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第1編 王女編
2 悲しい再会
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冬花(とうか)が、王城に来てから、2年が過ぎた。
今では、冬花たちは、すっかり王城での暮らしに馴染んでいた。
冬花の暮らしは、寒村にいた時と大きく変わり、時間の流れもゆったりと過ぎている。
冬花は、王城に来てから始めた刺繍と、文字の読み書きに勤しんでいた。
冬花は、いつか優季(ゆうき)に伝えるためにと、その日あったことや、優季に対する想いを日々書き綴っている。
今日も、冬花が自分の部屋で、優季への想いを書き綴っていると、部屋の外から声がした。
「姉上、いらっしゃいますか?」
弟の太子政望(せいぼう)が訪ねて来たようである。
政望は、冬花より2歳下で、16歳になったばかりである。
「いらっしゃいませ、政望様」
官女見習いから、正式に官女となった春花(しゅんか)が、政望を出迎えた。
「やあ、春花。これを」
政望は、手に持っていた袋を春花に渡した。
「いつもありがとうございます、政望様。でも、直接お渡しした方が、冬花様もお喜びになられると思いますよ」
「ち、違う、姉上にではない。それは、そなたへの贈り物だ」
政望は、慌てて春花に伝える。
政望は、冬花の離れを訪れた際には、いつも春花のための手土産を春花に渡していたのだ。
だが、当の春花はその事に気がついていなかったみたいである。
春花は、政望の言葉を聞いて、頬を赤らめ俯いた。
幼さも残るが、政望も、父王政良(せいりょう)に似て美丈夫であった。
そんな政望から贈り物を貰ったりすれば、普通の女子ならそうなるであろう。
冬花ですら、時々政望の美しさに目を奪われそうになる日がある。
冬花は、その様な日には、素直に弟の美しさに目を奪われそうになったことを謝り、優季を1番に想っていること、そして逢いたいと願う気持ちを書き残している。
「政望、こんなに堂々とここに来ても大丈夫なの? 王妃様からお叱りを受けるわよ」
王妃は、王城に冬花母子を迎え入れることを快く思っていなかった。
政良が、冬花に『政』の名を与えなかったことで、王妃は表立って嫌がらせ等をしてこないが、政望がこの離れに来ることや、冬花たちと関わり合うことを極端に嫌っていた。
「今日は、大義名分があります。姉上と寒村夫人殿に、紹介する者がおりますので」
政望は、離れの入り口の門に向かって声をかける。
「入って参れ」
門をくぐってきた若者を見て、冬花も寒村夫人と呼ばれた冬花の母親も言葉を失っている。
「姉上、寒村夫人殿、紹介致します。私の護衛、優季(ゆうき)です。以後、お見知りおきを」
優季は、冬花たちに深々と一礼をする。
優季は、まるで冬花たちのことは知らないような態度を取っている。
冬花の母親は、優季に対して、少し厳しい口調で申し伝えた。
「よいですか、私欲を捨てて、誠心誠意、政望様をお助けするのです。そして、ここは王女冬花様の居所であるゆえ、みだりに近づくことは許しませんよ」
冬花は、優季と母親の顔を交互に見ている。
「大丈夫ですよ、寒村夫人殿。優季には、一生を誓った女性がいるそうなので。ただ、16歳から前の記憶を失っているらしく、相手の名前も顔も思い出せないらしいのですが……」
「政望様、私は門の外におりますので」
優季は、冬花と目が合っても何も感情を動かさず、一礼をして門外へと姿を消した。
冬花は、優季の背中を目で追い続けていた。
「姉上、どうされましたか、優季が気になりますか? いくら記憶を失っても、愛しい想いは心に残るものでしょう。だから、優季が初対面の姉上に、いきなり恋慕することはないと思いますよ」
政望は、冬花をからかったつもりでいたが、冬花の反応が予想と違っていたため、違う話題に切り替えた。
冬花は、その後、政望と何を話したかあまり覚えていなかった。
冬花の優季への想いは、ここに来てからも変わることはなかったからだ。
実際、政良に対して、警備の者としてで良いので、寒村の者を迎え入れたいと申し出を行っていた。
だが、その申し出は、冬花の母親によって取り下げられていた。
冬花の母親は、優季の存在が、この王城で冬花が生きることの障害になると考えて、心を鬼にして冬花の想いを踏みにじりつづけたのだ。
その夜、冬花は悲しくて眠れなかった。
冬花の頭の中には、いろんな思いが渦巻いていた。
冬花は、その思いを紙に書き綴っていく。
『どんな理由で、優季が記憶を失ったのだろうか……
優季は、記憶を失った振りをしているのだろうか……
優季は、もう自分のことを想ってくれないのだろうか……
もう自分のことを冬花と呼んでくれないのだろうか……
逢えて嬉しいのは自分だけなのだろうか……』
冬花は、その日、明け方まで優季のことを考え続けていた。
翌朝、冬花の部屋に来た冬花の母親は、まぶたを腫らした娘を優しく抱きしめて、諭すように言った。
「冬花、あの日、あなたは王女になることを決めたのよ。幼かったあなたには分からなかったかもしれないけど、王女になるということは、自分の想いは捨てなきゃいけないの。優季のことは、忘れないといけないの。冬花、王女になるということは、そういうことだったのよ」
「優季……優季……」
冬花は、母親に抱かれて嗚咽をあげている。
冬花の母親は、優しく冬花を抱きしめていた。
今では、冬花たちは、すっかり王城での暮らしに馴染んでいた。
冬花の暮らしは、寒村にいた時と大きく変わり、時間の流れもゆったりと過ぎている。
冬花は、王城に来てから始めた刺繍と、文字の読み書きに勤しんでいた。
冬花は、いつか優季(ゆうき)に伝えるためにと、その日あったことや、優季に対する想いを日々書き綴っている。
今日も、冬花が自分の部屋で、優季への想いを書き綴っていると、部屋の外から声がした。
「姉上、いらっしゃいますか?」
弟の太子政望(せいぼう)が訪ねて来たようである。
政望は、冬花より2歳下で、16歳になったばかりである。
「いらっしゃいませ、政望様」
官女見習いから、正式に官女となった春花(しゅんか)が、政望を出迎えた。
「やあ、春花。これを」
政望は、手に持っていた袋を春花に渡した。
「いつもありがとうございます、政望様。でも、直接お渡しした方が、冬花様もお喜びになられると思いますよ」
「ち、違う、姉上にではない。それは、そなたへの贈り物だ」
政望は、慌てて春花に伝える。
政望は、冬花の離れを訪れた際には、いつも春花のための手土産を春花に渡していたのだ。
だが、当の春花はその事に気がついていなかったみたいである。
春花は、政望の言葉を聞いて、頬を赤らめ俯いた。
幼さも残るが、政望も、父王政良(せいりょう)に似て美丈夫であった。
そんな政望から贈り物を貰ったりすれば、普通の女子ならそうなるであろう。
冬花ですら、時々政望の美しさに目を奪われそうになる日がある。
冬花は、その様な日には、素直に弟の美しさに目を奪われそうになったことを謝り、優季を1番に想っていること、そして逢いたいと願う気持ちを書き残している。
「政望、こんなに堂々とここに来ても大丈夫なの? 王妃様からお叱りを受けるわよ」
王妃は、王城に冬花母子を迎え入れることを快く思っていなかった。
政良が、冬花に『政』の名を与えなかったことで、王妃は表立って嫌がらせ等をしてこないが、政望がこの離れに来ることや、冬花たちと関わり合うことを極端に嫌っていた。
「今日は、大義名分があります。姉上と寒村夫人殿に、紹介する者がおりますので」
政望は、離れの入り口の門に向かって声をかける。
「入って参れ」
門をくぐってきた若者を見て、冬花も寒村夫人と呼ばれた冬花の母親も言葉を失っている。
「姉上、寒村夫人殿、紹介致します。私の護衛、優季(ゆうき)です。以後、お見知りおきを」
優季は、冬花たちに深々と一礼をする。
優季は、まるで冬花たちのことは知らないような態度を取っている。
冬花の母親は、優季に対して、少し厳しい口調で申し伝えた。
「よいですか、私欲を捨てて、誠心誠意、政望様をお助けするのです。そして、ここは王女冬花様の居所であるゆえ、みだりに近づくことは許しませんよ」
冬花は、優季と母親の顔を交互に見ている。
「大丈夫ですよ、寒村夫人殿。優季には、一生を誓った女性がいるそうなので。ただ、16歳から前の記憶を失っているらしく、相手の名前も顔も思い出せないらしいのですが……」
「政望様、私は門の外におりますので」
優季は、冬花と目が合っても何も感情を動かさず、一礼をして門外へと姿を消した。
冬花は、優季の背中を目で追い続けていた。
「姉上、どうされましたか、優季が気になりますか? いくら記憶を失っても、愛しい想いは心に残るものでしょう。だから、優季が初対面の姉上に、いきなり恋慕することはないと思いますよ」
政望は、冬花をからかったつもりでいたが、冬花の反応が予想と違っていたため、違う話題に切り替えた。
冬花は、その後、政望と何を話したかあまり覚えていなかった。
冬花の優季への想いは、ここに来てからも変わることはなかったからだ。
実際、政良に対して、警備の者としてで良いので、寒村の者を迎え入れたいと申し出を行っていた。
だが、その申し出は、冬花の母親によって取り下げられていた。
冬花の母親は、優季の存在が、この王城で冬花が生きることの障害になると考えて、心を鬼にして冬花の想いを踏みにじりつづけたのだ。
その夜、冬花は悲しくて眠れなかった。
冬花の頭の中には、いろんな思いが渦巻いていた。
冬花は、その思いを紙に書き綴っていく。
『どんな理由で、優季が記憶を失ったのだろうか……
優季は、記憶を失った振りをしているのだろうか……
優季は、もう自分のことを想ってくれないのだろうか……
もう自分のことを冬花と呼んでくれないのだろうか……
逢えて嬉しいのは自分だけなのだろうか……』
冬花は、その日、明け方まで優季のことを考え続けていた。
翌朝、冬花の部屋に来た冬花の母親は、まぶたを腫らした娘を優しく抱きしめて、諭すように言った。
「冬花、あの日、あなたは王女になることを決めたのよ。幼かったあなたには分からなかったかもしれないけど、王女になるということは、自分の想いは捨てなきゃいけないの。優季のことは、忘れないといけないの。冬花、王女になるということは、そういうことだったのよ」
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冬花は、母親に抱かれて嗚咽をあげている。
冬花の母親は、優しく冬花を抱きしめていた。
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