【本編完結】偽物の番

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★番外編01 運命の番 side 千早

運命の番05

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 壊れていく世界の名前を何と呼ぶんだろうか。
 室内は暗く、そして空虚だ。
 四月の終わり。
 宮田に近づく機会を得られぬまま、時間が過ぎていた。
 彼はいつも、琳太郎と一緒にいる。
 琳太郎が、俺の本能を阻む。
 時間が過ぎればすぎるほど、想いが募っていく。
 アルファは常に、オメガを求める。
 本能に強く刻まれた欲求は、抗うことが難しい。
 なぜあいつは、頑なに俺を拒んだ?
 その確認すら取れないまま、時間が過ぎていくのは耐えられない現実だった。
 どうして。どうして。
 どうして。どうして。
 言葉が部屋を埋め尽くす。
 昔から求めてきた存在。
 運命の番。
 なのになぜ、運命はこの手の平をすり抜けていく?
 匂いを感じるたびに俺は、気が狂いそうになる。
 その手を掴み、攫ってしまいたいのに。
 理性はそれを阻んでくる。
 手を伸ばしても届かない。
 なぜ俺は、琳太郎の姿を認めると、あいつに声をかけるのをためらってしまう?
 せっかく見つけた、運命の相手だと言うのに。
 俺はあれ以来、彼に近づけていない。
 時が経てばたつほど俺は、気が狂いそうになっていた。
 あれからほぼ毎日昼休みに食堂へ行ったが、宮田はいつも琳太郎と共にいた。
 宮田の匂いを感じるたびに心の中でぴきり、とひびが入る音がする。
 こんなにそばにいるのに手が届かない。
 こんな拷問、あるだろうか?
 やはりむりやり連れ去るべきか?
 ――そうしたら、琳太郎は何を思うだろうか?
 その思いが俺の行動を阻む。
 夢の中で何度も何度も宮田を犯しているのに。
 現実は夢のようにはいかない。

「秋谷……大丈夫? 顔色悪くね?」

 宮田に会って一週間が経った日。
 一限目の講義が始まる前に心配げに声をかけた来たのは、各務京(かがみきょう)。
 暗い茶色の髪に、縁のない眼鏡をかけた彼は、大学にはいってできた友人のひとりだった。

「え? あぁ……大丈夫だよ」

 笑顔で誤魔化そうとするが、どうも彼は誤魔化せない。
 だから一緒にいるのだけれど。

「絶対嘘だろ? めっちゃ顔色悪いじゃん? 何かあったの?」

 その問いに俺は首を振り、

「別に。大したことねえよ」

 と答える。
 でも各務はひかない。
 俺の隣に腰かけ、ずい、と顔を近づけてくる。

「ぜってーおかしいと思うんだけどなあ。俺、そういうカン、当たるんだけど? ほんとに大丈夫なん?」

 そのカンは当たっているが、それを認めるつもりはなかった。
 各務は、そこまでの相手ではない。
 数多くいる、その他大勢の中では少しだけ突出している。
 それだけの相手だった。
 琳太郎ほどではない。
 琳太郎は嘘がないし、下心がない。
 アルファに近づく人間など、たいてい下心が醜い相手ばかりだった。
 あわよくば俺に取り入り、愛人になろうとする相手は今までにもいた。
 ――だから、俺がアルファであると、知られたくなかったんだけどな。
 何人もの同期生の中で俺が唯一選んだ特別は、今もその立ち位置を変えてはいない。
 
「大丈夫だっての。俺の心配なんていいからほら、教授来たぜ?」

 俺は、扉から入ってきた教授の姿を視線で追いながら言った。

「え、あ、ま、まじだ」

 各務は慌てて、ショルダーバッグから必要なものを取り出す。
 そして九十分の講義が始まった。
 隣に座る各務は、時おりつまらなそうにペンを回す。
 俺はと言えば、ノートの端にたまにらくがきをしながら、講義を受けた。
 時間が過ぎ、昼休みがやってくる。
 何も考えず俺は、今日も宮田の匂いを求めた。
 一度覚えた匂いは、確実にたどれるようになっていた。
 食堂の窓際の席に、宮田の姿を認める。
 彼の前に、今、琳太郎の姿はない。
 内心ほっとし、俺は彼に近づいた。
 匂いで気が付いたのか、宮田はばっと顔を上げ、怯えた目で俺を見つめる。
 俺は彼が座るテーブルの前に立ち、そして、テーブルに手をつき彼に声をかけた。

「宮田藍」

 名を呼ぶと、彼は耳を塞ぎ首を横に振る。

「な、な、何しに来たんですか」

 怯えた声で彼は言い、俯いたまま動かない。

「お前に会いに来た」

「ぼ、僕は今、誰とも付き合えないです」

「それは、お前だけが決めることじゃないだろう」

 すると宮田はびくっ、と身体を震わせる。

 俺はテーブルに手をついたまま、彼の耳に顔を近づけて囁く。

「お前は、俺の物だ」

 すると宮田は耳をふさいだまま、必死に首を横に振った。
 まだ、拒絶する。
 こいつはなぜ、俺を拒む?
 わからない。
 なぜ、運命の番であるはずなのに。
 そんなの、こいつだってわかっているだろうに。
 俺の心の中で、何かが割れる音がする。
 ――なぜ俺は、こんな想いをしてまで、運命を求め続ける?
 心の奥底で、疑問が生まれる。
 手を伸ばせばそこにある。
 なのに俺は、手を出せずにいる。
 俺は怯える彼から、すっと離れ、そして食堂を離れた。
 どこに行けばいい?
 まだこの後、講義があるがそれどころじゃなかった。
 疑問が頭の中を埋め尽くす。
 ――運命とは、あらかじめ決められ、逃げることができないものだと思っていた。
 なのに。
 その思いが崩れていく。
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