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★番外編01 運命の番 side 千早
運命の番18
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七月四日月曜日。土曜日から続く雨はやみそうにもない。
ソファーで寝てしまい身体中が痛い。それでも大学にはいかないと。
重い身体を押して、俺は軽い朝食を食べて車を走らせた。
雨の為、道は混雑していていつもより少し時間がかかってしまった。早めに家を出て正解だった。そう思いつつ、俺はいつも車を止めているパーキングに着いた。
大学の、広い広い教室。まだ講義が始まるまで少し時間がある為、学生たちはおしゃべりに夢中だ。
俺は、真ん中の列の隅に座り、ぼんやりと正面を見つめる。
いつもと変わらない日常なのに、どこか心は空虚だ。
琳太郎は、大学に来ているだろうか?
違う学部だから、使う校舎も違うためよほどのことがない限り顔を合わせることはない。
だからその存在を感じるには、昼休み、食堂に行くしかないが……
考えるだけで胸に痛みが走る。今俺は琳太郎と顔を合わせられるか?
いいや、まだ無理だ。
「秋谷、お前、大丈夫?」
不意に声がかかり、見れば正面から俺の顔を覗き込んでいるやつがいる。友人の各務だ。
彼の眼鏡の奥の瞳には心配の色が浮かんでいる。
「何が」
できる限り淡々と尋ねると、各務は俺に顔を近づけてくる。
「顔色悪いって言うか、世界の終りみたいな顔をしてるから」
世界の終り。とはなかなか聞かない表現だ。
いったいどういう顔だよ、そう思いながら俺は答える。
「別に、なんでもねえよ」
「そうかあ? 絶対なんかあっただろ?」
本当にそんな顔をしているだろうか。今朝鏡を見ても普通だったと思うが、各務にはそう見えないと言う事だろうか。
それでも俺は、各務に何かを話す気持ちはあまりなく、あいまいに答えるだけだった。
「本当に、何でもねえよ」
「恋人となんかあった?」
その言葉に、思わずまぶたがぴくり、と動く。
恋人。
各務にそんな相手の事、話したこと、あっただろうか。
いいや、ないはずだ。
「何でそんなこと」
「別の学部のやつと一緒に時々帰ってるだろ? 雰囲気的にそうなのかと思ったんだけど、まじで恋人なのかあいつ」
そうか。
火曜日と木曜日はいつも琳太郎と帰っていたから、誰かに目撃されていてもおかしくないか。
「恋人……」
呟き、そして、反芻する。
恋人と言うよりも、もっと違う存在だろう。
俺にとっての琳太郎は、それだけ重要な存在だった。
なのに俺は――それを壊したんだから。
「めちゃくちゃ深刻な顔してるけど? お前」
俺にここまで突っ込んでくるやつも珍しい。
そこまで俺の感情の動きを気にするやつは滅多にいない。
琳太郎くらいだろうか。そもそもそこまで仲がいいと言える相手がいたか、と言われると怪しい。
なんだかんだ言って、高校時代の友人関係で今も続いているのは琳太郎以外だと数人いるかどうかだ。
それぞれ新しい世界を得て、皆連絡を取らなくなっていく。
「深刻か……そうかもな」
と呟き、各務から視線を外す。
「お前さ、あんまり自分の事話さないよな。俺なんかじゃ役に立たねーだろうけど、辛いときは誰かに話したほうが、整理できたりすると思うけど」
そう各務が言った時、チャイムが鳴り響く。
学生たちのざわめきの種類が変わりそして、教授が入ってくるのが見える。
話したほうが整理できる、か。
目の前の席に座る各務は、慌てた様子で椅子に腰かけ、教科書などを用意していた。
辛いこと、か。
俺がすべきことはなんだろうか。
その答えはまだでない。
それもそうか。
琳太郎と離れてまだ二日しかたっていない。
この二日で何が変わる?
何も変わってはいない。
ひとり部屋に引きこもり、課題をこなし、絵を描いていただけだ。
絵を描いている間は無心で、何も考えなくて済む。
けれどそれでは何も解決しない。
琳太郎に、どうすれば顔を合わせられるようになる?
今の俺にそんな資格はないだろう。
講義の内容は余り入ってこず、俺はノートに落書きしながら教授の話を聞き流していた。
昼休み。
食堂に行けば、たぶん琳太郎に会えるだろう。そう思うが足は向かない。
会ってどうする?
瀬名の言葉がずっと、頭の中で繰り返される。
『君は、自分が彼の心を壊していると自覚している』
思い出すたびに、胸の痛みが増してしまう。
あの男は、琳太郎を囲い込むつもりだろうか。
そんなこと、許せるか? いいや、無理だ。
琳太郎は、俺の……番だ。
そう強く思うのに、食堂に足が向くことも、スマホで連絡取ることもできない。
琳太郎は、大丈夫だろうか。
様子が知りたい。なのにそう思う事すら悪いことのような気がして、足が動かない。
「秋谷、昼飯行こうぜ」
そう言って、俺の腕を掴んだのは各務だった。
俺は、いつも昼休みは各務と共にカフェテラスで過ごしている。
そこでとりとめのないことを話すことが多かった。
だから、そう声をかけられるのは不思議なことではないが、俺は思わず驚き彼を見る。
各務は笑顔で、
「ほら、早く行かねーと、時間終わるぜ?」
と言い、俺の腕を引っ張った。
ソファーで寝てしまい身体中が痛い。それでも大学にはいかないと。
重い身体を押して、俺は軽い朝食を食べて車を走らせた。
雨の為、道は混雑していていつもより少し時間がかかってしまった。早めに家を出て正解だった。そう思いつつ、俺はいつも車を止めているパーキングに着いた。
大学の、広い広い教室。まだ講義が始まるまで少し時間がある為、学生たちはおしゃべりに夢中だ。
俺は、真ん中の列の隅に座り、ぼんやりと正面を見つめる。
いつもと変わらない日常なのに、どこか心は空虚だ。
琳太郎は、大学に来ているだろうか?
違う学部だから、使う校舎も違うためよほどのことがない限り顔を合わせることはない。
だからその存在を感じるには、昼休み、食堂に行くしかないが……
考えるだけで胸に痛みが走る。今俺は琳太郎と顔を合わせられるか?
いいや、まだ無理だ。
「秋谷、お前、大丈夫?」
不意に声がかかり、見れば正面から俺の顔を覗き込んでいるやつがいる。友人の各務だ。
彼の眼鏡の奥の瞳には心配の色が浮かんでいる。
「何が」
できる限り淡々と尋ねると、各務は俺に顔を近づけてくる。
「顔色悪いって言うか、世界の終りみたいな顔をしてるから」
世界の終り。とはなかなか聞かない表現だ。
いったいどういう顔だよ、そう思いながら俺は答える。
「別に、なんでもねえよ」
「そうかあ? 絶対なんかあっただろ?」
本当にそんな顔をしているだろうか。今朝鏡を見ても普通だったと思うが、各務にはそう見えないと言う事だろうか。
それでも俺は、各務に何かを話す気持ちはあまりなく、あいまいに答えるだけだった。
「本当に、何でもねえよ」
「恋人となんかあった?」
その言葉に、思わずまぶたがぴくり、と動く。
恋人。
各務にそんな相手の事、話したこと、あっただろうか。
いいや、ないはずだ。
「何でそんなこと」
「別の学部のやつと一緒に時々帰ってるだろ? 雰囲気的にそうなのかと思ったんだけど、まじで恋人なのかあいつ」
そうか。
火曜日と木曜日はいつも琳太郎と帰っていたから、誰かに目撃されていてもおかしくないか。
「恋人……」
呟き、そして、反芻する。
恋人と言うよりも、もっと違う存在だろう。
俺にとっての琳太郎は、それだけ重要な存在だった。
なのに俺は――それを壊したんだから。
「めちゃくちゃ深刻な顔してるけど? お前」
俺にここまで突っ込んでくるやつも珍しい。
そこまで俺の感情の動きを気にするやつは滅多にいない。
琳太郎くらいだろうか。そもそもそこまで仲がいいと言える相手がいたか、と言われると怪しい。
なんだかんだ言って、高校時代の友人関係で今も続いているのは琳太郎以外だと数人いるかどうかだ。
それぞれ新しい世界を得て、皆連絡を取らなくなっていく。
「深刻か……そうかもな」
と呟き、各務から視線を外す。
「お前さ、あんまり自分の事話さないよな。俺なんかじゃ役に立たねーだろうけど、辛いときは誰かに話したほうが、整理できたりすると思うけど」
そう各務が言った時、チャイムが鳴り響く。
学生たちのざわめきの種類が変わりそして、教授が入ってくるのが見える。
話したほうが整理できる、か。
目の前の席に座る各務は、慌てた様子で椅子に腰かけ、教科書などを用意していた。
辛いこと、か。
俺がすべきことはなんだろうか。
その答えはまだでない。
それもそうか。
琳太郎と離れてまだ二日しかたっていない。
この二日で何が変わる?
何も変わってはいない。
ひとり部屋に引きこもり、課題をこなし、絵を描いていただけだ。
絵を描いている間は無心で、何も考えなくて済む。
けれどそれでは何も解決しない。
琳太郎に、どうすれば顔を合わせられるようになる?
今の俺にそんな資格はないだろう。
講義の内容は余り入ってこず、俺はノートに落書きしながら教授の話を聞き流していた。
昼休み。
食堂に行けば、たぶん琳太郎に会えるだろう。そう思うが足は向かない。
会ってどうする?
瀬名の言葉がずっと、頭の中で繰り返される。
『君は、自分が彼の心を壊していると自覚している』
思い出すたびに、胸の痛みが増してしまう。
あの男は、琳太郎を囲い込むつもりだろうか。
そんなこと、許せるか? いいや、無理だ。
琳太郎は、俺の……番だ。
そう強く思うのに、食堂に足が向くことも、スマホで連絡取ることもできない。
琳太郎は、大丈夫だろうか。
様子が知りたい。なのにそう思う事すら悪いことのような気がして、足が動かない。
「秋谷、昼飯行こうぜ」
そう言って、俺の腕を掴んだのは各務だった。
俺は、いつも昼休みは各務と共にカフェテラスで過ごしている。
そこでとりとめのないことを話すことが多かった。
だから、そう声をかけられるのは不思議なことではないが、俺は思わず驚き彼を見る。
各務は笑顔で、
「ほら、早く行かねーと、時間終わるぜ?」
と言い、俺の腕を引っ張った。
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