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第11話 第一部 10・足跡は語る
しおりを挟む「お前達はまだまっすぐ歩けないだろう」
最近、沼田先生の話が多くなった。
「この前の記録会からわかったことは、お前達は運動選手としての基礎が全くできていないということだ」
こうやって、練習が始まる前に話をするなんてことは、去年まではあまりなかったことなのだという。
「お前たちには、走ることより、まずは歩くことの練習が必要だな」
「先生、競歩じゃないんっすから」
坪内さんが冗談でその場の雰囲気を和らげようとしたが、失敗してしまった。沼田先生は全くそれに反応しないでグラウンドに引かれた白線を指さして言った。
「ノダ、タクの方だ。おまえこの上歩いてみな」
「はいっ?」
「この線の上をまっすぐ歩いてみろっての」
野田琢磨は沼田先生の言葉の強さが今までと違うことに気づき、50メートルラインまで一本だけ引かれた白線の上に立った。スタートの練習や50メートルのタイムトライアルに使うために、普段は5本のラインが引かれる。そして、白線を踏まないように走るのが陸上の練習なのだが、今は一本だけの白線がいつも以上にまっすぐに引かれている。
ラインカーを使って直線をまっすぐ引くことは意外と難しい。それは野球部だった頃たくさん経験した。長くなればなるほど蛇行したり、線の太さが変わったり、なかなかきれいに引けないのだ。でも、この直線は実にきれいに、太さも均一に50メートルラインまで続いていた。
歩き終わったタクの足跡が、白線上に残っていた。つま先が開き、斜めに線を引きづった跡がはっきりと見えている。
「お前はな、タク。歩くとき膝曲がったまま歩いてるぞ。踵から着地してないしな。これだとせっかく背が高くてもな、重心の低い走り方になってしまって力うまく使えないだろう」。
みんなが白線に近づいてタクの残した「歩いた跡」を検分していた。
「次。坪内、行け!」
「俺もっすか?」
一年生だけかと思っていた坪内さんは不満そうだったが。ずいぶんと慎重にゆっくりと白線に沿って歩いていた。
「さあ、よく見ろよ。踵から爪先までの角度は?」
坪内さんの足跡は、タクのものよりもっと爪先が外側に開いていた。
「お前、足の大きさは?」
「25.5ですけど?」
「ちっちぇー!」
何人かの先輩達が言った。
「タクは?」
「27.5です」
「オー」という声が上がったが、タクの身長から考えて当然だろうなという意味の響きだった。
沼田先生がメジャーで二人の足跡を測り始めた。
「いいか、タクの踵から爪先までをな、進行方向に真っ直ぐに測るぞ。20と、4㎝だな」
靴の大きさより3センチ以上短い。
「さあ、この3センチの差! お前は100m走るのに何歩で走る?」
誰も自分の100mの歩数なんて考えたことはなかった。
「たぶん、55歩とかだろうから、3㎝かける55は……」
「165㎝です!」
野田タクが素早く反応した。
「ということは、お前の場合は165㎝分だけ損してる。タイムにしたら、0.1とか0.2とかそんなとこかな。お前は足遅いからな」
「どういうことですか?」
こんどは坪内さんが、素早く反応した。
「まっすぐ爪先出していたらどうだってことよ」
「爪先がまっすぐだったらってことですか?」
「165㎝前に進む?」
「計算上はそうなるだろ!」
「今と同じ力でも速くゴールできるってことですね!」
「そう思わないか?」
「なるほど。一応そうなりますね」
「坪内はもっとすごいぞ」
沼田先生がメジャーを見ている。
「20.5㎝だ」
「お前、がに股なんだ!」
2年生達が喜んでいる。日頃の毒舌に対する仕返しのようだ。
「うっせーな!」
「坪内は、ピッチ走法なんだから、60歩近くだろ。そうするとさ」
「2m50くらいですね」
野田タクが喜びを隠さずに言った。
「すげーな、おい」
「足、まっすぐ付くだけで2m50㎝速くゴールできるんですか!?」
ただでさえ大きな坪内さんの声が最大級になった。
「だから、いいか。陸上というのはそういうことまで考えて取り組むもんなんだ。漫然と日頃のスプリントトレーニングやってるだけじゃなくって、歩き方とか、動き方そのものから自分を鍛えなきゃならんと言うことさ」
沼田先生がこんなに細かな話をするのは初めてだった。
「例えばな、学校の廊下にタイルの継ぎ目があって、線がつながって見えるだろ。それを利用したってな、自分がまっすぐ歩こうとしたらいつでも練習できる。練習はグラウンドだけでやるもんじゃないってことよ」
「先生、現役時代やってたんですか?」
坪内さんの反論が始まった。
「あのな、南部忠平さん。知ってるだろ。幅跳びの」
「円山競技場の南部ポールのですか?」
川相智子はいつもそのポールの前でアップしていた。
「そう。あの人はもう今から70年も80年も前の人だけど、北海道の大先輩だろ。あの人達なんかさ、ジャンプ力つけるのにな、自分のアキレス腱を短くしようと頑張ってたくらいでさ、電車に乗ってもずっとつま先立ちしてたらしいし、坂道ダッシュとか砂浜ランニングとか、いろんなアイディア組み合わせて強くなったってよ。なんたって、オリンピックで金メダル取ったり、世界記録作ったりしたんだからな」
「世界記録出したんですか?」
「幅跳びの7m98㎝ですよね」
また川相智子が答えた。
「そう、田島直人さんだって三段跳びで16mの世界記録作ったんだからな」
「日本人が、道産子が世界記録作ったんですか?!」
僕らにとっては、陸上の世界で日本人が、しかも北海道の先輩たちがそんなに活躍してたなんて思いもしないことだった。
「お前達な、もっと記録に対しての知識とか歴史とか勉強しな。勉強じゃ他の学校に負けてないんだろ」
本当に一流になった人たちの独自の練習方法とか、練習に対する意識の違いは野球をやっていた頃にたくさん聞いたことがあった。王貞治さんの日本刀を使った素振りはその代表的なものだったし、長島さんが箱根の山ごもりで体を鍛えたことや、鉄腕と呼ばれた稲尾和久さんは小さい頃から父親と一緒に乗っていた小舟をこいだことでバランス感覚や体の力を培ったことなどたくさんの実例があった。
沼田先生は直線をまっすぐに歩くことで、一歩につき1センチの利と力説した。このわずかなプラスの積み重ねを得ようとするのが陸上なのだ。いや、陸上だけじゃなく、他のスポーツだって多かれ少なかれ似たことはあるはずで、毎日の積み重ねの中に、こんなふうにわずかなプラスが存在しているはずなのだ。まして、走ることはすべての競技の基本なのだ。
「だから、いいか、これからお前達は、どんなに小さなことでも自分を鍛えられることをいつでも意識してやって行きなさい」
沼田先生が強制的に生徒に言うことはほとんどなかったのだが、春季記録会が終わってからはそうではなかった。
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