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第一幕
②
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「日が昇るぞ」
黎明の空は太陽の到来を待ち侘びて薄明るくなりはじめていた。
「この時ばかりはやはりほっとするものだな」
年長の五十五が目を細めて空を見上げた。四十がいなくなった今、彼らの中でもっとも老齢だ。とはいえ、年齢は五十もいかない。
「しばらく眺めていたいものだ」
「だが師兄上、それも一瞬の事。奴らは朝日には弱いが陽光に弱いというわけではない」
「わかっているよ一二三」
一二三と呼ばれた六十八は眉を寄せた。
「どうした。一二三に選ばれた以上お前は一二三なのだ。我々の惣領、承知したはずだろう」
「師兄上に一二三と言われると妙な気がするな」
五十五は六十八の師である四十と同期の四十一の弟子であり、つまり兄弟子にあたる。
「こればかりはな。一にも二にも三にも勝るものは存在しない腕の持ち主、だから一二三。その者が我々を率いるのが掟。決められたことじゃないが、一二三は一二三を選ぶという。まあそれも当然のことだ。我々にとって技の継承がすべて。腕の良いものが一二三になる。それがレッセイ・ギルドだ」
レッセイ・ギルド。
そう、彼等は――レッセイ・ギルドという集団である。
いつからそう呼ばれているのか彼ら自身もよくは知らない。
レッセイ・ギルドは世界が結晶化しはじめた遥か千年前から存在し続けてきたことはわかっているが、詳しいことは知らない。当事者が知らないというのも妙な話ではあるが、余りにも昔のことなので自身の由来は伝承に近い。事実かどうかは確かめようがないのだ。
第一、興味もない。彼らは隠された存在だった。この結晶世界でひっそりと――他の人間とほとんど接触することなく生きてきた。レッセイ・ギルドは師弟関係で成り立ち、親兄弟といった血縁関係は全くない。だから血族という考えも、親子という情愛も知らない。が、だからこそ師弟の絆は血よりも深く、濃い。
「にしてもよ」
六十九がニヤニヤと笑いながら六十八を見た。
「あれほど弟子はとらないって言ってたくせによ。弟子なんか必要ないって――それがまーどんな気まぐれよ。選んだ以上おめー以上にするってことだろ。弟子なんて鉱山より高いオメーのプライドがゆるさねーと思ってたぜ」
彼らは才能と腕がすべての技術集団で、自分より優れた才能を持つと判断した人間以外に決して技を伝えない。弟子に選ぶのは絶対に己の腕を超えると確信した人物だけだ。だから技を受け継ぐ弟子を見いだせなければ、どんなに優れた技術と知識を持っていても弟子をとらないまま死ぬ。中途半端な技は残さない。徹底している。そういう集団なのだ。
「気が変わった」
「それは結構なこって。九十九もかわいそうになあ、オメーが師匠なんてよ」
「どういう意味だ」
「お前キビシーからな。超完璧主義。そうだろ七十七?」
話をふられた六十九の弟子、七十七は苦笑いする。彼女は現在のレッセイ・ギルドの中で唯一の女性だ。金髪の長い髪の毛を編み込んで髪飾りを挿し、一つにまとめ上げている。髪飾りは同性のレッセイから譲り受けたものだ。他の女性のレッセイ・ギルドは皆死んでしまった。
「確かに師兄さまは厳しいけれど、師匠も厳しかったわ」
「なにーどこがよ」
「師匠は鉱石の選別にうるさいんだもの。あと」
「エッジの鋭さが足りない、ですよね」
七十七のそばで九十が笑いを押し殺しながら口を挟む。
「師匠は師父様と同じことを僕に言ってますからね、ふふ、似ちゃったのかな」
九十は七十七の二番目の弟子だ。七十七には八十五という一番弟子がいたがやられた。レッセイ・ギルドは師から「教えることはない」と言われて初めて独り立ちする。一人前のレッセイ・ギルドとなるのに年齢は関係ない。だいたい十二才くらいで独立してすぐ弟子を持った。反対に言えばそれくらいの年までに独り立ちできなければ生き抜けない。
九十は優秀で今十二になるが十歳の時独り立ちした。まだ弟子はいない。
「なんでえなんでえ、冷たい弟子どもだ、師匠をいじめるなよ……ん」
大人しく六十八に抱えられていた九十九が突然うえっうえっと泣きだした。
「おい、放置されてたんだろ。腹が減ってるんじゃないのか」
「乳か。九十五が飲んでいたのはもうないのか」
「一二三、僕はもう七歳です。師匠も笑ってないで……赤ちゃんじゃないんだから」
九十五は六十九と六十八のやりとりを聞き、笑っている己の師の八十八を恨めしそうににらんだ。
「ミルクはもうとっくにないです」
「そうか。この前メスのラクダを失ってしまったからな……急いで子持ちの水牛でも見つけないと――」
そこで六十八は言葉を切った。
ざわり、と背中を走るものがある。僅かな振動があった。
「皆、構えろ!」
一二三の一声で全員ザッと臨戦態勢に入った。腰の革のホルダーに手を添える。
皆黙って辺りに殺気にも近い注意を払っていたが……それは「来た」。
地響きをたてて目の前の地面の岩盤が隆起し、巨大な岩の塊が生き物のように育っていくいく。巨岩はビキビキと分裂して手足を形成し、四つ足の獣の姿へ変貌すると大地にどしりと着地した。岩、砂、鉱石でできた獣。金属をひっかくような耳障りな咆哮をあげると背中に六角柱の長い水晶の群集が神速で成長し美しく輝く。黒い斑模様の全長五メートルはあるかという巨体。
結晶生命体だ。
クリスタリス――彼らこそ結晶世界の支配者であり、無機物である鉱物が「命」を宿した姿である。
彼らは数十年、数百年にわたってこの世に君臨しつづけている。人や獣などの有機物を食らい、またいたずらに殺しては再び大地に沈む。彼らがどこからきてどう創られたのかは誰も知らない。クリスタリスが出現したのは千年前とされ、地上の生物を蹂躙しつくすまでそう時間はかからなかった。世界は奴らと共にミクロからマクロまで結晶化の禍に侵され危機に瀕した。例えば人類なら絶滅寸前というほどの。
クリスタリスは見えざる鼻を持っていて「肉」を嗅ぎ当てる。クリスタリスの獲物は有機物なのだが、動物や虫のほかに――特に人間を襲う。
黎明の空は太陽の到来を待ち侘びて薄明るくなりはじめていた。
「この時ばかりはやはりほっとするものだな」
年長の五十五が目を細めて空を見上げた。四十がいなくなった今、彼らの中でもっとも老齢だ。とはいえ、年齢は五十もいかない。
「しばらく眺めていたいものだ」
「だが師兄上、それも一瞬の事。奴らは朝日には弱いが陽光に弱いというわけではない」
「わかっているよ一二三」
一二三と呼ばれた六十八は眉を寄せた。
「どうした。一二三に選ばれた以上お前は一二三なのだ。我々の惣領、承知したはずだろう」
「師兄上に一二三と言われると妙な気がするな」
五十五は六十八の師である四十と同期の四十一の弟子であり、つまり兄弟子にあたる。
「こればかりはな。一にも二にも三にも勝るものは存在しない腕の持ち主、だから一二三。その者が我々を率いるのが掟。決められたことじゃないが、一二三は一二三を選ぶという。まあそれも当然のことだ。我々にとって技の継承がすべて。腕の良いものが一二三になる。それがレッセイ・ギルドだ」
レッセイ・ギルド。
そう、彼等は――レッセイ・ギルドという集団である。
いつからそう呼ばれているのか彼ら自身もよくは知らない。
レッセイ・ギルドは世界が結晶化しはじめた遥か千年前から存在し続けてきたことはわかっているが、詳しいことは知らない。当事者が知らないというのも妙な話ではあるが、余りにも昔のことなので自身の由来は伝承に近い。事実かどうかは確かめようがないのだ。
第一、興味もない。彼らは隠された存在だった。この結晶世界でひっそりと――他の人間とほとんど接触することなく生きてきた。レッセイ・ギルドは師弟関係で成り立ち、親兄弟といった血縁関係は全くない。だから血族という考えも、親子という情愛も知らない。が、だからこそ師弟の絆は血よりも深く、濃い。
「にしてもよ」
六十九がニヤニヤと笑いながら六十八を見た。
「あれほど弟子はとらないって言ってたくせによ。弟子なんか必要ないって――それがまーどんな気まぐれよ。選んだ以上おめー以上にするってことだろ。弟子なんて鉱山より高いオメーのプライドがゆるさねーと思ってたぜ」
彼らは才能と腕がすべての技術集団で、自分より優れた才能を持つと判断した人間以外に決して技を伝えない。弟子に選ぶのは絶対に己の腕を超えると確信した人物だけだ。だから技を受け継ぐ弟子を見いだせなければ、どんなに優れた技術と知識を持っていても弟子をとらないまま死ぬ。中途半端な技は残さない。徹底している。そういう集団なのだ。
「気が変わった」
「それは結構なこって。九十九もかわいそうになあ、オメーが師匠なんてよ」
「どういう意味だ」
「お前キビシーからな。超完璧主義。そうだろ七十七?」
話をふられた六十九の弟子、七十七は苦笑いする。彼女は現在のレッセイ・ギルドの中で唯一の女性だ。金髪の長い髪の毛を編み込んで髪飾りを挿し、一つにまとめ上げている。髪飾りは同性のレッセイから譲り受けたものだ。他の女性のレッセイ・ギルドは皆死んでしまった。
「確かに師兄さまは厳しいけれど、師匠も厳しかったわ」
「なにーどこがよ」
「師匠は鉱石の選別にうるさいんだもの。あと」
「エッジの鋭さが足りない、ですよね」
七十七のそばで九十が笑いを押し殺しながら口を挟む。
「師匠は師父様と同じことを僕に言ってますからね、ふふ、似ちゃったのかな」
九十は七十七の二番目の弟子だ。七十七には八十五という一番弟子がいたがやられた。レッセイ・ギルドは師から「教えることはない」と言われて初めて独り立ちする。一人前のレッセイ・ギルドとなるのに年齢は関係ない。だいたい十二才くらいで独立してすぐ弟子を持った。反対に言えばそれくらいの年までに独り立ちできなければ生き抜けない。
九十は優秀で今十二になるが十歳の時独り立ちした。まだ弟子はいない。
「なんでえなんでえ、冷たい弟子どもだ、師匠をいじめるなよ……ん」
大人しく六十八に抱えられていた九十九が突然うえっうえっと泣きだした。
「おい、放置されてたんだろ。腹が減ってるんじゃないのか」
「乳か。九十五が飲んでいたのはもうないのか」
「一二三、僕はもう七歳です。師匠も笑ってないで……赤ちゃんじゃないんだから」
九十五は六十九と六十八のやりとりを聞き、笑っている己の師の八十八を恨めしそうににらんだ。
「ミルクはもうとっくにないです」
「そうか。この前メスのラクダを失ってしまったからな……急いで子持ちの水牛でも見つけないと――」
そこで六十八は言葉を切った。
ざわり、と背中を走るものがある。僅かな振動があった。
「皆、構えろ!」
一二三の一声で全員ザッと臨戦態勢に入った。腰の革のホルダーに手を添える。
皆黙って辺りに殺気にも近い注意を払っていたが……それは「来た」。
地響きをたてて目の前の地面の岩盤が隆起し、巨大な岩の塊が生き物のように育っていくいく。巨岩はビキビキと分裂して手足を形成し、四つ足の獣の姿へ変貌すると大地にどしりと着地した。岩、砂、鉱石でできた獣。金属をひっかくような耳障りな咆哮をあげると背中に六角柱の長い水晶の群集が神速で成長し美しく輝く。黒い斑模様の全長五メートルはあるかという巨体。
結晶生命体だ。
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彼らは数十年、数百年にわたってこの世に君臨しつづけている。人や獣などの有機物を食らい、またいたずらに殺しては再び大地に沈む。彼らがどこからきてどう創られたのかは誰も知らない。クリスタリスが出現したのは千年前とされ、地上の生物を蹂躙しつくすまでそう時間はかからなかった。世界は奴らと共にミクロからマクロまで結晶化の禍に侵され危機に瀕した。例えば人類なら絶滅寸前というほどの。
クリスタリスは見えざる鼻を持っていて「肉」を嗅ぎ当てる。クリスタリスの獲物は有機物なのだが、動物や虫のほかに――特に人間を襲う。
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