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19 夕食会へ
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その後、街を散策してお昼を食べ、他の観光地を巡りホテルへと戻ったのは五時前だ。
秋、ということもありこの時間になるとかなり暗くなっている。
家路を急ぐ人たちに、街灯に明かりをつけて周る魔法使いの姿が見える。
ホテルの玄関に着くなりアルフォンソ様は言った。
「五時半ごろに迎えの馬車が参ります。俺はあちらのカフェにおりますので準備が出来ましたらそちらにお願いいたします」
「わかりました」
私はアルフォンソ様と別れ、部屋に戻り着替えをする。
夕食会って何を着たらいいのかしら。
少ない洋服たちをベッドに並べ、しばらく悩んでから私は紺色のワンピースにケープを羽織る。山ということもあり、日が暮れると寒いのよね。パーティーじゃないし、そこまでプロトコルを気にする必要はないだろう。そんな服は持って来ていないのよ。寒さには耐えられないし。
そしてサファイアのネックレスを首にかけ、イヤリングをして化粧を直す。
鏡の前に立って帽子を被り、服装をチェックして、
「まあこんなものでしょうね」
と呟いた。
急だったから用意する間もなかったから、ありあわせになってしまったのは仕方ない。アルフォンソ様の前でお洋服を買い物に行くのもな、と思ってしまったし。なんか、買う、とか言い出しそうで怖いのよね。
そう自分に言い聞かせ、私は部屋を出てアルフォンソ様の待つカフェに向かった。
すると、カフェから出てきたアルフォンソ様とちょうど鉢合わせになる。彼は私を見つけると微笑み言った。
「パトリシア、ちょうど迎えの馬車が来たので参りましょう」
そしてまた、当たり前のように手を出してくる。
その手を取らない、という選択肢はなくて私は、
「はい、よろしくお願いいたします」
と答えて、出された手に自分の手を重ねた。
ホテルを出ると、二頭立ての馬車が待っていた。
客車の部分は茶色に銀色で模様が描かれていて、ぱっと見質素に見えるけれど、屋根などに彫刻が施されていて普通の馬車とは違うことがわかる。
御者の方が馬車の客車の扉を開けてくれたので、
「ありがとうございます」
と礼を言い、アルフォンソ様の手を借りて私は馬車に乗りこんだ。
中は、ふたりがけの椅子がひとつあるだけだ。ということは、私とアルフォンソ様、並んで座るしかないって事よね。
なんだか私、アルフォンソ様にどんどん距離を詰められている気がするのよね……
そう思いつつ、私は椅子に腰かけた。そして隣にアルフォンソ様が座る。
う……距離が近い。
緊張した面持ちでいると扉が閉まり、しばらくして馬車が動き出す。
私は小さな窓から外を見た。
西の山に太陽が隠れていくのが見え、街を紅く染めている。
魔法使いが外灯に灯りをつけているのが目に映る。
これはどこの街でも見られる光景だ。
ここにきてこんな時間に外に出るのは初めてだった。王都であればもっと人通りがある時間だけど、馬車が走る間にどんどん人の数は減っていく。
「ここでの暮らしはいかがですか、パトリシア」
声がかかり、私はばっとアルフォンソ様の方を向いて答えた。
「あ、はい、そうですね。楽しいですよ。私を知る人がいないから噂話も聞こえてきませんし」
こちらではそうそう、貴族の噂話なんて耳にしないのよね。王都じゃ、井戸端会議でもカフェでもどこかで必ず耳にするのに。
「確かにここならあの件を知るものは少ないですね。俺のことも知っている人、あまりいませんから何も言われません」
そういえば街で出会ったご婦人も司祭様も、アルフォンソ様の婚約の件に誰も触れなかったっけ。
情報の伝達が遅いだけなのか、そもそも知らされていないだけだろうか。
「王都とは大違いですね。あちらでどこかで誰かが必ず貴族や商人の噂をしていますし、新聞や雑誌も大げさに書きたてますのに」
「ここだって色んな噂が流れますけど、その対象が貴族などではないだけですよ。だから気楽に感じるだけです」
あぁ、そうか。そういうことか。ここは私にとって観光地で非日常だものね。
だから噂話をしていたとして、それが何のことか、誰のことか全然わからないから気に留めていないだけかもしれない。
馬車に揺られること十分少々。
夕闇の中、お堀に囲まれた城が近づいてくるのが見えた。
「あれがこちらでの俺の住まいです」
それは三階建ての小さなお城だった。夕焼けの中に佇む姿はちょっと怖い。今日、呪物を見て来たからだろう、何かあるんじゃないかって思ってしまう。
小説で、お城が舞台の殺人事件とかけっこうある、っていうのも理由かもしれない。
跳ね橋は降りていて門もあいたままなのが、この辺りの治安の良さを物語っている感じがする。王都じゃあ、あんな風に門をあけっぱなしになんてしないもの。
馬車が跳ね橋を渡ると、ギギギー、と門が閉まる音が響いた。
城の入り口前で馬車は止まり、少しして馬車の扉が開いた。
アルフォンソ様がまず降りて、私に手を差し出してくる。その手を取って馬車を降りると、マルグリットさんと見知らぬ男性が、玄関前で待っていた。
男性は私の父と同じくらい……四十代半ばくらいだろうか。金髪に青い目の、体格のがっしりした男性だ。目の感じや顔つきがアルフォンソ様とよく似ている。
でも肌の色は全然違うから、親子です、と言われても事情を知らなければ信じられないだろうな。
男性はにこやかに笑って言った。
「ようこそ、パトリシア=チュルカ嬢。アルド=フレイレ。アルフォンソの父でございます」
そう告げてフレイレ伯爵は頭を下げたので、私も慌てて頭を下げた。
「本日はご招待ありがとうございます。パトリシアと申します」
「お待ちしておりました。中へどうぞ」
うわぁ、伯爵様自らお出迎えとかすごく緊張するんですけど?
他にもたぶん執事さんやら侍女たちの姿もあるけれど、フレイレ伯爵が先導して城の中へと案内してくれる。
「ごめんなさいね、パトリシアさん。伯爵はとても張り切っていて。大げさなお出迎えは止めるように言ったのだけど」
こっそりと、マルグリットさんが話しかけてくる。
「いいえ、大丈夫ですよ」
そう答えたものの、内心ドキドキだった。
アルフォンソ様、私の事をどんなふうに紹介しているんだろう?
こわいなぁ……
階段を上がっていると、背後からマルグリットさんが話しかけてきた。
「今日は一日、アルフォンソといっしょでしたの?」
「はい、そうです。岩の教会や博物館などの観光を楽しみました。なのでマルグリット……様が寄贈された、という宝石も拝見しました」
呼び方に一瞬悩んで様をつけて呼んだけれど、それを聞いたマルグリットさんは苦笑して首を振る。
「いつもと同じ呼び方で大丈夫よ。貴方は私のお友達なんだから。今日は身内だけの夕食会だしね」
と言ってくれてちょっと安心する。
でもアルフォンソ様と呼んでいるのにそのお祖母様をさんづけはちょっとおかしいような気がするんだけど……さて、どうしたものか。
そんなことを考えている間に、二階の部屋に案内される。
身内だけの食事会、というのは本当にそうらしく、通された部屋は普段家族が使っているであろうダイニングルームだった。
長テーブルに椅子が四個置かれている。
私とアルフォンソ様は隣り合う形で腰かけ、上座には伯爵が、アルフォンソ様の向かいにマルグリットさんが座る。
そして食前酒がグラスにつがれた。
お酒か……
私、目が覚めたら裸で寝ていた事件以来、お酒飲むの控えてるのよね……
でも飲まないわけにはいかず、グラスに口をつけた。
気をつけないと私、飲み過ぎそう。
「パトリシアさん」
フレイレ伯爵に名を呼ばれ、私は返事をして彼の方に視線を向けた。
「商人の家だとお伺いしていますが、どのようなものを扱っていらっしゃるんですか?」
「はい、織物商をしております」
服の材料となる織物の生産、製造、輸入がうちの商売だ。
私の答えを聞いた伯爵は、顎に手を当てて呟く。
「織物……チュルカ……あぁ、鉱山で働く鉱夫たち向けに作られた丈夫なズボンを開発した、ルマール商会ですか?」
その言葉に私は頷く。
父が発案した鉱夫たち向けの衣料が大成功したのよね。それでいっきに財産が増えて大商人の仲間入りをしたらしい。
「その通りでございます」
「ルマール商会の衣料はこちらでも人気ですよ。少々高いですがその分頑丈ですし」
と、機嫌よさそうに伯爵は語り、ワイングラスに口をつけた。
「そう言っていただけて光栄です」
うちの商品がほめられるとすごく嬉しい。
そこに料理が運ばれてくる。
前菜のあとにスープ、魚料理などが続いたけれど味は余り覚えていない。
貴族のパーティーには何度も行ったこともある。友達のクリスティの家で食事をとったこともある。だけどこれは今までで一番緊張する食事会だ。
食事をしながら、伯爵様はアルフォンソ様に尋ねた。
「先ほど耳にしたが、教会の博物館に行ったのか」
「えぇ、お父様。博物館が広くなっていて驚きました」
「入場料も高くなったらしいし、土産物でもかなり稼いでいるようだ。なかなか商魂たくましい司祭様だよ」
と言い、フレイレ伯爵は笑う。
まあ、呪いの遺物を集めた博物館なんて初めて聞いたしなぁ。人、集まるでしょうね。岩の教会も珍しいし。
「私が入手した宝石からあんなことになるなんて思いもよらなかったわ」
苦笑してマルグリットさんは言い、ワイングラスを手にしてそれに口をつけた。
マルグリットさん、けっこう飲んでいる気がする。
私は食前酒の後はお水をいただいているけど、私以外は皆、ワインをお飲みになっているのよね。
「呪いの宝石というけれど、立派なダイヤモンドだし人を狂わせるだけのものではあると感じたわね。だから教会に預けたんだけど。まさか噂を聞きつけていろんな人がそういうものを寄付してくるなんて思いもよらなかった」
そうでしょね。いったい皆どこで噂を聞いたんだろう。
「前の司祭様が自分から噂を広めた、という話もありますね」
そう言ったのはアルフォンソ様だった。
それを受けてフレイレ伯爵は声を上げて笑った。
「あはははは! たしかにありそうな話だな。ところでアルフォンソ、彼女とはクリスティのパーティーで知り合ったんだったな」
「はい、そうです」
「色々あって塞ぎこんでいたようだからどうしたものかと思っていたが……まさかお前が自分から女性の声をかけるなんて」
そしてフレイレ伯爵は泣きだす。
……本当に泣いているのか、執事が慌ててハンカチを差し出してくる。
えーと、たしか私から話しかけたような気がするんだけど……
「パーティーでは彼女の方から声をかけて来たんですよ。まあ、今こうしてパトリシアがここにいるのは俺の方からお誘いしたからですけど」
そうですよね。私が酔って絡んだんですよね。
思い出したくない過去なので忘れたいけどこれ、ずっと言われるような気がする。
アルフォンソ様の言葉を受けて、フレイレ伯爵は頷きながら言った。
「そうなんだよ、お前が自分から今日、ここにお誘いしたのだろう? 本当に、あの事依頼どうなることかと思っていたから。しかも今回は祭りの手伝いにまで来てくれて」
「幸い時間はありますからね」
騎士団はいいんですか。
と思ったけど口には出さず、私はお肉を食べた。
伯爵は感動しているのか、よかったよかった、と言いながら目頭を押さえている。
伯爵はばっとこちらを向いて頭を下げた。
「うちの息子をよろしくお願いいたします」
「そ、そんな頭を下げないでください」
「もう、貴方は大げさすぎるのよ」
呆れたようなマルグリットさんの声が響く。
「あんなことがあった後ですよ、心配もしますよ。長男ですし、いつまでもひとり身、というわけにもいかないですし」
それはそうだろうな。アルフォンソ様、確か私よりひとつ上の二十一歳だっけ。だいたい二十歳前後で結婚する人が多いから、適齢期ってやつよね。
もちろんもっと遅い人もいるけど。
私は苦笑しつつ、最後に運ばれてきたデザートのケーキを食べた。甘いものっておいしいなぁ。
泣いていた伯爵は、急に真顔になると、
「婚約式はいつなんだ」
と言いだした。
婚約式、というものにちょっとトラウマ抱えてるんですけど?
アルフォンソ様の方をちらっと見ると、彼はニッコリと笑って首を横に振った。
「気が早いですよ、お父様」
ですよね、っていうかまだそこまでの関係じゃないし。
「まだお付き合いをしているだけですから」
そうアルフォンソ様が答えると、伯爵は不満そうに言った。
「付き合う……か。最近は婚前交渉も普通らしいなぁ……はぁ……」
最後は何かを思い出したかのように深い深いため息をつく。
その様子を苦笑しながら見つめ、私は水のおかわりをいただいた。
秋、ということもありこの時間になるとかなり暗くなっている。
家路を急ぐ人たちに、街灯に明かりをつけて周る魔法使いの姿が見える。
ホテルの玄関に着くなりアルフォンソ様は言った。
「五時半ごろに迎えの馬車が参ります。俺はあちらのカフェにおりますので準備が出来ましたらそちらにお願いいたします」
「わかりました」
私はアルフォンソ様と別れ、部屋に戻り着替えをする。
夕食会って何を着たらいいのかしら。
少ない洋服たちをベッドに並べ、しばらく悩んでから私は紺色のワンピースにケープを羽織る。山ということもあり、日が暮れると寒いのよね。パーティーじゃないし、そこまでプロトコルを気にする必要はないだろう。そんな服は持って来ていないのよ。寒さには耐えられないし。
そしてサファイアのネックレスを首にかけ、イヤリングをして化粧を直す。
鏡の前に立って帽子を被り、服装をチェックして、
「まあこんなものでしょうね」
と呟いた。
急だったから用意する間もなかったから、ありあわせになってしまったのは仕方ない。アルフォンソ様の前でお洋服を買い物に行くのもな、と思ってしまったし。なんか、買う、とか言い出しそうで怖いのよね。
そう自分に言い聞かせ、私は部屋を出てアルフォンソ様の待つカフェに向かった。
すると、カフェから出てきたアルフォンソ様とちょうど鉢合わせになる。彼は私を見つけると微笑み言った。
「パトリシア、ちょうど迎えの馬車が来たので参りましょう」
そしてまた、当たり前のように手を出してくる。
その手を取らない、という選択肢はなくて私は、
「はい、よろしくお願いいたします」
と答えて、出された手に自分の手を重ねた。
ホテルを出ると、二頭立ての馬車が待っていた。
客車の部分は茶色に銀色で模様が描かれていて、ぱっと見質素に見えるけれど、屋根などに彫刻が施されていて普通の馬車とは違うことがわかる。
御者の方が馬車の客車の扉を開けてくれたので、
「ありがとうございます」
と礼を言い、アルフォンソ様の手を借りて私は馬車に乗りこんだ。
中は、ふたりがけの椅子がひとつあるだけだ。ということは、私とアルフォンソ様、並んで座るしかないって事よね。
なんだか私、アルフォンソ様にどんどん距離を詰められている気がするのよね……
そう思いつつ、私は椅子に腰かけた。そして隣にアルフォンソ様が座る。
う……距離が近い。
緊張した面持ちでいると扉が閉まり、しばらくして馬車が動き出す。
私は小さな窓から外を見た。
西の山に太陽が隠れていくのが見え、街を紅く染めている。
魔法使いが外灯に灯りをつけているのが目に映る。
これはどこの街でも見られる光景だ。
ここにきてこんな時間に外に出るのは初めてだった。王都であればもっと人通りがある時間だけど、馬車が走る間にどんどん人の数は減っていく。
「ここでの暮らしはいかがですか、パトリシア」
声がかかり、私はばっとアルフォンソ様の方を向いて答えた。
「あ、はい、そうですね。楽しいですよ。私を知る人がいないから噂話も聞こえてきませんし」
こちらではそうそう、貴族の噂話なんて耳にしないのよね。王都じゃ、井戸端会議でもカフェでもどこかで必ず耳にするのに。
「確かにここならあの件を知るものは少ないですね。俺のことも知っている人、あまりいませんから何も言われません」
そういえば街で出会ったご婦人も司祭様も、アルフォンソ様の婚約の件に誰も触れなかったっけ。
情報の伝達が遅いだけなのか、そもそも知らされていないだけだろうか。
「王都とは大違いですね。あちらでどこかで誰かが必ず貴族や商人の噂をしていますし、新聞や雑誌も大げさに書きたてますのに」
「ここだって色んな噂が流れますけど、その対象が貴族などではないだけですよ。だから気楽に感じるだけです」
あぁ、そうか。そういうことか。ここは私にとって観光地で非日常だものね。
だから噂話をしていたとして、それが何のことか、誰のことか全然わからないから気に留めていないだけかもしれない。
馬車に揺られること十分少々。
夕闇の中、お堀に囲まれた城が近づいてくるのが見えた。
「あれがこちらでの俺の住まいです」
それは三階建ての小さなお城だった。夕焼けの中に佇む姿はちょっと怖い。今日、呪物を見て来たからだろう、何かあるんじゃないかって思ってしまう。
小説で、お城が舞台の殺人事件とかけっこうある、っていうのも理由かもしれない。
跳ね橋は降りていて門もあいたままなのが、この辺りの治安の良さを物語っている感じがする。王都じゃあ、あんな風に門をあけっぱなしになんてしないもの。
馬車が跳ね橋を渡ると、ギギギー、と門が閉まる音が響いた。
城の入り口前で馬車は止まり、少しして馬車の扉が開いた。
アルフォンソ様がまず降りて、私に手を差し出してくる。その手を取って馬車を降りると、マルグリットさんと見知らぬ男性が、玄関前で待っていた。
男性は私の父と同じくらい……四十代半ばくらいだろうか。金髪に青い目の、体格のがっしりした男性だ。目の感じや顔つきがアルフォンソ様とよく似ている。
でも肌の色は全然違うから、親子です、と言われても事情を知らなければ信じられないだろうな。
男性はにこやかに笑って言った。
「ようこそ、パトリシア=チュルカ嬢。アルド=フレイレ。アルフォンソの父でございます」
そう告げてフレイレ伯爵は頭を下げたので、私も慌てて頭を下げた。
「本日はご招待ありがとうございます。パトリシアと申します」
「お待ちしておりました。中へどうぞ」
うわぁ、伯爵様自らお出迎えとかすごく緊張するんですけど?
他にもたぶん執事さんやら侍女たちの姿もあるけれど、フレイレ伯爵が先導して城の中へと案内してくれる。
「ごめんなさいね、パトリシアさん。伯爵はとても張り切っていて。大げさなお出迎えは止めるように言ったのだけど」
こっそりと、マルグリットさんが話しかけてくる。
「いいえ、大丈夫ですよ」
そう答えたものの、内心ドキドキだった。
アルフォンソ様、私の事をどんなふうに紹介しているんだろう?
こわいなぁ……
階段を上がっていると、背後からマルグリットさんが話しかけてきた。
「今日は一日、アルフォンソといっしょでしたの?」
「はい、そうです。岩の教会や博物館などの観光を楽しみました。なのでマルグリット……様が寄贈された、という宝石も拝見しました」
呼び方に一瞬悩んで様をつけて呼んだけれど、それを聞いたマルグリットさんは苦笑して首を振る。
「いつもと同じ呼び方で大丈夫よ。貴方は私のお友達なんだから。今日は身内だけの夕食会だしね」
と言ってくれてちょっと安心する。
でもアルフォンソ様と呼んでいるのにそのお祖母様をさんづけはちょっとおかしいような気がするんだけど……さて、どうしたものか。
そんなことを考えている間に、二階の部屋に案内される。
身内だけの食事会、というのは本当にそうらしく、通された部屋は普段家族が使っているであろうダイニングルームだった。
長テーブルに椅子が四個置かれている。
私とアルフォンソ様は隣り合う形で腰かけ、上座には伯爵が、アルフォンソ様の向かいにマルグリットさんが座る。
そして食前酒がグラスにつがれた。
お酒か……
私、目が覚めたら裸で寝ていた事件以来、お酒飲むの控えてるのよね……
でも飲まないわけにはいかず、グラスに口をつけた。
気をつけないと私、飲み過ぎそう。
「パトリシアさん」
フレイレ伯爵に名を呼ばれ、私は返事をして彼の方に視線を向けた。
「商人の家だとお伺いしていますが、どのようなものを扱っていらっしゃるんですか?」
「はい、織物商をしております」
服の材料となる織物の生産、製造、輸入がうちの商売だ。
私の答えを聞いた伯爵は、顎に手を当てて呟く。
「織物……チュルカ……あぁ、鉱山で働く鉱夫たち向けに作られた丈夫なズボンを開発した、ルマール商会ですか?」
その言葉に私は頷く。
父が発案した鉱夫たち向けの衣料が大成功したのよね。それでいっきに財産が増えて大商人の仲間入りをしたらしい。
「その通りでございます」
「ルマール商会の衣料はこちらでも人気ですよ。少々高いですがその分頑丈ですし」
と、機嫌よさそうに伯爵は語り、ワイングラスに口をつけた。
「そう言っていただけて光栄です」
うちの商品がほめられるとすごく嬉しい。
そこに料理が運ばれてくる。
前菜のあとにスープ、魚料理などが続いたけれど味は余り覚えていない。
貴族のパーティーには何度も行ったこともある。友達のクリスティの家で食事をとったこともある。だけどこれは今までで一番緊張する食事会だ。
食事をしながら、伯爵様はアルフォンソ様に尋ねた。
「先ほど耳にしたが、教会の博物館に行ったのか」
「えぇ、お父様。博物館が広くなっていて驚きました」
「入場料も高くなったらしいし、土産物でもかなり稼いでいるようだ。なかなか商魂たくましい司祭様だよ」
と言い、フレイレ伯爵は笑う。
まあ、呪いの遺物を集めた博物館なんて初めて聞いたしなぁ。人、集まるでしょうね。岩の教会も珍しいし。
「私が入手した宝石からあんなことになるなんて思いもよらなかったわ」
苦笑してマルグリットさんは言い、ワイングラスを手にしてそれに口をつけた。
マルグリットさん、けっこう飲んでいる気がする。
私は食前酒の後はお水をいただいているけど、私以外は皆、ワインをお飲みになっているのよね。
「呪いの宝石というけれど、立派なダイヤモンドだし人を狂わせるだけのものではあると感じたわね。だから教会に預けたんだけど。まさか噂を聞きつけていろんな人がそういうものを寄付してくるなんて思いもよらなかった」
そうでしょね。いったい皆どこで噂を聞いたんだろう。
「前の司祭様が自分から噂を広めた、という話もありますね」
そう言ったのはアルフォンソ様だった。
それを受けてフレイレ伯爵は声を上げて笑った。
「あはははは! たしかにありそうな話だな。ところでアルフォンソ、彼女とはクリスティのパーティーで知り合ったんだったな」
「はい、そうです」
「色々あって塞ぎこんでいたようだからどうしたものかと思っていたが……まさかお前が自分から女性の声をかけるなんて」
そしてフレイレ伯爵は泣きだす。
……本当に泣いているのか、執事が慌ててハンカチを差し出してくる。
えーと、たしか私から話しかけたような気がするんだけど……
「パーティーでは彼女の方から声をかけて来たんですよ。まあ、今こうしてパトリシアがここにいるのは俺の方からお誘いしたからですけど」
そうですよね。私が酔って絡んだんですよね。
思い出したくない過去なので忘れたいけどこれ、ずっと言われるような気がする。
アルフォンソ様の言葉を受けて、フレイレ伯爵は頷きながら言った。
「そうなんだよ、お前が自分から今日、ここにお誘いしたのだろう? 本当に、あの事依頼どうなることかと思っていたから。しかも今回は祭りの手伝いにまで来てくれて」
「幸い時間はありますからね」
騎士団はいいんですか。
と思ったけど口には出さず、私はお肉を食べた。
伯爵は感動しているのか、よかったよかった、と言いながら目頭を押さえている。
伯爵はばっとこちらを向いて頭を下げた。
「うちの息子をよろしくお願いいたします」
「そ、そんな頭を下げないでください」
「もう、貴方は大げさすぎるのよ」
呆れたようなマルグリットさんの声が響く。
「あんなことがあった後ですよ、心配もしますよ。長男ですし、いつまでもひとり身、というわけにもいかないですし」
それはそうだろうな。アルフォンソ様、確か私よりひとつ上の二十一歳だっけ。だいたい二十歳前後で結婚する人が多いから、適齢期ってやつよね。
もちろんもっと遅い人もいるけど。
私は苦笑しつつ、最後に運ばれてきたデザートのケーキを食べた。甘いものっておいしいなぁ。
泣いていた伯爵は、急に真顔になると、
「婚約式はいつなんだ」
と言いだした。
婚約式、というものにちょっとトラウマ抱えてるんですけど?
アルフォンソ様の方をちらっと見ると、彼はニッコリと笑って首を横に振った。
「気が早いですよ、お父様」
ですよね、っていうかまだそこまでの関係じゃないし。
「まだお付き合いをしているだけですから」
そうアルフォンソ様が答えると、伯爵は不満そうに言った。
「付き合う……か。最近は婚前交渉も普通らしいなぁ……はぁ……」
最後は何かを思い出したかのように深い深いため息をつく。
その様子を苦笑しながら見つめ、私は水のおかわりをいただいた。
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そんなある日、シャーロットは城の中で公爵にそっくりな子どもと出会う。その子どもは、公爵のことを「お父さん」と呼んだ。
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