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1不思議な雑貨店

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 朝の大学構内は、どこかうろんげな空気が流れている。
 今年大学に入学し、一か月以上が過ぎた五月の半ば。
 私は欠伸をしながら講義室へと入っていった。
 広い講義室にはすでに多くの学生たちが椅子に腰かけて雑談をしていた。
 私はそんな学生たちを横目にしつつ講義室の中央の端に腰かけて、スマホを手にした。
 見ているのは求人情報。
 この間、アルバイトをやめた。
 よくあるファミレスのチェーン店で初めてのバイトをしたものの、忙しいし仕事は覚えられないし、私には合わないとさくっとやめて一週間以上が過ぎていた。
 ひとり暮らしを維持するにはバイトをしないとまずいんだけど、何をしたらいいのかわからなくなっていた。
 求人サイトを見てはため息しか出ない。
 どうしよう……バイト……

「おはよー美羽!」

 頭上から明るい声がかかり、私は顔を上げる。
 明るい茶色に染められた短い髪。一重の美人な女性……谷口ほのかだ。
 彼女は大学に入って初めてできた友達だった。

「おはよー」

 朝から元気だな、と思いつつ、私は彼女に手を振る。

「ねえねえ、知ってる? アーケードの商店街にある『アルテミス雑貨店』の話!」

 テンション高めに言いながら、彼女は私の隣に腰かけた。
 アルテミス雑貨店は私も知っている。
 商店街の入り口にありかっこいい店員がいると有名だ。
 特にそこの店長は滅多に姿を現さないらしく、見られたら幸せになれる、という噂まである。

「色々聞くけど何の話?」

「この間、たまたま行ったら店長さんが店頭に立ってたの! もう、今年の運、使い果たしたって感じ」

 それは言いすぎじゃないかな、って思うけどほのかは嬉しそうだ。
 私はスマホをテーブルの上に置き、

「そうなんだ」

 と、適当に相槌を打つ。
 正直その雑貨店には近づいたことがなく、興味もあまりないんだけど私のそんな様子は気にならないみたいでほのかは言葉を続けた。

「それでね、今バイト募集してるんだって」

 バイト募集……?
 そうなると話は別だ。
 私は目を見開いてほのかの方を見た。

「ほら、美羽バイト、やめたんでしょ? だからどうかなって思って」

「……でも、あそこバイトに応募する人多くないのかな?」

 店員の顔がいいで有名な店だし、店長のうわさもあるから、バイトの募集なんてした日には応募者殺到じゃないかな。
 するとほのかは頬杖ついて苦笑いする。

「店員さんに聞いたら、店長さんがなかなか合格出さなくって決まんないんだって。ちょっと困ってたから美羽、どうかなって思って」

「ちょっと待ってよ。なんで私にどうかって話になるの?」

 私は至って普通の大学生だ。
 応募者殺到しているにもかかわらず決まらないって私が合格するわけないじゃないか。
 私の疑問にほのかはにやにや笑って言った。

「なんか、天然な人がいいのかなーって店員さんが言ってたから、美羽にぴったりだと思ったの」

 それはつまり私が天然ボケだと言う事ですか?
 そんな事実はない、と否定したいものの、チャイムが鳴り響いて教授が入ってくるのが見えて、私は何も言い返せなかった。



 その雑貨店は、少しさびれたアーケードの商店街の入り口にある。
 駅から大学に行く途中にある為、私はいつもその店の前を通り掛かるんだけど、寄ったことはなかった。
 店員の噂は知っていたけれど興味はなかったから窓越しに覗き込むこともしたことがない。
 早くバイトを決めたい私は、大学の帰り道、初めてその雑貨屋の前で足を止めた。
 大きなショーウィンドウに、猫の雑貨や梟の雑貨が飾られている。
 猫の雑貨には見覚えがある。
 確かケットシーと言う猫の妖精をモチーフにしたキャラクターで人気があるものだ。
 そのショーウィンドウには確かにアルバイト募集の張り紙があった。
 時給は悪くない。
 この辺りならむしろ高いレベルだ。
 水曜定休。週三日以上、土日どちらか勤務できる方、とある。
 条件的には悪くないけどそれでも決まらないってよほど何かあるんだろうな……
 ほのかにすすめられたけど、どうしようかな……
 でも迷ってもいられないんだよな。とりあえず今日は様子見をしよう。
 そう思い、私は意を決して店の中に入った。
 扉を開けると、カラン……と鐘が鳴る。
 室内には店には不似合いな激し目な音楽が流れていた。
 ……誰の趣味だこれ。

「いらっしゃいませ」

 優しげな青年の声が響き、私は店の奥へと目を向けた。
 明るい茶色のさらさらの髪、眼鏡をかけた綺麗な顔の青年が、こちらを見て微笑んでいる。
 これは誰が見てもかっこいい、っていうだろな。
 まるでアイドルみたいな見た目だ。
 
「甲斐さーん! これください!」

 という、女性客の甘えた声が聞こえてくる。
 うん、わかる。そう言う声で言いたくなるよね。だって、店員さん、かっこいいもん。
 私は店内を見回しながら歩いた。
 店内は結構広くて、色んな商品が所狭しと並んでいる。
 ケットシーの雑貨の他、ちょっと怪しい雰囲気の道具が売られてる。
 水晶玉に護符っぽいものや、ポップに黒魔術がどうのって書かれている商品まである。
 ……変な店だな。
 淡いオレンジ色の照明が余計に怪しさを醸し出しているかも。
 店内には数人の女性客の姿があった。
 皆商品が目当て、というよりも店員さんが目当てっぽくてレジが長い。
 
「甲斐さん、まだバイト決まらないんですか?」

 なんていう声が聞こえてくる。

「あはは……そうなんですよねえ。店長がなかなか合格出さなくて」

「あー、笠置さん、最近見かけないですけど元気ですか?」

 店長の名前、笠置さん、ていうのか。
 見たら幸せになると言う噂の店長は、本当に姿を現さないんだ。

「とりあえず元気ですよ。ちょっと最近来客が多くて」

 来客が多い雑貨店。
 なんか童話みたいだな。
 そう思いつつ、私は店内を周った。
 女性客は多い、けれどそこまで忙しそうじゃない。
 閉店は十九時だし、それから帰っても大して遅くならないし、水曜日は絶対に休み。
 店員さんはかっこよくて優しそうで悪くなさそう。
 ……受けてみる?
 いつでも面接受けられるようにと履歴書はバッグに入ってる。
 私は店内の様子を伺いつつ、店員さんに話しかけるタイミングを計った。
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