上 下
33 / 103

33 車の中で

しおりを挟む
 昼食を終えて、十三時半にはショッピングモールを出た。
 本屋での出来事の後、千早は少々機嫌が悪かったけれど、今は普通だ。
 見た目的には。
 ショッピングモールから千早の家までは、車で二十分ほどだ。

「琳太郎」

「何?」

 買ってきた商品が入った袋を抱え、俺は千早の方を見る。

「あいつ、バイト先で会うだけなんだよな」

 あいつ、って言うのは瀬名さんの事だよなあ。

「大学違うし、バイトもそんなに被るわけじゃねえもん。だから週に多くて二回くらいかな」

 あっちは国立大学で、こっちは公立大学だ。
 駅で会うこともないし、っていうか外で会ったのは今日が初めてだ。

「あいつ、気に入らない」

 だろうな。
 俺からしたら、どっちも何考えてんのか分かんねえから似たようなものに見えるけれども。
 
「何、気になんの? 瀬名さんのこと」

 千早は無言だったが、横顔からは憮然とした表情が読み取れる。
 なにが気に入らないんだ。
 
「瀬名さんは変な人だけど、お前よりは安全だよ」

「……別に俺は……」

 そう言いかけて、千早は黙ってしまう。
 まさか自分が安全だとか思っているのか? こいつ。
 とてもじゃねえけど、俺にしているあらゆる行為や、今日の感情の浮き沈みの激しさ見てると、とてもじゃないが普通に見えねえけど?

「お前、そんな嫉妬とかするやつだったの?」

「嫉妬……なんてしてないっての」

 語気を荒げて否定されても、説得力の欠片もない。
 千早が、瀬名さんに嫉妬。
 いや、それはそれでなんでだって話なんだが。
 俺、べつに瀬名さんと何にもねえしな……
 向こうは何かしたいっぽいけど。

「その割には、あの人と会ってから機嫌悪くね?」

「……悪くない」

「ほら悪いじゃん。別に俺、瀬名さんと何にもないし、なんでそんなに気になるんだよ?」

 その時、赤信号で車が止まる。
 千早はちらり、と俺を見て、正面へと視線を戻す。
 なんだか、ばつが悪そうな顔に見えたのは気のせいか?
 元々、千早ってそんなに感情豊かじゃなかったよな。
 高校の時の千早はちょっと大人びてて、少し皆と距離置いてて。
 いつも笑ってはいるけれど、こんなに感情を出す奴じゃなかった。
 
「俺にもよくわからない。ただ、あいつ見てると……腹が立つ」

 信号が青に変わり、車が動き出す。
 たぶんそれを、一般的に嫉妬って言うんじゃないか。
 なんで嫉妬するんだ、瀬名さんに。
 わけわかんねえな。
 厄介なことにならなきゃいいけど。

「せっかく久しぶりにふたりで出かけてるんだから。もうちょっと楽しめばいいのに」

「……とりあえず、あいつのことは忘れることにする」

「そうしろよ。とりあえず、お前んち着いたら、俺、家に……」

「帰るのは夕方でいいだろう」

 人を従わせる、威圧のある声で言われて俺は押し黙るしかできなかった。
 そうだ、この声。
 この声を聞くと、俺は千早に逆らえなくなる。
 あの、千早に初めて抱かれた時だって結局、この声で……
 なんなんだこの声。
 まあ、夕方に帰れるならいいか。

「別にそれでもいいけど。お前、なんか課題あるんじゃねえの?」

「あるけど、俺が課題に時間かかるわけないだろう」

 そう言われると、確かにそうだろうな、と思う。
 そもそも千早は勉強できる奴だ。
 なんで近場の大学で済ませているのか謎なくらい。
 それでもそこそこの偏差値ではあるけれども。
 
「琳太郎」

「何」

「俺が言う事じゃないだろうけれど……お前があいつと話しているのを見ると、腹が立つ」

「はいはい。だからって、これ以上、俺の行動制限しようとしたら、俺、お前と縁、切るからな」

「それは……」

 動揺したのか、千早は口を閉ざしてしまう。
 こいつは何を恐れてるんだろ。
 ほんと、わかんねえな。
 そんな話をしている間に、マンションに着いてしまう。
 マンションの地下駐車場に車が止まり、俺はベルトを外した。

「琳太郎」

「何」

「次は、どこ行きたい」

「え?」

 驚き、俺は千早の方を見る。
 彼は正面を向いたまま、同じことを言ってくる。

「夏休み、あるだろ? どこか、行きたい場所があったら行こう、って思っただけだ」

 それはあれか、デートの誘いか何かか?
 その割には全然こちらを見ようとしないけれども。
 いざどこか行きたいところがあるか、と言われると、悩んでしまう。

「夏休みかあ……海とか? あ、水族館とかいいかも」

 この辺りに海や水族館はない。
 なので海ってちょっと憧れだったりする。
 
「海……」

「そうそう。あ、ほら、横須賀の軍港ツアーとかも面白そうじゃね?」

 今日見たワイドショーでちらっとやっていた。
 まあ、つまり海が見たい、ということだ。
 
「免許合宿申し込むつもりだから、それが終わったらだけどなー」

 笑って俺が言うと、千早が目を見開き俺を見る。

「……合宿?」

「だって、それが一番安いし、早く免許取れるから」

 千早は、ショックだ、という表情をしている。
 ……何でだ?
 
「俺、免許のお金自腹だからさ、なるべく安くすましたいんだよ。行くのは、八月末の予定だけど」

 八月の始めは夏祭り、その後のお盆はバイトに入ることになっている。
 なので八月の末から九月の始めに免許合宿に行く予定だ。

「確か、二週間くらいかかるよな、それ」

「そうそう。その期間は会えねーけど、我慢しろよ、それくらい」

 すると、千早は口を開き、そのまますぐ口を閉じてしまう。
 何を言おうとしたんだ、こいつ。
 正直、免許の話なんて相談することではないだろう、と思っていたけれど……何か、ショック受けてる?

「……二週間も……」

「ああ。夏休みは二か月あるだろ? その二週間だけだよ」

 千早は、ものすごく嫌そうな雰囲気を醸し出している。
 押し黙ったまま、何かを考えているようにも見える。
 このままではらちが明かない。
 そう思い俺は、車のドアを開く。
 
「その穴埋めはするからそれでいいだろ!」

 声を上げ、俺は車を降りた。
しおりを挟む
感想 34

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

幼馴染は僕を選ばない。

佳乃
BL
ずっと続くと思っていた〈腐れ縁〉は〈腐った縁〉だった。 僕は好きだったのに、ずっと一緒にいられると思っていたのに。 僕がいた場所は僕じゃ無い誰かの場所となり、繋がっていると思っていた縁は腐り果てて切れてしまった。 好きだった。 好きだった。 好きだった。 離れることで断ち切った縁。 気付いた時に断ち切られていた縁。 辛いのは、苦しいのは彼なのか、僕なのか…。

溺愛アルファの完璧なる巣作り

夕凪
BL
【本編完結済】(番外編SSを追加中です) ユリウスはその日、騎士団の任務のために赴いた異国の山中で、死にかけの子どもを拾った。 抱き上げて、すぐに気づいた。 これは僕のオメガだ、と。 ユリウスはその子どもを大事に大事に世話した。 やがてようやく死の淵から脱した子どもは、ユリウスの下で成長していくが、その子にはある特殊な事情があって……。 こんなに愛してるのにすれ違うことなんてある?というほどに溺愛するアルファと、愛されていることに気づかない薄幸オメガのお話。(になる予定) ※この作品は完全なるフィクションです。登場する人物名や国名、団体名、宗教等はすべて架空のものであり、実在のものと一切の関係はありません。 話の内容上、宗教的な描写も登場するかと思いますが、繰り返しますがフィクションです。特定の宗教に対して批判や肯定をしているわけではありません。 クラウス×エミールのスピンオフあります。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/504363362/542779091

頑張って番を見つけるから友達でいさせてね

貴志葵
BL
大学生の優斗は二十歳を迎えてもまだαでもβでもΩでもない「未分化」のままだった。 しかし、ある日突然Ωと診断されてしまう。 ショックを受けつつも、Ωが平穏な生活を送るにはαと番うのが良いという情報を頼りに、優斗は番を探すことにする。 ──番、と聞いて真っ先に思い浮かんだのは親友でαの霧矢だが、彼はΩが苦手で、好みのタイプは美人な女性α。うん、俺と真逆のタイプですね。 合コンや街コンなど色々試してみるが、男のΩには悲しいくらいに需要が無かった。しかも、長い間未分化だった優斗はΩ特有の儚げな可憐さもない……。 Ωになってしまった優斗を何かと気にかけてくれる霧矢と今まで通り『普通の友達』で居る為にも「早くαを探さなきゃ」と優斗は焦っていた。 【塩対応だけど受にはお砂糖多めのイケメンα大学生×ロマンチストで純情なそこそこ顔のΩ大学生】 ※攻は過去に複数の女性と関係を持っています ※受が攻以外の男性と軽い性的接触をするシーンがあります(本番無し・合意)

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

両片思いのI LOVE YOU

大波小波
BL
 相沢 瑠衣(あいざわ るい)は、18歳のオメガ少年だ。  両親に家を追い出され、バイトを掛け持ちしながら毎日を何とか暮らしている。  そんなある日、大学生のアルファ青年・楠 寿士(くすのき ひさし)と出会う。  洋菓子店でミニスカサンタのコスプレで頑張っていた瑠衣から、売れ残りのクリスマスケーキを全部買ってくれた寿士。  お礼に彼のマンションまでケーキを運ぶ瑠衣だが、そのまま寿士と関係を持ってしまった。  富豪の御曹司である寿士は、一ヶ月100万円で愛人にならないか、と瑠衣に持ち掛ける。  少々性格に難ありの寿士なのだが、金銭に苦労している瑠衣は、ついつい応じてしまった……。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)

夏目碧央
BL
 兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。  ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

処理中です...