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190 花火師エリック
しおりを挟む彼は脱いだ上着をソファーに放ると、部屋に現われた黒づくめの男、ハンスを振り返ってニンマリ笑う。
「ああ、アレは娘への社交デビューのお祝いみたいなモンだ。
金の出どころはオーツランド王国だから真っ当な金だよ。
まぁ俺の存在自体が真っ当じゃないけど」
「王国から?」
「今夜の花火の仕掛けは俺の花火師としての仕事で、その報酬だよ。
おっと、そう殺気飛ばさな~い!
マトモな仕掛け花火であっていらん小細工はしてないよ。
詐欺師も爆弾魔もコックス領以降足を洗ったんだ」
「今は花火師って事っスか?」
「そう」
シルクシャツにアスコットタイ、黒いトラウザーズという姿のローズマリー改めエリックは上着を避けてソファーに座ると足を組んだ。
「まぁ、この国からはもう出るけどね。
追われてるしさぁ」
「騎士団ッスか?」
首を傾げるハンスに肩を竦めると、
「いいや。
この国から西に移動した砂漠の国の王家。
俺、王族の御落胤てヤツだから。
5歳で自ら親に捨てられたって隣国の教会に逃げ込んだけどね~。
まぁあの国の王妃ってしつこいったら、ね~のよ。
今度は海を渡るしかないよねえ」
そう言ってケラケラ笑うエリック。
「10年近くこの国に隠れてたんで、死んだってどうせ安心してたんだろあの女。
『詐欺師エリック』ってのがアイツらの探してる王位継承者であって、ただの花火師じゃないからね。
でもこないだの騒ぎでま~た手配書が回っちまったから、あの女が躍起になっちゃったみたいでねえ。
この国からもトンズラしなきゃいけないんだよね。
兎に角アレは、まっとうな稼ぎで娘にお祝いで買ったモンだから。
金に困ったら売っぱらえって言ってたって伝えといてくれる?」
「軽いッスねぇ」
「まぁね。
軽くないと生きてけなかっただけだよ。
どーせアンタもワケアリでしょ?
顔隠すのって、大体俺みたいな連中だもん。
あ、自首なんかしないからね。
牢屋に刺客がわんさか来ること確実だし。
そんなんこの国だって望んでないでしょ?
『他国の王族の御落胤が獄中で不審死!!』
とか、国際問題じゃん?」
あっはは、と笑うエリック。
「・・・ 確かに考えると頭痛くなるっすね」
「ま、明日にはもうこの国には、居ねぇから安心して。
偶々王城内で娘を見かけたから、追っかけて渡しただけさ。
達者で暮らせって可愛いあの子には言っといて。
そうだ、アンタあの子の護衛だよね?
ついでに一生守ったげてくんないかなぁ。
過ぎたる美貌ってヤツは下衆に狙われやすいからね。
まぁ、あの子も『親衛隊』をうまく利用すればいいんだろうけどさ、ボーッとした子だからそこまで気が回らないだろうし」
「・・・善処するッス」
×××
「と言うことです。
王城からは既に出発しました。
仕掛け花火の点検後、そのまま船に乗って出国するそうです」
報告のために戻ったハンスは、パーティーの会場で給仕の格好で主人にカクテルを渡しながらお辞儀をした。
「あらら。
レイ? いいのかしら」
「ん~~。
このおめでたい年末年始の夜会の真っ最中で流石に国際問題に発展しそうな捕物なんかは宰相閣下も勘弁だろうねぇ。
俺は騎士団じゃないしさ。
王家の仕事請け負ったただの花火師でしょ? 問題にしたら違う意味でヤベエでしょ」
「確かにねえ・・・」
公表したらまたもやオーツランド王家のやらかし案件の一丁上がりである。
雇う前にちゃんと調査しろよと言いたくなるのは気の所為ではないよねと、思わずため息をつくリアーヌ。
まぁ、それだけローズマリー=エリックが1枚も2枚も上手の詐欺師だっただけかもしれないが。
リアーヌも一応王位継承の持ち主なので、国王一家絡みのチョンボには頭の痛い思いをするのだ。
真っ当に仕事をしてくれないと王位などという面倒なものがこっちにやって来るではないか!
まぁリアーヌに回ってくる前にはコンフォート公爵家当主である父がいるし、それより継承位が高い男性の再従兄弟がいるから滅多なことではお鉢は回ってこない。
――と、思いたい・・・。
「ま。
綺麗事だけで政治が動かないから宰相府が設立されたんだし、その辺りは推して知るべしってことで納得してくれると有り難いかな?」
「うん、まぁ・・・」
コックス領で見た馬鹿正直な騎士団員達を頭に思い浮かべ、
「仕方ないのかもね」
そう言って肩を竦めるリアーヌ。
「世の中って勧善懲悪では回らない様に出来ちゃってるからね」
そう言ってレイモンドは美しい妻の指先にキスをした。
「花梨ちゃんにどう伝えたら良いのかしらね?」
「ウ~ン。
そうだねえ取り敢えず明日考えようか。
今はパーティーを楽しむのが先決かな?」
2人は楽しそうに祖父の手を取ってフロアで踊るフロイラインに視線を向けて微笑んだ――
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