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休日は山

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 空は気持ちいいほど晴れていた。
 標高が高いため、吹く風は冷たかった。
 私は長袖のカットソーの上に藍色のパーカーを羽織っていた。
 それでもむき出しの顔はちょっと寒く感じる。
 湖があり、その向こうには山が見える。
 湖の周りには広い歩道が整備されていて、馬車が走ったり自転車で回れるようになっていた。
 ゴールデンウィークと言うこともあり、駐車場にはたくさんの車が止まっていた。
 親子連れにカップルの姿が目立つ。
 私たちもカップルに見えるのかな……
 そう思うとなんだか嬉しいような、恥ずかしいような。

「那実さん」

 と言って、浦川君は私に手を差し出してきた。
 その手の意味が分からず、私はきょとん、とそれを見つめる。

「行きましょう」

 そう言って、彼は微笑み、私の手を掴んだ。
 やだ、私、手をつないでる。
 その事実に、顔が紅くなっていく。

「ケーブルカー乗りましょう」

 そういって、彼は私をケーブルカー乗り場に引っ張っていく。
 ケーブルカーの券売機にはけっこう人が並んでいた。
 3台の自動販売機のひとつに並び、私たちはケーブルカーのチケットを往復分購入する。
 ちなみにこの山は歩いても登れるけれど、それは御免こうむる。
 でも天気いいから、登山口に入っていく登山姿の人たちの姿も目立った。

「俺、このケーブルカー乗るの初めてなんですよ」

 弾んだ声で言い、浦川君は笑顔になる。
 
「前から乗りたかったんですよね」

 その口調から、ほんとうに嬉しいんだなっていうことがわかる。
 それを見て、私も嬉しくなる。
 ケーブルカーは数十人が乗れるため、私たちの番はすぐに来た。
 緑色のケーブルカーに、係員の誘導に従って人々が乗り込んでいく。
 全員が椅子に座ると、発車のベルが鳴る。
 扉が閉まり、がたん、とケーブルカーが動き始めた。
 四方が窓なので周りの景色はよく見えた。

『本日は、ケーブルカーにご乗車いただきましてありがとうございます』

 録音と思われる女性の声が、スピーカーから聞こえてくる。
 音声は今の時期どの方角に何が見えるかを解説し、山頂からは運が良ければ富士山が見える、ということを教えてくれた。

「ここからでも富士山見えるんですね」

「初めて知った」

 さほど広くないケーブルカーの椅子に隣り合って座る私たち。
 揺れに合わせて、自然と肩が触れ合う。
 そのたびに、私は心が跳ね上がった。
 5分ほどで頂上駅に付き、ケーブルカーががたん、と音を立てて止まる。
 ケーブルカーを降りて駅を出る。
 少し歩くと、開けた場所にたどり着く。
 そこにはたくさんの人々がいて、眺望を楽しんでいた。
 案内板があって、どちらの方向に何が見えるか書かれていた。

「富士山てあれ?」

「すごーい、本当に見える!」

 なんて声が聞こえてくる。
 私たちは声のする方に視線を向けた。
 空のはるか向こう側に、確かに見える高い山の姿。

「あれ、富士山?」

 指差して私が言うと、

「あの形は……そうだと思います」

 と、感動したような声で浦川君が言う。
 富士山を見たのは初めてではないけれど、こんなところから見えるのが驚きだ。
 富士山以外にもたくさんの山が見える。
 案内板はスカイツリーの方向も教えてくれるが、見えるのだろうか。
 さすがにわからなかった。
 周りの人たちはスマートフォンやデジカメで写真を撮っている。
 カップルたちは寄り添い、楽しそうに自撮りしていた。

「那実さん」

 と呼ばれ、不意に肩に手を回される。
 浦川君は斜め上にスマートフォンをかざし、

「撮りますよ」

 と言った。
 そして、カシャっという電子音が聞こえてくる。
 やばい。心臓が口からとび出そう。
 浦川君が離れていき、スマートフォンを操作し始めても私のドキドキはおさまらなかった。
 私のスマートフォンが、受信を知らせる。
 浦川君は私のほうを向いて、

「写真、送りました」

 と笑顔で告げた。
 


 楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
 日暮れを待って、私たちは山を下りる途中にある見晴らし台にいた。
 ここは夜景がきれいで有名な場所だった。
 なので周りにはたくさんの人がいる。
 今日は、彼と接触することが多かったな。
 手が触れたり、肩が触れたり。
 肩、抱かれたっけ。
 思い出すだけでドキドキしてくる。
 この後、どうする?
 もう私は……彼から離れられないと思う。
 浦川君の事ばかり考えちゃうし、今日だって、少し触れただけで私、恥ずかしくなって。
 ちょっとした彼のしぐさに、私はときめいていた。
 日が暮れて、周りにはカップルばかりの見晴らし台。
 夜景は確かにきれいだった。
 空に見える星も、綺麗だ。
 星座とかわかんないけど。

 私は横目で彼を見る。
 言うなら、今……かな?
 でも、周りに人がいるし……恥ずかしくて言えない。

「那実さん」

 肩を抱かれ、身体を引き寄せられる。
 周りにいるカップルみたいに。

「え、あ……」

 自然と身体密着する。
 どうしよう、私の緊張が伝わるんじゃないかと思うと気が気じゃない。
 私は浦川君を見上げた。
 彼は微笑んで、囁くような声で言った。

「ありがとうございました。
 車だしてもらって。俺が行きたいところに付き合ってくれて」

「う、ううん。
 私こそ……あの、楽しかった」

 もっと気の利いた言葉は出てこないのかと思うけれど、でもそれ以上何も言えなかった。
 だって、緊張が声に出てるんだもの。

「那実さん」

 とても、甘く切ない声が私の名前をよぶ。
 もう、私の心臓ははち切れそうだった。

「あ、な、何?」

 やっぱり声は裏返る。

「俺と、付き合ってくれませんか?」

 その言葉を聞いた瞬間、私の心臓が大きく跳ね上がった気がした。

「え、あ……あの……」

 驚きすぎて、声が裏返ってしまう。
 だって、私、彼より年上だよ?
 もっとかわいい子、大学にいるんじゃないのかな?
 そう思うのに、言葉が出てこない。

「……迷惑、ですか?」

 ちょっとしゅん、とした声で彼が言い、私はふるふると首を横に振る。

「ううん。迷惑じゃなくて……あの、驚いて……その……」

 だんだん声が小さくなってしまう。
 浦川君は、囁くように言う。

「電車で見かけたときから気になってたんです。
 あの日、あんなことになってて……勇気を出して声をかけてよかったって思うんです」

 その告白は、驚き以外の何ものでもなかった。
 そう言えば、電車で見たことあるって言ってたっけ。
 でも電車で見かけたからって、声かけないよね、普通。
 一歩間違えたらストーカーだし。
 そんな私の思いを見透かしたのか、浦川君は首を振り、

「それってストーカーみたいですよね」

 と言った。

「ううん、そんなこと思ってないから。
 でも驚いてるけど……」

 なんて言って、私は誤魔化す。
 どうする、私。
 いや、どうするも何もないよね。
 だって私も……
 私はぎゅっと拳を握りしめ、勇気を振り絞る。

「私も……その考えてたの。
 これで終わりは嫌だって。
 また……あの、一緒に出掛けたり、いっしょにいたいなって」

 すると、浦川君はほっとしたような表情になる。

「よかった。
 俺だけじゃなかったんですね」

 そう言って、笑顔になる。

「那実さん」

 彼に名前を呼ばれるのはとても心地いい。

「なに?」

「俺の事、名前で呼んでほしいな」

 と言われ、私は顔を反らした。
 彼の名前。
 十羽君。
 十羽……
 頭の中で何度も繰り返す。
 そして大きく息を吸い、名前を紡ぐ。

「と、十羽、君」

 呼び捨てはさすがに無理だ。
 それでも嬉しかったらしい彼は、私の額に口づけた。

「好きです、那実さん」

 ぼん、と私の顔が真っ赤に染まったのは言うまでもない。




 あの日、スカートを切った犯人は結局見つからなかった。
 正直あれは嫌なことだし、思い出したくもないけれど、あれがなかったら彼に会えなかったし付き合うなんてことにはならなかった。
 だから正直なところ、犯人にはちょっとだけ感謝している。

「犯人、誰だったんだろう?」

 付き合って一年以上が過ぎた冬。
 私の部屋で隣り合って座り、私たちは映画を見ていた。
 ふとつぶやいた私の言葉を拾った十羽は、首をかしげて何が? と言った。
 私は首を振り、

「ううん、なんでもない」

 過ぎたことだ。
 考えても犯人なんてわかるわけがないし。
 彼は私の肩を抱き、伝えたいことがある、と言った。

「何?」

「俺、就職決まったし。
 春から一緒に住みたい」

 その申し出を私は喜んで受け入れた。
 一緒に住めば、毎日会える。
 そう思うと心の中は嬉しさでいっぱいになっていく。
 私は映画ではなく彼を見つめ、

「大好き」

 と伝える。
 彼は私の額に口づけ、

「俺も、ずっと好きですよ」

 と言って、いたずらっぽく笑った。
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