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第三幕
⑧
しおりを挟む「全員、装天しろっ!!」
六十八の叫びと共にそれは現れた。
緑に覆われた大地を引き裂き、宙に飛び出すと再び大地にどしりと降り立つ。その振動に辺りはグラグラと揺れた。
――それは非常に奇妙な姿だった。
混じり合う薄緑と紫の色が印象的な、巨大な八面体のクリスタリス。
大きさは先ほどの「結晶群」とは比べ物にならない。全長十メートル以上はあるかという、まるで巨大な賽子。陽の光を反射して輝くその姿は美しさだけなら一級品だ。
レッセイ達は思わず息を飲んで動きを止める。
「螢石のクリスタリス……」
六十八は唸るように言った。
「「宝石群」だ。皆、気を引き締めろ! 奴らはクリスタリスの「王」だっ」
宝石群。
それはクリスタリスの中でも特に厄介で、群を抜いて倒すのが難しい種だ。
古代で言う、宝石や貴石に属する鉱石がほとんどを占める。姿だけなら何とも美しい。だが、彼らの攻撃性は他種の比ではない。彼らは肉を求める結晶群や箔群と違い、喰らうための機能を持たない。
彼らは只、「殺すことに特化している」クリスタリスなのである。
「「真核」を破壊しなくては……! 奴らは複数の核を持つ……すべての核を支配している真核を壊さないと何度でも奴らは蘇る! 真核は黒水晶だ! 全員総力を挙げてかかるぞ!」
巨大な螢石はゆっくりと浮上し始めた。
宝石群は多くの「特殊行動」を伴うのが特徴で、レッセイ達が天の助けである回路を使って鉱石をならし、奇跡を起こすことができるように、彼らもまた自らの力を誇示してくる。
「宝石群か……会うのは久々だなあ? 九十九は覚えてるか」
六十九がいつになく緊張した面持ちで構える。
「小さい頃……ほんとに小さい頃遭遇したのは覚えてるよ」
九十九はそういってごくりと唾を飲んだ。たしか犠牲が出ていたはずだ。
宝石群はクリスタリスの中でも最悪の形態と教わっている。真っ向から相手をするのはこれが初めてだった。
「四の五の言ってても始まらないですね」
九十五が装天する。その型は、より鉱石の力を増幅しやすい複合板状結晶である。
「螢石は硬度が低いわ。あの巨体を粉々に破壊するだけなら易しいかもしれないけど」
そういって七十七はチラリと六十八を見る。六十八はうなずいて、
「私が破壊を試みる。問題は核だ……真核以外は螢石とは別の石でできている可能性がある。恐らく特殊行動に移るだろう。皆はそれに対処。真核を見つけ次第すぐ破壊しろ。いいな?」
全員が頷く。
「行くぞ! 装天!」
六十八の手のひらをガラスのプレパラートが切る。
吹き出した血は雪の結晶に染み渡り、瞬時にその姿を巨大な六花へと変えた。星形羊歯六花。複雑な側枝が中心の鉱石の力を増幅する攻撃特化の回路である。雷水晶、電気石、金剛石。六十八は迷いなく鉱石を嵌めていく。
「落ちよ!」
回路に六十八の意思が入り、輝いた。同時に巨体のクリスタリスに轟音をたてて雷が落ち、稲妻が走る。クリスタリスにヒビが入り、八面体の上の部分が破壊されてその欠片が雨霰と降り注ぐ。それを避けながら皆は真核を探した。が、あらわになるかと思われた内部が途端に光り輝きはじめ、黄緑色の蛍光色が鉱石全体から発せられる。
九十九は目がチカチカした。黄緑色かと思えば、紫色に変わる。心臓が脈打つかのように点滅し、これでは核が見えない。
(螢石は発光性があるのだったか……威嚇しているな。もう一度……!)
六十八が再装天し破壊を試みる。攻撃を受けたクリスタリスは更に身を削り、点滅が止んだ。
「いまだ!」
九十九がクリスタリスの傍に駆け付け中を覗こうとすると――何かが飛んできた。
「!」
避けられない。
しかし何かは九十九の目の前で横に逸れ、消えた。青い、何かの波長。後ろを向くと七十七がニコリと笑った。貝殻の防御壁を張ってくれていたのだ。
「長くはもたないわ、急いで!」
七十七がそういう間にも奇妙な波長は九十九たちに向かって飛んでくる。外に飛んだその光は地面に当たると緑を枯らした。螢石の特殊行動は「光」だ。それと同じ行動をとる核がある――
防御壁に守られたまま九十九は半壊したクリスタリスの内部へ飛び込み――そこには浮遊する美しい蒼紫の玉があった。
青い光を放ち続けている。
(灰簾石)
正体はすぐにわかった。九十九の頭には何百何千という鉱石の種類が叩き込まれている。
「灰簾石の弱点は振動!」
そういうと右手を掲げ、手の表皮を切った。装天。雪華に嵌めるは藍玉と陰陽石。
「水よ、姿を変えよ! 変化の震えと疼きを奴に与えるがいい!」
陰陽石は変容の石。藍玉と組み合わせる事で生成された水に振動を発生させることができる。古で言うところの超音波だ。回路が光り、大量の水が灰簾石へと降り注ぐ。
(灰簾石の硬度はそこそこだけど、劈開は低いほどに低い。いける!)
劈開とは靭性、亀裂や衝撃の弱さに対する程度のことだ。硬度の高い鉱石でも靭性が低ければすぐ破壊できてしまう。例えば金剛石は硬度十で最高硬度だが靭性は低く、衝撃に弱い。
「行けえええっ!」
九十九が攻撃する中、六十八の三度目の落雷。灰簾石の核はついに耐え切れず崩壊した。
「やった!」
が、すぐに――再生した。九十九はうえ、と一瞬顔をしかめる。
(やはり真核をやらないとだめだ)
再装天して再度同じ攻撃を核にくり出す。核があるとクリスタリスそのものが再生してしまうからだ。しかし核からの攻撃も再開する。いたちごっこだが、真核を見つけ、破壊するまで核を破壊し続けるしかない。六十八が四度目の雷を落とした。それでもクリスタリスは崩壊しない。
「師匠! まだなの!?」
七十七が叫ぶ。七十七は両手に回路を展開させている。片方は九十九を守るため、もう片方は自分を守るためだ。この態勢では再装天が難しい。回路は長く持たない。この回路が昇華蒸発してしまったら九十九も七十七も危ないのだ。
「待ってろ! くそ、どこだ」
六十九と九十五が雷の光と振動に耐えながらクリスタリスの中を懸命に探し――、
「あった!」
真核、黒水晶。螢石の奥にひっそりと漆黒のその身を隠していた。
「見つけたぜ、九十五!」
「はい!」
同時装天。黒水晶の弱点はただ一つ。
「光よ!」
二人の回路に光が走り、まばゆい輝きが辺りを支配した。
六十九は日長石、九十五は銀星石。
「我らに勝利を!」
二人の叫びは形となる。黒水晶は目を開けていられないほどの光にその身を貫かれ――四散した。同時に灰簾石の核もくだける。クリスタリスの姿が瓦解し、砂になって崩れた。
再装天を繰り返していた九十九はほっとしてその場に尻餅をつく。
「皆、大事ないか」
九十九と同じくその場に腰を落とした七十七はどうなるかと思ったわ、とため息をついた。
「まさか宝石群に会うとは思わなかった……ヒヤッとしたけどなんとかなったわね」
「本当です。しかし真核には相当の鉱石が必要ですね。月長石の光などではとても足りない」
「九十九」
六十八は弟子の元に歩み寄った。
「平気か」
「疲れた」
はあー、と九十九は肩をまわし、
「師匠こそ大丈夫なのかよ。電撃系の石を使い続けるのは凄く集中力と体力がいるって……加減を間違えると俺たちも巻き込んじゃうからさ」
「大したことはない。それよりよく耐えたな。鉱石の選定も確かだった」
そういって右手を差し出した。
「よくやった。お前の腕は想像以上だった」
九十九は少し恍惚とした。六十八からストレートに褒められる事は滅多にない。一二三から褒められているのだ。
腕を認められている――喜びを隠せなかった。
「へへっ」
顔を赤らめて九十九は六十八の手を取り、立ち上がった。お互い手のひらは血にまみれている。
再装天の多さを――戦いの激しさを物語っている。
「他にクリスタリスは見当たらないわね」
腰を上げて七十七は辺りを見回した。
「戻りましょう。みんな、スライドガラスを拾うのを忘れないでね」
「おっと、いけね」
そういって六十九は慌てて地面を見渡した。九十五はガラスを回収しながら言った。
「今回の宝石群は大人しい方かと思います。螢石のクリスタリスでしたし案外簡単にかたずけられました……宿営地に戻ったら今後の対応を考えましょう一二三」
「うむ」
やがてレッセイ達は何事もなかったかのように歩き始めた。
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