上 下
85 / 103
★番外編01 運命の番 side 千早

運命の番18

しおりを挟む
 七月四日月曜日。土曜日から続く雨はやみそうにもない。
 ソファーで寝てしまい身体中が痛い。それでも大学にはいかないと。
 重い身体を押して、俺は軽い朝食を食べて車を走らせた。
 雨の為、道は混雑していていつもより少し時間がかかってしまった。早めに家を出て正解だった。そう思いつつ、俺はいつも車を止めているパーキングに着いた。
 大学の、広い広い教室。まだ講義が始まるまで少し時間がある為、学生たちはおしゃべりに夢中だ。
 俺は、真ん中の列の隅に座り、ぼんやりと正面を見つめる。
 いつもと変わらない日常なのに、どこか心は空虚だ。
 琳太郎は、大学に来ているだろうか?
 違う学部だから、使う校舎も違うためよほどのことがない限り顔を合わせることはない。
 だからその存在を感じるには、昼休み、食堂に行くしかないが……
 考えるだけで胸に痛みが走る。今俺は琳太郎と顔を合わせられるか?
 いいや、まだ無理だ。
 
「秋谷、お前、大丈夫?」

 不意に声がかかり、見れば正面から俺の顔を覗き込んでいるやつがいる。友人の各務だ。
 彼の眼鏡の奥の瞳には心配の色が浮かんでいる。

「何が」

 できる限り淡々と尋ねると、各務は俺に顔を近づけてくる。

「顔色悪いって言うか、世界の終りみたいな顔をしてるから」

 世界の終り。とはなかなか聞かない表現だ。
 いったいどういう顔だよ、そう思いながら俺は答える。

「別に、なんでもねえよ」

「そうかあ? 絶対なんかあっただろ?」

 本当にそんな顔をしているだろうか。今朝鏡を見ても普通だったと思うが、各務にはそう見えないと言う事だろうか。
 それでも俺は、各務に何かを話す気持ちはあまりなく、あいまいに答えるだけだった。

「本当に、何でもねえよ」

「恋人となんかあった?」

 その言葉に、思わずまぶたがぴくり、と動く。
 恋人。
 各務にそんな相手の事、話したこと、あっただろうか。
 いいや、ないはずだ。
 
「何でそんなこと」

「別の学部のやつと一緒に時々帰ってるだろ? 雰囲気的にそうなのかと思ったんだけど、まじで恋人なのかあいつ」

 そうか。
 火曜日と木曜日はいつも琳太郎と帰っていたから、誰かに目撃されていてもおかしくないか。
 
「恋人……」

 呟き、そして、反芻する。
 恋人と言うよりも、もっと違う存在だろう。
 俺にとっての琳太郎は、それだけ重要な存在だった。
 なのに俺は――それを壊したんだから。
 
「めちゃくちゃ深刻な顔してるけど? お前」

 俺にここまで突っ込んでくるやつも珍しい。
 そこまで俺の感情の動きを気にするやつは滅多にいない。
 琳太郎くらいだろうか。そもそもそこまで仲がいいと言える相手がいたか、と言われると怪しい。
 なんだかんだ言って、高校時代の友人関係で今も続いているのは琳太郎以外だと数人いるかどうかだ。
 それぞれ新しい世界を得て、皆連絡を取らなくなっていく。

「深刻か……そうかもな」

 と呟き、各務から視線を外す。

「お前さ、あんまり自分の事話さないよな。俺なんかじゃ役に立たねーだろうけど、辛いときは誰かに話したほうが、整理できたりすると思うけど」

 そう各務が言った時、チャイムが鳴り響く。
 学生たちのざわめきの種類が変わりそして、教授が入ってくるのが見える。
 話したほうが整理できる、か。
 目の前の席に座る各務は、慌てた様子で椅子に腰かけ、教科書などを用意していた。
 辛いこと、か。
 俺がすべきことはなんだろうか。
 その答えはまだでない。
 それもそうか。
 琳太郎と離れてまだ二日しかたっていない。
 この二日で何が変わる?
 何も変わってはいない。
 ひとり部屋に引きこもり、課題をこなし、絵を描いていただけだ。
 絵を描いている間は無心で、何も考えなくて済む。
 けれどそれでは何も解決しない。
 琳太郎に、どうすれば顔を合わせられるようになる?
 今の俺にそんな資格はないだろう。
 講義の内容は余り入ってこず、俺はノートに落書きしながら教授の話を聞き流していた。


 昼休み。
 食堂に行けば、たぶん琳太郎に会えるだろう。そう思うが足は向かない。
 会ってどうする?
 瀬名の言葉がずっと、頭の中で繰り返される。

『君は、自分が彼の心を壊していると自覚している』

 思い出すたびに、胸の痛みが増してしまう。
 あの男は、琳太郎を囲い込むつもりだろうか。
 そんなこと、許せるか? いいや、無理だ。
 琳太郎は、俺の……番だ。
 そう強く思うのに、食堂に足が向くことも、スマホで連絡取ることもできない。
 琳太郎は、大丈夫だろうか。
 様子が知りたい。なのにそう思う事すら悪いことのような気がして、足が動かない。

「秋谷、昼飯行こうぜ」

 そう言って、俺の腕を掴んだのは各務だった。
 俺は、いつも昼休みは各務と共にカフェテラスで過ごしている。
 そこでとりとめのないことを話すことが多かった。
 だから、そう声をかけられるのは不思議なことではないが、俺は思わず驚き彼を見る。
 各務は笑顔で、

「ほら、早く行かねーと、時間終わるぜ?」

 と言い、俺の腕を引っ張った。
しおりを挟む
感想 34

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

幼馴染は僕を選ばない。

佳乃
BL
ずっと続くと思っていた〈腐れ縁〉は〈腐った縁〉だった。 僕は好きだったのに、ずっと一緒にいられると思っていたのに。 僕がいた場所は僕じゃ無い誰かの場所となり、繋がっていると思っていた縁は腐り果てて切れてしまった。 好きだった。 好きだった。 好きだった。 離れることで断ち切った縁。 気付いた時に断ち切られていた縁。 辛いのは、苦しいのは彼なのか、僕なのか…。

溺愛アルファの完璧なる巣作り

夕凪
BL
【本編完結済】(番外編SSを追加中です) ユリウスはその日、騎士団の任務のために赴いた異国の山中で、死にかけの子どもを拾った。 抱き上げて、すぐに気づいた。 これは僕のオメガだ、と。 ユリウスはその子どもを大事に大事に世話した。 やがてようやく死の淵から脱した子どもは、ユリウスの下で成長していくが、その子にはある特殊な事情があって……。 こんなに愛してるのにすれ違うことなんてある?というほどに溺愛するアルファと、愛されていることに気づかない薄幸オメガのお話。(になる予定) ※この作品は完全なるフィクションです。登場する人物名や国名、団体名、宗教等はすべて架空のものであり、実在のものと一切の関係はありません。 話の内容上、宗教的な描写も登場するかと思いますが、繰り返しますがフィクションです。特定の宗教に対して批判や肯定をしているわけではありません。 クラウス×エミールのスピンオフあります。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/504363362/542779091

頑張って番を見つけるから友達でいさせてね

貴志葵
BL
大学生の優斗は二十歳を迎えてもまだαでもβでもΩでもない「未分化」のままだった。 しかし、ある日突然Ωと診断されてしまう。 ショックを受けつつも、Ωが平穏な生活を送るにはαと番うのが良いという情報を頼りに、優斗は番を探すことにする。 ──番、と聞いて真っ先に思い浮かんだのは親友でαの霧矢だが、彼はΩが苦手で、好みのタイプは美人な女性α。うん、俺と真逆のタイプですね。 合コンや街コンなど色々試してみるが、男のΩには悲しいくらいに需要が無かった。しかも、長い間未分化だった優斗はΩ特有の儚げな可憐さもない……。 Ωになってしまった優斗を何かと気にかけてくれる霧矢と今まで通り『普通の友達』で居る為にも「早くαを探さなきゃ」と優斗は焦っていた。 【塩対応だけど受にはお砂糖多めのイケメンα大学生×ロマンチストで純情なそこそこ顔のΩ大学生】 ※攻は過去に複数の女性と関係を持っています ※受が攻以外の男性と軽い性的接触をするシーンがあります(本番無し・合意)

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

両片思いのI LOVE YOU

大波小波
BL
 相沢 瑠衣(あいざわ るい)は、18歳のオメガ少年だ。  両親に家を追い出され、バイトを掛け持ちしながら毎日を何とか暮らしている。  そんなある日、大学生のアルファ青年・楠 寿士(くすのき ひさし)と出会う。  洋菓子店でミニスカサンタのコスプレで頑張っていた瑠衣から、売れ残りのクリスマスケーキを全部買ってくれた寿士。  お礼に彼のマンションまでケーキを運ぶ瑠衣だが、そのまま寿士と関係を持ってしまった。  富豪の御曹司である寿士は、一ヶ月100万円で愛人にならないか、と瑠衣に持ち掛ける。  少々性格に難ありの寿士なのだが、金銭に苦労している瑠衣は、ついつい応じてしまった……。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)

夏目碧央
BL
 兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。  ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

処理中です...