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第三幕
②
しおりを挟む「お願い話を聞いて。あなたが惣領なのですか。私はコレアラタ=ロサ・エスファナ。皆はアルタと呼びます。私はロサ・エスファナという国を背負う者です。あなた方の力を借りたい」
「あいにく我々は他人と慣れあわん」
六十八はラクダに乗ると九十九にはやく乗れとせかした。
「お力を!」
少女とは別の、悲壮にも似た青年の声が響いた。エズだ。
「私はアルタ様にお仕えするロサの騎士、エズ=ジオスと申す!」
エズは歓喜なのか、驚嘆なのかわからない感覚に身を震わせながら続けた。
「我々はクリスタリスと戦う術を持たず、ただただ逃げることで生き延びてきた……しかし! 先ほどの摩訶不思議な術……あれでそこの少年は確かにクリスタリスを倒した! なんなく、苦も無く、鳥を使わずとも……その力――その術どうか我々に伝授していただきたい! あなた方はとてつもない技術を持っている! 我々が生き残るためにどうか!」
「断る」
エズは目を剥く。六十八は静かに続けた。
「我々は他人と関わらない。それが我々の掟だ。先を急ぐ。これにて」
「お待ちください! どうか!」
エズはその場に膝を折り、手をついて頭を垂れた。
騎士のあるべき姿ではない。だがそんなことは関係なかった。この奇跡の集団との出会いは運命だ。
アルタが結んだ運命なのだ――エズはそう直感していた。
(絶対に手放してはならない……!)
アルタが続ける。
「オアシスに行かれると言いましたね。もしや水……食料が尽きかけているのでは?」
「……だったらなんだ」
「私たちには今分けられるだけの食料と水があります。ここから先に……雪解け水の川があって、一面に緑が芽吹いているんです。動物もやってくるし、水も今なら取り放題。三千を超える私たち国民を潤すだけの十分な量がある。これからオアシスを探すのは難題だわ。それより私達の移住地に来たほうがいい」
「俺たちは人間と関わらない」
六十九がアルタを見ながら言った。
「確かに食料と水は魅力的だ。が、俺たちには掟がある」
「命が尽きては掟も何もないではないですか。人が生きるには……」
「俺たちはただの数だ。それ以上でもそれ以下でもない。それがレッセイ・ギルド」
「……」
ただの数。
アルタは彼らの言う「掟」がわからない。思わず言葉が途切れた。
「こうはどうです」
エズがアルタに加勢し六十八に問う。
「我々はあなた方に食料と水、他に必要なものがあれば提供します。その代わりクリスタリスを倒す方法を教えていただけませんか」
「何度も言わせるな。我々は他人と関わらない。それに倒す方法を教えたとて無駄だ」
「どういう意味です」
「説明する理由はない。お前たちには使えない。それだけだ」
いくぞ、と六十八はラクダを出発させようとする。
「ならば食料と水、無条件に差し上げる!」
エズの声。六十八はラクダの上からじろりと見つめた。
「ずいぶん不利なことを言い出すものだな」
「生活に必要なものすべてをお渡しします。そのかわり我々の近くにしばし移住してもらえませぬか。それならいつでも食料を渡せる」
「なぜそこまでする」
「神がそこにいるからです」
「我々はそんなものではない」
「答えを。飢えが、迫っているのでしょう。頷いていただけるならこのままロサ・エスファナまでご案内します。言っておきますがこの辺りにオアシスはない」
「……」
六十八が黙る。他のレッセイが一二三の周りに寄ってきて話し始めた。九十九はラクダの足元で師たちの動向を見つめる。
師たちの手前、とても口には出せないが実のところ九十九はアルタ達にかなり興味があった。
もっと多くの――「他人」がいるのだと知って、それを見てみたいという欲求が幼い頃のように強く湧いたのだ。「国」というものがなんなのか、自分たちと何が違うのか。探求心がうずいた。
立派なレッセイとはなったが、強い好奇心を抑えることには失敗したらしい。
だが、決めるのは一二三だ。それくらいは承知している。
「エズ、勝算はあるの」
アルタが小声で臣下に話しかける。
「彼らを逃してはなりませんアルタ様。彼らはどうやらとても頑なであるようです。我々の想像の及ばない信条を持った集団なのでしょう。ですが彼らはクリスタリスを倒せる技術を持っている。考えればそれだけの術をすぐに寄越せ、というのは無理な話でしょう。ここは時間をかけて……我々と交流を長く持つことで態度を軟化させる……それしかありません」
エズはごくりと唾を飲んだ。
「やってきてくれるかは賭けですが」
「私も賭けるわ」
二人はレッセイ達の返答を待った。レッセイたちはぼそぼそと何かを話している。
「正直なところ食料は魅力的だ。だが……」
「俺たちはなれあわないことが掟だぜ六十八。破るか? 七十七、水脈はどうした」
「ダウジングしてみたけど、見つからないわね」
「水はあと二日分ほどしかないです一二三。僕は……」
すっかり成人した九十五が難しい顔をする。六十八は腕を組んで黙り込んだ。そこへ、
「いこーぜ師匠!」
師たちの会議にしびれを切らした九十九が大きな声をはりあげた。
「食料と水、貰えるなら願ったり叶ったりだし……回路技術は教えなくてもいいんだろ? 俺、すっげー腹減ってるし……師兄たちだってそーだろ。なら今だけそうすればいい」
「……そういうことではないのだがな……」
「しばらく食えるだけもらえるなら俺は有難い。師匠達だってそうだろ!」
「お前は相変わらず考えが浅い」
六十八は組んでいた腕をほどき、ため息をついた。そしてアルタとエズの方を向く。
「わかった。食料と水、急ぎ必要としているのは確かだ。交換の代わりにお前たちの言う通り、お前たちの「国」の近くに移動しよう。ただし我々はお前たちと慣れあわない」
「構いません、よろしいですねアルタ様」
アルタが頷いた。エズはホッとして額の汗をぬぐった。他人から見ればひどく滑稽な、一方が得をするだけの契約だ。
だがなんとしてもこの集団……レッセイ・ギルドからクリスタリス打倒の技術を聞きださねば。
そのために彼らをなんとかしてロサに繋ぎ留めねばならない。
「すぐ案内します。こちらへ!」
アルタが乗ってきたラクダを引いて背に乗ると、手を振った。エズもラクダに乗る。出発した二人にレッセイたちは続いた。
「いいのかよ?」
と六十九。
「仕方あるまい。食料と水はないし……しばしの間だけだ。我々が他人と接触を持つとどうなるかはわかっている……だから少し、ほんの少しの間だけ彼らと過ごす。くやしいが九十九のいう事は筋が通っているしな」
「へっ、弟子に甘くなってきたなお前。あいつら絶対、回路技術を求めてくるぞ」
「僕は一二三の判断を支持しますよ、他の人間とは距離をとればいい。雪解けの川があると言っていましたがそのうち枯れるでしょう。その時去ればいいですよ。だいたい一二三の言う通り我々の術を教えても無駄ですし」
七十七が笑う。
「なかなか狡猾な考え方をするわね九十五」
「食糧管理は僕の役目ですから師姉上。ずっとやってればずるくもなりますよ」
そういって九十五は澄ました顔をする。九十九は不満そうに、
「管理してんのは俺だと思うんだけど」
「九十九、お前は運んでいるだけだよ。お前に管理を任せたらつまみ食いで物がなくなる」
「ちぇ、九十五の師兄上はいつからそんなに意地が悪くなったのさ」
「僕は愛する弟弟子を見守っているだけさ。さあ行こう」
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