上 下
4 / 4
episode 1

あの世界 3

しおりを挟む
お昼ご飯、佐和子たちのところに行こうとして、ふと隣を見ると、小瀬川さんがお弁当も出さずにぼうっとしていることに気がついた。一応田中先生から任せられた手前、放置するのは気が引ける。

「お弁当じゃないの? 小瀬川さんは」

話しかけると、ビクッとこちらを見た彼女はこくりと頷いた。

「……食堂とか売店とかあるかな、この学校」

やっと返ってきた言葉に、なんだちゃんと話せるんじゃん、と息をついた。相変わらずビクビクしているのは変わらないけれど、それでも先ほどよりは印象は良い。

「あたしも今日、お弁当ないんだ。うちの学校、美味しいよ、食堂。一緒行こうよ」

一緒に行こうといった気持ちのうち、半分は先生に任せられたという義務感と、もう半分は好奇心。けれどそんな私には気付かずに彼女は嬉しそうに笑ってこくんと頷いた。

「私いつも四人でご飯食べてるの。他の子も誘ってくるね」

そういうと、彼女はサッと眉を下げて俯いた。その反応に、ああ、もしかしてこういうタイプか、と思う。大人数が好きではない、いつもいる友達とは二人っきりでいたいタイプ。

(でも私には佐和子たちのグループがある。二人組になるつもりなんてないよ)

それに、転校してきたばかりなのだからもっとみんなと話すように努力するべきだ。……このクラスに馴染む気あるのかな。思ってしまった言葉は、負の感情のものばかりだ。

「じゃあ、とりあえず今日は二人で食堂行こうか」と呆れ混じりに言うと彼女は少し躊躇した後で「ごめんね」と謝った。
本当だよ、私いつまでも貴女の面倒見るつもりないよ。
早く4人でいつもみたいに騒ぎながらご飯食べたいなあ、と思った。けれどその考えの中には全く小瀬川さんを自分のグループに入れる気がないことに、今更ながら気付いた。今日一緒に食べたことで、これからもずっと、なんて事にならなきゃいいな。そんな酷いことを思った。

佐和子たちに今日のご飯の断りを入れて、小瀬川さんとふたりで食堂に向かった。どこの学校から来たの、と聞くと意外にもここから電車でそう遠くない街の高校からだった。

「なんで今の時期に?この街に引っ越したとしても、前の学校にも電車で通えるじゃん」

そう言うと、小瀬川さんは「身体、あんまり強くないから、近い高校が良かったの」とだけ言った。ふうん、と返事をしたところで周太とすれ違った。

「お、円香。お前、今日は小瀬川さんとご飯食べんのか」
「うん、周太はもう食堂で食べたの?」

聞くと周太は、首を横に振った。

「今日食堂、行かない方いいぜ、中学生の高校見学で食堂がごった返してる。俺は今から売店行くとこ」
その言葉に小瀬川さんと目を見合わせた。
「私たちも売店行こっか」

そうして三人で売店でサンドイッチと飲み物を買って、私と小瀬川さんは中庭で食べることにした。そこまではいい。

「……なんで周太も一緒に食べてんの…?」
「いいだろーが。俺とお前は今日も朝日を一緒に拝んだ仲だろ、円香ぁ」
「ご、誤解を招く言い方をするなっ!小瀬川さん、勘違いしないでね、周太のばかはただ私にくっついてきて一緒に朝走っただけだから!」
「ふふっ」

私と周太の会話に、くすくすと笑って、仲良いんだね、と小瀬川さんは言う。

「幼稚園から一緒だから腐れ縁みたいなもんだよ」
「そうそう、好きでこんな性悪女といるかっつーの!それより俺は小瀬川さんと仲良くなりたいなあ、ねえ、環って呼んでもいい?」
「気をつけなよ、小瀬川さん。この男、朝から神様に彼女ほしーってお願いするくらい飢えてるケモノだから」
「おまえ、それはないだろ!」
「ごめん、間違えた。ケモノじゃなくてケダモノ」
「ふはっ、本当に仲良いね」

笑いすぎたらしく、眦(まなじり)に滲んだ涙をぬぐいながら、小瀬川さんは、環でいいよ、と言った。

「ふたりとも、良かったら環って呼んで。私も、名前で呼びたいから」

天使みたいな笑顔でそう言うと、私と周太に手を差し出した。

「よろしくね」

その純粋な笑顔に、少しだけ胸が痛くなった。私はさっき、早く三人のところに戻りたいだとか、そんな酷いことを思ってしまった。その後ろめたさのせいで、うまく彼女に笑えなかった。

「……よろしく、環」

繋がれた環の右手に視線を落とすと、9月なのに長袖を着ていることに今更ながら気がついた。体が弱いというのは本当なのだろう、事実、繋がれた手は私よりもはるかに華奢で筋張っていて、そして体温が低かった。

しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

毎日告白

モト
ライト文芸
高校映画研究部の撮影にかこつけて、憧れの先輩に告白できることになった主人公。 同級生の監督に命じられてあの手この手で告白に挑むのだが、だんだんと監督が気になってきてしまい…… 高校青春ラブコメストーリー

ソネットフレージュに魅せられて

もちっぱち
恋愛
前作【スノーフレークに憧れて】の 白狼 家の家族模様と 長女 の白狼 雪菜を主人公に 弓道部を中心とした 淡い恋物語をお届けします。 白狼 雪菜は高校3年生の 弓道部3年目 部長を担っている。 顧問の叔母でもある 白狼 いろはの指導により 県大会に出場となるが…。 弓道部も頑張るが、同じ部に所属する 男子高校生も気になって、 恋に奥手な雪菜の心情はどうなるか…。 キュンキュンドキドキな高校生の ラブストーリーをお楽しみください。

お久しぶりです、元旦那様

mios
恋愛
「お久しぶりです。元旦那様。」

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

👨👨👨三人用声劇台本「文化祭にて」

樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
青春
文化祭当日の高校生2人が主人公。焼きそばの模擬店の売り子と調理を担当していた2人だったはずだけど… 所要時間:10分前後 たつや:低音男性 りく:高音男性 ナレーション&りくの彼女のクラスメイト:低音男性 ※男子高校生三人の設定だが、りくは女でも可。だがなるべく男の子っぽく。 たつやとりくがメインでりくの彼女のクラスメイトは出番少な目。 ◆こちらは声劇用台本になります。 動画・音声投稿サイトに使用して頂ける場合は、方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。 かなりの人数の方からDMやメールで「台本お借りして良いですか?」という問い合わせを頂きますが、台本の使用許可・使用報告は不要です。 ご一報頂けるのでしたら事後報告で充分です。(15時~25時) その際は読み手様のお名前、ツイッターアカウント、投稿して下さったサイト名とURLを明記の上、 私のツイッター(@ituki_0505 )のDMか ituki_505@yahoo.co.jp にご一報下さい。聞きに伺います。 私のツイッターアカウントから宣伝ツイートやリツイートもさせて頂きます。 またYoutube等の動画投稿の際には、樹のツイッターアカウント@ituki_0505 を記載して頂けると嬉しいです。  ツイキャス、Lispon、spoon、nana、Youtube、Writone(ライトーン)、HEAR等にて多数ご利用頂いております。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

処理中です...