57 / 103
57 鍵
しおりを挟む
よく眠れなかった。
夢を見たのかもわからない。
それでも時間は経つし、朝は来る。
気が付くと、部屋の中は徐々に明るくなり、夜が明け始めたことを知る。
俺は寝返りを打ちそして、瀬名さんと共に寝ていることを思い出す。
彼は寝息を立て、よく眠っているようだった。
俺を抱きしめて。
身体が怠いし、心も辛い。
そういえば俺、今日バイトだっけ。
働けるかな。
好きな仕事なのに、行けなくなるかも、と思うと心が重くなってしまう。
……働ける気がしねえ。
「起きてるの」
眠っていると思ったのに、声が聞こえて死ぬほど驚く。
瀬名さんはゆっくりと目を開けて、俺を見た。
「まだ、早いでしょ? 寝ていた方がいいよ」
そんなことはわかってる。
わかっているけれどでも、眠れる気がしない。
まだ頭の中はぐちゃぐちゃで、心はざわついている。
去って行く千早の背中が、脳裏に浮かぶ。
すると胸に痛みが走り、俺は息をつき胸を押さえた。
なんでこんなに痛むんだよ、意味わかんねえよ。
追いかけちゃいけなかったのか、俺。千早の背中を。
「琳太郎」
顎に手がかかり、目が合ったかと思うと唇がふさがる。
この人なんでこんなにキスしてくるんだ?
弱々しく手で瀬名さんの胸を押すが、そんなんじゃあ動くわけがない。
触れるだけのキスをされたあと、瀬名さんは俺の顔を見て優しく笑う。
「落ち着いた?」
俺は思わず目を反らしそして、黙ったまま小さく頷く。
「今は休む時間だよ。休んで落ち着いて、考えられるといいんじゃないかな」
「悠人さん……」
「いられる限り、僕は一緒にいるよ」
という言葉と共に、腕の力が強くなる。
休む時間か。
たしかにこの二か月近く、いろいろあったしな……
っていうか、来月俺、試験じゃん。
あと二週間ちょっとで前期の講義が全部終わって、レポートの課題とか出されるんだよな。
それを思うと、今は落ち着く時間が必要かも。
単位、落としたくねえし。
俺、ちゃんと試験受けられるのか? そこまでの精神状態になれるといいけど。
急に現実を思い出し、俺は別の意味で落ち着かなくなっていく。
「まあ、僕も月末から試験や課題があるから、そんなに構ってられないんだけど、それは向こうも君もいっしょだよね」
「たしか、八月一日から試験だったはず……」
大丈夫か俺。
いや、でもまだ一か月あるじゃねえか。
そこまでにすこしでも、心が晴れたらいいけど。
「来月までには梅雨も明けるでしょ。だからほら、いっしょにゆっくりしよう」
そして瀬名さんは欠伸をする。
「そう、ですね」
いっしょにゆっくりしよう、という部分が少し引っかかるけど、俺は瀬名さんの背中に腕を回しその胸に顔を埋めた。
結局、その日はバイトを休んだ。
その代り、瀬名さんが出勤することになったけど。
「琳太郎、これ」
仕事に行く準備をした瀬名さんは、ソファーに座る俺に鍵を渡してきた。
どこの鍵かはすぐに理解した。
この部屋の鍵だ。
俺は渡された鍵と、ソファーの横に立つ瀬名さんの顔を交互に見る。
なんで渡されたんだ、こんな大事なもの。
「好きな時に来ていいよ。たぶん、発作はまた起きるだろうし。ここなら駅からも近いしね」
「え、でも……」
そんなお世話になる理由が俺にはない。
戸惑っていると、瀬名さんの手が俺の頭に伸び、髪をくしゃくしゃとされる。
「ちょ……」
「君は甘えていいんだよ」
甘えていい。
そう言われても、どうしたらいいのかわからない。
甘える?
ってどうするんだっけ?
「だから、苦しくなったら来たらいい。家に帰れない時に来たらいい。どうせ僕はひとり暮らしだし。誰にも咎められることはないから」
そして瀬名さんは俺の頭から手を離し、手を振る。
「じゃあ、行ってくるね」
「あ、はい、いってらっしゃい」
瀬名さんは白いショルダーバッグを掛け、玄関へと向かって行く。
俺はその背中を、見えなくなるまで見送っていた。
俺は瀬名さんの部屋で漫画を読んですごし、彼の帰りを待たず家に帰る。
そもそも瀬名さん、俺の代わりにバイトに行ったから、夜まで帰ってこないのでさすがにそんな時間までここにいるわけにはいかなかった。
その間、千早からは何の連絡もなかった。
夕食の後風呂に入り部屋に戻って、ベッドに寝転がりスマホを見つめる。
鳴るわけはない。
ただ黒い画面を見つめ、俺は息をつく。
連絡なんて来るわけはない。そんなのわかっているのに思わず見てしまう。
だからと言って、自分から連絡する勇気もないし、そもそもアプリを起動しようとするだけで手が震えてしまうから、連絡なんてできるはずもない。
怖い気持ちもあるのに、求める気持ちもあって自分でもよくわからない。
この想いの名前は、なんて言うんだろう。
ただ、千早のいない時間が、すごく空虚に感じた。
七月四日月曜日。その日も雨が降っていた。
土曜日から雨続きで憂鬱さが増してしまう。
大学に行くと、宮田に心配そうな顔をされた。
「顔、暗いけど大丈夫?」
「え? あぁ、大丈夫……たぶん」
たぶん、としか言いようがない。
「絶対大丈夫じゃないでしょ? 無理はよくないよ」
そんなに顔色はよくないだろうか?
正直自分ではよくわからない。
それでもその日はなんとか最後まで講義を受け、そしてバイトにも行けた。
そして火曜日。雨は降ったりやんだりを繰り返し、落ち着かない。
でも気温は高くてじめじめとし、湿気が肌に纏わりついてくる。
火曜日か……
それは、いつも千早の家に行っていた日。
そのせいだろうか、朝から調子がいいとは言えなかった。
それでも試験は近づいてくるので、講義はちゃんと受けておきたい。
大学へ向かいながら、無意識に何度もメッセージの受信を確認してしまう。
そのたびに俺はどうかしていると思い、スマホをバッグの中にしまうを繰り返した。
夢を見たのかもわからない。
それでも時間は経つし、朝は来る。
気が付くと、部屋の中は徐々に明るくなり、夜が明け始めたことを知る。
俺は寝返りを打ちそして、瀬名さんと共に寝ていることを思い出す。
彼は寝息を立て、よく眠っているようだった。
俺を抱きしめて。
身体が怠いし、心も辛い。
そういえば俺、今日バイトだっけ。
働けるかな。
好きな仕事なのに、行けなくなるかも、と思うと心が重くなってしまう。
……働ける気がしねえ。
「起きてるの」
眠っていると思ったのに、声が聞こえて死ぬほど驚く。
瀬名さんはゆっくりと目を開けて、俺を見た。
「まだ、早いでしょ? 寝ていた方がいいよ」
そんなことはわかってる。
わかっているけれどでも、眠れる気がしない。
まだ頭の中はぐちゃぐちゃで、心はざわついている。
去って行く千早の背中が、脳裏に浮かぶ。
すると胸に痛みが走り、俺は息をつき胸を押さえた。
なんでこんなに痛むんだよ、意味わかんねえよ。
追いかけちゃいけなかったのか、俺。千早の背中を。
「琳太郎」
顎に手がかかり、目が合ったかと思うと唇がふさがる。
この人なんでこんなにキスしてくるんだ?
弱々しく手で瀬名さんの胸を押すが、そんなんじゃあ動くわけがない。
触れるだけのキスをされたあと、瀬名さんは俺の顔を見て優しく笑う。
「落ち着いた?」
俺は思わず目を反らしそして、黙ったまま小さく頷く。
「今は休む時間だよ。休んで落ち着いて、考えられるといいんじゃないかな」
「悠人さん……」
「いられる限り、僕は一緒にいるよ」
という言葉と共に、腕の力が強くなる。
休む時間か。
たしかにこの二か月近く、いろいろあったしな……
っていうか、来月俺、試験じゃん。
あと二週間ちょっとで前期の講義が全部終わって、レポートの課題とか出されるんだよな。
それを思うと、今は落ち着く時間が必要かも。
単位、落としたくねえし。
俺、ちゃんと試験受けられるのか? そこまでの精神状態になれるといいけど。
急に現実を思い出し、俺は別の意味で落ち着かなくなっていく。
「まあ、僕も月末から試験や課題があるから、そんなに構ってられないんだけど、それは向こうも君もいっしょだよね」
「たしか、八月一日から試験だったはず……」
大丈夫か俺。
いや、でもまだ一か月あるじゃねえか。
そこまでにすこしでも、心が晴れたらいいけど。
「来月までには梅雨も明けるでしょ。だからほら、いっしょにゆっくりしよう」
そして瀬名さんは欠伸をする。
「そう、ですね」
いっしょにゆっくりしよう、という部分が少し引っかかるけど、俺は瀬名さんの背中に腕を回しその胸に顔を埋めた。
結局、その日はバイトを休んだ。
その代り、瀬名さんが出勤することになったけど。
「琳太郎、これ」
仕事に行く準備をした瀬名さんは、ソファーに座る俺に鍵を渡してきた。
どこの鍵かはすぐに理解した。
この部屋の鍵だ。
俺は渡された鍵と、ソファーの横に立つ瀬名さんの顔を交互に見る。
なんで渡されたんだ、こんな大事なもの。
「好きな時に来ていいよ。たぶん、発作はまた起きるだろうし。ここなら駅からも近いしね」
「え、でも……」
そんなお世話になる理由が俺にはない。
戸惑っていると、瀬名さんの手が俺の頭に伸び、髪をくしゃくしゃとされる。
「ちょ……」
「君は甘えていいんだよ」
甘えていい。
そう言われても、どうしたらいいのかわからない。
甘える?
ってどうするんだっけ?
「だから、苦しくなったら来たらいい。家に帰れない時に来たらいい。どうせ僕はひとり暮らしだし。誰にも咎められることはないから」
そして瀬名さんは俺の頭から手を離し、手を振る。
「じゃあ、行ってくるね」
「あ、はい、いってらっしゃい」
瀬名さんは白いショルダーバッグを掛け、玄関へと向かって行く。
俺はその背中を、見えなくなるまで見送っていた。
俺は瀬名さんの部屋で漫画を読んですごし、彼の帰りを待たず家に帰る。
そもそも瀬名さん、俺の代わりにバイトに行ったから、夜まで帰ってこないのでさすがにそんな時間までここにいるわけにはいかなかった。
その間、千早からは何の連絡もなかった。
夕食の後風呂に入り部屋に戻って、ベッドに寝転がりスマホを見つめる。
鳴るわけはない。
ただ黒い画面を見つめ、俺は息をつく。
連絡なんて来るわけはない。そんなのわかっているのに思わず見てしまう。
だからと言って、自分から連絡する勇気もないし、そもそもアプリを起動しようとするだけで手が震えてしまうから、連絡なんてできるはずもない。
怖い気持ちもあるのに、求める気持ちもあって自分でもよくわからない。
この想いの名前は、なんて言うんだろう。
ただ、千早のいない時間が、すごく空虚に感じた。
七月四日月曜日。その日も雨が降っていた。
土曜日から雨続きで憂鬱さが増してしまう。
大学に行くと、宮田に心配そうな顔をされた。
「顔、暗いけど大丈夫?」
「え? あぁ、大丈夫……たぶん」
たぶん、としか言いようがない。
「絶対大丈夫じゃないでしょ? 無理はよくないよ」
そんなに顔色はよくないだろうか?
正直自分ではよくわからない。
それでもその日はなんとか最後まで講義を受け、そしてバイトにも行けた。
そして火曜日。雨は降ったりやんだりを繰り返し、落ち着かない。
でも気温は高くてじめじめとし、湿気が肌に纏わりついてくる。
火曜日か……
それは、いつも千早の家に行っていた日。
そのせいだろうか、朝から調子がいいとは言えなかった。
それでも試験は近づいてくるので、講義はちゃんと受けておきたい。
大学へ向かいながら、無意識に何度もメッセージの受信を確認してしまう。
そのたびに俺はどうかしていると思い、スマホをバッグの中にしまうを繰り返した。
1
お気に入りに追加
908
あなたにおすすめの小説
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
トップアイドルα様は平凡βを運命にする
新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。
ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。
翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。
運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。
ベータですが、運命の番だと迫られています
モト
BL
ベータの三栗七生は、ひょんなことから弁護士の八乙女梓に“運命の番”認定を受ける。
運命の番だと言われても三栗はベータで、八乙女はアルファ。
執着されまくる話。アルファの運命の番は果たしてベータなのか?
ベータがオメガになることはありません。
“運命の番”は、別名“魂の番”と呼ばれています。独自設定あり
※ムーンライトノベルズでも投稿しております
ある日、人気俳優の弟になりました。
樹 ゆき
BL
母の再婚を期に、立花優斗は人気若手俳優、橘直柾の弟になった。顔良し性格良し真面目で穏やかで王子様のような人。そんな評判だったはずが……。
「俺の命は、君のものだよ」
初顔合わせの日、兄になる人はそう言って綺麗に笑った。とんでもない人が兄になってしまった……と思ったら、何故か大学の先輩も優斗を可愛いと言い出して……?
平凡に生きたい19歳大学生と、24歳人気若手俳優、21歳文武両道大学生の三角関係のお話。
獣人王と番の寵妃
沖田弥子
BL
オメガの天は舞手として、獣人王の後宮に参内する。だがそれは妃になるためではなく、幼い頃に翡翠の欠片を授けてくれた獣人を捜すためだった。宴で粗相をした天を、エドと名乗るアルファの獣人が庇ってくれた。彼に不埒な真似をされて戸惑うが、後日川辺でふたりは再会を果たす。以来、王以外の獣人と会うことは罪と知りながらも逢瀬を重ねる。エドに灯籠流しの夜に会おうと告げられ、それを最後にしようと決めるが、逢引きが告発されてしまう。天は懲罰として刑務庭送りになり――
愛おしい君 溺愛のアルファたち
山吹レイ
BL
後天性オメガの瀧本倫(たきもと りん)には三人のアルファの番がいる。
普通のサラリーマンの西将之(にし まさゆき)
天才プログラマーの小玉亮(こだま りょう)
モデル兼俳優の渋川大河(しぶかわ たいが)
皆は倫を甘やかし、溺愛し、夜ごと可愛がってくれる。
そんな甘くもほろ苦い恋の話。
三人のアルファ×後天性オメガ
更新は不定期です。
更新時、誤字脱字等の加筆修正が入る場合があります。
完結しました。
キンモクセイは夏の記憶とともに
広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。
小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。
田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。
そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。
純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。
しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。
「俺になんてもったいない!」
素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。
性描写のある話は【※】をつけていきます。
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる