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18 呪いの遺物たち
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入り口の受付前を通り過ぎ、向かって左側の扉に入る。
するとすぐに下りの階段があって、司祭様はそれを下りていく。
人がふたりどうにか並べるほどの階段の壁には魔法だろうか、ところどころに光の塊が浮いている。
岩の地下っていうことは洞窟になるのかな。会堂よりも空気がひんやりしている。
「毎年毎年色んなものが増えていきまして、去年、増築したのですよ。それもこれも皆様が観覧にいらしてくれるおかげです」
そう、司祭様は嬉しそうに語る。
でもそれって、それだけ呪いの物品が増えている、ってことよね。
えーと、そんなに世の中、呪いってあるものなの? それはそれで怖いんですけど。
そう思っていると、アルフォンソ様が苦笑して言った。
「展示室を増築ですか? そんなにも増えるとは驚きですね」
「はい。四つの部屋に分かれていて、仮面の間、人形の間、宝石の間、危険の間となってます」
なんだか最後の部屋、とても物騒な名前ですけど?
「き、危険、ですか?」
おそるおそる尋ねると、司祭様は笑い交じりの声で言った。
「えぇ。特に危険な呪物を展示しております。もちろん封印をしておりますし今は危険がないですが、封印をといてしまったらその力の暴走が予想されるものがございます」
楽しそうに語っておいでですが話の内容が怖すぎるんですけど?
なに、力の暴走って……
「なんでそんな危険なものが存在するんですか?」
前を下りていく司祭様に尋ねると、彼は肩をすくめた。
「逸話は色々とございますが、人の思いがその物品に呪いの力を与えてしまっている事例が多いように思いますね。ねたみ、ひがみ、怒り、悲しみ……人の強い感情が悪霊を引き寄せ呪いの力をもってしまうのですよ」
人の思いか……
私はパーティーで見聞きしてきた噂話を思い出す。
誰が誰を好きらしい、という話から始まって、どこの貴族は経済状況がよくないらしいとか、誰が浮気しているだとか、大きな宝石を手に入れたらしい、とかそんな話、多かったっけ。
パーティーってお見合いの側面もあるけれど情報収集や人脈づくりの側面もあるのよね。だからお父様やお母様はパーティーがあると極力参加していた。
それで商会をしってもらってし
話をしているうちに階段が終わり、開けた場所に着く。
壁にフロアマップがあって、丸い部屋が四つあり、出口は別にあることが示されていた。
最初の部屋は仮面の間、人形の間、宝石の間、危険の間の順番で周れるようになっているらしい。
そのフロアマップの横に入り口があり、仮面の間の内部が見えた。
ここは地下、というか半地下なんだろうな。壁の高いところに窓があり、そこから空気の入れ替えができるようになっているようだ。そこから入る灯りがあるから、室内は意外と明るい。
仮面の間、ということもあり、壁にはいろんな仮面がかけられていて、部屋の中央にはケースにおさめられた仮面がいくつもあった。
そのひとつひとつに逸話が書いてあって、つけたら二度と外せないとか、戦の神の魂を宿した仮面と書いてある。
見た目は何の変哲もない仮面だけれど、全部呪われているのか……
戦の神の魂を宿した仮面は普通そうに見えたけど、よく読むと敵だけじゃなくて周りの人まで不幸にしてしまう、って書いてある。
……不幸ってなんだろう。いや、これだけでも十分どうかと思うけど、これよりも危険な物がこの先にあるのよね。
いったいどんなものがあるんだろう。ワクワクと恐怖が私の心の中で同居している。
「ずいぶんと展示物が増えましたね」
展示物を見回しながら言うアルフォンソ様に、司祭様は笑みを浮かべて頷いた。
「えぇ。おかげさまでたくさんの訪問者がいらして教会を支えてくださいます」
確かにこの展示室には観光客と思われる人たちの姿が多々あって、展示物を見て思い思いに感想を述べている。
人形の間に入ると、ひとりの女の子が目に付いた。十歳位だろうか、熊のぬいぐるみの前に立ってそれをじっと見つめていた。
あれ、あのぬいぐるみだけケースに入っていないんだ。
他の人形やぬいぐるみは皆、ガラスのケースにおさめられているのに、その少女が見つめてる熊のぬいぐるみだけは茶色の木でできたゆりかごの中におさめられているだけだ。
なんであれだけ、ケースに入れられていないんだろう。
不思議に思いつつ、私はアルフォンソ様から離れてそのゆりかごに近づき少女の背後に立つ。
「なんでお返事してくれないの、ラリー」
そう、少女はぬいぐるみに向かって話しかけていた。
ラリーって、このぬいぐるみの名前だろうか。ゆりかごの前に置かれた案内の札には、
「くまのラリー」
とだけ書いてある。
他の展示物にはちゃんと逸話が書いてあるのに、なんでこのぬいぐるみだけ、むき出しだし何も書いてないんだろう。
「おや、レイチェルさん。今日もいらしていたんですか?」
司祭様の声が背後からして、少女はハッとした顔をしてこちらを振り返った。
青い目をした少女は、私を見て目を見開いて口をパクパクさせた後、ばっと走り出して部屋を出ていってしまった。
……何、今の。
「司祭様、このぬいぐるみはどうされたんですか?」
そう言ったのはアルフォンソ様だった。
司祭様はゆりかごの前に立つと、熊のぬいぐるみを抱き上げ、その頭をそっと撫でて言った。
「この子は少し前にこちらにやって来たんですよ。さきほどの少女、レイチェルさんの祖母であるリアーナさんが大事にしていたぬいぐるみ……いいえ、友人だったそうです」
友人、ってどういう意味だろう?
不思議に思って司祭様を見つめると、彼は話を続けた。
「なんでもこの子はリアーナさんが幼い頃にお父様からいただいたものだそうです。この子はリアーナさんとずっと一緒に過ごしていて、いつからか話して動くようになったと。けれどリアーナさんが亡くなられて、気味悪がったご家族の方がこちらに預けていきました」
ちょっと突っ込みどころの多い話なんですが?
話して動く? このぬいぐるみが? 嘘でしょ? ぬいぐるみが喋るなんてそんなことあるだろうか?
「ではこの子も他の人形と同じように悪霊が憑りついていたのですか?」
そう尋ねると、司祭様は首を横に振って笑顔で言った。
「いいえ、そのようなものではないですよ。危険はないから、このように誰でも触れるよう、いつでも動けるよう、ゆりかごの上に置いているのです」
「ではなぜこのぬいぐるみは動いたりしたんでしょうか?」
「先ほども話しましたが、人の強い思いが呪いとして物に意味を与えてしまう場合かございます。悪霊を呼び寄せてしまうこともあれば、物に魂を与える場合もあるのですよ。それだけ、リアーナさんはラリーを大事にして、友人として扱ってきたのでしょう」
そして司祭様はぬいぐるみをそっと、ゆりかごに戻した。
どこにでもありそうな、茶色の熊のぬいぐるみだ。首にはかっこよく蝶ネクタイを締めている。
私は腰を曲げて膝に手を当て、じっとそのぬいぐるみを見つめた。
きちんと手入れされているのだろう、ずいぶんと綺麗だし、何十年も前にぬいぐるみには見えない。
どこにでもあるぬいぐるみにしか見えないけれど、本当にこの子は動いたり喋ったりしていたんだろうか?
「パトリシアさん、気になりますか?」
アルフォンソ様の声がして、私は振り返らずに頷き答えた。
「はい。気になります。でもどう見ても普通のぬいぐるみですね」
「そうですね。動き、喋るなんて信じがたいですが、ここにある人形はたいてい動いたり喋ったりするものなので、珍しくはないかと思いますよ」
言われてみればそうかもしれないけれど、それもどうかと思うんですよ。
私はその熊のぬいぐるみから離れ、他の展示物を見る。
小さな人形から大きな人形、少女や少年の人形などがあるけれど、それも動いたり笑ったり、襲ってきたりとか書かれていてちょっとぞっとしてしまった。
危険の間にはいったいどんなものが飾られているんだろうか。
順番に部屋を周り充分に怖い説明の呪物を見た後、最後に入った部屋が、危険の間。
他の部屋に比べて暗くて展示物も少ない。展示物は全て個別のケースにいれられていて、それそれのケースの上に魔法の灯りがぼんやりと浮いている。
その中に、アルフォンソ様のお祖母さまであるマルグリットさんが寄付した、という宝石が展示されていた。
大きなピンクダイヤモンドで、その周りには小さなダイヤがあしらわれているネックレスだ。
説明にはとある宝石鉱山で発見された中で最も大きいとされるダイヤのひとつで、この宝石を巡りいろんな人が殺されたり事故死しているという。それでいつしか呪いのダイヤと呼ばれるようになったと。もちろんそんなの信じない人もいたそうだけど、どの持ち主もすぐ死んだらしい。
美しいピンクダイヤだし、見ているだけでぞっとしてしまうのは、ここが地下で薄暗いせいだろうか。
「見ているだけでなんだか怖いですね、この宝石」
呟いて私は思わず身震いする。
「この大きさのダイヤだから人を狂わせたのか、もともと何か呪いがかけられているから持ち主が死んだのか、どちらなのかわかりませんが、確かに普通ではない感じがしますね」
そう言ったのはアルフォンソ様だった。なんだか卵が先か鶏が先か論争みたいね。
どちらでもあるのかもしれないけれど、大きさもその逸話も普通の宝石とは違うわね。
他に悪霊が憑りついていて、何人もの人間を殺したという可愛らしい人形や、その仮面をかぶると敵味方構わず殺して回る、という仮面が飾られている。
基本大量殺人に関わったらし物が、この部屋に飾られているのね。だから危険の間なのか……
そしてその部屋の出口近くに飾られているのが、天使が授けたとされる十字架だった。
レプリカだからだろう、触れるようになっている。
説明文には、アルフォンソ様から聞いた十字架の逸話が書かれていた。
手のひらにはおさまらない、とても大きな十字架だけど、つくりは質素だ。宝石がついているわけでもないし、装飾もとくにない。
これが本当に天使から授けられた奇蹟の十字架とは信じがたい。いや、レプリカだけど。
「見た目はふつうの十字架なんですね」
「えぇ、特別な感じはまったくしないですよね。一般に売られている十字架の方がそれっぽいかもしれません」
「確かにそうですね。天使から授けられたものなのにこんなに質素だなんて驚きです」
「形にはあまり意味がないのではないでしょうか。その十字架の持つ力が重要なのでしょうし」
言われてみればそうね。
その十字架の持つ力が重要なんだものね。それにしてもこの十字架がたくさんの命を甦らせたなんて驚きしかない。
「そうですね」
「最近、売店でその十字架の小さなレプリカを販売しているんですよ」
そう言ったのは司祭様だった。
売店なんてあるんだ。
そう思って司祭様の方を見ると、彼はニコニコと笑って言った。
「とても人気のある商品ですよ、御守りにと買われる方が多くて」
商魂たくましい、というべきだろうか。商人としては正しい姿だけど、ここ、宗教施設よね。
私は内心苦笑しつつ、
「確かに、守ってくれそうな感じがしますね」
と言った。
全ての展示物を見終え、司祭様と別れて外に出ると、教会の裏に平屋の建物があり、半分は土産物屋、半分はカフェレストランになっていた。
私たちより前に博物館を出て来たであろう観光客たちが、カフェへと入っていく姿が見える。
博物館を見学して、そのままカフェへと誘導する動線……よく考えてるなぁ。
土産物屋さんも賑わっている。
カフェかぁ……喉渇いたし寄っていこうか。
「アルフォンソ様、ひと休みしていきませんか?」
「そうですね。そうしましょうか」
そして私たちもカフェの中に入った。
するとすぐに下りの階段があって、司祭様はそれを下りていく。
人がふたりどうにか並べるほどの階段の壁には魔法だろうか、ところどころに光の塊が浮いている。
岩の地下っていうことは洞窟になるのかな。会堂よりも空気がひんやりしている。
「毎年毎年色んなものが増えていきまして、去年、増築したのですよ。それもこれも皆様が観覧にいらしてくれるおかげです」
そう、司祭様は嬉しそうに語る。
でもそれって、それだけ呪いの物品が増えている、ってことよね。
えーと、そんなに世の中、呪いってあるものなの? それはそれで怖いんですけど。
そう思っていると、アルフォンソ様が苦笑して言った。
「展示室を増築ですか? そんなにも増えるとは驚きですね」
「はい。四つの部屋に分かれていて、仮面の間、人形の間、宝石の間、危険の間となってます」
なんだか最後の部屋、とても物騒な名前ですけど?
「き、危険、ですか?」
おそるおそる尋ねると、司祭様は笑い交じりの声で言った。
「えぇ。特に危険な呪物を展示しております。もちろん封印をしておりますし今は危険がないですが、封印をといてしまったらその力の暴走が予想されるものがございます」
楽しそうに語っておいでですが話の内容が怖すぎるんですけど?
なに、力の暴走って……
「なんでそんな危険なものが存在するんですか?」
前を下りていく司祭様に尋ねると、彼は肩をすくめた。
「逸話は色々とございますが、人の思いがその物品に呪いの力を与えてしまっている事例が多いように思いますね。ねたみ、ひがみ、怒り、悲しみ……人の強い感情が悪霊を引き寄せ呪いの力をもってしまうのですよ」
人の思いか……
私はパーティーで見聞きしてきた噂話を思い出す。
誰が誰を好きらしい、という話から始まって、どこの貴族は経済状況がよくないらしいとか、誰が浮気しているだとか、大きな宝石を手に入れたらしい、とかそんな話、多かったっけ。
パーティーってお見合いの側面もあるけれど情報収集や人脈づくりの側面もあるのよね。だからお父様やお母様はパーティーがあると極力参加していた。
それで商会をしってもらってし
話をしているうちに階段が終わり、開けた場所に着く。
壁にフロアマップがあって、丸い部屋が四つあり、出口は別にあることが示されていた。
最初の部屋は仮面の間、人形の間、宝石の間、危険の間の順番で周れるようになっているらしい。
そのフロアマップの横に入り口があり、仮面の間の内部が見えた。
ここは地下、というか半地下なんだろうな。壁の高いところに窓があり、そこから空気の入れ替えができるようになっているようだ。そこから入る灯りがあるから、室内は意外と明るい。
仮面の間、ということもあり、壁にはいろんな仮面がかけられていて、部屋の中央にはケースにおさめられた仮面がいくつもあった。
そのひとつひとつに逸話が書いてあって、つけたら二度と外せないとか、戦の神の魂を宿した仮面と書いてある。
見た目は何の変哲もない仮面だけれど、全部呪われているのか……
戦の神の魂を宿した仮面は普通そうに見えたけど、よく読むと敵だけじゃなくて周りの人まで不幸にしてしまう、って書いてある。
……不幸ってなんだろう。いや、これだけでも十分どうかと思うけど、これよりも危険な物がこの先にあるのよね。
いったいどんなものがあるんだろう。ワクワクと恐怖が私の心の中で同居している。
「ずいぶんと展示物が増えましたね」
展示物を見回しながら言うアルフォンソ様に、司祭様は笑みを浮かべて頷いた。
「えぇ。おかげさまでたくさんの訪問者がいらして教会を支えてくださいます」
確かにこの展示室には観光客と思われる人たちの姿が多々あって、展示物を見て思い思いに感想を述べている。
人形の間に入ると、ひとりの女の子が目に付いた。十歳位だろうか、熊のぬいぐるみの前に立ってそれをじっと見つめていた。
あれ、あのぬいぐるみだけケースに入っていないんだ。
他の人形やぬいぐるみは皆、ガラスのケースにおさめられているのに、その少女が見つめてる熊のぬいぐるみだけは茶色の木でできたゆりかごの中におさめられているだけだ。
なんであれだけ、ケースに入れられていないんだろう。
不思議に思いつつ、私はアルフォンソ様から離れてそのゆりかごに近づき少女の背後に立つ。
「なんでお返事してくれないの、ラリー」
そう、少女はぬいぐるみに向かって話しかけていた。
ラリーって、このぬいぐるみの名前だろうか。ゆりかごの前に置かれた案内の札には、
「くまのラリー」
とだけ書いてある。
他の展示物にはちゃんと逸話が書いてあるのに、なんでこのぬいぐるみだけ、むき出しだし何も書いてないんだろう。
「おや、レイチェルさん。今日もいらしていたんですか?」
司祭様の声が背後からして、少女はハッとした顔をしてこちらを振り返った。
青い目をした少女は、私を見て目を見開いて口をパクパクさせた後、ばっと走り出して部屋を出ていってしまった。
……何、今の。
「司祭様、このぬいぐるみはどうされたんですか?」
そう言ったのはアルフォンソ様だった。
司祭様はゆりかごの前に立つと、熊のぬいぐるみを抱き上げ、その頭をそっと撫でて言った。
「この子は少し前にこちらにやって来たんですよ。さきほどの少女、レイチェルさんの祖母であるリアーナさんが大事にしていたぬいぐるみ……いいえ、友人だったそうです」
友人、ってどういう意味だろう?
不思議に思って司祭様を見つめると、彼は話を続けた。
「なんでもこの子はリアーナさんが幼い頃にお父様からいただいたものだそうです。この子はリアーナさんとずっと一緒に過ごしていて、いつからか話して動くようになったと。けれどリアーナさんが亡くなられて、気味悪がったご家族の方がこちらに預けていきました」
ちょっと突っ込みどころの多い話なんですが?
話して動く? このぬいぐるみが? 嘘でしょ? ぬいぐるみが喋るなんてそんなことあるだろうか?
「ではこの子も他の人形と同じように悪霊が憑りついていたのですか?」
そう尋ねると、司祭様は首を横に振って笑顔で言った。
「いいえ、そのようなものではないですよ。危険はないから、このように誰でも触れるよう、いつでも動けるよう、ゆりかごの上に置いているのです」
「ではなぜこのぬいぐるみは動いたりしたんでしょうか?」
「先ほども話しましたが、人の強い思いが呪いとして物に意味を与えてしまう場合かございます。悪霊を呼び寄せてしまうこともあれば、物に魂を与える場合もあるのですよ。それだけ、リアーナさんはラリーを大事にして、友人として扱ってきたのでしょう」
そして司祭様はぬいぐるみをそっと、ゆりかごに戻した。
どこにでもありそうな、茶色の熊のぬいぐるみだ。首にはかっこよく蝶ネクタイを締めている。
私は腰を曲げて膝に手を当て、じっとそのぬいぐるみを見つめた。
きちんと手入れされているのだろう、ずいぶんと綺麗だし、何十年も前にぬいぐるみには見えない。
どこにでもあるぬいぐるみにしか見えないけれど、本当にこの子は動いたり喋ったりしていたんだろうか?
「パトリシアさん、気になりますか?」
アルフォンソ様の声がして、私は振り返らずに頷き答えた。
「はい。気になります。でもどう見ても普通のぬいぐるみですね」
「そうですね。動き、喋るなんて信じがたいですが、ここにある人形はたいてい動いたり喋ったりするものなので、珍しくはないかと思いますよ」
言われてみればそうかもしれないけれど、それもどうかと思うんですよ。
私はその熊のぬいぐるみから離れ、他の展示物を見る。
小さな人形から大きな人形、少女や少年の人形などがあるけれど、それも動いたり笑ったり、襲ってきたりとか書かれていてちょっとぞっとしてしまった。
危険の間にはいったいどんなものが飾られているんだろうか。
順番に部屋を周り充分に怖い説明の呪物を見た後、最後に入った部屋が、危険の間。
他の部屋に比べて暗くて展示物も少ない。展示物は全て個別のケースにいれられていて、それそれのケースの上に魔法の灯りがぼんやりと浮いている。
その中に、アルフォンソ様のお祖母さまであるマルグリットさんが寄付した、という宝石が展示されていた。
大きなピンクダイヤモンドで、その周りには小さなダイヤがあしらわれているネックレスだ。
説明にはとある宝石鉱山で発見された中で最も大きいとされるダイヤのひとつで、この宝石を巡りいろんな人が殺されたり事故死しているという。それでいつしか呪いのダイヤと呼ばれるようになったと。もちろんそんなの信じない人もいたそうだけど、どの持ち主もすぐ死んだらしい。
美しいピンクダイヤだし、見ているだけでぞっとしてしまうのは、ここが地下で薄暗いせいだろうか。
「見ているだけでなんだか怖いですね、この宝石」
呟いて私は思わず身震いする。
「この大きさのダイヤだから人を狂わせたのか、もともと何か呪いがかけられているから持ち主が死んだのか、どちらなのかわかりませんが、確かに普通ではない感じがしますね」
そう言ったのはアルフォンソ様だった。なんだか卵が先か鶏が先か論争みたいね。
どちらでもあるのかもしれないけれど、大きさもその逸話も普通の宝石とは違うわね。
他に悪霊が憑りついていて、何人もの人間を殺したという可愛らしい人形や、その仮面をかぶると敵味方構わず殺して回る、という仮面が飾られている。
基本大量殺人に関わったらし物が、この部屋に飾られているのね。だから危険の間なのか……
そしてその部屋の出口近くに飾られているのが、天使が授けたとされる十字架だった。
レプリカだからだろう、触れるようになっている。
説明文には、アルフォンソ様から聞いた十字架の逸話が書かれていた。
手のひらにはおさまらない、とても大きな十字架だけど、つくりは質素だ。宝石がついているわけでもないし、装飾もとくにない。
これが本当に天使から授けられた奇蹟の十字架とは信じがたい。いや、レプリカだけど。
「見た目はふつうの十字架なんですね」
「えぇ、特別な感じはまったくしないですよね。一般に売られている十字架の方がそれっぽいかもしれません」
「確かにそうですね。天使から授けられたものなのにこんなに質素だなんて驚きです」
「形にはあまり意味がないのではないでしょうか。その十字架の持つ力が重要なのでしょうし」
言われてみればそうね。
その十字架の持つ力が重要なんだものね。それにしてもこの十字架がたくさんの命を甦らせたなんて驚きしかない。
「そうですね」
「最近、売店でその十字架の小さなレプリカを販売しているんですよ」
そう言ったのは司祭様だった。
売店なんてあるんだ。
そう思って司祭様の方を見ると、彼はニコニコと笑って言った。
「とても人気のある商品ですよ、御守りにと買われる方が多くて」
商魂たくましい、というべきだろうか。商人としては正しい姿だけど、ここ、宗教施設よね。
私は内心苦笑しつつ、
「確かに、守ってくれそうな感じがしますね」
と言った。
全ての展示物を見終え、司祭様と別れて外に出ると、教会の裏に平屋の建物があり、半分は土産物屋、半分はカフェレストランになっていた。
私たちより前に博物館を出て来たであろう観光客たちが、カフェへと入っていく姿が見える。
博物館を見学して、そのままカフェへと誘導する動線……よく考えてるなぁ。
土産物屋さんも賑わっている。
カフェかぁ……喉渇いたし寄っていこうか。
「アルフォンソ様、ひと休みしていきませんか?」
「そうですね。そうしましょうか」
そして私たちもカフェの中に入った。
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