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21 手につかない
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九月二十九日日曜日。
私は図書館近くのカフェで、いつものようにお茶を楽しみつつ図書館で借りた本を読もうと思った。
借りたのは公爵令嬢が探偵になって事件を解決していくミステリー小説だ。シリーズもので公爵家の娘が事件捜査とかあり得なすぎるんだけど、けっこう面白いんだよね。
でも、私はさっきまで読んでいた本を目の前にしたまま、借りてきた本を読めずに凍りついている。
休日、ということもあり店内は混みあっていた。だから迷惑だと思うのよ、こんな風にじっと動かず、おかわりしたお茶とケーキに手をつけない客なんて。
私が見つめている本は恋愛ものの本だ。
普段は読まないこの本を読んで、アルフォンソ様とのお付き合いについて、少しは参考にしようと思って読んでみた。一時間ほどかけてちゃんと全部読んだ。
読んだ感想は、甘い……甘すぎる。世の中の男女ってこんな風にお付き合いするの?
小説は庶民の娘と王子が知り合って付き合って、最後結婚するっていうかなりありえない設定の話だった。
今人気の恋愛小説、ということで読んでみたわけだけど、突っ込みどころが多かった。
手と手が触れてハッとしたり、見つめあって頬を染めたりするの?
婚約する前に一緒に寝るのも普通なの? いや、酔った勢いとはいえ私、アルフォンソ様と一緒に寝ていたけれど。
私は婚約者だったダニエルとそういうこと一切なかったわよ?
デートはしていたけど、ご近所をお散歩していたくらいでどこかに出掛けたりしなかったし。
あれがデートだと思っていたけれど、どうやらちょっと違ったらしい。
手を繋いだのもアルフォンソ様が初めてだ。ダニエルとは手を繋ぎもしなかったし、口づけもしたことがない。
付き合うってこういう事なのか……
小説を読み、私は余りにも男女のことに無頓着だったと思い知らされた。
貴族だと夜のことについて教育があるって聞いたことあったっけ。以前読んだ小説に少しだけそんな話が出てきたことある。
その教育係が殺されて、て話だったけど。最初に恥をかかないためにそういうことをするらしい。
アルフォンソ様もそういう教育受けてきたのかな。今回読んだ小説でも、王子は閨係とそういう練習をした、という話がでてきた。
そう考えてまた恥ずかしさが増してきて、私は顔が熱くなるのを感じながらすっかり冷めてしまったお茶に口をつけた。
「パトリシア、大丈夫?」
声をかけてきたのはカフェ店員のジーナだった。
彼女は心配げな顔をして、私の座る席のそばに立つ。
「あぁ、ジーナ。だ、大丈夫ようん」
と、しどろもどろになりつつ答え、私はお茶を飲んだ。冷めててもこのお茶おいしいな。
「うーん……そうは見えないけど……ねぇ、パトリシア、私あと少ししたらお仕事終わるから、この後一緒にお散歩しない?」
その誘いに私は間髪入れずに頷き答えた。
「えぇ、喜んで」
するとジーナはニカッと笑い、
「じゃあ終わったら声かけるから、お茶のおかわり用意してくるわね」
と言って、奥に消えていった。
ジーナなら私より経験値高そうよね。なにか相談できるかな……
アルフォンソ様との付き合い方が私、わからないって言ったら笑われるかなぁ。でも本当にわからないのよ。
私は現状、アルフォンソ様に対して特別な感情はないけれど、このまま付き合い、というものを続けていいのか、という戸惑いがある。
私が最も知りたいのは、あの日何があったかだ。
クリスティの誕生日パーティーで私は飲みすぎてアルフォンソ様に介抱された。でもその先の事は何にもわかっていない。
それだけはどうにかして確かめたいなあ。私、妊娠するようなことをアルフォンソ様としたのかな……もしそうならあと一か月もしたら兆候出るの……かな?
アルフォンソ様に私、あの日の事を忘れてください、と言った手前、今さら聞きにくいのよね……
あぁ、どうしたいの私。
相手は貴族よ……
だって貴族の奥方様って絶対に大変じゃないの。
しかもアルフォンソ様ってご長男よね、後継ぎよね。そんな大役私には無理よ。商人の妻となる覚悟はしていたけど、貴族の伴侶となる覚悟なんてできていないんだからね。
お母様はけっこう表にでて働いてるのよね。でも貴族の奥様って家の管理が仕事なんじゃないっけ。時には夫の仕事を手伝ったり、昔は鎧に剣を持って戦ったこともあったと聞いた。
そこまでの教育、私は受けていない。
貴族は貴族と結婚する覚悟、幼いころからしていて貴婦人としての教育を受けているだろうけれど私は違うのよ。
あぁ、考えていたら憂鬱になってきた。
王都に帰ったらまたお仕事しよう。私は外で働く方が向いているし。伯爵家ならそんな女性、嫌がる、よね?
そう決意して、私は借りてきた本を開いた。
半分くらい読んだ頃、
「お待たせ!」
と言って、ジーナが声をかけてきた。
顔を上げると、ワンピースにマントを着たジーナが立っていた。あ、仕事、終わったんだ。
気が付くとあたりの客の数がかなり減っている。
私は慌てて本にしおりを挟み、残っていたお茶とケーキを食べつくして立ち上がった。
「そんなにあわてなくていいのに」
「だって……待たせちゃ悪いし」
「気にしなくていいのに。とりあえずお会計して外行こうか」
ジーナの提案に頷き、私は会計を済ませてカフェの外に出た。
時間は昼過ぎ。
休日と言うこともあり、普段より人通りは多かった。
空を流れる雲の流れは早くて、遠くに見える山の頂は雲の中で見えない。一日経つたびに肌寒く感じるようになってきた気がする。
「とりあえずこの先にある公園行こうか? 小動物に触れるんだよ」
「え、そんな公園あるんだ」
「うん、うさぎとかいて可愛いよ」
うさぎかぁ……小さい頃、動物園で触ったことあったっけ。
「ねえパトリシア、今日は何を読んでいたの?」
「え? えーと……探偵ものとその……王子と庶民の子の恋愛小説」
「恋愛小説?」
私の答えにジーナは驚きの声を上げる。
彼女は私の好みをもちろん知っている。だから普段恋愛ものなんて読まないことも。
「えー、意外。なんでそれを読もうなんて思ったの?」
興味津々、という顔でジーナはこちらを見て言った。
それはアルフォンソ様と付き合うことになったからなんだけど、恥ずかしさにその言葉が出てこない。
どうしよう、なんて答えよう……
口をぎゅっと閉じて下を俯き考えていると、
「何かあったの?」
と、ジーナが聞いてくる。まあそうよね、沈黙したら何かあった、って言っているのと同じよね。
ありましたよ色々と。でも恥ずかしくて言えない。昨日のあのアルフォンソ様の行動、私には意味不明すぎるんだけど、でもそのことを聞けるわけなかった。
「昨日、アルフォンソ様のお宅に招かれたんだよね。お夕食どうだった?」
たぶん気を利かせてくれているんだろうな。ジーナが話題を変えてくる。
「え? あ、えーと、美味しかった……よ?」
「そうなんだ、よかったね。伯爵様にも会ったんだよね? ちょっと変わった人でしょう」
そう言って、ジーナは笑う。確かにちょっと変わっていた。やたら感情の起伏が激しいというか。
「そうねぇ……泣いたり笑ったり、忙しかったな」
「そうそう、感情をすごく大げさに表す人なのよね。アルフォンソ様のこと、見た目がああだからすごく心配してるらしくて。婚約者探しに奔走されてるそうなんだけどなかなか決まらないって聞いたなぁ。だからきっと、女性を夕食に招待なんてしたら大喜びでしょうね」
確かに喜んでいた。婚約式を口にするくらいに。
っていうかジーナ、アルフォンソ様が婚約破棄された話、知らないの、かな?
私とマルグリットさんが話している時、アルフォンソ様がジーナがいるカフェに来たけど……そうか、離れていたから会話は聞こえていないか。
下手にあの事を口にはできず、私は渇いた笑いを浮かべるしかできなかった。
ジーナなら大丈夫かなぁ。
「ねえ、ジーナは誰かとお付き合いしたことあるの?」
勇気を出して尋ねると、彼女は不思議そうな顔で頷いた。
「えぇ、そりゃああるけど……なんで?」
「いや、私そういう経験、全然ないから……」
そう消え入るような声で答えると、ジーナは何度も頷き真顔で言った。
「あー、そうなんだ。あれ、でもパトリシア、アルフォンソ様とお付き合いしてるんだよね? だから昨日招待されたんでしょう?」
その通りだ、その通りなんだけど。
私は俯き、
「付き合うって何するのかわからなくて戸惑ってばかりなのよね」
そしてため息をつく。
「あー……悩んでいたのはそれについて? アルフォンソ様とどう付き合ったらいいかわからないとかそういうこと?」
はい、その通りです。
「そう、なんだよねぇ……アルフォンソ様からお付き合いを申し込まれたんだけど、どうしたらいいのか全然分かんなくて、言われるままにお出かけしたりしてるんだけど、このままでいいのかなって、不安になって……」
「あ、アルフォンソ様から言い出したんだ」
私の言葉にジーナはちょっと驚いたような声を出す。
「なら別に、そのまま誘われるままでいいんじゃない?」
「そういうものなの?」
疑問を口にすると、ジーナは首を横に振る。
「ううん、私的には違うけど。でも相手は貴族だしね。普通のお付き合いとは違うかな、と思って」
そうなのよ。相手は貴族だ。だから私としては気を使ってしまう。だから私、ずっと様をつけて呼んでいる。
アルフォンソ様の方は、私の事を呼び捨てにしたり、さん、をつけたりさまざまなだけど。
どこに出掛けるとか何したらいいのか全然わからないし、普通どうするのかさえ分からない。
「そうだよねぇ。だから余計によくわからないの」
「別に、無理に合わせる必要はないと思うけど。嫌なこと、何かされた?」
その問いに私はちょっと間を置いた後首を横に振った。
嫌なことはされていない。だけど恥ずかしいことならいくつかあった。でもさすがにそれは口にできない。
私の返答にジーナは頷き、
「でしょ?」
と言う。
「だから別にそんな気を張らなくても。付き合うことが必ず結婚につながるわけじゃないんだし」
「まあそうだけど……」
不安しかないんだよねぇ……アルフォンソ様に囲い込まれそうな気がして怖いと言うかなんというか……
何を考えているのか全然つかめない。
「パトリシアはアルフォンソ様と付き合うことについてどう思ってるの?」
「う、え?」
驚いて私は顔を上げてジーナを見た。
彼女はじっとこちらを見て口を開く。
「アルフォンソ様のこと、どう思ってるの?」
「え、いや、どうって言われても……」
どう思ってるだろう。
そこまで私、アルフォンソ様のこと知らないしな……
「嫌、ではないけど。うーん……」
婚約破棄された者同士で、そのことでそれなりに傷ついて。だからこうして知り合ったわけだけど。
何かこう、特別な感情は今のところないかなぁ。
「何考えてるのかよくわからないしなぁ……」
「あはは、それはアルフォンソ様が感情表現、下手なのかな」
あぁ、そうだ。言葉にされないからよくわからないんだ。
そう気が付くとなんだかすっきりしたかも。
「でもパトリシアはアルフォンソ様のこと、嫌そうじゃなさそうだし。わかんなかったら聞いてみたらいいんじゃない? たぶん聞かないと言葉にしないわよ」
そういうものなのかな?
考えてみたらなんでアルフォンソ様、付き合いたい、って言い出したのかしらないかも。
そのことについてちゃんと聞いていないような?
付き合いたい、と言われて、お互いひとり身だから大丈夫、って話になって。
私はあの一夜のことがあるから断らなかった。
いったい私とアルフォンソ様の間で何があったんだろう。そしてなんでアルフォンソ様、私と付き合う、って言い出したんだろう。
今度聞いてみようかな、わからないのは嫌だから。
「うん、ちょっとすっきりしたかも」
「あんまり考えすぎない方がいいよ。何するかなんて結局は人それぞれだし。互いを知る期間だと思っておけばいいんじゃない?」
「そうね、ありがとうジーナ」
ちょっと心が軽くなった気がしたとき、公園へとたどり着いた。
私は図書館近くのカフェで、いつものようにお茶を楽しみつつ図書館で借りた本を読もうと思った。
借りたのは公爵令嬢が探偵になって事件を解決していくミステリー小説だ。シリーズもので公爵家の娘が事件捜査とかあり得なすぎるんだけど、けっこう面白いんだよね。
でも、私はさっきまで読んでいた本を目の前にしたまま、借りてきた本を読めずに凍りついている。
休日、ということもあり店内は混みあっていた。だから迷惑だと思うのよ、こんな風にじっと動かず、おかわりしたお茶とケーキに手をつけない客なんて。
私が見つめている本は恋愛ものの本だ。
普段は読まないこの本を読んで、アルフォンソ様とのお付き合いについて、少しは参考にしようと思って読んでみた。一時間ほどかけてちゃんと全部読んだ。
読んだ感想は、甘い……甘すぎる。世の中の男女ってこんな風にお付き合いするの?
小説は庶民の娘と王子が知り合って付き合って、最後結婚するっていうかなりありえない設定の話だった。
今人気の恋愛小説、ということで読んでみたわけだけど、突っ込みどころが多かった。
手と手が触れてハッとしたり、見つめあって頬を染めたりするの?
婚約する前に一緒に寝るのも普通なの? いや、酔った勢いとはいえ私、アルフォンソ様と一緒に寝ていたけれど。
私は婚約者だったダニエルとそういうこと一切なかったわよ?
デートはしていたけど、ご近所をお散歩していたくらいでどこかに出掛けたりしなかったし。
あれがデートだと思っていたけれど、どうやらちょっと違ったらしい。
手を繋いだのもアルフォンソ様が初めてだ。ダニエルとは手を繋ぎもしなかったし、口づけもしたことがない。
付き合うってこういう事なのか……
小説を読み、私は余りにも男女のことに無頓着だったと思い知らされた。
貴族だと夜のことについて教育があるって聞いたことあったっけ。以前読んだ小説に少しだけそんな話が出てきたことある。
その教育係が殺されて、て話だったけど。最初に恥をかかないためにそういうことをするらしい。
アルフォンソ様もそういう教育受けてきたのかな。今回読んだ小説でも、王子は閨係とそういう練習をした、という話がでてきた。
そう考えてまた恥ずかしさが増してきて、私は顔が熱くなるのを感じながらすっかり冷めてしまったお茶に口をつけた。
「パトリシア、大丈夫?」
声をかけてきたのはカフェ店員のジーナだった。
彼女は心配げな顔をして、私の座る席のそばに立つ。
「あぁ、ジーナ。だ、大丈夫ようん」
と、しどろもどろになりつつ答え、私はお茶を飲んだ。冷めててもこのお茶おいしいな。
「うーん……そうは見えないけど……ねぇ、パトリシア、私あと少ししたらお仕事終わるから、この後一緒にお散歩しない?」
その誘いに私は間髪入れずに頷き答えた。
「えぇ、喜んで」
するとジーナはニカッと笑い、
「じゃあ終わったら声かけるから、お茶のおかわり用意してくるわね」
と言って、奥に消えていった。
ジーナなら私より経験値高そうよね。なにか相談できるかな……
アルフォンソ様との付き合い方が私、わからないって言ったら笑われるかなぁ。でも本当にわからないのよ。
私は現状、アルフォンソ様に対して特別な感情はないけれど、このまま付き合い、というものを続けていいのか、という戸惑いがある。
私が最も知りたいのは、あの日何があったかだ。
クリスティの誕生日パーティーで私は飲みすぎてアルフォンソ様に介抱された。でもその先の事は何にもわかっていない。
それだけはどうにかして確かめたいなあ。私、妊娠するようなことをアルフォンソ様としたのかな……もしそうならあと一か月もしたら兆候出るの……かな?
アルフォンソ様に私、あの日の事を忘れてください、と言った手前、今さら聞きにくいのよね……
あぁ、どうしたいの私。
相手は貴族よ……
だって貴族の奥方様って絶対に大変じゃないの。
しかもアルフォンソ様ってご長男よね、後継ぎよね。そんな大役私には無理よ。商人の妻となる覚悟はしていたけど、貴族の伴侶となる覚悟なんてできていないんだからね。
お母様はけっこう表にでて働いてるのよね。でも貴族の奥様って家の管理が仕事なんじゃないっけ。時には夫の仕事を手伝ったり、昔は鎧に剣を持って戦ったこともあったと聞いた。
そこまでの教育、私は受けていない。
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あぁ、考えていたら憂鬱になってきた。
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そう決意して、私は借りてきた本を開いた。
半分くらい読んだ頃、
「お待たせ!」
と言って、ジーナが声をかけてきた。
顔を上げると、ワンピースにマントを着たジーナが立っていた。あ、仕事、終わったんだ。
気が付くとあたりの客の数がかなり減っている。
私は慌てて本にしおりを挟み、残っていたお茶とケーキを食べつくして立ち上がった。
「そんなにあわてなくていいのに」
「だって……待たせちゃ悪いし」
「気にしなくていいのに。とりあえずお会計して外行こうか」
ジーナの提案に頷き、私は会計を済ませてカフェの外に出た。
時間は昼過ぎ。
休日と言うこともあり、普段より人通りは多かった。
空を流れる雲の流れは早くて、遠くに見える山の頂は雲の中で見えない。一日経つたびに肌寒く感じるようになってきた気がする。
「とりあえずこの先にある公園行こうか? 小動物に触れるんだよ」
「え、そんな公園あるんだ」
「うん、うさぎとかいて可愛いよ」
うさぎかぁ……小さい頃、動物園で触ったことあったっけ。
「ねえパトリシア、今日は何を読んでいたの?」
「え? えーと……探偵ものとその……王子と庶民の子の恋愛小説」
「恋愛小説?」
私の答えにジーナは驚きの声を上げる。
彼女は私の好みをもちろん知っている。だから普段恋愛ものなんて読まないことも。
「えー、意外。なんでそれを読もうなんて思ったの?」
興味津々、という顔でジーナはこちらを見て言った。
それはアルフォンソ様と付き合うことになったからなんだけど、恥ずかしさにその言葉が出てこない。
どうしよう、なんて答えよう……
口をぎゅっと閉じて下を俯き考えていると、
「何かあったの?」
と、ジーナが聞いてくる。まあそうよね、沈黙したら何かあった、って言っているのと同じよね。
ありましたよ色々と。でも恥ずかしくて言えない。昨日のあのアルフォンソ様の行動、私には意味不明すぎるんだけど、でもそのことを聞けるわけなかった。
「昨日、アルフォンソ様のお宅に招かれたんだよね。お夕食どうだった?」
たぶん気を利かせてくれているんだろうな。ジーナが話題を変えてくる。
「え? あ、えーと、美味しかった……よ?」
「そうなんだ、よかったね。伯爵様にも会ったんだよね? ちょっと変わった人でしょう」
そう言って、ジーナは笑う。確かにちょっと変わっていた。やたら感情の起伏が激しいというか。
「そうねぇ……泣いたり笑ったり、忙しかったな」
「そうそう、感情をすごく大げさに表す人なのよね。アルフォンソ様のこと、見た目がああだからすごく心配してるらしくて。婚約者探しに奔走されてるそうなんだけどなかなか決まらないって聞いたなぁ。だからきっと、女性を夕食に招待なんてしたら大喜びでしょうね」
確かに喜んでいた。婚約式を口にするくらいに。
っていうかジーナ、アルフォンソ様が婚約破棄された話、知らないの、かな?
私とマルグリットさんが話している時、アルフォンソ様がジーナがいるカフェに来たけど……そうか、離れていたから会話は聞こえていないか。
下手にあの事を口にはできず、私は渇いた笑いを浮かべるしかできなかった。
ジーナなら大丈夫かなぁ。
「ねえ、ジーナは誰かとお付き合いしたことあるの?」
勇気を出して尋ねると、彼女は不思議そうな顔で頷いた。
「えぇ、そりゃああるけど……なんで?」
「いや、私そういう経験、全然ないから……」
そう消え入るような声で答えると、ジーナは何度も頷き真顔で言った。
「あー、そうなんだ。あれ、でもパトリシア、アルフォンソ様とお付き合いしてるんだよね? だから昨日招待されたんでしょう?」
その通りだ、その通りなんだけど。
私は俯き、
「付き合うって何するのかわからなくて戸惑ってばかりなのよね」
そしてため息をつく。
「あー……悩んでいたのはそれについて? アルフォンソ様とどう付き合ったらいいかわからないとかそういうこと?」
はい、その通りです。
「そう、なんだよねぇ……アルフォンソ様からお付き合いを申し込まれたんだけど、どうしたらいいのか全然分かんなくて、言われるままにお出かけしたりしてるんだけど、このままでいいのかなって、不安になって……」
「あ、アルフォンソ様から言い出したんだ」
私の言葉にジーナはちょっと驚いたような声を出す。
「なら別に、そのまま誘われるままでいいんじゃない?」
「そういうものなの?」
疑問を口にすると、ジーナは首を横に振る。
「ううん、私的には違うけど。でも相手は貴族だしね。普通のお付き合いとは違うかな、と思って」
そうなのよ。相手は貴族だ。だから私としては気を使ってしまう。だから私、ずっと様をつけて呼んでいる。
アルフォンソ様の方は、私の事を呼び捨てにしたり、さん、をつけたりさまざまなだけど。
どこに出掛けるとか何したらいいのか全然わからないし、普通どうするのかさえ分からない。
「そうだよねぇ。だから余計によくわからないの」
「別に、無理に合わせる必要はないと思うけど。嫌なこと、何かされた?」
その問いに私はちょっと間を置いた後首を横に振った。
嫌なことはされていない。だけど恥ずかしいことならいくつかあった。でもさすがにそれは口にできない。
私の返答にジーナは頷き、
「でしょ?」
と言う。
「だから別にそんな気を張らなくても。付き合うことが必ず結婚につながるわけじゃないんだし」
「まあそうだけど……」
不安しかないんだよねぇ……アルフォンソ様に囲い込まれそうな気がして怖いと言うかなんというか……
何を考えているのか全然つかめない。
「パトリシアはアルフォンソ様と付き合うことについてどう思ってるの?」
「う、え?」
驚いて私は顔を上げてジーナを見た。
彼女はじっとこちらを見て口を開く。
「アルフォンソ様のこと、どう思ってるの?」
「え、いや、どうって言われても……」
どう思ってるだろう。
そこまで私、アルフォンソ様のこと知らないしな……
「嫌、ではないけど。うーん……」
婚約破棄された者同士で、そのことでそれなりに傷ついて。だからこうして知り合ったわけだけど。
何かこう、特別な感情は今のところないかなぁ。
「何考えてるのかよくわからないしなぁ……」
「あはは、それはアルフォンソ様が感情表現、下手なのかな」
あぁ、そうだ。言葉にされないからよくわからないんだ。
そう気が付くとなんだかすっきりしたかも。
「でもパトリシアはアルフォンソ様のこと、嫌そうじゃなさそうだし。わかんなかったら聞いてみたらいいんじゃない? たぶん聞かないと言葉にしないわよ」
そういうものなのかな?
考えてみたらなんでアルフォンソ様、付き合いたい、って言い出したのかしらないかも。
そのことについてちゃんと聞いていないような?
付き合いたい、と言われて、お互いひとり身だから大丈夫、って話になって。
私はあの一夜のことがあるから断らなかった。
いったい私とアルフォンソ様の間で何があったんだろう。そしてなんでアルフォンソ様、私と付き合う、って言い出したんだろう。
今度聞いてみようかな、わからないのは嫌だから。
「うん、ちょっとすっきりしたかも」
「あんまり考えすぎない方がいいよ。何するかなんて結局は人それぞれだし。互いを知る期間だと思っておけばいいんじゃない?」
「そうね、ありがとうジーナ」
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