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第三幕
③
しおりを挟む一時間ほどして赤茶けた大地は次第に緑の色が濃くなっていき、ちらほらと茂る木々も見受けられるようになった。
普段出会う事のない草食獣の姿も見える。さらにその先を行くと、遠目にも大勢の人々の気配が漂う集落が見えてきた。数多くのテントが張られている。集落には大きな青い旗が掲げられていて、レッセイたちには見知らぬ花の絵が描かれている。九十九はきょろきょろと物珍しそうに遠くを眺めた。
「あれが我ら「ロサ・エスファナ」です」
後ろを振り返りながらアルタが説明する。
「元々は我が一族が収めた国の名です。土地は結晶化により追われましたが、こうして代々国民を率いて旅をしています。我々の目的は結晶世界の脅威がない土地へ移り住むこと」
「そりゃ大層なこった」
六十九が嗤う。
「本気でそう思ってんのか?」
「勿論です。でなければロサの惣領などしていません」
落ちついた表情でアルタは返事を返す。六十九はヒュウ、と口笛をふいた。
(なるほど、「国」という大集団を率いているというのは本当の様だ。胆力が違う)
「失礼ですがあなたのお名前は?」
「名前なんかねえ、俺は六十九番目のレッセイ・ギルド。だから六十九」
「……九十九も同じようなことを言ったわ……なぜ名前がないのです?」
「必要ないから」
「……それはまるであなた方の存在に意味がないように聞こえます」
「まあ、そういうことなんだろうな」
アルタは怪訝な顔をした。彼らのいう事は謎だ。
「アルタ様、ヴァルルが手を振っているのが見えます」
エズが集落に簡単に設けられた門――といっても掘ってきた巨大な水晶の先端を左右に置いただけの簡易なものだが――そこに、蒼い騎士姿のヴァルルが待機しているようだった。
「ロサ・エスファナとやらが近いのか」
「はい」
「ならば我らはここまで。ここに居を構える。これ以上は近づかない」
そういって六十八はラクダの足を止めた。エズは、
「でもここには岩の壁もないし、鉱物の雨もしのげない。危険です」
「そこに木がある。布を張ればいい」
「しかし、そんな細い枝ぶりでは……」
「構わん」
「……」
これ以上言っても無駄かとエズは諦め、
「我々は一旦ロサに帰ります。それからすぐに食料を調達しますのでお待ちください」
二人は門に向かってラクダをすすめた。レッセイ・ギルドたちの姿が遠くなっていく。チラリとエズは後ろを振り返りながらまた前を向いた。こそこそとアルタに話しかける。
「食料はなるべくその日の分だけ少量、ゆっくりと運びましょう」
「……できるだけ足止めをする、ということね」
「卑怯なやり方です、これは。騎士としては気が進みませんが仕方ない。彼らが心を開いてくれるまで待ちましょう」
エズとアルタが去った後、レッセイたちは木にラクダの綱を結び、草花で覆われた大地に腰を下ろした。緑を見るのは久しぶりだ。ましてこんな柔らかな若芽の上に転がるのも。
「はあ~ああー」
六十九がごろりと横になり大きくのびをした。
「師匠、変な声出さないで。びっくりしたわ」
「だってよ七十七、ここんところクリスタリスとやり合うことが多かったからまともに寝ることもほとんどなかったからなあ……なんだかんだで来て良かったか。期間限定だがな」
「この辺りは豊かですね……」
驚いた顔で九十五が辺りを見渡した。色とりどりの草花が咲いて、遠くには草をはむ獣の姿が見える。とても結晶世界とは思えない景色だ。
「一時的なものにすぎん」
六十八が荷物を降ろしながら言った。
「雪解け水の恩恵がなくなればすぐに荒野になる。「川」がいつ結晶化するかもわからん」
「ま、言われる通りここまできたんだから貰えるものは貰うさ」
六十九はそう言うと盛大なあくびをして、
「俺は一寝入りさせてもらうぜ。見張りは九十九な」
「ええーっ」
興味深く色鮮やかな花を摘んでいた九十九は手を放した。ボトボトと花が落ちる。
「俺も寝たいのに師兄上はずるい!」
「末席の役目だ。よろしくな」
言い終わるが先か、六十九はぐうぐうと寝入ってしまった。
「あ、じゃあ私も……」
「僕も……」
「なっ」
七十七と九十五はにこにこと九十九に笑顔を見せると簡易な枕を頭にさっさと寝てしまった。九十九は地団駄を踏んで、
「なんだよーっ、俺が一番年下だからって! 師兄上も師姉上もっ!」
「寝たいなら寝ろ」
六十八が僅かに食料の入った袋を確かめながら、
「私が起きている」
「……師匠だって眠いくせに」
不貞腐れて九十九はその場に手足を投げ出し、転がった。
空は穏やかな晴天で、どこからか鳥の鳴き声が聞こえる。
寝ていろ、と六十八は繰り返し言った。
「休息は貴重だ」
「師匠は」
「約束が確かなら食料や水が運ばれてくるだろうからな。全員寝転んでいるなど間抜けなことはできん。あの娘は惣領だと言ったからともに来るだろう」
「……」
(そっか、あの子……アルタ……惣領って……師匠と同じ一二三みたいなものかな? 食料を持ってまたここに来るかもしれないのか……)
草原に転がりながら六十八はつらつらと考える。あの不思議な色の髪の少女。まさかまた会えるとは思わなかった。
(なんだか、きらきらして見えたな)
九十九は師姉の七十七以外、女性というのをよく知らない。
七十七はどちらかと言えば静かで物腰の柔らかな女性である。女性とはそういうものだと思ってきたので、アルタの溌剌とした態度や物言いには驚かされた。一二三にたいして全く物怖じしない。
もちろん、彼女が一二三がどういう者か知らないから取れる態度かもしれないが……とにかく彼女は堂々としていた。
(昔会ったときは全然そんなふうに感じなかったのになあ)
自分が一人前のレッセイ・ギルドに成長したように、彼女も「ロサ・エスファナ」とやらの惣領に立派に成長したという事か。
(アルタ……アルタか)
ぼんやりと九十九は彼女の事を思った。
(そういえばもう一人いた……弟とか言ってたっけ。今はどうしたのかな)
また会えるなら、その時聞いてみようか。あと、昔出会った時の事を話してみたい。自分は「他人」にとても驚いたけど、彼らはどう感じたのだろうか。
(神様とか言ってたっけ)
寝転がり、頭の後ろで腕を組み空を見上げる。あの歌をもう一度聞いてみたいと思った。
――他人と交わってはならない。
六十八が何度も九十九に念を押した掟。
しかし六十八の心配とは裏腹に、九十九の思考はすっかりアルタ達へと傾いてしまっていた。
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