上 下
41 / 103

41 枕に

しおりを挟む
 朝、気がつくと千早に抱きしめられていた。
 重い身体を動かし時間を確認しようとするが、スマホは、リビングに置いたままだと気がつく。
 あー……辛っ。
 腰も痛いし、腹もおかしな感じがする。 
 ああ、そうか。
 中に出されたんだっけ?
 何度も……
 俺にはわからない、アルファとオメガの匂い。
 その匂いに、こんなにも狂うものなのか?
 こわっ……
 でも、俺、普段宮田と一緒にいるけど千早も宮田も、俺から匂いがするなんて言ったことないよな……
 俺が宮田の部屋に行ったから匂いがついたのか?
 そんなことでつくのかよ……
 宮田に会うなら、うちに呼ぶか……あ、でもうち、遠いしな……
 本当に厄介だ。
 
「……りん、たろう……?」

 寝ぼけた声が俺を呼ぶ。
 千早が、うっすらと目を開けて俺を見ている。

「あ、おはよ」

 千早は俺の顔を見つめ、ぎゅうっ、と腕に力を込めてくる。
 おい、待て、苦しいっての。

「千早、何すんだよ」

「俺……ごめん、昨日……何した?」

 ちょっと待て。
 そう呟いた千早は、青白い顔をしているように見える。
 ……覚えて、ないのか?
 
「えーと、俺からその……宮田の匂いがするって言って、その後……」

 そこで俺は押し黙る。
 散々犯された、なんて言いにくい。
 俺の様子から察したらしい千早は、俺の頭を抱きしめ、

「ごめん」

 と呟く。
 
「匂いであんなになるとは思わなかった」

「俺、本当に、あいつの部屋行っただけなんだぜ。なのになんで……」

「部屋に行ったからだろ。だから、わずかに匂いがついたんだろうな」

 そんなんでつくのかよ……
 あれか?
 友達の家行ったらその家の匂いがなんとなく服につくみたいなやつか?

「なあ、今も、匂いするのか?」

 不安に思いながら尋ねると、千早は否定した。

「いいや、今はしない。お前自身からは何の匂いもしないしな。だから、匂いがつくと目立つんだろう」

 そういうことかよ。
 匂いがしない、か。
 なんでだろう、わかりきってることなのに、なぜかもやもやする。
 千早たちが「匂い」の話をするたび、俺はベータだと思い知らされてしまう。
 どうあがいたって、俺はオメガになんてなれないんだから。
 ……そんなの、考えても仕方ないのにな。
 その事実が今の俺にはとても重くのしかかる。 

「とりあえず、俺はシャワー浴びたい」

 中に出されたやつ、少しでも掻きださねえと辛い。
 すると、千早は俺を抱きしめる腕の力を緩めると、俺の額に口づけた。

「本当に、ごめん。俺は……」

「今度強引なことやったら、俺、しばらくここ近付かねえからな」

 すると千早はばつが悪そうな顔をして、小さく頷いた。



 風呂にはひとりで入ると主張した。
 自分でやるからいいとも言った。
 なのに。
 千早は責任を感じているのかなんなのか分かんねえけど、一緒に入ると言い張った。
 絶対、中を綺麗にされるだけじゃあ済まないと思ったので、俺としてはひとりで入りたかったのに。
 嫌な予感は的中する。

「おま、え……なか、こりこり触るんじゃ、ねえよ……!」

「ちゃんと出さないと、辛いだろ? だから俺は」

「だからって、そんなところ触るのは……あぁ!」

 わかってはいた。
 わかってはいたけれど、拒絶しきれず受け入れた俺も俺なんだが、結局一回イかされ、俺は風呂を出て朝食を食べた後、ソファーの上でふて寝していた。
 まったく。
 ただでさえ身体が怠いってのに。
 腰も痛いのに。
 もう今日は動きたくねえよ。
 ソファーで目を閉じうとうとしていると、遠慮がちに名を呼ばれた。

「……琳太郎?」

 俺は返事をせず、仰向けから横に向きを変える。
 
「琳太郎、怒ってるのか?」

 戸惑う声に、俺は目を閉じたまま頷いた。

「嫌だって言ったじゃねえか。なのにお前全く……」

 風呂での出来事を思い出し、俺の顔は熱くなる。

「……ごめん、俺、どうしたらいい」

 どうしたらいい。って言われると、俺としても困るんだけど。
 俺は目を開け、声がする方を見た。
 ソファーの横に座り、千早は俺の顔を困り顔で覗き込んでいる。
 あ、本気で困ってるのか、こいつ。

「機嫌とるとか、俺、わかんないから」

 これ、本気で言って……るな、うん。機嫌の取り方ねえ……
 そんなことを言われても、俺は千早に何かをしてほしいわけじゃない。
 
「俺はもう疲れたの。怠いの。身体きついの。だからもう今日は勘弁してほしい」

「それは……ごめん」

 こんな困っている千早を見るのは初めてかもしれない。
 そう思うとちょっと面白いかも。
 
「俺にはオメガの匂いとか分かんねえし、でも昨日みたいなのは御免だよ」

「あぁ、わかってる……もう、あんな風にはならないから」

 千早がオメガの……宮田の匂いに惑うのは、本能的なものだから仕方ないのだろう、ってことはわかる。
 でも、そう毎回あんな扱いされたら俺の身体がもたない。
 叶うなら、千早が運命に抗い、匂いに惑わされなくなるといいのに。
 
「千早」

「何」

 俺は上半身をお越し、ソファーの開いた部分をぽんぽん、と叩く。

「……え?」

「いいから、ここ座れよ」

 千早がソファーに腰かけたのを確認し、俺はその膝を枕に寝転がる。

「ちょ……琳太郎?」

「俺、このまま寝るから、枕になってて」

「え、あ、え?」

 戸惑う千早の声をよそに、俺は目を閉じる。
 疲れた。
 怠い。
 眠い。

「琳太郎、それだと俺、動けない……」

 困った様子で呟くが、今、俺は動きたくもない。
 俺は千早を枕にして、そのまま眠りに落ちていった。
しおりを挟む
感想 34

あなたにおすすめの小説

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

トップアイドルα様は平凡βを運命にする

新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。 ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。 翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。 運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。

ベータですが、運命の番だと迫られています

モト
BL
ベータの三栗七生は、ひょんなことから弁護士の八乙女梓に“運命の番”認定を受ける。 運命の番だと言われても三栗はベータで、八乙女はアルファ。 執着されまくる話。アルファの運命の番は果たしてベータなのか? ベータがオメガになることはありません。 “運命の番”は、別名“魂の番”と呼ばれています。独自設定あり ※ムーンライトノベルズでも投稿しております

ある日、人気俳優の弟になりました。

樹 ゆき
BL
母の再婚を期に、立花優斗は人気若手俳優、橘直柾の弟になった。顔良し性格良し真面目で穏やかで王子様のような人。そんな評判だったはずが……。 「俺の命は、君のものだよ」 初顔合わせの日、兄になる人はそう言って綺麗に笑った。とんでもない人が兄になってしまった……と思ったら、何故か大学の先輩も優斗を可愛いと言い出して……? 平凡に生きたい19歳大学生と、24歳人気若手俳優、21歳文武両道大学生の三角関係のお話。

獣人王と番の寵妃

沖田弥子
BL
オメガの天は舞手として、獣人王の後宮に参内する。だがそれは妃になるためではなく、幼い頃に翡翠の欠片を授けてくれた獣人を捜すためだった。宴で粗相をした天を、エドと名乗るアルファの獣人が庇ってくれた。彼に不埒な真似をされて戸惑うが、後日川辺でふたりは再会を果たす。以来、王以外の獣人と会うことは罪と知りながらも逢瀬を重ねる。エドに灯籠流しの夜に会おうと告げられ、それを最後にしようと決めるが、逢引きが告発されてしまう。天は懲罰として刑務庭送りになり――

愛おしい君 溺愛のアルファたち

山吹レイ
BL
 後天性オメガの瀧本倫(たきもと りん)には三人のアルファの番がいる。  普通のサラリーマンの西将之(にし まさゆき)  天才プログラマーの小玉亮(こだま りょう)  モデル兼俳優の渋川大河(しぶかわ たいが)  皆は倫を甘やかし、溺愛し、夜ごと可愛がってくれる。  そんな甘くもほろ苦い恋の話。  三人のアルファ×後天性オメガ  更新は不定期です。  更新時、誤字脱字等の加筆修正が入る場合があります。    完結しました。

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

処理中です...