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120 レイモンドと魔女④※

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※ストーカー行為に関する文章が含まれますご注意ください。


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 アパレル業の店舗に従事する者は週末の休みは関係ない所が圧倒的に多い。

 単純に多くの客は休日に買い物に出かけるからだが、久子の勤める会社もそうだった。

 客足が遠退く平日が休みの彼女は、客が疎らな日を狙って理久の勤めるホストクラブに足繁く通い始めた。

 陣取る席はまず間違いなく理久の居るカウンター席だ。

 キャストが売りの店はスナックやカフェバーに比べると飲み物一つとっても料金が高い。

 更に人気のホストを指名すると指名料は跳ね上がるのが当たり前だが、寧ろそれがホストクラブなのだから久子の様に売上高が伸ばせないバーテンに運ばれても店側としては利益率が悪い。

 しかも指名をしないだけでなく、彼女の隣に付こうとするキャストを断り――それだと飲み物代しか売上が無い―― バーテンの理久に話しかけてばかりいる彼女は、次第に店から歓迎されなくなって行ったが、本人は全く気が付いていなかった。


「翠川さん、俺は水仕なんでこういうの困るんですよね。ちゃんとキャストを指名してくれないと・・・」

「え。だって飲み物は頼んでますよ」


 と屈託のない顔で笑うが、それなら普通のスナックかバーに行けというのが本音なのだが、客商売なのでハッキリ拒絶も出来ないのが何ともしがたい所だった。


「ねえ、リクさんは、家はどの辺りなの?」


 そこから彼女の付き纏い行為が始まった。

 店の終わりまで居座り、理久に送らせようとする事から始まり気がつけば彼の住むアパートの近くでうろつき始めた。

 最初こそ目立たないように隠れていたのが、だんだん気が付いてもらえないのが不満になっていき偶然を装い直接声をかけるようになって行った。

 ポストには毎日のようにラブレターとも日記とも言えなくもないポエミーな手紙が届き始める。


「マジ? それストーカーだろ気持ち悪いな」

「引っ越ししようと思ってて」

「まだ1年経ってないから敷金とかパアじゃん。どうすんの?」

「ガールフレンドのマンションに暫く行こうかと思ってる」

「セキュリティ高いとこに住んでる女に頼めよ? 絶対そのうち家に上がり込んでくるぞ~ こええ」


 職場のホスト達も話を聞いてちょっと引いたらしく、色々アドバイスをされた。


 奇しくもそのアドバイスをされた翌日に事件が起きた。

 塀に登ってベランダから部屋を覗いていた久子と中にいた理久と目が合ったのだ。


 迷わず理久は警察に通報し、被害届を出した――


 一度アパートの近くで警察に職質された事があった久子だったが、自分には関係ないとすぐ忘れていた。

 理久の相談を先に受けていた警察側は彼女をストーカー予備軍だとマークする事につながり、たまたま警邏中だった巡査にあっさり捕まり連行された。

 取り調べを受け、厳重注意をされ釈放になったのは覗いていた所を見た人間が被害者の理久以外におらず、第三者の証言がなかったお陰だった。






 その後大勢の女性と付き合っている理久は何度も何度も彼女達の家やマンションを転々とすることになったのだが、それが余計に久子の神経を逆なでした。


 自分には、なびく様子がないくせに大勢の女の間を渡り歩く彼に腹が立ったが、ソレをさせている原因が自分だとは思わなかったのである。


 犯罪者の心理として、自分が悪いことをしていると全く感じていないというものがある。


 まさに久子はソレだった。



 ×××



 気がつけば時間が随分過ぎていて長いことその場に立っていたことに気が付いた久子だったが、店の裏口から出てきた理久が見えそっと闇に隠れて近付いた。

 大きなゴミ袋を持ったまま、ビルの備え付けのゴミ置き場の蓋を開ける背中に思い切りナイフを突き刺した。


「私だけのレイ様なのに。なんであんな女と・・・」


 思いの外簡単にナイフの刃が白いカッターシャツにめり込んだ事に慌てたが、その場は一瞬で血の海になった。


「え」


 返り血が自分の手にも服にもついて、スローモーションの様に前向けに倒れていく男の背中を見て気が付いた。


 自分が何をしたのかを。



 ×××



 一瞬で目の前が暗くなり、シルビアはハクハクと口で息をした。


「さっきの何ッ?!」


「アンタの魂の記憶だよ。 

 俺を殺した動機を知りたかったんだけど。

 見ても結局全然理由が分からん。

 なんで殺したんだ?

 自分が振り向いてもらえなかったからっていうただの八つ当たりだったのか?」







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