探偵サジタニの眼

金沢桜介

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練馬区女性殺人事件

事件の前夜

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その日の東京では朝から夏の蒸し暑さに加えて雨が降っていたのでジメジメとした日であった。
なんとも気持ち悪い一日に日野颯太は絶えず気持ち悪さを感じていた。

日野颯太は24歳の男だ。見た目は24歳とは思えないほどの好青年の見た目をしており、男女問わず好かれる様な存在だ。

だが、そんな日野の眼前で椅子に座っている匙谷雄也は嬉しそうな様子で匙谷探偵事務所と書かれた紙が外に向けて貼り付けられた窓から外の景色を見ていた。

匙谷雄也は日野の幼馴染で同じく24歳の男である。しかし、日野と違う点はとても24には見えないところだ。
清潔感がなく、ボサボサの髪も髭も伸ばしたままで、とてもじゃないが清潔感があるとは言えない。

日野が匙谷の事務所に来てから、ずっとそんな様子であったので日野は匙谷に問いかけた。
「なあ、雄也。なんでそんな嬉しそうなんだ?」
日野の問いに匙谷はより嬉しそうな表情をして、回転式の椅子を回すとソファに座っていた日野の方に体を向けた。
「フフフ。実はさ、一位...だったんだよね」
「何が?」
日野がまた問うと匙谷は嬉しそうな表情を崩さずに少しだけ身を乗り出した。
「フフン、星座占い」
日野は匙谷の答えを聞くと思わず吹き出してしまった。
「ハハッ、そうかそうか。それは良い事だな」
「おいおい、颯ちゃん。僕の事からかってんだろ。いいかい、これは素晴らしいことなんだよ」
「なんで素晴らしいんだ?」
「だってよ、1ヶ月ぶりの一位だぜ?これは素晴らしいことだろう?」
「フフッ、まあ、そう言われると確かにな」
自慢げに話す匙谷に日野は少し笑って答えるとテーブルに置いてあったワイングラスを手に取り、中に入っていたウィスキーを口に含んだ。
ウィスキーを飲むと日野は思い出したような口ぶりで匙谷に尋ねた。
「そういえば、仕事の方は順調か?」
尋ねられた匙谷の顔は嬉しそうな顔から一変して困った顔になった。
そして、匙谷は一つため息を吐いてから答えた。
「そんなに上手くいってないさ」
「それほどか」
「まあな、今じゃ探偵業なんかやらなきゃよかったなんて思ってるよ。で、そっちはどうなんだい?」
匙谷が日野におうむ返しの様に尋ねると日野も先ほどの匙谷と同様に困った顔をした。
「しんどいことばかりだよ。毎日、事件が降ってくるからね」
「天下の警察様も苦労してるんだな」
そう言うと匙谷は椅子を回転させて、また窓の外を眺めた。
ビルの二階から見る外は未だに雨が降り、下の道にはいくつもの傘がうごめいている。
その中の一つが二人のいるビルの入り口に入ってきた。
匙谷はその傘に見覚えがあった。
黒を基調とし、上から見ると三角形に見える独特の傘。その傘を使うのはあの男しかいない。
「お客さんだ」
匙谷は独り言のように言うと窓から目を逸らし部屋の玄関ドアの方に目を向けた。
1分も経たないうちに玄関の方からガチャリとドアが開く音がした。
ドアが開くと一人の男が入ってきた。
メガネをかけた少し気の弱そうな男である。しかし、メガネの奥の目はギラギラと鋭く光っていた。
「ま、松山警視、お疲れ様です!」
日野は松山が入ってきた途端、ソファから勢いよく立ち上がり、男に向かって一礼した。

松山祐太郎、東京都千代田区にある警視庁の捜査一課で警視をしている男だ。そして、同じく捜査一課に配属している日野の先輩に当たる人だ。

そして、匙谷の叔父にあたる存在でもある。

「おう」
松山は鋭い目をギロリと日野に向け、愛想のない声で日野の言葉に応答した。
そんな様子を見て匙谷は一度ため息をつくと
「叔父さん、怖いですよ。目といい、言葉といい」
と言った。
その言葉に松山はハッと何かに気づいた顔をすると
「ああ、ごめんごめん」
と先ほどとは打って変わって優しい声を出した。
「ちょっと立て込んじゃっててな」
松山は鋭い目を擦り、日野の前にあるソファに座った。
「松山警視、ウィスキー飲みますか?」
日野はウイスキーの入った酒瓶を片手に緊張した口ぶりで松山に尋ねた。
「じゃあ、一杯もらおうか。日野警部」
松山はテーブルの真ん中に置いてあったグラスの山から一つ取り出し、日野の前に置いた。
「は、はい」
日野は一言返事すると眼前に置かれたグラス目掛けて、ウイスキーを注いだ。
ウィスキーを注いでいる時、日野の手はフルフルと小刻みに震えていた。
まるで怯える子鹿の様に。
そんな日野の様子を見て、匙谷は一つため息を吐くと目を閉じて
「叔父さん、颯ちゃんが怖かってますよ」
と呆れた口調で言った。
すると、松山は焦った様子で眉間を摘んだり、両手で鋭い目を擦ったりした。
そして、一連の動作を終えると松山は
「どう?大丈夫?」
と言って日野の方を向いた。
松山の目は未だに鋭く、猟犬の様な目であった。
「ヒェッ」
そんな目を向けられた日野は短い悲鳴を出した。
「えー、やっぱりダメ?」
「そ、そうですね、やっぱり松山警部の目は怖い…です」
日野は松山から目を逸らしてまま怯えた口調で応えた。
「そうか」
日野の答えに松山は悲しそうな様子で独り言の様に呟いた。
松山はグラスを手に取り、そっと口に持っていくと中にあったウィスキーを一気に喉に流し込んだ。
「ふう」
グラスを口から離すと松山は一つ息を吐いた。
途端、松山は顔を歪ませると鼻を啜り、何かを嗅ぐ様な仕草を見せた。
「なあ、なんか匂わないか?」
松山は怪訝な顔で二人に問いかけた。
松山の問いに二人はキョトンとした顔で互いに顔を見合わせた。
「何も匂いませんけれど」
「僕もだよ、叔父さん」
二人がそう言うと松山は不思議そうな顔をして「そうか」と含みのある声で呟いた。

外の雨はいつの間にか止んでいた。



午前3時過ぎ、先ほどよりかはマシになった雨は未だに降っている。
そんな雨が降る中、一人の女が道を歩いている。
赤いワンピースを着た女は千鳥足で体をふらふらと揺らして歩を進めていたが、坂道に差し掛かったところで体のバランスを崩し、前に倒れてしまった。
その直後、坂道の上から一人の男が降りてきた。
男は傘を刺したまま急ぎ足で女の元へ行くと
「大丈夫ですか?」
と声をかけた。
男はうつ伏せの状態の女を仰向けにする。
仰向けにすると男はもう一度
「大丈夫ですか?」
と声をかける。
女からの反応はない。
男は慌てた様子でスマホを取り出し、救急車を呼んだ。


午前3時38分、小降りだった雨は、徐々に強くなっていった。
そんな雨と共鳴するかの様にけたたましい警音が練馬区に鳴り響いた。


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