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魔法使いの愛
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夢を見た。
懐かしい夢だ。
どのくらい前だったのかもう分からなくなったけれど、彼女は笑っていた。楽しそうに、嬉しそうに。
王宮の庭の高い木の上に登り、その太い枝に腰掛けている黒髪の女性がこちらに向かって手を振る。
「ナジャこっち」
「アイシャまたそんな所に」
「いい景色だよ。登ってきてごらんよ」
この国は長い間隣国と戦争をしていた。
皇国と王国はお互いに拮抗したまま膠着状態になっている。
民は疲弊していたし王宮内も同様だった。
ただ、そんな中であっても若い者達は元気だったし、国全体を鑑みても希望を失っているわけではなかった。
「もういい加減に終わればいいのに」
アイシャは黒檀のような黒髪を弄りながらウンザリとした口調でため息を付きながら呟く。
「調停があるって、大臣達が言ってたよ」
「ほんと?」
「皇国も、王国もいい加減にこの戦争は飽きてるだろうし」
「そうだよね」
木の枝からふわりと地面に着地すると、両手を広げる。
そこへ狙った様に飛び降りてくるアイシャ。
「うわっ」
ちゃんと抱き止めたけど、尻餅を付いてしまう。
「酷いよアイシャ、わざと重くしただろ?! 」
「ウフフ。バレた? 」
アイシャは僕と同じで王国でも最少の、優秀な魔法使いだ。
重さを変えたり、物の時間を操れる。
操れる時間はせいぜい1時間だけど。
芝生の上で僕の足の間に入り込み腰に抱きついて、お腹に顔を押しあてイヤイヤをする。
僕の愛しい婚約者だ。
「あーあ、婚姻式いつになったら出来るのかしら? 」
「戦争終結後だろうね。僕は別にしなくてもいいけど」
「えぇ~。ウェディングドレスは着たいじゃない」
「僕はどっちでも。でも君は着たいんでしょう? 」
「当たり前じゃない! こう見えても女の子だしさ~ せっかくナジャのお嫁さんになるのにずっとお預けだもん」
僕より2歳年上のくせに子供みたいだ。
「もう実際奥さんになっちゃってるから、もういいと思うんだけどなあ~ 」
「もう、そういうことじゃなくて、ナジャがアタシのもんだって国中に言いふらしたいんだってば! そうじゃ無くてもあっちこっちから秋波が飛んできて、うっとおしいったらありゃしない」
お冠のようだ。
「ハイハイ、機嫌直して」
額にリップ音をさせて、口付けを落とす。
「もお~! そうやってすぐ誤魔化すんだから~! 」
「機嫌が良くなった癖に、怒ったフリをするのはキスが足りないからかな? 」
「・・・キスだけじゃ足りないもん・・・」
「じゃあ、部屋に行く? 」
「・・・う・・・」
真っ赤になったアイシャを立ち上がらせて、ヒョイッと横抱きにする。
「じゃ、行こうか」
調停はその日から数えて3日後から始まった。
その間、国境で睨み合いは続いたが仮初の平和が訪れる。
そして半月後戦争は終結した。
その一週間後、国王である父と王妃である母に僕は呼び出しを受ける。
王太子である兄も一緒だ。
「兄さん?どうしたんだよ。なんか元気ないよ」
「あ、ああ。すまない」
兄は肩を落とし、いつもの元気が全く無い。
嫌な予感がしつつも両親の待つ執務室のドアをノックする。
執務室では、国王夫妻と宰相、大臣たちが待っていた。
そこで皆から告げられた事実。
「なんだって、アイシャと僕が引き裂かれるんですか! しかも兄さんまで側室を迎えるってどういうことです! 」
皇国は戦争終結に対する条件として皇国の王女を兄の側室として迎えさせ、代わりに僕の愛しいアイシャを皇王の側室として輿入れさせるという条件を打診してきたのだという。
アイシャと僕は希少な魔法使いだ。
その二人が子を残すことを皇国は前々から懸念しているということだった。
兄は既に国内の有力貴族から妻を娶っていて、婚姻式も終わっているため正室は迎えられない。
大事な皇女を王太子とはいえども低い立場の側室として差し出す。
その代わり希少な魔法使いを皇王の側室として差し出せと言うのだ。
アイシャは魔力が膨大だけど平民だ。
だから、過分な申し出を受け入れろと言うことらしい。
僕は彼女を娶るために、婚姻式を終わらせたら王族から籍を外し平民として宮廷魔道士になる予定だった。
最初皇国からは僕に妻をという話もあったらしいのだが皇女を第2王子に充てがうとバランスがとれないという、あちらの申し出だという。
どう考えても皇王はアイシャを側室に入れようとしている。
「元々は、お前を皇国へ婿として迎えたいという申し出があったのだ。しかし、そうなるとお互いにバランスが悪い。この決定に関しては、両国の間で様々な意見をやり取りした結果だ。お前は平民となる予定だったとしても第2王子だ。王宮魔道士になる事で落ち着いたとはいえ、それさえも議会では難航した。分かっているはずだ」
分かっている。
僕は有事の際に必要な兄のスペアだ。
だから王宮に縛られている。
だけど・・・
「だからって、何故平民のアイシャなんですか。王侯貴族は有事の際に、何らかの形で国に報じるのが務めではないのですか?!」
「条約は終結したのだ」
「じゃあ、僕が皇国に行きます。平民のアイシャに押し付けるのは間違っている」
「それはできぬ」
僕は暴れた。というより、魔力が暴走して大騒ぎになったと言うのが正しい。
魔力無効の手錠をはめられてもソレにヒビが入るため、同じタイプの足枷まではめられた。
普通の部屋では崩壊するので軟禁は諦め、地下にある魔法使い専用の特別室に放り込まれた。
正気を失い飲食も忘れ、暴れ狂い手が付けられなかったらしく、そのうち体力も落ちて正気に戻った時は3ヶ月も経っていた。
自分でも魔力の潤沢さに呆れてしまう。
気がつくとアイシャの輿入れは2か月も前に終わっており、僕は自分の浅はかさと愚かさに、自分を呪い殺したくなった。
懐かしい夢だ。
どのくらい前だったのかもう分からなくなったけれど、彼女は笑っていた。楽しそうに、嬉しそうに。
王宮の庭の高い木の上に登り、その太い枝に腰掛けている黒髪の女性がこちらに向かって手を振る。
「ナジャこっち」
「アイシャまたそんな所に」
「いい景色だよ。登ってきてごらんよ」
この国は長い間隣国と戦争をしていた。
皇国と王国はお互いに拮抗したまま膠着状態になっている。
民は疲弊していたし王宮内も同様だった。
ただ、そんな中であっても若い者達は元気だったし、国全体を鑑みても希望を失っているわけではなかった。
「もういい加減に終わればいいのに」
アイシャは黒檀のような黒髪を弄りながらウンザリとした口調でため息を付きながら呟く。
「調停があるって、大臣達が言ってたよ」
「ほんと?」
「皇国も、王国もいい加減にこの戦争は飽きてるだろうし」
「そうだよね」
木の枝からふわりと地面に着地すると、両手を広げる。
そこへ狙った様に飛び降りてくるアイシャ。
「うわっ」
ちゃんと抱き止めたけど、尻餅を付いてしまう。
「酷いよアイシャ、わざと重くしただろ?! 」
「ウフフ。バレた? 」
アイシャは僕と同じで王国でも最少の、優秀な魔法使いだ。
重さを変えたり、物の時間を操れる。
操れる時間はせいぜい1時間だけど。
芝生の上で僕の足の間に入り込み腰に抱きついて、お腹に顔を押しあてイヤイヤをする。
僕の愛しい婚約者だ。
「あーあ、婚姻式いつになったら出来るのかしら? 」
「戦争終結後だろうね。僕は別にしなくてもいいけど」
「えぇ~。ウェディングドレスは着たいじゃない」
「僕はどっちでも。でも君は着たいんでしょう? 」
「当たり前じゃない! こう見えても女の子だしさ~ せっかくナジャのお嫁さんになるのにずっとお預けだもん」
僕より2歳年上のくせに子供みたいだ。
「もう実際奥さんになっちゃってるから、もういいと思うんだけどなあ~ 」
「もう、そういうことじゃなくて、ナジャがアタシのもんだって国中に言いふらしたいんだってば! そうじゃ無くてもあっちこっちから秋波が飛んできて、うっとおしいったらありゃしない」
お冠のようだ。
「ハイハイ、機嫌直して」
額にリップ音をさせて、口付けを落とす。
「もお~! そうやってすぐ誤魔化すんだから~! 」
「機嫌が良くなった癖に、怒ったフリをするのはキスが足りないからかな? 」
「・・・キスだけじゃ足りないもん・・・」
「じゃあ、部屋に行く? 」
「・・・う・・・」
真っ赤になったアイシャを立ち上がらせて、ヒョイッと横抱きにする。
「じゃ、行こうか」
調停はその日から数えて3日後から始まった。
その間、国境で睨み合いは続いたが仮初の平和が訪れる。
そして半月後戦争は終結した。
その一週間後、国王である父と王妃である母に僕は呼び出しを受ける。
王太子である兄も一緒だ。
「兄さん?どうしたんだよ。なんか元気ないよ」
「あ、ああ。すまない」
兄は肩を落とし、いつもの元気が全く無い。
嫌な予感がしつつも両親の待つ執務室のドアをノックする。
執務室では、国王夫妻と宰相、大臣たちが待っていた。
そこで皆から告げられた事実。
「なんだって、アイシャと僕が引き裂かれるんですか! しかも兄さんまで側室を迎えるってどういうことです! 」
皇国は戦争終結に対する条件として皇国の王女を兄の側室として迎えさせ、代わりに僕の愛しいアイシャを皇王の側室として輿入れさせるという条件を打診してきたのだという。
アイシャと僕は希少な魔法使いだ。
その二人が子を残すことを皇国は前々から懸念しているということだった。
兄は既に国内の有力貴族から妻を娶っていて、婚姻式も終わっているため正室は迎えられない。
大事な皇女を王太子とはいえども低い立場の側室として差し出す。
その代わり希少な魔法使いを皇王の側室として差し出せと言うのだ。
アイシャは魔力が膨大だけど平民だ。
だから、過分な申し出を受け入れろと言うことらしい。
僕は彼女を娶るために、婚姻式を終わらせたら王族から籍を外し平民として宮廷魔道士になる予定だった。
最初皇国からは僕に妻をという話もあったらしいのだが皇女を第2王子に充てがうとバランスがとれないという、あちらの申し出だという。
どう考えても皇王はアイシャを側室に入れようとしている。
「元々は、お前を皇国へ婿として迎えたいという申し出があったのだ。しかし、そうなるとお互いにバランスが悪い。この決定に関しては、両国の間で様々な意見をやり取りした結果だ。お前は平民となる予定だったとしても第2王子だ。王宮魔道士になる事で落ち着いたとはいえ、それさえも議会では難航した。分かっているはずだ」
分かっている。
僕は有事の際に必要な兄のスペアだ。
だから王宮に縛られている。
だけど・・・
「だからって、何故平民のアイシャなんですか。王侯貴族は有事の際に、何らかの形で国に報じるのが務めではないのですか?!」
「条約は終結したのだ」
「じゃあ、僕が皇国に行きます。平民のアイシャに押し付けるのは間違っている」
「それはできぬ」
僕は暴れた。というより、魔力が暴走して大騒ぎになったと言うのが正しい。
魔力無効の手錠をはめられてもソレにヒビが入るため、同じタイプの足枷まではめられた。
普通の部屋では崩壊するので軟禁は諦め、地下にある魔法使い専用の特別室に放り込まれた。
正気を失い飲食も忘れ、暴れ狂い手が付けられなかったらしく、そのうち体力も落ちて正気に戻った時は3ヶ月も経っていた。
自分でも魔力の潤沢さに呆れてしまう。
気がつくとアイシャの輿入れは2か月も前に終わっており、僕は自分の浅はかさと愚かさに、自分を呪い殺したくなった。
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