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8 婚約者

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 「ごめんなさい。彼が貴方を殴ったって聞いたの」


 婚約者の令嬢が急にやって来た。

 あの後彼と顔を合わせたく無くて、俺はタウンハウスに一旦戻った。

 商用のある時だけ父親が使う場所の1つで、ここに父は滅多に泊まりに来ることもないので殴られた顔の事は誰も詮索しなかった。


 「幼馴染だったとは知らなかったよ」

 「ごめんなさい。私が婚約した事を彼に話したのよ。昔みたいに気軽に会えなくなるから、ちゃんと知ってもらおうと思って」

 「成る程ね。事情は話したの?」


 彼女は横にフルフルと頭を動かした。


 「全部説明する前に飛び出して行っちゃったわ。そしたら翌日貴方を殴ったって学園で聞いて驚いたの。彼を問い正したら、婚約したのが貴方だったから余計に腹が立ったって・・・」

 「同室だしな。急な事だったから話す隙も無かったんだよ」


 肩を竦める俺に、


 「ごめんなさい。昔はあんなじゃなかったの。優しい人だったのに」


 目を閉じて俯く彼女。長い睫毛が影を作り何だか綺麗だな、と呑気なことを考える。


 「アイツはいいヤツだと思うよ。でも女性との噂が絶えないし、学園も卒業が危ぶまれるような成績だ」

 「知ってるわ」

 「何でだ?」

 「多分、彼、卒業したら親に婚約者を決められるの。だからだと思うわ。女性の方は分からないけど自分で態と評判を落としてる気がするわ」

 「・・・釣書避けか」

 「まさか・・・」


 ふと、目の前の婚約者の腕を見てふっくらした胸の割に、痩せている事が気になった。


 「君は彼が好きなの?」

 「え、えと」


 困った顔になる彼女。

 返事は顔に描いてあると思った。








 だけど卒業までの半年間、婚約者同士の付き合いは始めた。お互いに不誠実な態度だと両家に思われると厄介だからだ。

 休日毎に会って、デートに誘う。

 一緒に観劇や、活動写真も観に行った。

 アクセサリーをプレゼントしたら恐縮されたけど、学生だから高価なものじゃ無いと言うと最後は笑って受け取ってくれた。

 明るくて社交的。

 彼女は理想の伴侶だと感じた。

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