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★番外編01 運命の番 side 千早

運命の番20

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 七月七日木曜日。今日は七夕だと、スマホが通知してくる。
 部屋から窓の外を見ると、雲の切れ目から晴れ間がのぞいていた。
 雨じゃないのは久しぶりだ。
 俺はまだ、琳太郎に連絡できないでいる。
 会いたい気持ちはずっとある。けれど、そう思うのは俺のエゴじゃないかとも思い動けないでいる。
 琳太郎が俺に連絡してくることはあるだろうか?
 俺はあいつが求めるような存在だろうか?
 それについては不安しかない。
 あいつは俺の求めにいつも応じていた。

「琳太郎は、優しいな」

 瀬名悠人に言われた言葉を思い出し、俺は呟く。

『彼の優しさに甘えているだけ』

 確かにそうだな。その事実は認めるしかない。
 心を壊してまで俺のそばに居続けたんだから。

「謝って、すむ話でもないしな」

 それがわかっているから俺は、ずっとあいつに連絡を取れないでいる。
 どんなに心に問題を抱えても、俺は大学がある日常は変わらない。
 大学に行き、広い講義室の真ん中あたりの隅に座る。
 講義が始まるまでの間、持ち歩いている自由帳に落書きしていると、隣から声がかかった。

「秋谷おはよう」

 赤い帽子を被った各務が、俺の隣に腰かける。
 そして自由帳に目を落とすと笑って言った。

「これ、お前の絵? 超可愛い。可愛い絵、描くんだな」

 可愛い絵、と言われると気恥ずかしいが、書いている絵の大半がデフォルメの猫だからまあ、そう言われるしかないか。

「そういえば、講義中もなんか落書きしてるよな、お前」

「あぁ……気が付くと描いてて。家でもタブレットで描いたりしてるな。無心になれるから」

「無心で描けるんだすげえな」

 描いている間は何も考えなくていいし、暇つぶしにもなる。だから自由帳も持ち歩いている。最近はそんな気力すらなかったけれど。

「動物も人も描けるんだ、すげえなお前」

「褒められると恥ずかしいな」

 言いながらも俺は、鉛筆を止めない。
 描いているのは、人物の絵だ。
 球技大会の時、シュートをする琳太郎の姿。
 気が付いたらその絵を描いていた。
 琳太郎がバスケが得意で、球技大会では何回もシュートを入れていた。そのフォームがとても綺麗で、記憶に焼き付いている。

「なにこれ、バスケ? すげえな、動きのある絵が描けるのって」

「なんか描きたくなって」

 琳太郎の姿を描きたくなるとか、俺はどれだけあいつを求めているんだろうか。
 でもあいつが俺を求めているかと言われたら……どうだろうか。

「俺、絵は全然だめだからさー」

「お前は音楽やってるんじゃなかったか? 俺はピアノしかできないからギターとかできる奴はすごいと思うけれど」

 各務は、バンドをやっているとかで、ギターやピアノが弾けると聞いた。
 すると各務は頬杖ついて、

「自分にできないことできる奴ってほんとすげーよな」

 と、笑いながら言った。
 自分にできなことをできる奴、か。
 俺は琳太郎のようにこんな綺麗なフォームでボールを投げられはしないし、自分を犠牲にしてまで友達を受け入れるとかできないだろう。
 
「そうだな」

 話しながらも俺は手を止めず、教授が来るころには絵が完成していた。


 昼休み。
 カフェテリアで各務と過ごす。
 雨の降らない日はいつ振りだろうか?

「それでさー、PV作ってるんだけど編集が終わんなくって」

 とりとめのない会話をしていると、不意に、匂いがした。 
 驚いて見回すと、こちらに近づいてくるやつがいる。
 宮田藍。
 オメガで――俺の運命の番だったはずの相手。
 彼は、真剣な顔でこちらに近づきそして、俺のそばで立ち止まると、小さく震えながら言った。

「話が、ある」

 身体と同じように声も震えている。
 何の話か……琳太郎の事だろうか。
 自分は、俺の話に一切耳を傾けなかったのに。話がある、か。

「各務、ちょっと行ってくる」

 そう声をかけて俺は立ち上がり、宮田の方を向いた。
 以前はあんなに欲しくてたまらなかったのに、今は何も感じない。
 やはり、俺の本能はどうかしているらしい。
 オメガを欲しがるのはアルファの本能なはずなのに。
 宮田は怯えた目をして俺を見て、一歩引きそして、ぎゅっと手を握りしめる。
 ……そこまで怖がらなくてもいいような気がするけれど、俺には前科がある事を思い出す。

「と、とりあえずここじゃ話せないから」

「ならどこかの空き教室に行くか。別に、俺はお前に何もしないから」

 すると、彼は一瞬驚いた顔をしたあと頷き、歩きだした。
 基本教室に鍵はかかっていないはずだ。
 学生たちが食事で使っている場合もあるが、どこか空いているだろう。
 そう思いながら俺は校舎へと歩いて行った。



 二階の教室が幸い無人で、そこで俺は宮田と相対することにした。
 彼と俺の距離は一メートル以上離れている。彼が、逃げようとすれば逃げられる距離だ。
 宮田は俯いたまま黙ってしまっている。相変わらず震えているし、よほど俺が怖いのだろうか。

「宮田」

 名を呼ぶと、彼はびくり、と身体を震わせ俺を見つめる。その目には恐怖の色が浮かんでいた。

「琳太郎は、どうしてる」

 話し出さないのならと、こちらから切り出して見る。すると宮田は、ぎゅっと手を握りしめたまま震えた声で話し出した。
 
「結城が、僕の目の前で過呼吸起こして、びっくりして。その時見たんです。結城の首に……噛み痕があって。あれ、貴方ですよね? 結城言ってた。身代わりって。正直信じられなかったけどでも、あんなの見たら、身代わりの意味を理解したよ。なんで、貴方と結城は友達、だよね? なんであんなことするの? 彼はオメガじゃないんだ。そんなことしたらおかしくなるに決まってるじゃないか」

 いっきに喋りそして、最後は涙声になっていた。
 過呼吸、噛み痕、身代わり。
 そこまで知られているのか。

「僕が貴方から逃げたから? 僕が逃げなければ、結城は……」

 と言い、言葉を詰まらせる。
 ――逃げなければよかった? 俺が、さっさとあきらめてそして、他のオメガを探せばよかった?
 今ならそう思えるのに、あの時はそんな考えに至らなかった。 

「お前は運命を拒絶したかったんだろ?」

 俺の言葉に彼は頷く。

「そうだよ、だから僕は、君がとても怖かった。囚えられたらどうしようって。ずっと怖かったんだ。君たちアルファが本気になったら、僕は……とっくに大学には来られなくなっていただろうし」

 アルファがオメガを閉じ込める。それはよくある話だ。
 実際誘拐まがいの事も起きているから、宮田の話は杞憂だとは言えなかった。

「そうだな。俺も、あのとき止められなかったら……お前を閉じ込めていただろうな。けれどそれはできなかった。そして俺は、運命に抗おうとした。俺は、あいつを選んだ。選びたかった。自分の手で、運命を作りたかったんだ」

 言いながら俺は、自分の手のひらを見つめぎゅっとその手を握りしめる。

「結城は、オメガじゃないのに……」

「そんな事、わかってる」

「僕は貴方の事許せないよ。そして、自分自身も。知らないうちに僕は結城に守られてて、何も知らずに過ごしてて。その間、結城は苦しんでいたんだから」

 だからこいつは俺の所に来たのか。ずっと怯えて避けていたのに。以前は俺の言葉に一切耳を傾けなかった。けれど今は逃げ出さず、怯えながらも俺の前にいる。
 詰めようと思えば、いくらでも詰められる距離の場所に。
 俺は、宮田に手を伸ばす。それを見た彼は驚いた顔をして半歩、後ろに下がった。
 
「あんなにお前の事が欲しかったのにな。今は、そんな感情が生まれない」

 言いながら俺は伸ばした手を下ろす。
 琳太郎と関係を持ってから、一度だけ宮田の匂いを感じて、琳太郎を抱いた。その時は運命からは逃げられないのかと思ったけれど今は――何も感じない。匂いは確かにあるのに、抱きたいと言う感情が生まれなくなっていた。
 やはり俺はどうかしているらしい。
 アルファなのに、オメガを前にしても何も思わないなんて。
 宮田は怯えた顔のまま、俺を見つめる。

「……僕も、貴方を前にすると、縋りたくなるから……嫌だった。でも、今は、そんな感情、なくなっちゃった。だから僕は、貴方にちゃんと言いたかった。僕は貴方の番にはなれない。貴方が結城にやったことは、最低だと思う。そして、その苦しみの上で僕が普通に過ごせていたっていう現実も僕は許せないんだ」

「今俺は、琳太郎と会っていない。もしかしたらこのまま離れるかもしれないし、どうなるかも今はわからない」

「あんなに苦しめたのに、貴方は結城と一緒にいたいと望むの?」

 どうやら俺が思う以上に、琳太郎はいい状況ではないらしい。なら今すぐにでも会いたいと思うのに、でもそうしたら――もっと苦しめるかもしれない。苦しみの原因は俺自身なんだから。
 
「赦されるなら……かな。そうならなくても仕方ないだろうな。俺は、それだけのことをしたんだから」

「出会いがせめて逆だったらよかったのに」

 宮田が呟き、俯く。それは俺も思っていた。運命ならばなぜ、出会いの順番を変えなかったんだろうか。
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