東方のレッセイ・ギルド

すけたか

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第三幕

邂逅

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「どりゃぁっー!」

鉄を仕込んだ靴でクリスタリスの心臓、辰砂シナバーを蹴り上げて粉砕すると、その姿はざっと砂煙に変わり、風と共に散っていった。
「久々にデカい奴にあったな」
六十八は崩れゆくクリスタリスの姿を目にしながら、よくやったと九十九に声をかけた。
「これくらいとーぜん、とーぜん」
クリスタリスにとどめを刺した九十九は両手の拳を握ってよっしゃ! と声を上げる。
「弟子はまだ見つかんないけど、俺はもう師匠からは自立してるんだからな!」
「調子に乗るな。そういうところは変わらん奴よ」
師にくぎを刺されてふふん、と九十九は腰に手をあて無意味に胸をそらした。
月日が経つのは早いもので、九十九は溌剌はつらつとした十七ほどの少年に成長していた。子どもと大人の間の、危うくも果敢な年頃――だが、九十九は立派なレッセイ・ギルドとなっていた。弟子はまだ見つけていないが、レッセイとしては十分な「成人」だ。それは師や仲間たちからも認められている。
「髪の毛結構のびたなあ。邪魔だし、切ろっと」
そういって九十九はナイフを取り出すと、無造作にのびた中々に美しい黒髪をざくざくと切り落とす。肩につくかつかないかのところまで適当に切るとよし、とナイフをしまった。
「まあ九十九、またそんな切り方して……言えば綺麗にそろえてあげたのに」
「別にいいよ師姉上あねうえ。そのうちまたのびるしさ」
そう言って笑う九十九を見ながら六十八は九十九の才能を冷静に分析していた。

(得意分野は偏らず、オールマイティにどの回路も使える。多重六花が使え、おまけに回路どうしの「連結」も問題なく可能……)

六十八は思う。
この弟子の才能はいずれ自分を超えるだろう。そしていつか一二三に。
(それでいい。それでこそ私の選んだ弟子だ。少々お気楽なところが心配の種だが)
「九十九も立派になったわねえ。すっかり大きくなったし」
「七十七姉は全然変わんないな。俺がガキの頃から、ずっと」
七十七は少し憂い顔で笑う。七十七や六十八、六十九などは見た目が二十代後半くらいで止まっている。それは何年も前からだった。歳をとっている感じはするわ、と七十七は砂除けのマントをはたきながら言った。
「でもそれはとてもゆっくりと……地球の自転よりもゆっくりと……すすんでいる」
「「チキュウ」?」 
「あら、この結晶世界はもともと地球という世界だったのよ……一二三から聞いてない?」
「え、初耳だよ」
言いそびれただけだ、と六十八はスライドガラスを回収しながらぶっきらぼうに答えた。
「さあ、それよりさっさと移動するぞ。もう食料も水も尽き欠けている。早くオアシスを探さなくてはまずい……クリスタリスにやられる前に乾いて死んでしまう」
「……五十五の師兄上あにうえは乾いてないかな」
「言うな九十九。それは掟に反している」
九十九は六十八の叱責にうつむく。五十五とは一月ほど前に別れた。彼が結晶化により両足を患ったからだ。五十五は自分を置いていくように言い、六十八は了承した。かつて己の師に手向けたように水筒の水を半分分けて。いなくなったのは五十五だけではない。九十九が成長していく中、八十九や九十もクリスタリスとの戦いで命を落とした。
「……七十七姉は淋しくない?」
「……失ってしまったものは、取り戻せないわ。この世界に生きていく限り覚悟しなければならないことだから……悲しいけど前を向いて歩いていかなくてはならないのよ」
九十が死んだことで七十七は二人弟子を失ったことになる。

今やレッセイ・ギルドは一二三の六十八を筆頭に、六十九、七十七、九十五、九十九の五人しかいない。

「……行きましょう。あの子が残してくれたものがあるから」
そう言って七十七は懐から水晶の小さな先端ポイントが先についたダウジングの紐をとりだした。元々水脈を探すための技術だが、失せ物を探す際もその方向を指してくれる代物である。九十の持ち物だった。
「水脈を当てられるといいのだけれど……」
「まて」
六十八が固い声をあげた。
「誰か近づいてくる」
「なんだあ? クリスタリスじゃねえな」
六十九がいぶかしげな顔で遠くを見つめる。確かに何かが近づいてくる。それは獣で――、
「おい、人がラクダに乗ってる」
六十九の顔色が変わった。
「おまけに一人じゃねえ。二人か?」
「すぐに出発する」
六十八が周囲に声をかけた。早く支度しろとせかす。レッセイたちのラクダは三頭しかいない。二人ずつ乗り、旅のための荷物をのせたラクダに一人が乗る。その一人が九十九なのだが、クリスタリスの襲撃で荷物も散乱していたので、乗るのに手間取った。九十五が急かす。
「急げ九十九!」
「ま、待ってよ。こっちは荷物積まなきゃなんないんだから、無茶言わないで欲しいや」
やっとこさ九十九がラクダに乗ろうとしたところで、声が届いた。

「待って、待ってください!」

ラクダに乗ってやってきたのは六十九の言う通り人間だった。
若い、九十九と同じくらいの年の少女だ。
この広く赤茶けた砂漠に、場違いのように玲瓏な声が響く。少女はラクダから降りると九十九たちの方へと駆けてくる。その後ろにもう一人青年の姿が見えた。
「出るぞ」
「待って! お願い待って!」
ハアハアと息荒く少女は懸命に走り――途中でつまづいて転んだ。
「!」
九十九は思わずラクダに乗るのをやめて少女の傍に駆け寄る。
「九十九!」
六十八の険しい声がとぶ。
「ちょっとだけ!」
「だめだ戻れ!」
九十九は六十八の制止を聞かず、倒れた少女の手を掴んで立たせた。
「大丈夫?」
「え、ええ、ありがとう」
少女は顔をあげて九十九を真正面から見た。
「あの、あなたは――」
「アルタ様!」
追いかけてきた青年――エズの悲鳴にも似た声があがる。
少年と少女の近くからうわんと高周波をあげて大地から一匹の獣が――獅子ほどの大きさのクリスタリスが突然飛び出してきたのだ。は、とアルタは思わずかたまったが九十九の動きは速かった。
高周波を感じた時即座に装天し霰石アラゴナイトをセットしている。クリスタリスに向けて撃つと四方八方からの衝撃でクリスタリスは穴だらけになった。剥き出しになった核に間髪入れず金紅石ルチルを撃ち込み、破壊する。
「びっくりさせやがって」
何事もなかったかのようにクリスタリスを始末し、けろりとした表情の九十九を少女は、アルタは唖然として見つめた。

一瞬で――クリスタリスを倒してしまった。この少年は。

「ば、馬鹿な……!」

エズが呻いた。彼はアルタよりも強い衝撃を受けていた。驚愕の表情でこちらに歩いてくる。
「クリスタリスを……一瞬で……あの大きさでも我々はまともに相手にできない……逃げるしかない……それを……まさか、馬鹿な、お、お前は一体」
「――神様だわ!」
我に返り、アルタは九十九にすがった。
「あなた神様なのでしょう!? でなければクリスタリスを倒すなんてできるわけない!」
「か、かみさま? 知らねえ、俺はレッセイだよ」
「れっせい?」
「レッセイ・ギルド」
「初めて聞く名前だわ」
「俺たちに名前なんてない」
「……え?」
その時九十九が頭に巻いている厚手の鉢巻きがアルタの視界に入った。
見覚えがある。灰色の、刺繍が施された頭布。
これは――

「あ、あなたはもしかして、私を、弟を助けてくれた人?」
「えっ?」
「覚えてないかしら。昔、サボテンの生えた地でクリスタリスから私と弟を助けてくれたの!」
九十九はむにゃむにゃと思案していたが、はっと目を瞬かせて、
「あ、あれか! 初めて「他人」を見た時の……あの二人か! あの時の! そっかあ、あれから無事だったんだな。元気そうでよかった!」

困ったことがあれば、僕を呼んでよ――
幼い頃の自分の無茶を思い出して九十九は恥ずかしいやら照れるやらで、顔が赤くなるのを誤魔化して笑った。

「私アルタよ、あなたは、えと」
「番号は九十九。だから九十九つくも
「番号? ――九十九というのね、不思議な名前だわ。あの時は助けてくれて本当にありがとう、九十九さん」
「さん、なんてなんだかくすぐったいな、九十九でいいよ。それに名前じゃないって」
「じゃあ、あらためて……九十九、ありがとう。弟の代わりにもお礼を申し上げます」

「九十九!」

強い口調で呼ばれて九十九はおわ、と目をつぶった。のっしのっしと六十八がラクダから降りてきて九十九の肩を掴むと、
「どういうことだ」
「そのぉ……むかぁし、この人を助けたことがあって……」
「昔? 人と交わったのか……掟を破ったのだな!」
六十八の怒号が響いた。他のレッセイたちは遠巻きにじっと様子をうかがっている。
「いや、クリスタリスにやられそうだったからさ、可哀そうかなと思って……たまたま出会っちゃって、い、一回だけだよ、一回! ちょっとした人助けだって。すぐに離れたしさ」
「……そうか、わかった。ならもうそれは過去のことだ。さっさとラクダに乗れ。出発するぞ。急ぎオアシスを探し移動する」
「わ、わかったよ」
「待ってください!」
アルタが明朗な声をかけた。九十九にではない、六十八にだ。
「あなたたちは何者なのですか? クリスタリスを倒せる「神様」、いえ、彼が言うにはあなた方はレッセイ・ギルドだと……私はそのような存在を知りません」
「答える理由はない」
六十八は冷たく言い放つと九十九の肩から手を離し背を向けてラクダへと戻り始めた。
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