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23 いるっぽい匂い

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 五月の終わりの金曜日。
 俺は宮田と向かい合い、昼飯を食っていた。
 俺は天ぷらうどん、宮田はハンバーグ定食だ。
 昨日、俺は千早に散々な目に合わされて腰が痛い。
 食欲もあまりなく、うどんを選んだ。
 長時間喘がされ、貫かれて。危うく帰れなくなるところだった。
 朝起きれば身体は怠いわ、腰が痛いわで、今日は学校来られないかと思った。
 我ながらよく、登校できたと思う。
 あの執着心の割に、日中は一切連絡を寄越さないし、会いにも来ないんだから謎だ。
 昼休みの間なら、ここに来れば会えるのに。
 どこで昼飯喰ってるんだろう、あいつ。
 
「ねえねえ、結城」

 俺がうどんを半分食べた頃、食べ終えた宮田が箸をおき、声を潜めて言った。

「何?」

「前から思ってたんだけど」

「うん」

「恋人できた?」

 それを聞き、俺は思わず食べていた物を吹き出しそうになる。
 俺は慌てて箸をおき、コップを掴み水を飲んだ。

「あ……僕、何かまずいこと聞いた?」

「い、や……」

 咳込み、涙目になりながら俺は首を横に振る。
 今まで宮田とそういう話をしてこなかった。
 というか、彼が千早に襲われて以来、その手の話題を避けてきた。
 まさか宮田にそんなこと、聞かれるとは思わなかった。

「なんでそんな事思うんだよ?」

 コップを掴んだまま尋ねると、宮田は腕を組み、眉間に皺を寄せた。

「だって、なんていうか……うーん……色っぽい?」

 想定していなかった言葉を聞き、俺は目を瞬かせた。
 ……色っぽい? そんなこと初めて言われたぞ、おい。

「ごめん、何言ってんのかわかんないよ」

 俺が困惑気味に言うと、宮田は腕をほどき、胸の前に手を出して必死に手を振る。

「ごめん、その、変な意味じゃなくって。えーと、なんて言えばいいのかな……ごめん、僕、そう言う話題ってあんまり友達としてこなかったからよくわかんないんだけどえーと……」

 困った様子で宮田は言い、きょろきょろと視線を泳がせる。
 
「あの、そういう匂いがするっていうか」

 匂い。
 また、匂いの話だ。
 瀬名さんと言い、千早と言い、なんでそんなに匂いにこだわるんだ?
 
「匂いってどういう意味だよ?」

「なんていうのかなあ。恋人いるっぽい匂いがする」

 本人としてはいい表現だと思ったらしく、自信満々げに宮田は言い、俺はただ困惑するばかりだった。
 だからなんなの、匂いって。
 
「そんな匂いあるかよ」

 なかば呆れつつ、俺はコップを口につけ水を飲む。

「いや、まあ、そうなんだけどさあ。なんて言うのかな。僕らってほら、人より匂いに敏感なんだよね」

 僕ら、というのは多分、オメガのことだろう。もしかしたらアルファも含むかもしれない。

「結城の匂いとは違う匂いがする気がして。でも、僕、そこまで匂いを嗅ぎ分けられるわけじゃないけど」

 それでも俺らとは違う匂いを感じるんだろうな。
 俺には全然、匂いなんてわかんねぇし。
 宮田から感じるのは、使っているであろう、柔軟剤の匂いだけだ。たぶん海外製の、匂いがちょっときついやつ。

「結城から、結城とは違う匂いがするからてっきりいい人ができたのかと思ったんだけど、違うの?」

 目を輝かせて言う宮田の言葉が、小さく胸に刺さる。
 恋人――か。
 俺にとって千早は恋人、なんだろうか?
 最初に言われたのは、偽物の番、という言葉。
 恋人とは違う。
 しかも大学を卒業したら終わる関係だ。
 俺が言葉に詰まり視線を泳がせたからだろうか、宮田は慌てた様子で言った。

「ごめん、言えないことってあるよね。あー、でも、いいなあ。僕も恋人とか欲しい」

「でもお前、千早のこと……」

 と言うと、今度は宮田が視線を泳がせた。

「あー……」

 と言い、黙り込んでしまう。

「それは……だってさ、怖いんだよ、僕、あの人たちが」

 間をおいて、宮田は呻くように言った。
 怖い。というのはわかるかもしれない。
 いや、痛いほどわかる。
 だって、千早の俺への執着、まじで怖いもん。
 
「彼らの僕らへの執着心てすごいからね。だからこの間、彼は僕が発情期を迎えたのに気が付いて、僕を見つけ出したんだよ。すごいよね。学部も校舎も違うのに」

 あぁ、だから匂いに敏感なのか。オメガの発情期を逃さない様に、匂いを嗅ぎつけて確実に……
 そこまで考えて俺は何も言えなくなってしまう。
 オメガは発情期しか妊娠できず、その期間は年に四回ほどであり、三か月に一度、一週間だけ。
 だからその期間を逃さない様に、発情期のオメガを確実に捕獲して……
 そう思うとやり切れない気持ちになる。
 けれど、千早は宮田を捕まえようとせず俺を選び、今、囲い込んでいる。
 ……なんで宮田を無理やり囲い込まず、俺を選んだんだ?
 うーん、訳わかんねえな。

「とりあえず、二週間前のあれ以来近づいてこないんだよね、彼。僕、毎日びくびくしてたんだけど……全然姿を現さないし。あんなに言い寄ってきてたのに……結城、何か知ってる?」

 首を傾げながら言う宮田の言葉が、心の中で繰り返される。
 言い寄ってたんだ……あいつ。
 そんなに宮田に執着していたのに、その想いが何で俺に向いたんだ?

「……おーい、結城。結城ってば。ねえ、大丈夫?」

 遠くで宮田の声が聞こえ、はっとして俺は彼を見た。
 宮田は身を乗り出し、俺の顔をじっと見つめている。

「え、あ、え? な、何?」

「いや、ぼーっとしてたから、大丈夫?」

「だ、大丈夫だよ」

 そう答え、俺はコップを置き、残りのうどんを慌てて食べた。
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