやって倒すって言うんだよ!?」
「我が師から聞く処、昔、終式結晶群イレイルが現れた時は「犠牲」を払うしかなかった。だが歴代のレッセイたちは、奴らに対抗するための回路技術を後世のために生み出し、残してくれた」
そう言って六十八は背負っている革の袋を降ろし、中から古い木製の平たい箱をとりだして、留め金をはずすと中身を九十九に見せた。中にはびっしりと、大量のプレパラートが縦二列に収納されている。
どれも見たことがない型だった。
「対終式結晶群イレイルのためのプレパラートだ。これを作ったのは二十番から三十番台のレッセイ・ギルドと言われている。レッセイの全盛期の頃だ。……これを預かり、管理するのが本来の一二三の役目。幸か不幸か、まだこれを使ったレッセイはいない」
多重六花くらい当たり前に使えないとこれは扱えない高度なものだ、と言って六十八は蓋を締めた。

「しかし救いはあった。大地に憎まれた我々を憐れんで手を差し伸べたのが天だ。雪は天からの助けであり加護。天はレッセイ・ギルドに力を与えた。装天するとき皮膚を切り、血をプレパラートにしみ込ませるだろう。あれは「カガクシャの血」が雪の結晶と共鳴して起きる奇跡なのだ。カガクシャの血でないと装天できない。天の慈悲なのだ。もし、我々の血以外で装天することができるとすれば、それは新たな加護が生まれた時だろう」
「……っ、そうか、だから七十七姉たちがロサたちは回路は使えないって……じゃあ、回路技術は、いったい誰が作り出したものなんだ? カガクシャ? それともレッセイ・ギルド?」
「さて……微妙なところだな。どちらでもあったのかもしれない。私は師からレッセイ・ギルドが天からの加護を受けて作り出した物、としか伝え聞いていない。レッセイ・ギルドは何百年という歴史の中でカガクシャとは完全に別の存在になったのだ。だからカガクシャについての知識は、我々がその血をどこか薄く引いていること……それくらいしか残っていない。なぜ我々はその血を引くものを選んでしまうのかわからない。歴代の中で装天できなかったレッセイはいなかった……驚いたか?」
「……なんで師匠はずっと黙ってたのさ。みんなもっと早くに知らされてたんだろ」
「そうだな。……怖かったのかもしれない」
「師匠が、怖い?」
九十九は驚いた。
六十八が何かを怖がるなど、天地がひっくり返ってもありえなさそうなことだ。

「お前の反応がな。あまり心地のいい話じゃないだろう……特に九十九、お前はレッセイとしては問題あるくらい感受性が強い。自分が結晶世界の出現と関わり合いがあると知ったら――自暴自棄になるかもしれんと思ってな」
「……」
「我々はただ諾々と「掟」に従っているわけではない。今はもう誰が作ったかわからない掟、しかしそれはおそらくカガクシャと関係がある……意味があるものなのだ。だから掟は絶対なのだ。……掟を破るな、九十九。掟を破ったものは死あるのみだ」
「……」
「寒くなってきた。戻ろう」
いつのまにか六十八が燈した回路は昇華蒸発アセントしていた。辺りは暗い。空には星が輝いている。
九十九は無言のまま六十八のあとをついて宿営地に戻った。
寝ようと横になったが、中々寝付けず、ひたすら夜の闇を見つめていた。

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