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19.運命の出逢いは突然に
しおりを挟む宿泊中の宿屋から、路地を抜けて徒歩10分。
大都市バルパスの中心街は、今日も盛大に賑わっていた。大型の馬車も余裕で行き交うことの出来る大通りを基準に東西南北へと路地が張り巡らされたその街並みは、レンガ造りの住宅と様々な商店が立ち並ぶ小洒落た雰囲気で、ファンタジーゲームでよく見るなんちゃって中世ヨーロッパを思い出す。
目立たない街角や路地の裏といった要所要所には、適度に井戸が完備されている。きっと優秀な人間が街づくりを指揮したのだろう。
「この街は、エルバルグ辺境伯が作ったそうです。その前はもっと不便で住みにくい所だったと聞いてます」
ボーッと口を開けて街を見渡す私に、タラバの解説が入る。
エルバルグ辺境伯か……
結局、初対面時には既にご臨終だったから、彼がどんな人間かはよく分からないけど、少なくとも私を数年間監禁してた張本人だと思って間違いはない。
私にとっては非道なマッドサイエンティストーー正確には悪い魔法使いーーだったけど、街の人達にとってはどうやらいい領主だったようだ。
「取り敢えず、この辺りで1番大きな市場に向かいましょう! 野菜から肉からこの街に集まるものは、全てそこで売られているはずですから」
心なしかめちゃくちゃ楽しそうに見えるのは、さっき約束させられた今夜の夕飯への期待のためだろうか?
ハードルを上げないで欲しい。自慢じゃないが、私は食べるのが専門で作るのが得意なわけではないのだよ。
ちなみに、この先の展望についてはまだ白紙のままだ。今朝の会議で決まったのは、美味しい食事のための材料の買い出しに行こう! ということだけーー 本来なら早急に逃げる準備をしてこの国を出なければならないというのに、なんとノンキな事だろう。
――とはいえ、今後の事を私1人の独断で決めるわけにもいかない。この世界の事に関しては右も左も分からない状況だし、タラバやミギエさんとゆっくり相談して決めていかなければ……
――と考えていて、ふと《本当にタラバは信用出来るのだろうか?》という不安がよぎった。
何故彼は、こんなにも私達に順応出来るのだろう? これまでの人間の反応から見て、魔物と人間の間には、相当深くて暗い川が流れている気がするのだけども……
もしかして、私達を裏切るつもりなんじゃ?
「ミケ様? どうしました?」
純真な瞳が、私を覗き込む。その奥に影が潜む様子はない。
うーん。でもまぁ、今そんな事あれこれ考えても仕方ないか…… なるようになる。裏切られたら、その時考えればいいや。
前世からの私の悪い癖。結局、全てを明日の私に丸投げした。
「らっしゃい、らっしゃーい」
そこは、通りのどこよりも活気に溢れていた。
生鮮市場というよりは、もっと雑多な……そう、まるで前世のフリーマーケットを思い出させるような雰囲気だ。
様々なテントが所狭しと並び、野菜や果物、なんだかよく分からない肉に、服、靴、木製の生活用品、果ては簡単な武器まで並んでいる。
どうやら店舗を持たない商人だけでなく、通りに店舗を抱える商家も、看板商品をここに並べて店の宣伝に利用したりしているらしい。
「必要なものが見つかったら、すぐ言ってくださいね! 交渉も購入も荷物持ちも、全部僕に任せてもらって大丈夫ですから!」
美少年、いつになく生き生きしてるなぁ。
フードを目深にかぶっているとはいえ、ちらりと覗くタラバの美貌っぷりはやはり人目を集める。決して、私のフードからチラつく緑色のせいではないと思いたい。
「じゃあ、まず野菜から……」
「はい!」
そんなに張り切られても、あまり買い物は出来ないと思うんだけどなぁ……
実の所、私達は金欠なのだ。否、懐自体は寂しくない。結構な大金を所持している。
――が、すぐに取り出せるのは金貨ばかりで、庶民が使う銀貨や銅貨が不足中。
収納スキル『トランクルーム』はかなり優秀なスキルである。現在のレベルは4。東京ドーム3個分。エルバルグ辺境伯邸を収納しても、まだまだ容量には余裕がある。
しかし、この素敵スキルにも落とし穴が存在した。
それは、収納した順番でしか検索ができない事。そして、収納した形でしか取り出す事が出来ない事だ。つまり、屋敷内の小物を取り出したくても、屋敷ごと取り出すほか無いのである。
追い剥ぎ趣味のミギエさんの仕事が功を奏し、個別に収納した分はいつでも取り出し可能のため、招待客の持っていた金貨類はいつでも出せるのだが、メイドや使用人達が貯めていたであろう銀貨や銅貨に関しては、使用人用の自部屋に保管してあったとみえ、極端にその数が少なかった。
残念な事に、金はあるのに使いたくても使えないのだ!
「わた……ゴホンッ! 俺には相場が分からないからな。全部お前に任せるからしっかりやれよ」
「はい! もちろんです。ミケ様」
事実、この世界の貨幣価値も物価も全く分からない。
なんでも商会ギルドとやらに行けば、金貨を銀貨や銅貨に両替可能らしいのだが、いかんせん私達は怪しすぎるゴブリン一行……自ら、目立つような真似はしたくない。
そんなこんなで懐具合を気にしながら、市場の野菜に視線を落とした。
『素材鑑定』を発動し、異世界の食物を吟味する。
「玉ねぎ、にんじん、ナス、きゅうり、トマト、ブロッコリー、キャベツ、じゃがいもーーうん、思ったよりまともな野菜ばっかりじゃん」
『素材鑑定』の結果、それぞれタマネキ、ニンジー、ナッスー、キウリ、トメートゥン、フロッコ、キャベイチ、ジャンガーーと、微妙に呼び名は違うが、ほぼ前世の野菜達と遜色はないようだ。
「ああん? なんだオメー? 妙な事言いやがって」
見慣れぬ小汚いフードの客に、店主の顔色が曇る。早速絡まれた。うん、さもありなん。
「オヤジ、ここにあるもの全部、有りったけ買いたい。いくらだ?」
「はぁぁぁ? 全部だぁ? なんだオメー? ナニモンだ!」
え、なんでキレるの?
「ミケ様! 交渉は私にお任せ下さいとあれほど……」
「あ…………」
ごめん。前世と変わらない野菜達見たらテンションが上がっちゃって、無駄遣い出来ないとか、タラバに任せるとか、全部どこかにすっ飛んで行っちゃった。
聞こえないはずのミギエさんの舌打ちが聞こえる気がする。
「すみません。主人は実は、こういった買い物が初めてでして…… 立派な野菜を前に興奮してしまったようで……」
「ああん? なんだお前。ん? お前奴隷か? ――にしてはえらく綺麗な…… ハッ! もしかしてお前達アレか? アルフの旦那が言ってた、バカボン一行か!」
うぐっ! バカボン言うなし!
「えっと…… すみません。多分、それです」
タラバがワザとらしい苦笑を漏らす。
「てことは、そっちが例の…… ブハッ! カッカッカ! ホントだ! 旦那の言った通りだ! よく見りゃ、オメー、ゴブリ……ブハハハハ!」
突然爆笑しだした店主のせいで、周りの連中まで何だ何だと集まり始める。
私は不愉快だと言わんばかりに、フードをさらに目深に引っ張った。
「お前、笑いすぎだろ!」
傍若無人なミケとしてでは無く、スコティッシュフォールドとしても突っ込まずにはいられない。
そしてあろうことか笑いの渦が、店主だけでなく周りへと広がっていく。
どうやらあの宿屋の主人は、タラバの言った通り相当に顔が効くらしい。既にこの辺りでは、ゴブリン化させられたバカボンの噂が出回っていたらしく、至るところで私を指差し笑いの渦が巻き起こった。
「あー、すまんすまん。――で、何だっけ?」
笑うだけ笑って涙を指で拭った店主が、今更機嫌よくその口を開いた。
「何って、おまーー」
「――こちらのお野菜を、出来れば全部購入させて頂きたいんです。可能であれば金貨1枚で」
「金貨1枚で全部ってーー」
高いのか安いのか分からないが、店主も周りも驚きのあまり目が点といった雰囲気。
「実は、ミケ様のお父様が今度この領内で飲食店の開店を考えていらっしゃいまして、それで現地の食材で何か出来ないか研究して来いと言われてるんです」
「ほー、でもあんたら冒険者なんじゃなかったのかい?」
あー、そういえば、そうだよね? どうする? タラバ。
「もちろんミケ様はこれから偉大な冒険者になられるお方です。ですがその……そう、冒険者もこれからは手に職を持つに越したことはないという旦那様の親心でして……」
チラチラと私を気にするそぶりをしつつタラバがそう答えると、周りの連中が「あ~……」と深く納得したようなため息を吐き、店主は慰めるようにタラバの肩を叩いた。
待って! また私のこと勝手に残念な子に仕立てたな?
「いいぜ、売ってやるよ。な? みんなも協力するだろ? こちらのミケ様とやらが、どれほど美味いものを食わせてくれるのか、今から楽しみで仕方ないよなぁ?」
「ありがとうございます!」
「…………」
「但し、食材を粗末にするような真似すんじゃねぇぞ! どんなに不味くても、全部食えよ?」
「しないわ! てか、不味くないわ!」
ミケらしい100点の回答だと、タラバの瞳が輝く。
いや、今のは素だから……
「では、頂いていきますね!」
嬉しそうにタラバが金貨を1枚店主へと渡す。
「頂いて行くって、これだけの量お前らだけじゃ待てねぇだろ? 運ぶの手伝うくらいはーー」
「あ、大丈夫です。ミケ様は大容量のアイテムバッグをお持ちですので。ミケ様、お願いします」
私はあらかじめ見せつけるように手にしていた私の体の半分はありそうな皮製の袋を手に、野菜へと手を伸ばし、その中へとどんどん詰めて行く。
適当な量を入れた後は、袋の中で『トランクルーム』へと流し込む。
「そいつはすげぇな! 王都の大店のバカボンって話は、こりゃ伊達じゃなさそうだ」
あちこちで似たような感嘆の声が湧く。
なるだけ目立たずに居たかったのに、なんかもう今日1日でちょっとした有名人。どうなる、私の未来!
私達はその後、肉屋でも同じように買い物を済ませた。
鶏肉、牛肉、豚肉、羊肉――と、ほぼそんな感じの味という雑な説明の肉類を中心に買い付けた。
半分が獣、半分が魔物肉だ。
この世界の家畜肉は飼育法が悪いのか、どうやら不味いらしい。『素材鑑定』様曰く、食べ物ではないとのこと。
服屋や靴屋、生活雑貨も気になるところだが、今日だけで全部を買い占めるのはよろしくない。また明日以降にと、タラバからの助言で諦める。
もちろん、着替えの購入を忘れてはいけない。適当な衣類を見繕って1着ずつ購入した。
とりあえずの目的は果たしたが、このまま宿屋に直帰というのもなんなので、明日以降の買い付けの参考も含め、グルっと市場を見て周った。
途中気になって、家畜肉の串焼きとやらを売っていた屋台から1本購入してみたのだが、なるほど、確かにこれは食べ物ではないな。
タラバは気にする様子なく食べているから、これがこの世界の基準なのだろう。
私の分はミギエさんにお裾分けしようと、肩掛けバッグに突っ込んでみる。吐き出すように、そのままの形で戻された。
仕方なくタラバに「もう一本どう?」と渡してみる。
「いいんですか? ありがとうございます!」
屈託なく嬉しそうに微笑まれて、罪悪感でメンタル死しそうになった。悪いことはするもんじゃない。
「さて、そろそろ戻ろうか……?」
一通り見て周り、大体の品揃えも把握したことだし、そろそろ帰路へーーと、踵を返した瞬間、ふと市場脇の閑散としたテントが目に入った。
「は? はあぁぁぁぁぁぁ!」
思わず奇声を上げ、瞬間的にテントへと突っ走る。
「え? なに? ミケ様?」
タラバの慌てて私を呼ぶ声が聞こえた気もするが、今はそれどころではない。
私はテントへと走り込むなり、私のハートをガッチリ掴んだそれらをすぐさま『素材鑑定』した。
そこにはーー
【ダイズン】【テンサイン】【ガーリアン】【シンシャー】
――大豆、甜菜、にんにく、生姜ーー
この異世界で何よりも嬉しい奇跡のような出逢いが、なんとろくな使いみちがないという理由で、家畜の餌として投げ売りされていた。
「こ、これ、全部! 全部下さい! あと、苗! 苗も下さい! あるだけ全部、とにかく全部、何でも買います! 私が買います! 丸ごと全部売って下さい!」
突然のゴブリンの来襲に、店番の少女が泡を吹いて倒れた……
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