福原令和

Toru1986

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EPISODE.1

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目を覚ました場所がジャングルだった。
うそ、ありえない!!
ここは札幌、確か御天山を登り続けて、洞窟を見つけ、そこで広瀬多香美の姿を発見して、そして・・・ジャングル♪

いやいや、オカシイって!
どこをどう間違えれば密林で目を覚ます人がいるの!
あーだーこーだ頭の中でボケ担当とツッコミ担当が言い争っているうちに、いつの間にか泥だらけの制服が完全に乾いていることに気づく福原令和であった。

本当にジャングルに来てしまった。

「おーい!」

遠くで声が聞こえる。多香美だ。どうやら私を探しているらしい。
ここで彼女を避けたところで今抱えている問題解決にはならない。地理感覚は一般レベルの私ではあるが、サバイバル経験なんて人生行きてこの方17年、一切体験したことがない。あえて言うならキャンプ経験くらいは役立つだろうか。

低くくぐもった音がどこからともなく聞こえた。
何を隠そう私のお腹の音だと気づくまで数秒を要した。誰にも聞かれなかったようで安心。思い返してみれば午前授業を終えた後、そのまま御天山を駆け上がっている。あれからどれくらい時間が経ったのかわからない。鞄からスマホを取り出す。

時刻は10時15分。
違和感。
学校が終わったのが12時30分だったような気がする・・・どう考えたって計算が合わない。

「あっ」

アンテナが立っていなかった。
簡単な事だ、ジャングルでは電波が通っていない。どうりで別れたばかりの彼氏からの鬼電がピタッと沈まっていた訳だと一人納得する。

「あーもぅ!」

行き先のない怒りに苛立っていると背後で、葉が揺れる音が聞こえた。

ガサッ。
再び背後で葉が揺れる。
ちなみに葉といっても笹の葉ではない。熱帯雨林地帯に生えていそうな傘サイズだ。ちなみに折りたたみ傘ではなく、一般的な傘サイズである。要するにバカみたいにでっかい葉っぱだ。子供の頃に見た恐竜図鑑とかで見たあれね。

ガサッ。
明らかに何かが接触した音。何者かが葉一枚挟んだ向かい側にいる事に間違いない。前方に多香美の姿が確認できることから、彼女ではないことは明白だ。

ガサッ
全貌が見えた。

「っ!」

声が出せない状況。
呼吸をするのを忘れてしまうくらいの衝撃を受ける。

その姿、私は以前見たことがあった。
それも遠い昔の話。
今は亡きお婆ちゃんの築50年以上の家。
畳の部屋の隅っこで生活している、ワタワラ動くおぞましい生物である。

ワラジムシ。

しかも無駄にビックサイズ。
私の身長と大して変わらない、想像したくないのは十々承知であるが、恐らく立ち上がると2メートルは越す勢いだ。あれ、そもそもワラジムシって立ち上がらよね。
触覚が小刻みに動いている。あまりに異質で不条理なこの瞬間、私は目の前にいる不格好で滑稽なワラジムシの姿を見て笑いがこみ上げた。でも声は出なかった。

間違いない、これは夢だ。

夢だと私の脳が判断すると、あれ程ガッチガチに固まっていた体が嘘のように動き始める。
どうせ夢なんだ。何だってできるとまではないにしろ、この場から逃げ去ることくらい、この私にだって簡単にできる筈だ。と思ったはいいが、ビジュアルがワラジムシだけにゾワゾワ感が全然拭えない。

ドン。
あろうことかワラジムシが頭をぶつけてきた。
バランスを崩し転倒。変にリアルな感触。

夢なんだよね。

あの頃の記憶が蘇る。
小学生の頃に公園から自宅への帰り道、自転車に乗っていた小さな私は横から軽自動車に突き飛ばされた。あの時は上手いこと受け身を取ることに成功し、大ごとに至らず帰路に着く事ができた。
勿論、転倒によって腕から出血していたので母からこっ酷く叱られた記憶が事故に遭ったことよりも鮮明に刻まれている。
そう、あの衝撃にとても近い。
ワラジムシってむちゃくちゃ硬い。

「令和ちゃん、逃げてっー!」

誰の声かと一瞬思考が停止したが、多香美の声と少したって認識する。
この際、彼女に満面の笑みで「私、ワラジムシを飼ってまーす」とでも言ってやろうか。

ガサッ

音のした方向に顔を向けると、多香美が飛んでいた。
文字通りに空を飛んでいた。手にはカマ?いや薙刀だ。
私の頭は未だにこんなファンタジックな妄想をする程の空きスペースがあったのかとウンウンと関心をしつつも、多香美がどんどん上から接近してくる光景に目を奪われる…。

グッシャッ!

目を開くと、目の前にいたワラジムシの胴体が真っ二つになり、地面に転がっていた。
ピクピク痙攣している。
ドス黒い液体が周囲に飛散。
生暖かい感触に自分の額を触ると得体のしれない液が付着しているのが判明。反射的に悲鳴をあげる。そして襲ってくる物凄い吐き気。

「大丈夫?怪我はない?」

嘔吐。
キーンとした耳鳴りが私を襲い、多香美の声が反響してくる。視界がぐらつきはじめた。あ、もう無理だ。

「そうだよね、わかる。私も最初そうだったから」

ガサッ。
再び背後で葉の音。残念ながら一体ではなさそうだ。最低でも5体はくだらないだろう。
彼女に身体を支えられているからいいものを、今パッと手を離されたら間違いなく転倒するだろう。

再び視界が真っ白になっていく。
よく映画で演出されている、あれ。なんて言うんだろうか、あの白いモヤ。案外単純に〈白モヤ〉で通るかもしれない。
そんなどうでもいいことを考えながら、私は気を失った。





顔面に葉が容赦なくバシバシ当たる衝撃に目が覚め、多香美にお姫様だっこ状態で抱えられている私。
なぜ自分より小さい女子高校生に。
目を開くと勇ましい多香美の顔が目の前にある。
こちらに気づいたようでニヤリと微笑まれた。
多香美は私を抱えたまま林を突っ切っている。
舌を噛んだ、血の味がする。意識が再び飛ぶ。





「もう安全だよ、令和ちゃん」と多香美の明るい声。何度か名前を呼びかけられハッと目を覚ます。

あのゾッとするワラジムシ集団から逃れたらしく、前方を見ると多香美が薙刀の刃先を葉で豪快に血を拭っていた。

「あっ」

まるで生まれたばかりの子鹿のように、バランスを崩し再び転倒し私は気を失う。





目を覚ますと辺りはすっかり暗闇に包まれていた。
目の前には焚き火がある。
前方には多香美、そしてもう一人こちらを見ている同年代の女の子の姿。初めてみる顔。

ショートカットに短パン姿。

ケンカをしているのだろうか…大きな声が聞こえてくるが、内容までは届かない。よく聞こえるよう顔の向きを変えようとすると、短パン女子がこちらにやってきた。

握手を求められた。
やはり初めて見る顔だ。

「私、明日奈。君は?」
「令和」
「えっ?」
「福原令和」
「レイ、ワさん、どんな字を書くの?」

きょとんとした顔に映っただろうか。多香美がこちらにきて口を挟む。

「年号と一緒だよ」
「ネン、ゴウ?」

割り込んでくる多香美。

「あー、そうだったね、明日奈ちゃんは知らなくて当然だよ。リアルワールドで年号改正があったの」
「へー」

たいして興味はなさそうだ。

「そうそう、言い忘れたけど、こっちの一日はあっちの5分なの。一週間が30分、一ヶ月は2時間くらいかな~」

「は?」

何度か説明をされた。
彼女の言っている事が本当に正しいのであれば、先程の時刻のズレに納得いくかもしれない。そもそもその背中に軽々背負っている薙刀はなに?この夢のような現実はなに?あまりの情報量に頭がパンク寸前。

整理しよう。
とにかく私の願いは元の日常に戻りたい。
目の前で多香美と明日奈が意味のわからないワードを使って延々と続きそうな会話をしている。

狼の雄たけびが聞こえた。
狼がいるのかこの世界は。ちょっとやそっとの事では驚かない自分にちょっと引く。

暗がりの森の奥に視線を移す。
闇、闇、闇、真っ暗闇だ。
2、3歩くと前と後ろの概念が消えそうな危険過ぎる森。例え私が二人から逃れ、このジャングルの中をを走りきったところで命がいくつあっても足りない、今はとにかく安全なここから離れないようにしなければならないという結論に達する。

お腹が鳴った。
二人の会話が止まり、あろうことか二人揃ってこちらに視線を送る。
私なのがバレバレだ。

「はい」

多香美の鞄から何か取り出された。
目の前には、差し出される得体の知れない物体。

「なに?」
「ほれ、ほれ」

得体のしれない物体を目の前でブンブン振り始める。無視していると、気に食わなかったのか物体を近づけてきた。私は自然とそれを避ける。

「ん」
「え」
「ほら、お腹空いてるんでしょ?」
「いや、いい、いらない」

ふてくされて自らその物体を噛み始める多香美。
噛む?
クチャクチャとしばらく噛み続けているクチャラーのシュールな光景をただ呆然と見る私。

「スルメ」と明日奈。

うん、それはわかった、けどなんでスルメなの。女子高生の鞄の中にスルメが入っているなんて初めだ。彼女は強引に私の手の中にスルメを滑り込ませてくる。そして颯爽と去っていく。どこか勇ましい後ろ姿。

「案外いけるよ」と明日奈。
意味がわからない。私は多香美を追いかけた。

近づいてくるのを事前に察知されたのか、振り向く多香美、笑顔。

「説明して…でしょ?」

読心術でも使えるんかい!





少し歩くとキャンプ場らしき場所に到着した。多くの人だかりができている。
みんな私たちと年齢がそこまで変わらないように見える。

リズミカルな音楽が鳴り響く中で、多香美に手を引かれその人だかりに入っていく。近づくにつれ大きくなる音楽。ライブ会場かと思うくらいの熱気。しかしここは森の一角だ。

ダンスをしている集団がいる。
一連の動きに合わせてキレッキレのダンスを踊る。多香美が顔を出した瞬間、ザワザワと声が聞こえ始める。

「多香美だ、多香美だ」と周囲からのざわめきが聞こえる。
「まあまあ」と両手でなだめはじめる多香美。何食わぬ顔で、曲の切れ目のタイミングを見計らって、センターラインで踊り出す。

嘘だ。あの多香美がダンスを踊る?

しかも驚く事に無茶苦茶上手い。
高校のダンスの授業でもあんなキレのいい彼女を一度として見たことはない。どちらかというと運動オンチの部類に入っていた筈である。美しい。私はただそのダンスを不覚にも魅入ってしまった。

肩に手が置かれる。

「凄いよね」

隣に顔を向けると明日奈。誰かと思った。初めて彼女の笑顔を見たような気がする。

「ああ見えてさ、天然ってずるいよねー」
「…」
「あ、多香美と同じクラスなんだって?」

距離感を探っている。

「まぁ」
「私は明日奈、小池明日奈」

再び握手を求められた。
反射的に握り返す私。

沈黙。

「令和、福原令和」
「知ってる」
「向こうの様子はどう?」
「どれくらいいるんですか?」
「質問を質問で返すなんて、ズルいなぁ」
「・・・ごめんなさい」
「あとそれ」
「えっ」
「私達同い年でしょ、フランクに行こう、フランクにさ」
「はあ…」

場所を移し、明日奈から多香美について聞かされた。この世界について。

ここはアナザーサイドと呼ばれているらしく、高校生しか入ってこれないらしい。

他にもたくさんの話を聞いたが、正直ダンスのの爆音と歓声が大き過ぎてあまり聞こえなかった。本人もかなり熱く語っていた為、聞き返すのもあれなんで、私お得意の聞いているようで聞いていないふりをして流す。問題ないだろう。

しばらくして汗だくのタンクトップ姿の多香美が帰ってきた。
ちょっと距離感に戸惑いつつも、いつもの多香美であることにホッと一安心する。

これから、また旅に出るのだと話された。
女子高校生が「旅」って言葉を使うのもとても滑稽だ。

私は二人に見られていた。
どうやらこのまま二人に付いていくか、現実世界であるリアルワールドへ戻るのかという選択肢を与えられているようだ。





目を覚ますと御天山、洞窟前。
スマホを見ると13時を過ぎたばかりだった。
多香美の姿。更に後ろには明日奈。

洞窟の奥へ入っていく二人。
多香美、2,3歩歩いたところで振り返る。

「令和ちゃーん、もし、もしもだよ。気が変わったらいつでも声をかけてね」

無視するのもアレなので、片手をあげて聞いていることをアピールする。両手で大きな○を作る多香美。苦笑い。





ここはコインランドリー。
あの出来事は夢だったのだろうか。
あの後、服を着替えて、泥だらけの制服をコインランドリーで洗濯機に突っ込む。
確かなことは向こうで過ごした一日がこちらの世界で5分しか経過していないことだ。





それからというもの何も不自由がない日常生活に戻っていった。何日か経つと令和コールは自然と収まり、友達とのギクシャクした関係も徐々に薄れていき、彼氏とも再び付き合うこととなった。弟の龍は相変わらず学校でいじめを受けている事も変わらない。

再び変わらない日常。
これが私の望みではなかったのだろうか。
うすうす気づいていた。
アナザーサイドでのあの体験。
あの世界に行ったことで私の中で何かが変わっていた。

授業中に常に上の空。
保健室の天井を見る機会が多くなった。

多香美はあれから学校を休んでいる。
もし彼女が登校して来ればやることは一つ。あの体験は現実に起こったことなのかを聞く、全てを繋ぐ鍵は彼女にある。
私は幾度となく御天山を登ったが、あの洞窟を一向に見つけることが出来なかった。

しかし一週間が経過した頃だろうか、突然クラスに彼女が現れた。
授業が全て終わり、速攻で帰る多香美を尾行。

「尾行がヘタだなー、令和ちゃん!」
「多香美!」
「ま、絶対来ると思っていたけどね」
「・・・」
「アナザーサイド、寄ってく?」

多香美を追いかける。

「ねぇ、多香美」
「へっ?」
「学校終わりのマック行く?みたいなノリは辞めて」

子供じみた高笑いが洞窟内に不気味なくらい響き渡る。


続く...
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