上 下
1 / 2

プロローグ

しおりを挟む
“Ζηνὶ βροντήν τ’ ἔδοσαν τεῦξάν τε κεραυνόν.„
ゼウスに雷が与えられ、稲妻が生み出された───。
(ヘーシオドス 『神統記』(“Θεογονία”) 原文 紀元前700年 より)

───紀元前、古代ギリシャの都市イリオス。
のどかな昼下り、見張り台にて。

その見張り台は都市北部の高台に位置し、街全体の警備や、
遠方からの脅威に対する監視が目的であった。

齢16歳の少年カルテナは、母の言いつけもあり、小遣い稼ぎとして見張り当番の手伝いをしている。
王族の身でありながらもこのような手伝いをしているのは、
その身分にあぐらをかかぬよう、一般市民の感覚を理解し、自分で生きていく力を
養ってほしいという母の考えによるものだった。

今日もカルテナは当番として見張り台に登り、いつもと変わらぬ穏やかな街の風景を一望する。

子供たちのはしゃぐ声が、遠くから聞こえてくる。
午後の、太陽の匂い。
空に浮かぶ雲が、ゆっくりと流れていく。
森に目をやると、フクロウが悠々と舞い、柔らかい風が木々を揺らす。
木々のさざめきが優しく耳に届くのに混じり、遠くで雷鳴が響いたような気がした。
カルテナの頭にはぼんやりと、競技「パラスアテナ」 のことが浮かぶ。
明日行われる大会の決勝に、父が出場するのだ。

変わらぬ午後の景色に、やっぱり今日も少し退屈だな…と、あくびを噛みころした。

───しかし次の瞬間、カルテナの目が大きく開く。

「おい…何だあれは…嘘だろ……。」

その現象を目が捉え、頭ではそれがどういうことか、瞬時に理解はした。
しかし、未曾有な規模の天災が発生していると認めるまでには、一呼吸の間を必要とした。
衝撃と悪寒で凍りつく体。全身が、命の危険を感じている。
腕だけは、脊髄反射的に警鐘を叩き鳴らしていた。

「全警備兵に緊急伝令!ワカマタ川の上流が氾濫を起こしている!氾濫発生!今すぐ逃げろ!!」

発することのできる最大限の声量で警報を知らせる。

「繰り返す!緊急伝令!ワカマタ川の上流が氾濫を起こしている!氾濫発生!今すぐ逃げろ!!」

都市イリオスに響き渡る警鐘の音。
穏やかな午後の街が、一変して阿鼻叫喚の非日常へと切り替わる。
慌てて身支度を始める者、我先にと高台方面へ叫びながら全力疾走する者、近所の者へ知らせて周る者。
穏やかな街の空気が一瞬で恐怖の色に変わった。


カルテナが発した警報は、中央の王宮まで即座に届いた。
騒然とする王宮内。青ざめ、血の気が引いた顔の王族たちが足早に行き交う。

王宮内において会議が行われる大広間では、
警備兵をまとめる立場にいるマルマロスが的確な判断で指示を出す。

「非常警報を発信、氾濫地域にいる市民への避難指示、氾濫を抑えるための土や石の準備も!そして最新の氾濫状況を常に伝えるよう、警備兵へ伝令!」

マルマロスの補佐役である部下が、間髪入れず現状を共有する。

「避難指示に関しては各区の警備兵が率先して行っている模様、土や石の準備は指示を出しましたが間に合わない可能性が高いです。
最新の氾濫状況は、現在北部B地点の見張り担当をしているカルテナへ現場からの報告依頼を伝令済みです!」


中央本部のマルマロスからの指示は、伝令役を介してカルテナのところへ至急届けられた。
現場にいるカルテナは、本部からの指示通り、刻一刻と変わる氾濫状況をリポートし続ける。

「ワカマタ川の水位がみるみる上がっている…!待ってくれ、この10分で1.5倍…いや2倍…まだ上がる……なんてことだ…信じられない…」

「伝令役!本部に伝えてくれ!B地点は既に水位が2.5倍まで上がってる!」

信じがたい事実と恐怖で目を丸くした伝令役だったが、
電光石火の如く王宮方面へ駆け出していた。


パニック状態の王宮内で、議論を進めていたマルマロスたちのもとへ伝令が到着する。

「伝令!マルマロス様、ただいまよろしいでしょうか?!」

「よい、簡潔にお願いする!」

「ワカマタ川上流、オリュンポス山ふもとのB地点において、水位が2.5倍まで上がっている模様!」

ざわつき、顔を見合わせる王宮本部の者たち。
間髪入れず、マルマロスは学術に長けた演算担当の者に問いを投げる。

「演算担当!!2.5倍の水位だと都市イリオスの被害範囲はどうなる……!」

学術に長けている演算担当の者は、一瞬絶望した表情を浮かべたが、記述道具を懸命に走らせ、悲痛な声で報告を共有する。

「このままだと───、都市イリオスの半分が流されます……!」

愕然とする者、手で顔を覆う者、小さく悲鳴を上げる者。
受け入れがたい状況に、マルマロスの口から弱音が出る。

「ええぃ、ストラテジストのプロポテ様がいない時に限って……!」

「プロポテ様はオリュンポスの天界を訪ねられて以降、まだ戻られていません…」

「くそ…!プロポテ様がいれば…!この対応だって最善手を打てるはずなのに…!くそ……!ストラテジスト様ご不在の状況で我々は一体どうすれば…!祈ることしかできないのか…!」

マルマロスが机に両手を叩きつけた音が、悲嘆の空気に染まっている大広間に虚しく響く。


見張り台にいるカルテナは、ワカマタ川から片時も目を離すことなく、
氾濫状況を監視し、本部へリポートし続けていた。

「伝令役!本部に伝えてくれ!B地点上流にあるペトラー橋が流された……!ありえない…!最大限の警戒と避難を!!」

日頃から使っている、慣れ親しんだ橋が濁流によって流されていく。
日常の象徴とも言えるものが、いとも容易く流されていく様に、めまいを感じる。

そこへ、警備兵の証を服につけた一人の男が姿を現す。

「そこのカルテナという者、見張りを代わってくれ。」

「え?交代の指示は来ていないけど…?」

「大丈夫だ、後は私が見守る。」

(───見守る?)

「え…?あぁ…わかった。」

その男から発せられる、おそろしいほどの威厳や威圧感から、妙な納得感を覚え、素直に当番を引き渡す。

「では後は任せる。ワカマタ川から目を離さず、氾濫状況を絶えず王宮に伝えてくれ。」

「うむ。」

担当を男に任せ、交代のためにすれ違おうとしたまさにその時、
その男と自分の間で、見たこともないほどの大きな静電気が生じ、全身を駆け巡る。
その音だけでも驚かされるほどの、雷鳴のような大きな音がした。

「イタっっっ………!!!!」

意識が遠のき、夢見心地になるカルテナ。足元がふらつき、視界がぼやける。
瞬間───広い荒野で、屈強な男が一人佇む景色が脳に流れ込んでくる。

(なんだこれ……?誰だ…?なんだこの情景は……?)

1本の映画のように、その男の生涯の物語が展開していく。

───その男は、神と人間との間に生まれた。

いくつもの試練が与えられ、

いくつもの試練を乗り越えていく。

走馬灯のように、その男の生涯が駆け巡る。

試練を乗り越えた先───4人の英雄と対峙し、「パラスアテナ」の勝負をする。

熾烈を極めた長い激闘の末、敗れてしまう───ところで、ふと我に返った。

「いててて…。」

(今のは何だったんだ……)

注射器で直接脳に記憶という情報を流し込まれたような感覚であった。

すれ違った男を振り返るが全くの無反応で、いっそ無関心とも言えるほど平然としていた。

(あ、大丈夫だったんだ……。この人見たことないけど、中央本部のお偉いさんっぽいな……
お偉いさんが直々にワカマタ川の様子を見に来てるってことは…
やはりこれは都市レベルの危機…母さんや父さん、クシュケは大丈夫だろうか…)

悪い予感がした。自分の居住区である市街地方面へ全力で駆け出すカルテナ。

(突然降って湧いたように起きたこの大洪水…一体何なんだ…イリオスで一体何が起きているんだ…)

市街地までの最短ルートを必死に考え、全力疾走する。頭が最高回転で思考している気がする。
途中振り返った時には、先程まで自分がいた見張り台すら濁流に飲み込まれて
いた───。




あとがき────────────────────────────────────

数年前、トランプの大富豪をベースに、新しいゲームを創りました。

当時は仲間内でプレイしていただけでしたが、そのゲームが非常に面白く、
もっと多くの人にプレイしてもらいたい、
もっと多くの人とこのゲームを楽しみたい、と思うようになりました。

この小説はそのゲームを題材にして、ためしにデザイン思考のフレームワークを使って構想を練ってみたものです。

現状、
1.神話篇
2.現代部活編
の二部構成を予定しています。

小説というものが右も左も分からない状態で書き始めましたが、精一杯がんばります。
ここから少し長旅になると思いますが、温かい目で
お付き合いいただけたら幸いです───。


次回、本編開始。
「旅のはじまり」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません

青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。 だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。 女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。 途方に暮れる主人公たち。 だが、たった一つの救いがあった。 三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。 右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。 圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。 双方の利害が一致した。 ※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております

ダンマス(異端者)

AN@RCHY
ファンタジー
 幼女女神に召喚で呼び出されたシュウ。  元の世界に戻れないことを知って自由気ままに過ごすことを決めた。  人の作ったレールなんかのってやらねえぞ!  地球での痕跡をすべて消されて、幼女女神に召喚された風間修。そこで突然、ダンジョンマスターになって他のダンジョンマスターたちと競えと言われた。  戻りたくても戻る事の出来ない現実を受け入れ、異世界へ旅立つ。  始めこそ異世界だとワクワクしていたが、すぐに碇石からズレおかしなことを始めた。  小説になろうで『AN@CHY』名義で投稿している、同タイトルをアルファポリスにも投稿させていただきます。  向こうの小説を多少修正して投稿しています。  修正をかけながらなので更新ペースは不明です。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

食うために軍人になりました。

KBT
ファンタジー
 ヴァランタイン帝国の片田舎ダウスター領に最下階位の平民の次男として生まれたリクト。  しかし、両親は悩んだ。次男であるリクトには成人しても継ぐ土地がない。  このままではこの子の未来は暗いものになってしまうだろう。  そう思った両親は幼少の頃よりリクトにを鍛え上げる事にした。  父は家の蔵にあったボロボロの指南書を元に剣術を、母は露店に売っていた怪しげな魔導書を元に魔法を教えた。    それから10年の時が経ち、リクトは成人となる15歳を迎えた。  両親の危惧した通り、継ぐ土地のないリクトは食い扶持を稼ぐために、地元の領軍に入隊試験を受けると、両親譲りの剣術と魔法のおかげで最下階級の二等兵として無事に入隊する事ができた。  軍と言っても、のどかな田舎の軍。  リクトは退役するまで地元でのんびり過ごそうと考えていたが、入隊2日目の朝に隣領との戦争が勃発してしまう。  おまけに上官から剣の腕を妬まれて、単独任務を任されてしまった。  その任務の最中、リクトは平民に対する貴族の専横を目の当たりにする。  生まれながらの体制に甘える貴族社会に嫌気が差したリクトは軍人として出世して貴族の専横に対抗する力を得ようと立身出世の道を歩むのだった。    剣と魔法のファンタジー世界で軍人という異色作品をお楽しみください。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

処理中です...