東方のレッセイ・ギルド

すけたか

文字の大きさ
上 下
27 / 56
第三幕

しおりを挟む


「おや、来たようですよ」

九十五は布を織っていたが、人の気配を感じて顔をあげた。
師兄上あにうえ達、起きてください」
「んん……なんだもう日が陰ってきてるじゃねえか」
「あら……でも久々にぐっすり眠れたわ! 九十五は寝たんじゃないの?」
「お二人より先に起きましたよ。僕は短時間で熟睡できるタイプなので」
「じゃあ見張りは……あら九十九」

七十七の視線の先にはぐうぐうと木の根本で寝る弟弟子の姿があった。

「休みは貴重だからな。寝させた」
そういう六十八は遠くから近づいてくる人間たちに鋭い視線を投げかけている。
「あらまあ一二三。寝不足じゃなくて?」
「夜寝るから構わん。それより、おでましだ」
ブルブルッと六十八たちのラクダが鼻息を荒くする。近づいてくる同族に反応しているのだ。

「遅くなり申し訳ありません。改めて……コレアラタ=ロサ・エスファナです」
アルタが一歩踏み出し、六十八に声をかけた。
「準備に時間がかかってしまって……今はとりあえず夜食だけになってしまうことをお許しください。レッセイ・ギルドの惣領の方……まだお名前を聞いていませんでしたね」
「名はない。番号は六十八。何とでも呼べ。そこまでして足止めしても無駄だと思うがな」
「……ここの緑は豊かでしょう? 旅をなさっているならここがどれだけ貴重な場所かわかるはず。緑が多ければクリスタリスの出現頻度は低い。遠慮なくくつろげます。どうか我々の贈り物をうけとってくださいませ」
「出現頻度は低い、ね」
六十八は何か皮肉めいた顔でつぶやくと、
「約束は守る。いただこう」
そう言って重い腰を上げた。
「荷を解け」
エズの指示で従者たちがラクダから荷物を降ろす。それを手伝いながらヴァルルは彼らを――レッセイ・ギルド達を品定めするように眺めた。
奇妙な連中だ、というのが第一印象だった。
彼らの服装はロサの人間と大して変わりはしないが、皆頭に鉢巻きのような頭布を巻いている。細かい刺繍が施されているようだ。そしてまるで石大工のような装備を身に着けている。腰には双頭のハンマー、たがねやへら。そしてなぜか逆さまに太ももに巻かれたホルダー……。
ホルダーは太ももだけでなく、腕や手首にもいくつも巻かれ、何かが収められている。
(……)
男が四人に女が一人。皆若い。結晶世界における人の寿命は五十歳前後だ。結晶化をまぬがれ、クリスタリスに殺されなかったらの話だが。ロサの歴史においてそういう統計が出ている。
だから若者が多いのは不思議ではないのだが、年寄りがいないのも奇妙に思えた。

(得体が知れないが、しかしやはりただの人間にしか見えない)

ヴァルルの好奇の視線はレッセイ達に当然、気付かれている。
「あいつまるで珍妙な鉱石を見つけた子供みたいな顔だぜ」
そういって六十九はニヤニヤ笑う。荷物を受け取りに行きますよ、と九十五が歩み出た。
「あ、俺も」
アルタと話している六十八の元へ九十五と九十九が近寄った。ロサ・エスファナの人間たちと距離が縮まる。

(アルタだ)

また会えた。九十九はなんだか嬉しくなって、
「師匠、俺、荷物受け取るから」
「好きにしろ」
九十九は銀髪の青年から麻袋に入った荷を受け取った。
「これは食料です。ヴァルル、水を」
ラクダに載せた樽をおろし、横に転がしてヴァルルは九十五に水を渡す。
「水はこの樽一杯分……十日は持ちます」
「ありがとう。綺麗な青ですね」
九十五はヴァルルの服装を見て言った。
「あ、ああ、これは我々騎士を表す色なんです」
ヴァルルはドギマギしながら答えた。
「アルタ様を御守するのが騎士の役目です」
「そうですか」
それだけ笑顔で言うと九十五は樽を転がしながら自分たちの宿営場に戻っていった。
「今日の荷物はこれで全部、あと……」
六十八とエズが話し始めた。その隙を狙って九十九はアルタに話しかける。
「や。ええと、アルタ。食料ありがと」
「まあ九十九。いいのよ、私たちの我儘だから」
アルタは何か安心したような顔で笑った。
「はは、師匠おっかないだろ。ごめんな、師匠は一二三だから……まあ元々の性格もあるけど」
「ヒフミ?」
「レッセイの中のレッセイ。一番の腕を持っててレッセイ・ギルドを率いる惣領を一二三というんだ。アルタと同じだね」
「じゃ……九十九はあの人の、弟子、という事?」
「まあね。俺を育ててレッセイにしたのが師匠」
「親御さんや兄弟はいないの?」
「オヤ? 何? それ。兄弟は、そうだな、兄弟子ばっかり。俺はレッセイの末席だから」
「……」
「そういえば、もう一人いたろ? 綺麗な声で歌ってた。アルタとよく似てた男……の子?」
「それは弟で」

アルタは何かを言おうとして言葉を飲み、そしてこっそり九十九に耳打ちした。
「内緒で、会えない?」
そういって少し気恥ずかしそうに言うと、
「夜にこっそりロサを抜け出して……話したいことがたくさんあるの。ロサとここの場所の間、真ん中に大きな岩があるでしょ」
そう言ってチラリとアルタは後ろを向く。
確かに互いの宿営地のちょうど真ん中には放り出されたかのように転がった巨石がいくつも重なってそびえ、塔のようになっていた。
「あそこで話せないかしら。でも……九十九の師匠が許さないでしょうね」
九十九はうーんと考えこんだ。アルタと色々話をしたいのは確かで、だがそれは掟に反している。でも今は食料をもらってる「間柄」だしな……、と考え直した。

しかし、
「俺もアルタと話したいけど、今日はちょっと無理かも」
まだロサと出会ったばかりだ。皆、表には出さないが気が立っている。
「もう少ししたら隙を見て抜け出すよ。それまで待ってて」
ありがとう、とアルタは柔らかな表情を見せたとたん顔を曇らせ、
「ごめんなさい、勝手なことを言って。掟に……反しているのよね?」
「うーん、まあそうなんだけど……」
九十九は照れ隠しに鉢巻きの先の房飾りフリンジをいじりながら、
「俺もアルタと話したいことがあるし……昔、あの後ちゃんと無事だったんだよね?」
「……あの……弟は亡くなったわ……結晶化で……数か月前のことよ」
「……そっか……綺麗な声だったのに……ごめん、残念だったね」

「九十九」

鋭い声が飛んできた。六十八がエズと話を終えてこちらを見ている。
「いつまで喋ってる。木陰に戻れ」
九十九は唇を尖らせたが六十八に睨まれ、アルタにじゃあ、と手を振るとすごすごと戻った。
「ではまた明日……」
エズはそう言うとアルタとヴァルル、従者たちを促して帰りの荷物をまとめさせる。
アルタは帰る途中、レッセイたちの方を一度振り向くとまた前を向いて宿営地へと戻っていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られる都市~

こばん
SF
世界は唐突に終わりを告げる。それはある日突然現れて、平和な日常を過ごす人々に襲い掛かった。それは醜悪な様相に異臭を放ちながら、かつての日常に我が物顔で居座った。 人から人に感染し、感染した人はまだ感染していない人に襲い掛かり、恐るべき加速度で被害は広がって行く。 それに対抗する術は、今は無い。 平和な日常があっという間に非日常の世界に変わり、残った人々は集い、四国でいくつかの都市を形成して反攻の糸口と感染のルーツを探る。 しかしそれに対してか感染者も進化して困難な状況に拍車をかけてくる。 さらにそんな状態のなかでも、権益を求め人の足元をすくうため画策する者、理性をなくし欲望のままに動く者、この状況を利用すらして己の利益のみを求めて動く者らが牙をむき出しにしていきパニックは混迷を極める。 普通の高校生であったカナタもパニックに巻き込まれ、都市の一つに避難した。その都市の守備隊に仲間達と共に入り、第十一番隊として活動していく。様々な人と出会い、別れを繰り返しながら、感染者や都市外の略奪者などと戦い、都市同士の思惑に巻き込まれたりしながら日々を過ごしていた。 そして、やがて一つの真実に辿り着く。 それは大きな選択を迫られるものだった。 bio defence ※物語に出て来るすべての人名及び地名などの固有名詞はすべてフィクションです。作者の頭の中だけに存在するものであり、特定の人物や場所に対して何らかの意味合いを持たせたものではありません。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...