3 / 10
1―2 市場での出来事
しおりを挟む
辺りが次第に暗くなってきた。
大部分のお店は、店じまいの支度を始めている。
ソフィアは、まだ市場の入り口の近くにいた。
随分と長い時間を、そこで過ごしていた。
「お嬢さん、誰かと待ち合わせだったのかい?」
昼間、ソフィアが腰を抜かした時に椅子を貸してくれた店主が、冷たい果実水を持って来てくれた。
「ありがとうございます。婚約者を待っているんですけど、いつ戻ってくるかも分からなくて……」
ソフィアは、店主のくれた果実水を美味しそうに飲みほして言った。
「もう、ほとんどの店が片付けを始めているよ。可哀想なこと言うけど、その婚約者、先に帰ったんじゃないかい?」
店主は、市場を見渡しながら申し訳なさそうに言った。
ソフィア自身も、そう思っている。
ただ、万が一、ランボが来た時に自分がいなければ、何を言われるか分からないため、ソフィアはこの場を離れることが出来ないのだ。
「まあ、早く見切りをつけて、暗くなる前にお帰り。夜道に女の子ひとりは危ないからね」
そう言って店主は、向こうに行って店の片付けを再開した。
今からでは、真っ暗にならない間に家に帰り着くのは無理である。
それに、家まで歩き続ける自信もソフィアにはなかった。
ソフィアの家は、余裕がなく、使用人はいない。
そして、馬車も持っていないため、ソフィアが帰って来ないからといって、迎えが来ることはまず無いのである。
「おい、そこで何をしている?」
ソフィアは、自分にかけられた声とは分からずに、返答をしなかった。
ソフィアは、この辺りには知り合いもいないため、市場からどうやって安全に家に戻るかを必死に考えていた。
せめて、良心を咎められたランボの使用人が、自分を迎えに来てくれることを願っていた。
「聞こえているのか? そこに立ってるお前に聞いているのだぞ」
ソフィアは、声のした方を見る。
そこに立っていたのは、市場を警備する兵士であった。
「あ、はい、私は、人を待っているのです」
「こんな時間にか? 怪しい、市場荒らしか何かを企んでいるのではないだろうな」
「ち、違います。本当に、婚約者を待っているのです」
「見え透いた嘘を言うな。こっちに来いっ、詳しく取り調べてやる」
「あ、あの……、その女性が言っていることは本当だと思います。その方が持ってる髪飾りは、私の店でご購入頂いたものです。その時、一緒にいた男性に入り口で待つように言われていましたから」
ソフィアは、証言をしてくれた店主の方を見て、何度も頭を下げた。
「本当に、こいつかどうか分からないだろう?」
兵士は、どうしてもソフィアを罪人としたいらしい。
「いえ、良く覚えています。男が女性に物を贈るのに、普通は投げ渡したりしません。それに、一緒にいた男は、この方に意見すら聞かずにそちらの商品をお買い上げになられましたので。全ての行動が異常だったので、良く覚えています」
「何を騒いでおるのだ?」
ソフィアは、聞き覚えのある声がした。
ソフィアは、声の方を恐る恐る向いた。
そこには、王子が立っていた。
「また、そなたか。いったい、どうしたのだ?」
兵士が、王子に事情を説明する。
「はははは」
王子は、声を出して笑った。
「いや、すまない。決して君の正義感を笑ったのではない。だが、この女性にそれは無理だ」
王子は、兵士に報告を笑ったことを詫びた。
「君は、知らないから仕方ないが、今日、この女性は、見知らぬ子を守るために、私の馬車に飛び込んできた。そのようなことが出来る女性が、市場荒らしなどをする訳がないだろう」
王子は、ソフィアの方を向き、声のトーンを落とした。
「それより問題なのは、彼女の婚約者の振る舞いだ。こんなに遅くまで女性を、それも婚約者を放置するとは」
「あ、あの、私ならお気遣いなく。問題になると困ります」
「ならば、私の部下にそなたを送らせよう。この様な時間に、女性ひとりで夜道を歩かせるわけにはいかない」
王子は、すぐに馬車の手配をさせた。
「あ、あの……、もし、私の婚約者が迎えに来たらいけないので、もう少し待ちます。王子様は、私になど構うことなくお帰り下さい」
王子の元に、ひとりの騎士が来て、何やら報告をした。
王子の近衛隊の騎士である。
「今、市場の中を隈無く捜索したが、そなたの婚約者どころか、ここにいる者以外、誰もいなかった。この者は、私が信頼する者だ。安心してよい」
「カインドです。あなたを、お家までお送りします」
ソフィアは、自分が、馬車に乗らなければ、この場が収まらないことを理解していた。
「申し訳ありません……」
ソフィアは、その場にいる全員に、ひとりづつ深々と頭を下げてお詫びをした。
ソフィアを乗せた馬車は、カインドの操縦で走り出した。
既に、道は真っ暗であり、遠くで野犬の遠吠えが聞こえている。
ソフィアは馬車の中で、この事を両親になんと報告すればいいのかと頭を悩ませていた。
大部分のお店は、店じまいの支度を始めている。
ソフィアは、まだ市場の入り口の近くにいた。
随分と長い時間を、そこで過ごしていた。
「お嬢さん、誰かと待ち合わせだったのかい?」
昼間、ソフィアが腰を抜かした時に椅子を貸してくれた店主が、冷たい果実水を持って来てくれた。
「ありがとうございます。婚約者を待っているんですけど、いつ戻ってくるかも分からなくて……」
ソフィアは、店主のくれた果実水を美味しそうに飲みほして言った。
「もう、ほとんどの店が片付けを始めているよ。可哀想なこと言うけど、その婚約者、先に帰ったんじゃないかい?」
店主は、市場を見渡しながら申し訳なさそうに言った。
ソフィア自身も、そう思っている。
ただ、万が一、ランボが来た時に自分がいなければ、何を言われるか分からないため、ソフィアはこの場を離れることが出来ないのだ。
「まあ、早く見切りをつけて、暗くなる前にお帰り。夜道に女の子ひとりは危ないからね」
そう言って店主は、向こうに行って店の片付けを再開した。
今からでは、真っ暗にならない間に家に帰り着くのは無理である。
それに、家まで歩き続ける自信もソフィアにはなかった。
ソフィアの家は、余裕がなく、使用人はいない。
そして、馬車も持っていないため、ソフィアが帰って来ないからといって、迎えが来ることはまず無いのである。
「おい、そこで何をしている?」
ソフィアは、自分にかけられた声とは分からずに、返答をしなかった。
ソフィアは、この辺りには知り合いもいないため、市場からどうやって安全に家に戻るかを必死に考えていた。
せめて、良心を咎められたランボの使用人が、自分を迎えに来てくれることを願っていた。
「聞こえているのか? そこに立ってるお前に聞いているのだぞ」
ソフィアは、声のした方を見る。
そこに立っていたのは、市場を警備する兵士であった。
「あ、はい、私は、人を待っているのです」
「こんな時間にか? 怪しい、市場荒らしか何かを企んでいるのではないだろうな」
「ち、違います。本当に、婚約者を待っているのです」
「見え透いた嘘を言うな。こっちに来いっ、詳しく取り調べてやる」
「あ、あの……、その女性が言っていることは本当だと思います。その方が持ってる髪飾りは、私の店でご購入頂いたものです。その時、一緒にいた男性に入り口で待つように言われていましたから」
ソフィアは、証言をしてくれた店主の方を見て、何度も頭を下げた。
「本当に、こいつかどうか分からないだろう?」
兵士は、どうしてもソフィアを罪人としたいらしい。
「いえ、良く覚えています。男が女性に物を贈るのに、普通は投げ渡したりしません。それに、一緒にいた男は、この方に意見すら聞かずにそちらの商品をお買い上げになられましたので。全ての行動が異常だったので、良く覚えています」
「何を騒いでおるのだ?」
ソフィアは、聞き覚えのある声がした。
ソフィアは、声の方を恐る恐る向いた。
そこには、王子が立っていた。
「また、そなたか。いったい、どうしたのだ?」
兵士が、王子に事情を説明する。
「はははは」
王子は、声を出して笑った。
「いや、すまない。決して君の正義感を笑ったのではない。だが、この女性にそれは無理だ」
王子は、兵士に報告を笑ったことを詫びた。
「君は、知らないから仕方ないが、今日、この女性は、見知らぬ子を守るために、私の馬車に飛び込んできた。そのようなことが出来る女性が、市場荒らしなどをする訳がないだろう」
王子は、ソフィアの方を向き、声のトーンを落とした。
「それより問題なのは、彼女の婚約者の振る舞いだ。こんなに遅くまで女性を、それも婚約者を放置するとは」
「あ、あの、私ならお気遣いなく。問題になると困ります」
「ならば、私の部下にそなたを送らせよう。この様な時間に、女性ひとりで夜道を歩かせるわけにはいかない」
王子は、すぐに馬車の手配をさせた。
「あ、あの……、もし、私の婚約者が迎えに来たらいけないので、もう少し待ちます。王子様は、私になど構うことなくお帰り下さい」
王子の元に、ひとりの騎士が来て、何やら報告をした。
王子の近衛隊の騎士である。
「今、市場の中を隈無く捜索したが、そなたの婚約者どころか、ここにいる者以外、誰もいなかった。この者は、私が信頼する者だ。安心してよい」
「カインドです。あなたを、お家までお送りします」
ソフィアは、自分が、馬車に乗らなければ、この場が収まらないことを理解していた。
「申し訳ありません……」
ソフィアは、その場にいる全員に、ひとりづつ深々と頭を下げてお詫びをした。
ソフィアを乗せた馬車は、カインドの操縦で走り出した。
既に、道は真っ暗であり、遠くで野犬の遠吠えが聞こえている。
ソフィアは馬車の中で、この事を両親になんと報告すればいいのかと頭を悩ませていた。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
【完結】名前もない悪役令嬢の従姉妹は、愛されエキストラでした
犬野きらり
恋愛
アーシャ・ドミルトンは、引越してきた屋敷の中で、初めて紹介された従姉妹の言動に思わず呟く『悪役令嬢みたい』と。
思い出したこの世界は、最終回まで私自身がアシスタントの1人として仕事をしていた漫画だった。自分自身の名前には全く覚えが無い。でも悪役令嬢の周りの人間は消えていく…はず。日に日に忘れる記憶を暗記して、物語のストーリー通りに進むのかと思いきや何故かちょこちょこと私、運良く!?偶然!?現場に居合わす。
何故、私いるのかしら?従姉妹ってだけなんだけど!悪役令嬢の取り巻きには絶対になりません。出来れば関わりたくはないけど、未来を知っているとついつい手を出して、余計なお喋りもしてしまう。気づけば私の周りは、主要キャラばかりになっているかも。何か変?は、私が変えてしまったストーリーだけど…
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】
僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。
※他サイトでも投稿中
【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~
胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。
時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。
王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。
処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。
これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。
婚約破棄すると言われたので、これ幸いとダッシュで逃げました。殿下、すみませんが追いかけてこないでください。
桜乃
恋愛
ハイネシック王国王太子、セルビオ・エドイン・ハイネシックが舞踏会で高らかに言い放つ。
「ミュリア・メリッジ、お前とは婚約を破棄する!」
「はい、喜んで!」
……えっ? 喜んじゃうの?
※約8000文字程度の短編です。6/17に完結いたします。
※1ページの文字数は少な目です。
☆番外編「出会って10秒でひっぱたかれた王太子のお話」
セルビオとミュリアの出会いの物語。
※10/1から連載し、10/7に完結します。
※1日おきの更新です。
※1ページの文字数は少な目です。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年12月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、番外編を追加投稿する際に、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる