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3 纏わりつく匂い

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 凍てつく風が、街路樹の葉を撒き散らす。
 歩く度に枯れ葉を踏む音が、さく、さくと響いて心地いい。
 今朝は予知を見なかった。
 お陰で俺は勝った気持ちでいた。
 毎日こうだといいのだが、そうはいかないんだろうってこともわかってはいる。
 学校について教室に入ると、なんとなく気だるい空気が流れている。
 まあ、俺は実際にだるいけど。
 昨日、夏目の申し出を振り切って、歩いて家に帰った。
 時間は七時過ぎとさすがにちょっと遅くて親には心配されたが、
 
「いつものやつ」
 
 と言ったら超納得して追及はしてこなかった。
 されても正直困るけど。
 昨日の、夏目とのあれはなんだったんだろうか。あの甘い匂い、まだ身体に纏わりついている気がする。
 俺は、夏目に触れられた首筋に触れる。
 なんで触られただけで変な声でたんだろうか。こんなの……初めてだ。
 
「ねーねー! 羽鳥那由多結婚だってー!」
 
 そんなクラスメイトの女子の声が、どこかから響く。
 
「うっそー? 相手誰? 女優?」
 
「一般人みたい。しかも男のオメガって」
 
「うっそー! 羽鳥ってアルファだったのー?」
 
 どうやら昨日の朝見た予知が現実に起きたらしい。
 あー、どうでもいい。
 俺は自分の未来の彼女が知りたい。
 なんで自分に関するものは見えないんだよチクショウ……
 
「男同士で結婚? アルファとオメガで?」
 
「キャー! うそー。超萌えるんだけど」
 
 女ってすごい。
 男同士の結婚でひくかと思えば、逆に妄想力をフル活動させてるらしく、さまざまな言葉がこぼれてくる。
 それ朝から話しますか、ほんとに。
 
「おはよう戸上」
 
「んあ?」
 
 顔をあげると、夏目のきれいな顔があった。
 その顔を見て、俺は思わず目を反らす。
 どうしても思い出してしまう、昨日の事。
 わずかに、夏目からあの匂いがする。
 香水、じゃないんだろうか。だとしたら……なんなんだ?

「戸上、どうしたの」

 手が俺の肩に触れ、思わず俺はびくん、と身体を震わせてその手から逃げた。

「戸上?」

 不思議そうな声が響き、俺は顔を上げる。
 夏目は、笑って俺を見下ろしている。
 その笑顔が何だか怖かった。
 俺と夏目、そんなに接点はない。ただのクラスメイトなのに、なんで話しかけてきたんだ?

「昨日の話、ニュースになったみたいだね」

 昨日の話……っていうのが、俳優の結婚話だと気が付き、俺は頷く。
 
 「あー、うん。そうだね」

 正直、ニュースになったからと言ってどうでもいい。俺は、自分に関する未来が知りたい。
 
「そういう力って、自分に関するものは見えないって聞くけど、そうなの?」

「あ? うん。自分に関するものは見たことないや。見えたら便利だけど、好きに使えるわけじゃないから使い勝手悪いしな」
 
 言いながら俺は俯いた。
 まともに、彼の顔を見られない。
 あの匂いが纏わりついてくるような気がして落ち着かない。
 なんなんだこれ。夏目なら、この匂いの正体わかるよな……?
 でも、聞く勇気はなかった。
 
「毎回あんな風になってたら確かに大変だね」
 
「まあ、うん……一回だけならいいけど、一日に二回もあると耐えらんなくて俺、寝ちゃうから」
 
 コントロールできたなら、昨日みたいに寝落ちすることも夏目に家に連れ込まれることもないだろうに。
 またあんなとこあったら俺、どうなる?
 夏目の目の前で倒れないように気を付けないと。
 
「戸上」

 耳元で夏目が囁く。

「そうしたらまた、うちに連れて帰るよ」

 笑いを含む声で言い、夏目は離れていく。
 なんだよ、今の言葉。
 俺は顔を上げてあいつを見る。
 夏目は俺を見下ろしてただ笑っているだけだった。その笑顔が怖い。
 何を考えているんだこいつ。なるべく、関わらねえようにしないと。


 
 放課後。
 今日もまた中庭掃除である。
 昨日と同じように中庭には枯れ葉が舞っている。
 正直、これはこれでやりがいがあって楽しい。
 それは夏目なんかも同じらしく、ざっざと枯れ葉を掃いていく。
 
「ねーねー、戸上君」
 
 女子の一人が声を潜めて話しかけてくる。
 
「なに?」
 
 正直女子に話しかけられ慣れていない俺は、内心どぎまぎしていた。
 
「昨日倒れたって聞いたけど大丈夫?」
 
「え? あ、うん。大丈夫」
 
「なんか夏目君につれてかれたって聞いたから」
 
 その言い方に含みを感じ、俺は困惑した。
 
「無事ならいいけど」

 そう言って、彼女は離れていく。なに、なんなの?
 彼女はたしか、夏目にそこまで興味はないらしい子だ。
 中庭までの移動では他の女子と一緒に夏目にくっついていたが、掃除を始めると全然寄り付かない。
 他の二人はたまに話しかけてるのに。
 つーか、夏目ってなに。
 何者? アルファということ以外、俺はまじで知らねーぞ。
 俺は大丈夫なんだろうか。
 昨日の事が頭にこびりついている。夏目に触れられて、甘い匂いが纏わりついて。
 やばい、思い出すと妙な気持ちになってしまう。
 俺は頭を振って掃除に意識を集中させた。
 
 掃除を終え、ごみ捨て場にごみを片付けると夏目が言った。
 
「一緒に帰らない?」
 
「え? お前迎えじゃねーの?」
 
 昨日そんな話をしていたはずだ。
 すると、夏目は頷いて、
 
「そうだけど、たまにモノレールとかつかって帰るよ。最寄り駅一緒でしょ」
 
 何で知ってるんだよ。
 と思ったが、昨日帰るとき夏目の家の場所を確認したときに言った気がする。
 断りたい。でも、帰る方向が同じじゃあ、断れるわけがない。仕方なく俺は頷いた。

 今の季節、十六時を過ぎるとだいぶ日が傾き、町をオレンジ色に染め上げる。
 俺たちは町を巡るモノレール駅に向かって歩いていた。
 やっぱり夏目からは匂いがする。
 バニラみたいな甘い匂い。
 並んで歩いているとよく香る。
 
「夏目」
 
「何?」
 
「その甘い匂いって何、香水?」
 
 俺の問いかけに、夏目は笑った。
 
「意外かも知れないけど、俺は香水つけないよ」
 
「え、うそ」
 
 思わず目を大きく見開いて、そう言ってしまう。
 超意外。夏目みたいな目立つ奴は、香水をつけるものだと思ってた。
 
「アルファだよ、俺は。そんなものつけなくてもフェロモンでどうとでもできるし」
 
 そう言って彼は立ち止まった。
 
「例えばさ」
 
 言いながら、彼は俺の首筋へと手を伸ばしてきた。
 触られたところから、じわりと熱が広がっていく。
 甘い香りが俺の身体を包み込むような感覚がして、俺はめまいを覚え、思わず夏目にしがみついた。
 
「オメガは当たり前だけど、ベータの中にも君みたいにこの匂いに敏感な人っているんだね」
 
 身体を抱き締められ、甘い香りが強く香る。耳元でテノールで囁かれると、脳がもっとほしいと叫び出す。
 欲しい? 欲しいって何が。
 混乱する俺を包んでいた甘い香りが、徐々に薄まっていく。
 
「大丈夫? 戸上」
 
「え、あ……うん」
 
 まだ気だるいけれど、俺は夏目から離れ大きく息を吸った。
 なんだ今の。
 俺、男になんて興味ないはずなのに、何でこんなドキドキしてるんだ。
 赤い日の光のなかで、夏目は笑っていた。とても同い年の高校生とは思えないほど、妖艶に。
 
「行こう、朱里」
 
 腕を掴まれ、俺はふらふらと夏目に支えられるようにして駅へと歩いていった。
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