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小汚いヒヨコ、現る
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そして一週間後、アヴァロン家の治めるヴェリナ領へ出向いた私と父は、侯爵家の応接間にいた。
案内してくれたアヴァロン侯爵はロマンスグレーの綺麗な髪をきっちりキメた、背の高い紳士だった。父と歳は同じくらいのはずなのに、さすがヴェリナ大学の理事長も務めるとあって威厳と風格があり、なかなかインテリジェンスの高そうな方だった。
ちなみに私の父、ヴォスボアール子爵はというとつるりと頭が輝いており、落ち着きのある侯爵と違い、どこかそわそわしている。侯爵の髪の毛をチラチラ見ていることからきっと自己嫌悪と嫉妬で居心地が悪いのだろうと解釈した。
「……して、ウィリアム君は、今どちらに?」
かれこれ半刻ほど応接室で待っているのだが一向に現れない娘の婚約者の所在にとうとう父が突っ込むと、そこで初めてアヴァロン侯爵は顔色を変えた。
「本当に申し訳ない。うちの末の馬鹿息子は準備に本当に時間がかかるので、今日だけは間に合わせろとキツく言っていたのですが……少し様子を見てきますね」
ははは、と空笑いをして、引きつらせた表情のまま侯爵が応接間の扉を開けた瞬間。
「やぁぁぁめぇぇぇろぉぉお!!離せぇぇぇええ!俺はこんな堅っ苦しいのは着ないからな!!!その女にも絶対会わない!!俺はやることが山積みなんだ!!!」
いきなり廊下から聞こえてきた怒声に、びくりと肩が跳ね上がる。
そしてそれを追い掛けるように、「この阿呆坊っちゃま!死んでも離しませんからぁああ」という断末魔のような叫びが聞こえたあたりでバタンと侯爵が戸を閉めた。くるりと私たちを振り返り、まるで何事もなかったようにニコリと微笑まれるも、全く目が笑っていない。怖い、怖すぎる。
私と父はそっと顔を見合わせた。多分お互い、なんとなくわかってしまったのだ。
これはとんだ『ハズレくじ』を引かされたのだ、と。
そのとき、閉めたはずの応接間のドアがバンッと開けられ、戸の前にいた侯爵の背中に直撃して崩れ落ちた。何がって?私も信じたく無いけれど、侯爵が崩れ落ちたのである。
完全にダウンした侯爵の向こう。それが私と彼の初対面だった。
一言で言うと、小汚い泥棒。
頭にまず浮かんだのはそんな言葉だった。
茶色いシミが模様のように見えるほどのボロボロのシャツに、継ぎはぎもせずところどころ穴の空いたままのズボンを履いて、泥をいっぱいにつけた黒の長靴が目に飛び込んでくる。
それだけで目を閉じようかと思ったけれど、勇気を出して背の高いその人の身体に沿ってそろそろと視線を上にあげると、そこにあったのは丸い瓶底眼鏡とボサボサの無精髭。
まるで泥水にまみれたヒヨコのような髪の毛を後ろで一つに括り、そいつは私たちを見てキョトンとした表情を見せ、次の瞬間何かに気付いたように身体を跳ねさせたかと思うとそのまま脱兎の如く逃げた。
そいつが去った廊下あとには点々と泥が残っていた。
それを見て、そっと私は瞳を閉じた。
ーー何も考えないが吉。
「………説明して頂けますか」
父が絶対零度の声音で侯爵に問いかけると、侯爵は倒れたままコクリと頷いた。かと思うと、イケおじ代表とも言える侯爵のロマンスグレーがみるみるうちにしな垂れていく。そうしてさめざめと泣き始めたあたりで私はそっと侍女を連れて応接室を後にした。
大人の男性の涙を見るなんて女性としてのルール違反だと思ったからだ。決して、決っっっして、現実を見たくなかったわけではない。
(……今のが相手じゃないと良いなあ)
そんな叶わぬ願いを胸に秘めたまま、私は侍女に連れられて、とりあえずその場を後にしたのだった。
案内してくれたアヴァロン侯爵はロマンスグレーの綺麗な髪をきっちりキメた、背の高い紳士だった。父と歳は同じくらいのはずなのに、さすがヴェリナ大学の理事長も務めるとあって威厳と風格があり、なかなかインテリジェンスの高そうな方だった。
ちなみに私の父、ヴォスボアール子爵はというとつるりと頭が輝いており、落ち着きのある侯爵と違い、どこかそわそわしている。侯爵の髪の毛をチラチラ見ていることからきっと自己嫌悪と嫉妬で居心地が悪いのだろうと解釈した。
「……して、ウィリアム君は、今どちらに?」
かれこれ半刻ほど応接室で待っているのだが一向に現れない娘の婚約者の所在にとうとう父が突っ込むと、そこで初めてアヴァロン侯爵は顔色を変えた。
「本当に申し訳ない。うちの末の馬鹿息子は準備に本当に時間がかかるので、今日だけは間に合わせろとキツく言っていたのですが……少し様子を見てきますね」
ははは、と空笑いをして、引きつらせた表情のまま侯爵が応接間の扉を開けた瞬間。
「やぁぁぁめぇぇぇろぉぉお!!離せぇぇぇええ!俺はこんな堅っ苦しいのは着ないからな!!!その女にも絶対会わない!!俺はやることが山積みなんだ!!!」
いきなり廊下から聞こえてきた怒声に、びくりと肩が跳ね上がる。
そしてそれを追い掛けるように、「この阿呆坊っちゃま!死んでも離しませんからぁああ」という断末魔のような叫びが聞こえたあたりでバタンと侯爵が戸を閉めた。くるりと私たちを振り返り、まるで何事もなかったようにニコリと微笑まれるも、全く目が笑っていない。怖い、怖すぎる。
私と父はそっと顔を見合わせた。多分お互い、なんとなくわかってしまったのだ。
これはとんだ『ハズレくじ』を引かされたのだ、と。
そのとき、閉めたはずの応接間のドアがバンッと開けられ、戸の前にいた侯爵の背中に直撃して崩れ落ちた。何がって?私も信じたく無いけれど、侯爵が崩れ落ちたのである。
完全にダウンした侯爵の向こう。それが私と彼の初対面だった。
一言で言うと、小汚い泥棒。
頭にまず浮かんだのはそんな言葉だった。
茶色いシミが模様のように見えるほどのボロボロのシャツに、継ぎはぎもせずところどころ穴の空いたままのズボンを履いて、泥をいっぱいにつけた黒の長靴が目に飛び込んでくる。
それだけで目を閉じようかと思ったけれど、勇気を出して背の高いその人の身体に沿ってそろそろと視線を上にあげると、そこにあったのは丸い瓶底眼鏡とボサボサの無精髭。
まるで泥水にまみれたヒヨコのような髪の毛を後ろで一つに括り、そいつは私たちを見てキョトンとした表情を見せ、次の瞬間何かに気付いたように身体を跳ねさせたかと思うとそのまま脱兎の如く逃げた。
そいつが去った廊下あとには点々と泥が残っていた。
それを見て、そっと私は瞳を閉じた。
ーー何も考えないが吉。
「………説明して頂けますか」
父が絶対零度の声音で侯爵に問いかけると、侯爵は倒れたままコクリと頷いた。かと思うと、イケおじ代表とも言える侯爵のロマンスグレーがみるみるうちにしな垂れていく。そうしてさめざめと泣き始めたあたりで私はそっと侍女を連れて応接室を後にした。
大人の男性の涙を見るなんて女性としてのルール違反だと思ったからだ。決して、決っっっして、現実を見たくなかったわけではない。
(……今のが相手じゃないと良いなあ)
そんな叶わぬ願いを胸に秘めたまま、私は侍女に連れられて、とりあえずその場を後にしたのだった。
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