東方のレッセイ・ギルド

すけたか

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第一幕

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「しっ!」

九十五が唇に指をたてた。
「何か来ます」
砂山の遠く、何かチカチカと光るものがこちらに向かってくる。
「皆、ラクダから降りて砂影に隠れろ! すぐにだ」
六十八が指示を出すとレッセイたちはラクダから降り、その綱をひっぱって高い砂の丘の斜面へと姿を隠した。
その傍ら、霧の水分を求めて砂の中から姿を現したミズカキヤモリが上へと昇っていく。全員を隠して六十八は一人丘の上に僅かに顔を出し、目を細めて遠くを見た。
箔群フリュースだ」
そういってザザ、と斜面を滑って砂の上に腹ばいになった。その横に六十九が這ってくる。
「多いか?」
「平均だな。大集団ではない。皆、動くなよ」
箔群フリュース
紙よりも薄く、ペラペラにのばされた金銀や白金プラチナの群れ。吹き流しのように空中をパタパタと漂っている。一枚が三十センチほどの長さで、幅は二センチあるかどうか。
どれも青空が透けて見えるほど薄い箔である。風にのって、ただただ空中を漂いつづけるという奇妙なクリスタリス。常に集団でいて、その一群は百メートルをこえることもある。
「……」
レッセイたちの頭上を箔群フリュースが通り過ぎていく。そこにヤモリがぴょんと飛び出て箔群フリュースに触れた。その瞬間、あっという間に金箔がヤモリに張り付き、グルグルと締め上げた。苦しさで唸っていたヤモリの形がどんどん崩れていく。吸収しているのだ。やがて金箔は元の姿に戻り、なにもなかったかのように再び空中を漂い始める。
箔群フリュースは触れなければ害はないが、凶悪なクリスタリスだ。
触れた瞬間体に巻き付いてくるその速度は尋常ではなく、装天している暇はない。集団で存在するため、もがけばもがくほどほかの箔にも触れてしまう。そして貼り付かれ、吸収される。触れれば最期、逃れる方法も助ける方法もない。だが触れさえしなければ全くの無害なのだ。
「去ったようだな」
六十八はチラリと砂上を見、
「見えなくなった。相変わらず奇天烈な奴らよ。よし、いくぞ」


ラクダの手綱を引いてレッセイたちはその背に乗る。砂漠の砂はどんなに踏ん張っても足がとられてしまい、力を入れれば入れるだけ前に進めなくなる。ラクダに乗った方が動きやすい。
砂丘を越えて六十八たちは青海の波打ち際へと進んだ。ザザ、と辺りに波音が響いている。ラクダから降りると六十八は動物の腸を加工した薄皮の手袋をし、飲料用とは別の水筒を取り出して蓋を開けた。ほかのレッセイたちも同じように手袋をして水筒を取り出している。そして波打ち際に屈むと水筒を斜めに傾けて青海の水を満たした。
青海の海水は結晶化に蝕まれて結晶質を多く含んでいる。飲めば一瞬で体内が結晶化して内部から破壊されるほどだ。だから青海の水に触れるには慎重を要するし、濡れた場合真水で流し、よく拭きとる必要がある。六十八はその工程を手早く進めた。そこで背中で揺れる弟子に気付く。

「んーん、おりる、おりるぅ」
「待て、こら、動くな」
九十九を背からおろすときゃっきゃと楽し気に青海に向かって走り出したので六十八は慌ててその身体を抑えた。
「馬鹿、青海は大量に溶けた結晶の海なんだぞ。入れば死ぬ。わかるか」
よいしょとそのまま九十九の脇下に手を入れ、持ち上げる。近頃弟子は幼少に見られる第一反抗期に入ったのか、六十八のいう事に反して活発に動きたがった。
「見えるか。青海だ」
「せいかい?」
「そうだ。……本来なら母なる海だ。人は海からやってきたというからな」
「んん……あ、おみず、おみず! ちょうだい!」
九十九は六十八が片手にぶら下げた水筒を目にして短い手をうんとのばした。
「これは回路を作るための大切な要素だ。飲み水じゃない」
九十九は目をぱちぱちと瞬かせて不思議そうな顔をした。日が傾き始めている。波は茜色に染まりはじめ、それはやがて蒼鉛ビスマスのような青の深い七色へと変化していく。
夜が降りてくるのだ。
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