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第一章 再びはじまりました。
6、言の葉の魔法
しおりを挟む大陸歴三千十七年、葉月の十六日。
朝の鐘が七つ鳴った音が聞こえて、俺はもそりと起き上る。
「……はぁ、今日は夢見なかった。よかった」
夢って見ると疲れるんだよな。と寝起きの回らない頭で思いつつ、昨日買ったシャツとズボンを着て顔を洗いに部屋の外の洗面台へ行き、鏡をみた。
……なんとまぁ眠そうな顔の男が一人。無駄に長い黒髪に黒い目、平々凡々の顔だわ。今日は寝癖が酷くないだけましか、髭が生えないな、そういえばなんで? 楽でいいけどさ。とちゃっちゃと髪を三つ編みに結い直し、顔を洗い、歯を磨いて、口をゆすいで吐き出すために背中を丸めれば、背中が突然重くなる。
おいこら地味に重いぞ鳥娘。
「マスターおはようございます」
「はようノアール、お前重いぞ」
「女性に重いは禁句ですよ」
「へーへーすんませんした。飯食ったら装備揃えてギルドに行くぞ」
「かしこまりました。本当に危ない時は私が何とかしてさしあげましょう」
「よろしくお願いしますノアール様」
正直、今のノアールならばAランク依頼もこなせるレベルだ。いくら魔王とはいえ底辺冒険者の使い魔になってくれたよなー変な鳥だなーと思いながらノアールを見れば「何ですか。スカーフは本日洗濯中なので、あと数枚欲しいです」と要求された。
はい、買わせていただきますノアール様!
「おっちゃーん、この杖いくら?」
「1000Eだよ」
「うーん、他のも一緒に買うから安くしてくんない?」
「何だい兄ちゃん初心者かい? ならしょうがない、下手に弱い装備にするとこの辺じゃ簡単にやられるから。いいよ、安くしてやろうじゃねぇか!」
「まじで! たすかるー! んじゃ杖と防護魔法がかかった黒マントと青色と黄色のスカーフ合わせて1000Eね!」
「ぼったくりだよ兄ちゃん……」
半泣きの店主にひるむことなく装備を揃え終え(結局は1500Eで片がついた)、青色のスカーフをつけてご機嫌のノアールを連れてギルドへ。
受付に行き「初心者用の依頼ってありますか?」と聞けば、眼鏡なエルフのお姉さんが「ではスライム五体と薬草を十個集める依頼はどうですか?」と提示され、ノアールに確認。
「マスターのレベルではそれくらいが丁度いいと思います。その依頼受けましょう」
「んじゃそれお願いします」
「はい、承りました。ちなみに使い魔さんの方でしたら、高レベルの依頼を受けることが可能ですが」
「私はマスターが心配ですので、お金に困った時に考えます」
「そうですか……ではスライムはこの瓶に、薬草はこの袋に入れてきてください」
「では、勇者と光の加護がありますことを」という魔王にはしてはいけないであろう祈りの言葉を聞いて、俺は初依頼にでかけました。
え? 使い魔に負けて悔しくないかって? 悔しいよりもエルフのお姉さんの「何でこいつがこんな高レベルの使い魔を……」という視線の方がくっそこわくて半泣きだったよ。もう早く瓶と袋よこせや状態だったよ。
「ではマスター、二日ぶりの門の外です。気を引き締めて参りましょう」
「うっす。スライム討伐がんばる。でもあいつら苦手なんだよなー子どものときさー偶然みかけたスライムに飲み込まれてさー、息できなくて……マジで死ぬかと……近くに他の奴らもいたのに笑って助けてくんないし……はぁ」
「では今回は『飲み込まれないようがんばる』がミッションです魔王様」
「それならがんばれる! いくぞ!!」
今日は門番として働いていたマールに見送られて(「ノアールちゃん! 今日は青いスカーフなんだね!! それも似合うよ!! 最高!!」とか叫んでた)、門の外に出た俺たちは受付のエルフのお姉さんにきいたスライムが出やすい場所で薬草を探しつつ待機。
「薬草ちゃーんどっこかなー、あったあった。ひい、ふう、みい、あ、薬草十個収集完了しちゃった」
「あとはスライムですね。スライムの弱点は知ってますか?」
「火であぶるか、中に消化器官あるからそれを攻撃だろ? そいやスライム五体って結構な量だけど、こんな手のひらサイズの瓶のなかに入るのか?」
「瓶に縮小の魔法でもかかっているのでしょう。あ、ほら来ましたよスライム」
「うおおおおおトラウマきたあああ」
「ちなみにスライムに火属性の攻撃をすると縮みますので、倒す数が増えます」
「あ、そっか。でも近寄りたくねぇし……」
「早くしないと逃げられますよ」
「わかったよ、ものは試しだ、≪アクア・スフィア≫」
杖から魔法陣が飛び、現れた水が球体となってスライムを飲み込んだ。
お、うまくいった。
球体を維持した水の中にスライムが入る。しばらくうねうねしていたが、だんだんと動きが鈍くなり、止まった。
そうだぞ、これが溺れるということだスライムよ。お前は何人の冒険者を窒息、溺れさせてきたんだ! その報いじゃないけど、ごめんね!!
「マスター、今の魔法はただのアクアではないですよね?」
「いんや、基本はアクアだよ。だけど普通のアクアだと水が流れるだけだから丸くなれーって命令を付け加えただけ」
「風の魔法で水を圧縮したわけではなく?」
「そりゃ中級か上級魔法だな、今の俺には無理無理」
さてさて、溺れたスライムの回収だーと瓶片手にスキップするが、ノアール様の視線が痛い。あとでちゃんと説明してやるから許してください。
そんなこんなでスライム五体、だと瓶にまだ空きがあったのでプラスで五体。レベル上げも兼ねて倒し、薬草とスライムの瓶片手に門の中へ戻った。
「あ、ノアールちゃん、ライル、おかえり。怪我はない?」
「マスターは強いので全くの無傷です」
「……ライル、ノアールちゃん不機嫌だけど何をしたの。ノアールちゃんが許しても僕が許さないよ」
「何もしてねぇよ……ノアール、聞きたいことあるならちゃんと話すから、な?」
「……果物も買ってくれるなら」
「あ、僕が買っておく?」
「いや自分で買う。マールは仕事しろ、ほらカロルさんがこっちみてるぞー」
「え!? ちゃんと仕事してます!」
びしっ! と背を伸ばしたマールにケラケラ笑いながら町の中に入り、ギルドに行って査定をしてもらう。
「はい、スライム五体。ではなく十体に、薬草十個。スライムの状態はかなりよし……あら、思っていたよりもやりますね」
「いやいや、使い魔が滅茶苦茶強いもんで」
「……私何もしてませんけど」
「マスター……」と怒りの籠った低い声で、ノアールが言うもんだからエルフのお姉さんも俺も、その辺にいた冒険者たちも体が震えましたよ。お前レベル高いんだからね、高レベルの人(使い魔)の脅しは結構周りに影響を及ぼすんだからね?
査定の結果、状態がいいと言うことで報酬がちょっと割り増しされた。その報酬で果物を買って、宿屋へと戻り、鳥らしく果物をつついて食べているノアールを見ながらボーっとする。
今回試した魔法は上級魔法が使えるなら普通に使える魔法だ。
それに魔王の力がまともにあった頃は、なんというか力ずくで、考えるだけで魔法発動が簡単にできていた。
いや、何も考えず、ただすべてを壊していた。というのが正しいか。
破壊衝動と、全てを無にする力。
あれはちっぽけな俺が持っていい力ではない。結局はコントロールできてなかったし。
しかも今の身体には、魔王の力が残っている可能性がある。だから魔法の勉強と知識と経験値をつんで、コントロールする力を身につけなければ。残ってないならないでラッキーだけどな、その方がうれしい。
あと、調べたいことがあるんだよね。
俺の復活、というか魔王の復活についてだ。
復活による影響、魔物の活発化はあるのか。マールが最近盗賊、魔物が多くてと言っていたから多少なりとも影響はあるのか? だけど今の俺にそんな力はない、筈。
ということは別の何かがあるのか、偶然なのか……うーん、頭悪いからわっかんねぇ。
「ふぅ、お腹いっぱいです。ではマスター。本日の説明をしてください」
「はいはい。その前に嘴拭いてやるからこっちこい」
「果汁だらけだぞ」とノアールを膝の上にのせ、嘴やらを拭いてやりながら魔法の説明をする。
「私の解釈ですと、初級魔法に初級魔法を重ねてコントロールした。なのですが、いかがですか?」
「うーん、ちょっと違う。『アクア』に俺は『球体になれ』って命令を魔法陣に加えたが正解。アクアの魔法陣の中に言葉による命令呪文を仕込む。だけど呪文を言う順番を間違えるとうまくいかないな。中級、上級魔法に命令が効くかどうかもわからんし」
初級呪文のアクアは、ただ水がドバドバ出るだけのものだ。だがそこに言葉の魔法を重ね掛け、今回は水に球体になってくれという言の葉をかけた。これなら初級呪文でも結構融通が利くだろうという算段だったのだが結構簡単にうまくいった。ドジっ子なR君もちょっとびっくりだよ。
「言の葉魔法というのは、私と契約する際に使用したあれですか?」
「うん、あれと同系統の呪法だよ。ただあれは古代語で、しかも呪いというか、命令だから強制度合いがちょっと強めだけどな」
今の魔法は三段階の強さに分かれてる。
例えば火属性なら≪ファイヤ≫が初級、≪ファイヤフレイム≫が中級、≪ファイヤフレイムバーン≫が上級魔法。一属性に数種類の呪文があり、その呪文を唱えると魔法陣が発動。そこから火がでたり水がでたりするってわけだ。
現行の魔法呪文は一語発動しかないとされている。
流石に上級魔法を使いこなせる魔法使いになると水と風の上級魔法を速攻で発動させて水を圧縮したりできるようだが(例えば≪アクア≫を発動後に、≪ブリーズウィンド≫を発動、風で空中に水を浮かせコントロールするらしい)、俺の今の魔力じゃ無理。つかそんなノンブレスで早口無理。
「俺は魔力はないし、楽したいから『みずよ・きゅうたいになれ』って言っただけ」
「……では初級呪文で地面を抉ったり、火の竜巻を起こしたりなんかも可能ですか?」
「多分出来るんじゃね? つかなんで上級魔法になると呪文が長くなるわけ? それにあのくそ長い呪文を一気に噛まずに言えるのかが謎だったんだよね。だったら簡単な呪文を区切って言った方が楽じゃん? と思いまして」
「呪文の中に魔法陣の描き公式が含まれていますから、魔法陣を描かずに発動するというのが現在の魔法のメリットですからね。それに『ファイヤ』『ウィンド』と言っても火と風がただ起こって火が消えるだけですから、意味がありません」
「え、んじゃ『アクア』『ウィンド』っていっても凍らないで水が風で飛ぶだけか」
「水属性である氷の初級呪文は『アイス』です」
「あ、そっか。んじゃ『アクア・フリーズ』だと水が出た後凍るってことか。うん、それなら『アイス』と唱えた方が早いな」
「使用する魔法と命令言葉の組み合わせ、状況によりけりということですね。それにしても発動後の魔法を言葉で操ろうなんて、よく思いつきましたね」
流石は私のマスターです。と鳥胸を張るノアールに「ムカつくいじめっ子を操る為に、言葉とか呪いとかで操って、あれやこれやしてやるために勉強していた」とか言えねぇなとか思っていたり……。
まぁ当分は初級魔法と言の葉による命令を組み合わせた魔法の試し打ち、練習をしつつだな。光と闇の魔法は一旦置いておく。ちょっと今のMPじゃ手におえないからな。
「ノアール、明日もギルドの依頼こなすぞ。目標Cランク!」
「しょぼい目標ですが、マスターなりにゆっくり行きましょう」
「焦ったらまたしょうもない思春期発動しそうだしな!」
「それ自分で言ってて辛くないのですか」
「めっちゃ辛い」
「ならあまり自分を下げないことです。一応魔王なんですから」と溜息を吐かれた。ノアール様大人かよ。いや、動物の方が成長が早いんだし俺よりは大人だろうけどさ!
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