捨てられた者同士、婚約するのはありですか?

あさじなぎ@小説&漫画配信

文字の大きさ
上 下
19 / 28

20 アルフォンソ様との距離

しおりを挟む
 食事会が終わり、帰りも馬車で送っていただくことになったわけだけど、なぜかアルフォンソ様も一緒だった。
 すっかり日が暮れて、闇が包む通り。
 街灯の淡い光がぼんやりと家々を照らしている。

「……なんで、アルフォンソ様もついていらしたんですか?」

 横目でアルフォンソ様の方を見つつそう尋ねると、彼は静かに言った。

「そのぶん長く一緒にいられますからね」

 その言葉を聞いて私は恥ずかしくなってきて、思わず下を俯いた。
 あー、もう、そんなこと言われたら私、アルフォンソ様の顔、まともに見られないじゃないの。
 こういう場面に私は慣れていないのよ。

「どうかされましたか?」

 声がやけに近くで聞こえてくる、と思って顔を上げると、すぐそこにアルフォンソ様の顔があった。
 いや、近すぎるんですけど?
 驚いて目を見開いて彼を見つめると、アルフォンソ様はさらに顔を近づけてきた。
 吐息がかかるほど近く。
 ちかいちかいちかい。

「パトリシア?」
 
 そんな近くで名前を呼ばないでください。
 今は夜だ。馬車の中は暗い。だから普通にしていたら互いの表情は見えないけれど、この距離だとさすがに見える。
 アルフォンソ様の表情が切なげに見えるの、気のせいですかね?
 まるでキスでもされそうな距離で私、すごくドキドキしているんですけど?
 あーもうどうしようこれ。馬車の中だし逃げ場もないし。何を言えばいいのかもわからない。

「え、あ、あ、あの……」

 しどろもどろになって声を出すと、

「パトリシア」

 低い声で名前を呼ばれ、頬に手が触れた。その行為に思わず震えてしまい、

「は、は、はい!」

 と、裏返った声で返事してしまう。
 やだどうしよう。心臓が耳の横にあるんじゃないかっていう位、大きな音を立てて鼓動を繰り返している。
 絶対これ、アルフォンソ様に聞こえているんじゃないだろうか。
 アルフォンソ様の匂いが強く香る。香水? 石けん? 何の匂いだろう。やだ、ぜったい顔中真っ赤になってる。
 アルフォンソ様の顔、近すぎるんだけど。あーもうどうしたらいいのよこれ。

「う、あ、あ……」

 緊張しすぎて呻き声しか出ない。
 どうしよう、この状況……
 混乱しているとアルフォンソ様は微笑み言った。
 
「まだ時間はたくさんありますから、また共に時間を過ごしましょう。今日はお付き合いくださりありがとうございました」

「え、あ、は、はい」

 私の返事を聞き、アルフォンソ様は離れていく。その時、ゆっくりと馬車が止まった。
 御者のおじさんが扉を開けてくれて、アルフォンソ様が先に下りて私に手を差し出してくる。
 私はドキドキしたままその手を取り馬車を下りた。
 ホテルの玄関前はとても静かだった。
 人通りは少なく、男女が寄り添い歩いて行く姿が目に入る。

「きょ、今日はありがとうございました」

 裏返った声で言い頭を下げると、アルフォンソ様はうやうやしく頭を下げて私の手にそっと、口づけた。
 手の甲に唇が触れ、すぐに離れていく。たったそれだけのことだけど、私を動揺させるには充分だった。
 アルフォンソ様は顔を上げて私の手をゆっくりと離すと、

「それではまた」

 と言い、背を向けて馬車の中に戻って行った。
 私も背を向け、ホテルの中にそそくさと入っていく。

「おかえりなさいませ」

 という、ホテルのスタッフさんに軽く会釈をし、鍵を受け取り部屋へと向かう。
 あぁもう、早く部屋に戻ってお風呂入ろう。そうしよう。なんだか身体も心も変な感じがするから。お風呂で全て洗い流すんだ。
 今私はとっても戸惑っている。
 アルフォンソ様にキスされた。手の甲だけだけど。
 部屋に戻ってドアに背を預け、口づけられたところを見つめる。
 もちろん痕なんてない。だけど感触はまだ残っている。
 嫌じゃなかった。でも……なんだろう、この感覚。あぁ、心臓が今にも破裂しそうだ。
 アルフォンソ様、何を考えているんだろう。このまま私、アルフォンソ様に囲い込まれてしまうのかな。
 わからない、こういう経験、私、ないからわからないのよ。
 あぁもう、どう対処したらいいのか全然分かんない。まさか私、このままアルフォンソ様と婚約するとかある?
 捨てられた者同士が? 嘘でしょそんなの。
 まだお付き合い、っていう段階なんだよね? お互いを知る時間、ってことだよね?
 どうしたいの私。このままお付き合いを続けてその先は……伯爵家と結婚?
 いや、ありえない話じゃないけれど。
 でもうちは商人の家だし、貴族と結婚なんて考えられない。
 でも、私、クリスティのお屋敷で気が付いたらアルフォンソ様と一緒に裸で寝ていたんだものね。あんなことしたんじゃなぁ……もしかしてアルフォンソ様、あの時のことを気にして私と付き合いたいとか言い出したのかな。
 だってアルフォンソ様の元婚約者はそれで妊娠までして……いや、私に妊娠の兆候はないけど……でもまだ先にならないとわかんないよね。
 そんなこと気にしなくていいのに。いや、妊娠していたら気にしてほしいけど。
 ……いやそうなったらもう、結婚するしかなくなるじゃないの。あぁ、もう、何が何だか分からなくなってきた。
 過去には戻れないし、起きたことはどうにもならない。
 だからとりあえず、

「お風呂入って来よう」

 そう決めて、私はお風呂に入る準備をしようと寝室へと向かった。

 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

愛人をつくればと夫に言われたので。

まめまめ
恋愛
 "氷の宝石”と呼ばれる美しい侯爵家嫡男シルヴェスターに嫁いだメルヴィーナは3年間夫と寝室が別なことに悩んでいる。  初夜で彼女の背中の傷跡に触れた夫は、それ以降別室で寝ているのだ。  仮面夫婦として過ごす中、ついには夫の愛人が選んだ宝石を誕生日プレゼントに渡される始末。  傷つきながらも何とか気丈に振る舞う彼女に、シルヴェスターはとどめの一言を突き刺す。 「君も愛人をつくればいい。」  …ええ!もう分かりました!私だって愛人の一人や二人!  あなたのことなんてちっとも愛しておりません!  横暴で冷たい夫と結婚して以降散々な目に遭うメルヴィーナは素敵な愛人をゲットできるのか!?それとも…?なすれ違い恋愛小説です。 ※感想欄では読者様がせっかく気を遣ってネタバレ抑えてくれているのに、作者がネタバレ返信しているので閲覧注意でお願いします…

ヤンデレお兄様に殺されたくないので、ブラコンやめます!(長編版)

夕立悠理
恋愛
──だって、好きでいてもしかたないもの。 ヴァイオレットは、思い出した。ここは、ロマンス小説の世界で、ヴァイオレットは義兄の恋人をいじめたあげくにヤンデレな義兄に殺される悪役令嬢だと。  って、むりむりむり。死ぬとかむりですから!  せっかく転生したんだし、魔法とか気ままに楽しみたいよね。ということで、ずっと好きだった恋心は封印し、ブラコンをやめることに。  新たな恋のお相手は、公爵令嬢なんだし、王子様とかどうかなー!?なんてうきうきわくわくしていると。  なんだかお兄様の様子がおかしい……? ※小説になろうさまでも掲載しています ※以前連載していたやつの長編版です

人生の全てを捨てた王太子妃

八つ刻
恋愛
突然王太子妃になれと告げられてから三年あまりが過ぎた。 傍目からは“幸せな王太子妃”に見える私。 だけど本当は・・・ 受け入れているけど、受け入れられない王太子妃と彼女を取り巻く人々の話。 ※※※幸せな話とは言い難いです※※※ タグをよく見て読んでください。ハッピーエンドが好みの方(一方通行の愛が駄目な方も)はブラウザバックをお勧めします。 ※本編六話+番外編六話の全十二話。 ※番外編の王太子視点はヤンデレ注意報が発令されています。

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

処理中です...