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★番外編01 運命の番 side 千早

運命の番16

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 暗い部屋の中、俺はソファーに横たわり、音楽を聞きながら天井を見つめていた。
 瀬名悠人。
 あいつの存在が俺の心をかき乱す。
 なぜあいつは琳太郎に構うのか、理解できない。
 セフレまで抱えるような奴がなぜただのベータに構う?
 わからないことを不安を呼び寄せる。
 何度考えてもわからない疑問。
 まさか琳太郎はあいつと……
 あれは俺の物だ。
 誰にも邪魔させはしない。
 そう思うのに、俺の中にずっとあり続ける不安。
 ――歪んだ関係なんて、長続きしないだろうに。
 その思いが、俺に現実を思い起こさせる。
 琳太郎はベータで、オメガじゃない。
 だから俺はあいつをここに閉じ込めることができずそして、瀬名悠人の介入を許してしまっている。
 この関係は必ず破たんする。そんなの最初から分かっていたことなのに。
 オメガじゃない琳太郎を囲い込み、番に仕立て上げようとした俺の罪への罰は、どんな形で与えられるのだろうか?
 不安定な関係は脆く、不確かなものだ。
 それを確かなものにするにはどうしたらいい?
 俺が望んだもの。
 運命の番。
 運命の相手。
 ――それは、友達よりも大事なものだったんだろうか。
 その時、スマホが鳴った。
 時刻は二十時すぎ。今日は、七月二日土曜日。
 琳太郎はまだバイトではないだろうか?
 ちりちりと肌が痛む感覚に、不快感を覚える。
 この電話はきっと、あいつじゃない。
 直感がそう告げている。
 俺は音楽の音量をおとし、スマホをタッチする。
 
『やあ、こんばんは、秋谷千早君』

 不愉快な、軽い男の声がスピーカーから聞こえてくる。
 この声はあの男だろう。

「瀬名、悠人」

 いら立ちを覚えながら、相手の名前を呼ぶ。

『呼び捨てかあ。僕、とりあえず君よりは先輩なんだけど?』

 言い方にまた、腹が立つ。

「何の御用ですか」

 なるべく冷静にと思うけれど、感情丸出しの声が出てしまい、それがまた俺を苛立たせた。
 この男は苦手だ。

『あはは、冷たい声だね。琳太郎だけど、今日と明日、僕が預かるよ』

 何を言いだしているんだこの男は。
 預かる? 琳太郎を? なぜ。

「なんでそんな事」

『ずいぶんと機嫌悪い声だねえ。理由はわかっているんじゃないの? ちょっと発作起こしちゃってさ。そんな状態で原因の所に行かせられるわけないでしょ?』

 発作。
 この間言っていた過呼吸発作かと思い至る。
 その原因はストレスや過労……
 考えると胸が痛む。
 あぁ、そうだ。わかっている。
 琳太郎がなぜ、時おり悲しげな顔を見せるのか?
 なぜ、夜うなされるのか。
 なぜ、意識が飛ぶことがあるのか。
 そんなの全部わかっている。 
 琳太郎にとってこの現実は多大なストレスだ、と言う事だろう。
 琳太郎はきっと、自分を誤魔化してきたのだと思う。
 俺が彼に求めたのは、偽物の番を演じる事。
 それはそうだ。
 琳太郎はオメガじゃない。だから本物の番になんてなれない。なりようがない。
 それでも俺は、本物の番のように扱いそして、いつしか琳太郎の心は徐々に傷ついていった。
 そして俺は――それを見ないようにした。 
 これは俺の罪だ。
 ならば罰を受けるのだろう。

『無言、ってことはやっぱり君は自覚があるんだね。自分がやっている事』

 とげのある声が、俺の心に深く突き刺さる。
 俺だって馬鹿じゃない。
 現実から目を反らし逃げ続けていたのは俺自身だと、今は理解できる。

「何が、言いたいんですか」

『君は、自分が彼の心を壊していると自覚してる。だよね? 彼の優しさに甘えすぎだよ』

 図星過ぎて何も言い返せない。
 よく知りもしない相手によくここまで言える。
 いや、知らないからか?
 でもそれだけではないだろうな。
 この男は、琳太郎に興味以上の感情を抱いている。
 じゃなくてはこんな風に干渉しては来ないだろう。
 こいつもアルファだ。
 俺と同じように、対象への執着心を見せてもおかしくない。
 それが俺へのマーキングなどの挑発行為であり、そしてこの電話だろう。

「貴方こそ、何を考えているんですか? 琳太郎はベータだ。にもかかわらず、俺を挑発するようなこと、ずっとしていますよね」

『あはは、気付いてた?』

 軽い口調で言われると本当にカンに障る。

「なぜ琳太郎に興味を持つんですか」

『匂いだよ』

 想定していなかった答えに、俺は動揺してしまう。
 匂い? どういう意味だ。

「匂い?」

『彼はベータなのに、いつも君の匂いをさせていたから何でなのかと思って。そこから興味を持ったんだ。君が何もしていなければ、僕は彼にそこまで興味を持たなかったかもね』

 つまり俺が、琳太郎を抱かなかったら?
 つまり俺が、琳太郎のうなじに噛まなかったら?
 こいつは琳太郎に興味などもたなかったと言う事か。
 俺は思わず唇を噛む。
 そこから血が滲み、舌に鉄の味が広がっていく。
 何が間違いで、どうしたら正しかったんだろうか。
 今さら巻き戻ることなどできない運命の歯車を、どうしたら俺の手で回すことができる?
 ――そんなの傲慢な考えだろうか。
 運命の番を求めることが罪なのか。

『今日は君の所に返さない。わかった?』

 そこで電話は切れてしまった。
 スマホの画面を見つめ俺は、言われたことを考える。
 これはまるで宣戦布告じゃないか。
 あの男は俺を、試している?
 挑発している?
 琳太郎の苦しみの原因は俺だと、はっきり言われた。
 どこかでわかっていたことだが、人に言われるとダメージが半端ない。
 
「琳……」

 呟きそして、俺はスマホのロックを解除する。
 そこに記録されているたくさんの写真。
 高校時代の、何気ない日常。
 オリエンテーション、球技大会、修学旅行。
 そして、入学式の日に一緒に撮った写真。
 笑顔で映る俺たちが、まるで遠い過去のようだ。
 それ以降、俺と琳太郎は写真を撮っていない。
 あれだけ顔を合わせているのに一度も。
 友達だった。
 それは変えようのない事実だ。
 じゃあ今は。
 琳太郎は俺の――番だ。そうだと俺が決めた。そして琳太郎はそれに答えようとしていたじゃないか。
 苦しむ琳太郎に俺は何ができる?
 俺が苦しめているのなら会うべきじゃない。
 その主張は理解できる。けれど、俺は――
 俺はスマホを握りしめ、ソファーに寝転がったまま両手を上に伸ばす。
 
「お前がいなかったら俺は、とっくに壊れていた」

 お前がいてくれたから俺は、運命の番に拒絶されても俺は、どうにか過ごせてきた。
 お前を失ったら俺は、どうしたらいい?
 涙で視界が歪み始め、伸ばした手が二重に見える。
 琳太郎は、どう思っているのだろうか?
 きっとスマホに連絡しても出はしないだろう。
 なら、どうする? 何ができる? 俺は、どうしたい?
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