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真実の愛はここにある

真実の愛はここにある

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「フローラ嬢、貴女とは婚約破棄をさせてもらう」

 背の高い、やや鋭い目つきの金髪碧眼の美丈夫、この国の第2王子ゲオルグが眉根を寄せた表情で、自分の婚約者であるフローラ・ロイスナー公爵令嬢に唐突に告げる。


「まあ、ゲオルグ様。どうなされましたの?」


 その突然の、無礼とも言える申し出に対し冷静に対応する為、フローラ・ロイスナー公爵令嬢はお付きの侍女から音もなくスッと差し出された優美な扇を自然な仕草で受け取り、口元を隠す。


「すまない。俺は真実の愛を見つけたのだ」


 周りにいる貴族や高官達がザワザワとし始める。

 慌てたのは二人の前、玉座に座っている国王陛下。

 もちろんゲオルグの実父である。


「ゲオルグ! 血迷ったか、一体どういうことだ!」

「父上、仕方のない事なのです。真実の愛の前には仮初めの婚約など意味はないのです」


 彼は悲しそうに実父に顔を向け瞳を揺らす。


「ゲオルグ!この婚約に置いて、王家と公爵家がどれ程の犠牲を払ってきたのか、お前は知らぬと申すのか! 世迷言を申すでない!」


 ロイスナーはこの国全土の流通を牛耳ると言われる、王家以上に潤沢な財を有する公爵家である。
国内の道は全てロイスナー公爵家が管理しており、国内外の物流は全て公爵家が掌握している。
その税収は王国の年間予算の実に半分以上を占めると言われる。

 フローラ嬢は公爵の一人娘であり、第2王子は婿入りをする予定となっている。

 つまる所、王国としては王子を婿入させて、甘い汁を吸う気満々の婚約であった。

 ゲオルグ王子はフローラ嬢に向き直り、


「すまない、フローラ。俺はマリアを愛してしまったのだ」


 そう言うと、フローラ嬢の後ろに歩を進め膝を付く。


「マリア、どうか俺の愛に頷いてほしい。俺と結婚してくれ」


 何と、フローラ嬢の侍女に向かって愛の告白をしはじめたのである。

 辺りに広がる驚きの声。

 真っ青になる国王陛下。


「ゆ、ゆ、ゆ、許さーん! 廃嫡だー!」





「お待ち下さい!」


 ホールの出入り口から凛とした声が響き渡る。

 そこに現れたのは、この国の第一王子で立太子したばかりのアルノルドである。

 侍従と近衛を連れ、ホールへと入ってくる。

 ゲオルグとよく似た金髪碧眼だが、お妃様寄りで甘いマスクが特徴である。


「陛下、ゲオルグへの沙汰、お待ち下さい」

「おお、アルノルドいかがした」

「ゲオルグとフローラ嬢の婚約が白紙に戻るのなら、是非とも私の伴侶として彼女を迎えたいのです!」


 そう言うなり、フローラ嬢に駆け寄り跪く。


「どうか私の手を取ると仰ってください!」

「アルノルドさま・・・」


 国一番のイケメン王子の愛の告白に、ついその手を取ってしまうフローラ嬢。

 イケメン効果ハンパない。

 国王陛下は泡を吹いて倒れそうである。


「お、お前まで何を言っておる! アルノルド! お前にはれっきとした婚約者がいるだろうが~~!」


 怒鳴る国王陛下。

 スッと立ち上がるも決してフローラ嬢の手を離さない、アルノルド王子。


「父上。その件につきましては、アマーリエ嬢とは、婚約破棄とさせて頂きます。よろしいですね」

「え?」

「アマーリエ嬢は、純潔をすでに失っている上に、子供を身籠っておられますね」

「「「え?」」」


 凍りつくホール。


「父上、宮廷医が出した診断を捻じ曲げて、自分が手籠めにした令嬢とその子供を私に押し付けるとは何事ですか!」


 アルノルドの額に青筋が立っている。


「私がフローラ嬢に5歳の頃にプロポーズをし想い続けていたのを知りながら、何という非道なことをするのですか!」


 全員が息を詰め、静まり返る大ホール。

 その時、国王陛下の隣の席からバキッメリメリ、という音が。

 王妃様が扇を握りつぶした音である。


「ヒッ!」


 顔面蒼白の国王陛下。


「ア・ナ・タ? またも浮気ですの? しかも此度は息子の婚約者に手を出すとは・・・」


 メキャッという音と共に王妃様の扇が粉砕した。

「ごっ誤解だ、何かの間違いだ! 陰謀だ!」


 玉座の側に控えていた侍従がスッと新しい扇を差し出し、王妃様は優雅な所作で粉砕した扇と一回り大きいソレを持ち替える。

 畳んだままの扇を右手に手に持ちトントンと左の掌に打ち付ける。


「次は許さないって言ってありましたよねえ」

「いえ、あの、その・・・」

「離婚ですわね。神官を呼んで頂戴!」


 と言うなり国王陛下の頬に扇をゴスッと打ちつける。


「へぶうぅっ」


 口と鼻から血を流してぶっ飛ぶ国王陛下。

 (((あ、この音、鉄扇だね。)))

 皆の心の声が一致した。






 ホール入口から神官を担いで近衛がワタワタと入ってくる。

 その後ろを慌てて宰相と事務官が書類をもって付いてきた。

 更にその後ろに若い貴族女性が付いてくる。アマーリエ嬢である。

 宰相が顰めっ面で書面を読み上げる。


「この度の婚約破棄及び白紙撤回及びそれに伴う離婚と再婚についての各省庁及び神殿の手続きを行うものとする。この場にいる全員がこの事項に関する証人として定める。はい皆、署名して」


 ホールにいる全員の元に羽ペンと回覧板が回され、署名させられる。
宰相閣下は一回で全て済ませるつもりである。

 きっと面倒事はさっさと済ませたいに違いない。


「それではまず、国王陛下と王妃陛下は前回の浮気発覚時の契約書に基づき、離婚手続きを行うものとする。よろしいですな」


 コイツ常習犯かよ、という目で全員に見られる国王陛下。

 頬の絆創膏が実に痛々しい。

 土下座中の陛下の頭を撫でながら、横に寄り添うアマーリエ嬢。


「はい・・ゴメンナサイ」

「陛下の離婚届は前回記入済みのヤツがありますので、そのまま提出となります」


 宰相が事務官に書類を渡し、それを文机の前に待機している文官と神官に渡しにいく。

 なんか、せっせと3枚重ねの薄い紙を捲ってサインをする。

 最後に文官がデカい判子を押す。


「次にアルノルド殿下とアマーリエ嬢の婚約破棄手続きを行います。両者同意と言う事でサインを。因みに免責は手籠にした国王陛下にありますので。アルノルド殿下に直接お支払いをお願いします」


 アルノルド殿下とアマーリエ嬢がサインするのを横目に、陛下がボソッと


「ワシ個人資産無いんだけど?」

「じゃあ、譲位で手を打ちますのでその旨にサインを。ホレさっさと退位のトコに丸をする!」


 宰相、国王の扱いがぞんざいである。


「はい、次に陛下、じゃねえ、ルドルフ元国王とアマーリエ嬢は婚姻許可がお妃様から出てるから、婚姻届にサインする!」


 ホレホレ、と記入欄を棒で指し示す宰相閣下。

 ドンドン口調も雑になっていく。


「お次はえーと、ゲオルグ殿下とフローラ嬢の婚約解消手続きですね。はいコレに二人で記入ね。公爵家からは了解貰ってるからそのまま書いちゃって」


 宰相が凄いのか、文官が優秀なのか。兎に角仕事が早い。


「えーと次はアルノルド殿下とフローラ嬢の婚姻届じゃねえや、婚約契約書。はい、ここに記入ね」


 段々とっ散らかってきたようだ。


「最後にゲオルグ殿下とマリア嬢の婚約契約書。はい、記入する」

「おい、宰相、俺はまだプロポーズしてる途中だぞ!」

「えー、ちゃっちゃとしてくださいよ、もう伯爵家から了承貰ってきちゃってますよ」

「お、おう、スマン」


 もう一回ゲオルグ殿下が跪く。


「お願いだ、マリア嬢。俺の手を取って、一生共に歩いてくれ!」

「あ、ハイ。宜しくお願いします?」


 何か疑問形のような気がするが、ゲオルグ殿下がムギュッっとマリア嬢をハグして幸せそうなので、皆流す事にする。


「ハイ、全員拍手!」


 宰相の掛け声で、全員拍手喝采。


「じゃあ、サインね。ここ」


 宰相待ったなしである。


「えーと後は、お妃様。国庫から財産分与として、兼ねてからの希望のあった海近くの領地でいいですかね。保養施設の準備は整ってます。あと、引退後に住む為の新居は明日から着工って事で」

「くるしゅうない。善きに」

「じゃあ、ここにサインして下さい。ハイ、結構です」


 扇で口を隠しながら妖艷に微笑む、お妃様。


「あの、ワシどうなるの?」

「ルドルフ元陛下ご夫妻は西の塔で当分軟禁ね。後の事はアルノルド殿下の戴冠式済んでからですね~」

「ハイ」


 サインの終わった書類を次々と事務官に手渡す宰相閣下。

 どんどん神官と文官の机が山になっていく。


「よし、これでめでたく終了です」


 額の汗をハンカチで拭う宰相。


「お疲れ様でしたー」


 文官と神官が、退出していく。

 書類は侍従が捧げ持って付いていく。

 元国王陛下となったルドルフは近衛兵にドナドナされ去っていく。

 付き添うアマーリエ嬢は良心の呵責から解放されたのか意外に元気そうである。


「やっと、君を手に入れたよフローラ」

「真実の愛を貫き通しましたね殿下。わたくし、本当に幸せですわ」


「ごめんよマリア、こんなところで公開プロポーズになって恥ずかしかったろう」

「いいえ、殿下こそ、私なんかのために。ありがとうございます」



「あなた達、もう一人兄弟ができるんだから、頑張りなさいよ~アタシ王妃教育終わったらさっさと楽隠居するからあ」


オーッホッホッホと王妃様が高笑いをする。




「ねえ、今日何のパーティだったっけ」

「確か国王ご夫妻の銀婚式だったはず」

「ええぇ~・・・」


小さな声で貴族たちが囁き合う。


「真実の愛は純愛じゃないとやっぱり駄目ですわよね~」

「浮気はダメよね」

「帰りに鉄扇買って帰ろうかしら~」

「それいいわねえ―」

「私も買いに行こうっと♡」


 女性陣のきゃっきゃうふふの会話に青ざめる男性たち。


 パーティーは新王家発足記念パーティとしてなごやかに恙なく過ぎていくのであった。





    
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