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第三幕
⑨
しおりを挟む場はざわめきが支配していた。
興奮、感動、……あまりのことに失神しそうになる者まで出始めていた。
ヴァルルはぽかんと口を開けたまま動けない。
「見たか」
仁王立ちになってエズは興奮に震える声で人々に話しかけた。
「見たか! いや、見なかったとは言わせない! 見よ! あれが結晶世界の神の姿だ! クリスタリスを倒した! しかも一体ではない、不可思議な得体のしれないクリスタリスさえも倒した……! あれがレッセイ・ギルドだ! わかるかロサの者たちよ!」
人々からおおお、と声が上がる。レッセイたちを見守っていたロサの人々の好奇は歓喜へと変貌していく。
アルタは人々がレッセイたちを認めたのを感じた。長達の口から伝え聞くよりも確かな反応。
まさしく百聞は一見に如かず、だ。
「本当にクリスタリスを倒しちまった!」
「そんな人間がいるなんて」
「いや、人間じゃねえ、騎士様のいう通り神だ!」
「見ろ、戻ってくる!」
遠くからレッセイ・ギルド達が歩いてくる。満身創痍と言った姿だ。
「九十九!」
アルタは戻ってくる九十九の姿を目にして走り出した。人々がわあ、とそれに続く。何十人、何百人もの人々が帰ってきたレッセイ達に群がった。
「なんだ!?」
六十八が驚いて立ち止まる。他のレッセイ達も止まった。ロサの人々がレッセイたちの前までやってきて――膝をついた。膝をついて、何度も頭を下げ、手を擦りあわせ拝み始めた。
「な、なんなんだよ!」
九十九は人々の行動に恐怖を覚えた。クリスタリスよりもこの人間たちの態度の方が理解しがたく恐ろしい。
「九十九!」
「! アルタ!」
人々の中から抜け出したアルタは九十九の手を取った。
「無事でよかった! またクリスタリスを倒しちゃったのね、凄いわ! ――え」
アルタはぎょっとして手を離した。妙なぬめりを感じたからだ。手にべっとりと血がついていた。
「九十九! どこか――怪我をしたの!? 手のひらが酷いわ!」
「え? ああ、これはいつものことだから別に」
「そんな、他の人もこうなの? すぐに手当てをするわ。誰か、救急の用意を!」
はっ、と従者が答え、ロサの宿営地へと走って戻っていく。
「おい!」
六十八がイライラした様子で怒鳴った。
「この連中を何とかしろ! なんなんだ」
「この者たちは当然の行動に出ているのです、レッセイ・ギルドの長よ」
エズが歩いてきて、六十八の目の前に立った。先ほどの戦いぶり、見事――そういって興奮冷めやらぬ表情で片足をつき、礼をした。
「やめろ」
「やはりあなた方は人類の救世主だ。その技術、どうか我々に授けていただきたい。少し、ほんの少しでもいい。知識を」
「無理だという話はしたな。それより宿営地に戻りたい。今は休息が必要だ。見ていたならわかるだろうが、我々は疲れている」
「勿論です。すぐに何か栄養のあるものなど運ばせましょう」
「いらん。今日の食料分だけで十分だ。とにかくこの連中をどうにかしてくれ。戻れない」
「わかりました。皆よ、我々の神は疲れておいでだ。場所をあけるように」
エズの声に人々が道をあける。六十八は憮然とした表情で、六十九は物珍しそうに、七十七や九十五は無表情にロサの人々の中を通っていった。その様子を見ながら九十九は、
「あ、俺もとりあえず戻るよ」
「ああ……本当に、こんなに血を流してまで……ありがとう、九十九」
「別にお礼を言われるようなことはしてないぜ」
「そんなことないわ。九十九たちがクリスタリスを倒してくれたおかげで、私たちは助かったのだもの。鳥籠の用意はしていたけど、心もとなかったわ」
「鳥籠?」
「ええ、白い鳩を飛ばすの……そういえば九十九たちは鳥を連れていないのね」
「鳥? 鳥がどうしたっていうんだ」
「え」
アルタはキョトンとして、
「クリスタリスは鳥が弱点なの……弱点というか、鳥が気になって仕方ないみたいで、鳥を放つとそれを追いかけて行ってしまう性質があるのよ。だから私たちはいつも鳥を用意して、クリスタリスをやり過ごしてきたの」
「……それだけ?」
「ほかにも剣や槍があるけど、一番役に立つのは鳥よ」
「剣や槍……」
九十九は唖然とした。
そんな物が何の役に立つというのだ。
クリスタリスに対抗できるなどと本気で信じているのか。
おまけに鳥……クリスタリスがそういう性質を持っていることは初耳だったが、そんなものだけですべてのクリスタリスをやり過ごせるわけはない。
「君たちはそんな……そんな「武器」しかもっていないのか!?」
「……ええ」
「本当に!?」
アルタは悲し気にうなずく。
九十九は愕然とした。
九十九は物心ついてからずっと回路技術でクリスタリスと真っ向から対抗してきた。やられることもあれば圧倒することもあった。つまりクリスタリスと五分五分で――対等に対峙してきたのだ。
――しかし彼女たちはまるで裸だ。対抗する術を持たぬ、無力な人間。
アルタ達はクリスタリスと戦う術を何か持っているのだと勝手に思っていた。なにせあれだけの大所帯だ。それを維持するからにはやり合う術を持っていると……しかし違った。
鳩だって?
笑ってしまう。そんなのはただの運任せだ。
(あなたたちの技術を伝授してほしいのです)
九十九は頭を殴られたような気がした。
アルタ達の願いは本物だ。本当に戦う術がないのだ。このままではいずれアルタもクリスタリスに喰われてしまうかもしれない。今まで助かってきたのが奇跡だったとしか言いようがなかった。
――他人と交わってはならない。技術を渡してはならない。
それがレッセイの掟。
九十九は今まで掟に深く疑問を持ったことはなかった。確かに昔、他人を助けるという禁を犯したがそれは気まぐれで――年相応の反抗心のようなものだ。
九十九は人である前にレッセイ・ギルドであると教えられて育った。
だからこの世界はそうできていると何の疑問も持ったことはない。
「他人」はレッセイではないが同じようなものだと思っていた。ぼんやりとだが、自分たちと大して変わらぬ生を送り、死ぬのだと。そもそも「他人」と関わりがなさ過ぎて他の人間たちの生活など考えたことがなかった。レッセイのほとんどがレッセイの中で育ち、生き、終わりを迎える。だから九十九の無知は当然のことで――それは無知というよりただ「他人」との接触がない故の「未知」だったが、とにかく九十九はアルタと――ロサと出会ったことで他者の世界、レッセイが接触を禁じている世界を急速に理解しはじめていた。ひきずられたと言ってもいい。
(この無力な人々を――アルタを、放っておいていいのか)
回路技術はクリスタリスに対抗する術。レッセイ以外門外不出。
――本当にいいのか?
――それでいいのか?
レッセイにとって絶対不動の掟が――九十九の中で大きく揺らぎ始めていた。
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