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第三幕
⑤
しおりを挟む「おや、来たようですよ」
九十五は布を織っていたが、人の気配を感じて顔をあげた。
「師兄上達、起きてください」
「んん……なんだもう日が陰ってきてるじゃねえか」
「あら……でも久々にぐっすり眠れたわ! 九十五は寝たんじゃないの?」
「お二人より先に起きましたよ。僕は短時間で熟睡できるタイプなので」
「じゃあ見張りは……あら九十九」
七十七の視線の先にはぐうぐうと木の根本で寝る弟弟子の姿があった。
「休みは貴重だからな。寝させた」
そういう六十八は遠くから近づいてくる人間たちに鋭い視線を投げかけている。
「あらまあ一二三。寝不足じゃなくて?」
「夜寝るから構わん。それより、おでましだ」
ブルブルッと六十八たちのラクダが鼻息を荒くする。近づいてくる同族に反応しているのだ。
「遅くなり申し訳ありません。改めて……コレアラタ=ロサ・エスファナです」
アルタが一歩踏み出し、六十八に声をかけた。
「準備に時間がかかってしまって……今はとりあえず夜食だけになってしまうことをお許しください。レッセイ・ギルドの惣領の方……まだお名前を聞いていませんでしたね」
「名はない。番号は六十八。何とでも呼べ。そこまでして足止めしても無駄だと思うがな」
「……ここの緑は豊かでしょう? 旅をなさっているならここがどれだけ貴重な場所かわかるはず。緑が多ければクリスタリスの出現頻度は低い。遠慮なくくつろげます。どうか我々の贈り物をうけとってくださいませ」
「出現頻度は低い、ね」
六十八は何か皮肉めいた顔でつぶやくと、
「約束は守る。いただこう」
そう言って重い腰を上げた。
「荷を解け」
エズの指示で従者たちがラクダから荷物を降ろす。それを手伝いながらヴァルルは彼らを――レッセイ・ギルド達を品定めするように眺めた。
奇妙な連中だ、というのが第一印象だった。
彼らの服装はロサの人間と大して変わりはしないが、皆頭に鉢巻きのような頭布を巻いている。細かい刺繍が施されているようだ。そしてまるで石大工のような装備を身に着けている。腰には双頭のハンマー、鏨やへら。そしてなぜか逆さまに太ももに巻かれたホルダー……。
ホルダーは太ももだけでなく、腕や手首にもいくつも巻かれ、何かが収められている。
(……)
男が四人に女が一人。皆若い。結晶世界における人の寿命は五十歳前後だ。結晶化をまぬがれ、クリスタリスに殺されなかったらの話だが。ロサの歴史においてそういう統計が出ている。
だから若者が多いのは不思議ではないのだが、年寄りがいないのも奇妙に思えた。
(得体が知れないが、しかしやはりただの人間にしか見えない)
ヴァルルの好奇の視線はレッセイ達に当然、気付かれている。
「あいつまるで珍妙な鉱石を見つけた子供みたいな顔だぜ」
そういって六十九はニヤニヤ笑う。荷物を受け取りに行きますよ、と九十五が歩み出た。
「あ、俺も」
アルタと話している六十八の元へ九十五と九十九が近寄った。ロサ・エスファナの人間たちと距離が縮まる。
(アルタだ)
また会えた。九十九はなんだか嬉しくなって、
「師匠、俺、荷物受け取るから」
「好きにしろ」
九十九は銀髪の青年から麻袋に入った荷を受け取った。
「これは食料です。ヴァルル、水を」
ラクダに載せた樽をおろし、横に転がしてヴァルルは九十五に水を渡す。
「水はこの樽一杯分……十日は持ちます」
「ありがとう。綺麗な青ですね」
九十五はヴァルルの服装を見て言った。
「あ、ああ、これは我々騎士を表す色なんです」
ヴァルルはドギマギしながら答えた。
「アルタ様を御守するのが騎士の役目です」
「そうですか」
それだけ笑顔で言うと九十五は樽を転がしながら自分たちの宿営場に戻っていった。
「今日の荷物はこれで全部、あと……」
六十八とエズが話し始めた。その隙を狙って九十九はアルタに話しかける。
「や。ええと、アルタ。食料ありがと」
「まあ九十九。いいのよ、私たちの我儘だから」
アルタは何か安心したような顔で笑った。
「はは、師匠おっかないだろ。ごめんな、師匠は一二三だから……まあ元々の性格もあるけど」
「ヒフミ?」
「レッセイの中のレッセイ。一番の腕を持っててレッセイ・ギルドを率いる惣領を一二三というんだ。アルタと同じだね」
「じゃ……九十九はあの人の、弟子、という事?」
「まあね。俺を育ててレッセイにしたのが師匠」
「親御さんや兄弟はいないの?」
「オヤ? 何? それ。兄弟は、そうだな、兄弟子ばっかり。俺はレッセイの末席だから」
「……」
「そういえば、もう一人いたろ? 綺麗な声で歌ってた。アルタとよく似てた男……の子?」
「それは弟で」
アルタは何かを言おうとして言葉を飲み、そしてこっそり九十九に耳打ちした。
「内緒で、会えない?」
そういって少し気恥ずかしそうに言うと、
「夜にこっそりロサを抜け出して……話したいことがたくさんあるの。ロサとここの場所の間、真ん中に大きな岩があるでしょ」
そう言ってチラリとアルタは後ろを向く。
確かに互いの宿営地のちょうど真ん中には放り出されたかのように転がった巨石がいくつも重なってそびえ、塔のようになっていた。
「あそこで話せないかしら。でも……九十九の師匠が許さないでしょうね」
九十九はうーんと考えこんだ。アルタと色々話をしたいのは確かで、だがそれは掟に反している。でも今は食料をもらってる「間柄」だしな……、と考え直した。
しかし、
「俺もアルタと話したいけど、今日はちょっと無理かも」
まだロサと出会ったばかりだ。皆、表には出さないが気が立っている。
「もう少ししたら隙を見て抜け出すよ。それまで待ってて」
ありがとう、とアルタは柔らかな表情を見せたとたん顔を曇らせ、
「ごめんなさい、勝手なことを言って。掟に……反しているのよね?」
「うーん、まあそうなんだけど……」
九十九は照れ隠しに鉢巻きの先の房飾りをいじりながら、
「俺もアルタと話したいことがあるし……昔、あの後ちゃんと無事だったんだよね?」
「……あの……弟は亡くなったわ……結晶化で……数か月前のことよ」
「……そっか……綺麗な声だったのに……ごめん、残念だったね」
「九十九」
鋭い声が飛んできた。六十八がエズと話を終えてこちらを見ている。
「いつまで喋ってる。木陰に戻れ」
九十九は唇を尖らせたが六十八に睨まれ、アルタにじゃあ、と手を振るとすごすごと戻った。
「ではまた明日……」
エズはそう言うとアルタとヴァルル、従者たちを促して帰りの荷物をまとめさせる。
アルタは帰る途中、レッセイたちの方を一度振り向くとまた前を向いて宿営地へと戻っていった。
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