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31 鬼
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昴さんがこちらを振り返りそして、私の前に膝をつくと頭に手を触れた。
「……あぁ、やっぱり無理か」
なんて呟き、苦しげな顔になる。
「え……あ……どういうことですか?」
「……」
私の問いに昴さんは何も答えず、マントを脱いで私の頭にそっとかけた。
「昴……さん?」
「あいつに影響されたんだろう。今、君は人の姿じゃなくなっている」
その言葉の意味を、私は考えたくもなかった。
「最初に会った時、君は男を襲ったでしょ。その時君は確かに鬼の姿になっていた。額から角が生えて……」
「いや……言わないでください」
震える声で言いながら、私はマントを被ったまま耳を塞ぐ。
そうか、だから劇場の前で利一さんは、鬼がどうこう言っていたのか。あれ、嘘じゃなかったのね。
私のおっとうが鬼で……しかも昴さんの家族を殺したなんて現実、信じたくもない。
なんで、どうして?
なんでこんなことになるの?
「昴さんは……知っていたんですか?」
「……君は言っていたじゃない。父親の名前を。それに君が鬼になった姿を見ていたから、僕は気がついていたよ。でも、確信なんてなかった」
全て知っていて黙っていた?
「な……んで黙っていたんですか?」
「君は人として生きられるからだよ。なのにわざわざ君は鬼の子だ、なんて言う必要、ある?」
「でも私は……昴さんの家族を殺した……」
昴さんの家族を殺した鬼が、私のおっとうなんだ。
なんでそんなことになるの? 私は……人じゃないなんて。
「そうだよだから……」
昴さんの手が私の首にかかり、私は驚き昴さんを見上げた。
彼は、目を細めて私を見つめている。苦しげにも悲しげにも見える顔で。
「だから僕は君を殺そうと思っていた。言ったじゃない。君が鬼になるのなら僕は君を殺すと。もしその兆候があるなら僕は迷わず君を殺そうと思っていた」
その言葉を聞いて、考えるよりも身体が先に動いていた。
昴さんの手を払い、ふわっと身体が浮いて後ろへと跳ぶ。
はらり、とマントが落ちて私はハッとして地面に伸びる影に目を向けた。
その影を見ると、確かに私の額にはあるはずのない尖りがある。
確かめたくなんてない。でも……それでも私は震えながら額に触れた。
確かにそこに角がある。二本の、とがった角が。
「私、鬼になっちゃったんですか……?」
涙声で言い、私は昴さんの方を見た。
すると彼は首を横に振って立ち上がる。
「僕は君を鬼にしないよ」
そして昴さんはこちらに向かって歩き出した。
「でも……角が」
「一時的なものだよ。邪気が浄化できれば……元に戻ると思うよ。あいつの邪気は厄介だな。僕もすごい鳥肌がたってる」
昴さんは途中で私が落としたマントを拾い、それを持って私に歩み寄ってきた。
そして私の前に立つと、再び私にマントをかける。
「どうしたら……元に戻るんですか……?」
「いつもみたいに外からじゃあ効果が薄いみたいだからどうしようかと思って。方法はなくもないけど……」
そして彼は私の額に触れた。
そこに生える角に。
「鬼は迷わず殺すものだったのに。僕には君を殺せそうにない」
殺す、という言葉に身体が震える。だけど……昴さんの顔には苦しそうな表情が浮かんでいた。
「あの鬼は、君が鬼であると気が付いたから君を喰らい、その力を得ようとしたんだよ。だから僕は君を利用して、君をおとりに使った。そうする以外に、あの鬼をおびき寄せる方法がなかったから。満月の夜しか現れないってことは、その日にしか行動ができないほど弱っていると思ったんだ」
あれ、弱ってたんだ……
それで私を……鬼の血をひく私を喰えば力が得られると……?
「もちろん君を喰わせる気なんてなかったし、僕には君を守りきる自信があったから。でも、嶺樹が現れるのは予想外だった」
「鬼って、人を喰うんじゃあ……」
「そうだよ。だから驚いたんだ。鬼が人との間に子供をつくるなんて。まあ、人とあやかしの間に子供が生まれる話なんていくらでもあるけど」
考えてみたら雪女だって、本来殺すはずの人間を生かして、その人の前に現れて子供まで生んでいたから、
ありえなくもないか……
そんな話、前したっけ。
「私を……殺さないんですか? こんな姿になったのに」
「だから僕は君を鬼にしないよ。元に戻れるし、だから君は鬼じゃない」
「でも……戻らなかったら……」
戻らなかったら私は昴さんに殺される、わけだよね?
そもそも、こんな姿じゃもうお屋敷にはいられないだろう。
……そうか、だからあの鬼は私に来るよう言ったのかな。
「あー……まだ元には戻れるってば。でもそれを僕は君にしていいかわからないから」
なぜか顔を紅く染め、昴さんは下を俯いてしまう。
もとに戻れる……? 本当に……?
わずかな望みを抱いて私は昴さんの言葉を待った。
「でもそのままだと家に入れないか……そうか、そうだよね」
なんて呟き、彼は顔を上げる。
そして昴さんは顔を真っ赤にして私の頭に手を回すと顔を近づけそして、唇が重なった。
何が起きているのかわからず、目を見開き私は昴さんの顔を見る。
彼は目を閉じているようだった。
それはそうか。こういう時目を閉じるもの……って、何が起きてるの?
これって……口づけられてる?
自分が何をされているのか気が付き、私はもがこうとするけれど昴さんの方が力が強く身体が動かない。
舌が口の中に入ってきてそこで、私は身体の異変に気が付いた。
何だろう、身体から少しずつ力が抜けていく気がする。
もしかしてこれが、邪気を祓う方法……?
だとしても、もっと何か方法はなかったのだろうか? せめて一言いってくれてもいいと思う。
呆然としていると、ゆっくりと唇が離れそして、顔を真っ赤にした昴さんが私の額を見つめ、そこを撫でた。
「初めてやったけど、何とかなるものなんだね」
「……って、いきなり何するんですか」
震える声で言い、私は昴さんの手を払い一歩後ずさる。
彼は、私から目をそらして言った。
「外から無理なら内側から君に干渉するしかないからだよ。もっと効率のいい方法があるけどさすがにそれはどうかと思うし、今はそれが最善だったから」
「せ、せめてする前に一言いいませんか?」
「言ったら嫌がると思った」
そう言って、昴さんは恥ずかしげに頭に手をやる。
確かに口づけの事を言われていたら私は拒絶しただろう。
でも……でもさすがにいきなりはどうかと思う。
「でもとりあえず、角は見えなくなったよ。髪色と目の色は戻っていないけど」
「か、髪の色と目の色まで変わってるんですか?」
震える声で言いながら、私は額に触れる。
さっきあった尖りが無くなっているのは確認できた。でも目の色とか髪の色はさすがにわからない。
屋敷に帰れば鏡があるけど……正直、鏡を見る勇気はない。
「な、何色になってるんですか……?」
怯えつつ尋ねると、昴さんは私の顔をじっと見て言った。
「……銀色と、紅」
それはさっきの鬼と同じ色……
私は被せられたマントの裾を掴み、震えながら顔を覆う。
そんな姿、夜とはいえ誰にも見られたくない。
「かなめ」
優しい声が私を呼び、肩にそっと手が触れる。
「帰ろう」
「……帰って……いいんですか……?」
「別に僕は君を追い出したりはしないよ」
それはそうかも知れない。
だけど……いろんなことがありすぎて私は自分の中で処理しきれなかった。
私は……このまま昴さんの屋敷にいていいの……?
そんな想いが私の中でゆらゆらと揺れていた。
「……あぁ、やっぱり無理か」
なんて呟き、苦しげな顔になる。
「え……あ……どういうことですか?」
「……」
私の問いに昴さんは何も答えず、マントを脱いで私の頭にそっとかけた。
「昴……さん?」
「あいつに影響されたんだろう。今、君は人の姿じゃなくなっている」
その言葉の意味を、私は考えたくもなかった。
「最初に会った時、君は男を襲ったでしょ。その時君は確かに鬼の姿になっていた。額から角が生えて……」
「いや……言わないでください」
震える声で言いながら、私はマントを被ったまま耳を塞ぐ。
そうか、だから劇場の前で利一さんは、鬼がどうこう言っていたのか。あれ、嘘じゃなかったのね。
私のおっとうが鬼で……しかも昴さんの家族を殺したなんて現実、信じたくもない。
なんで、どうして?
なんでこんなことになるの?
「昴さんは……知っていたんですか?」
「……君は言っていたじゃない。父親の名前を。それに君が鬼になった姿を見ていたから、僕は気がついていたよ。でも、確信なんてなかった」
全て知っていて黙っていた?
「な……んで黙っていたんですか?」
「君は人として生きられるからだよ。なのにわざわざ君は鬼の子だ、なんて言う必要、ある?」
「でも私は……昴さんの家族を殺した……」
昴さんの家族を殺した鬼が、私のおっとうなんだ。
なんでそんなことになるの? 私は……人じゃないなんて。
「そうだよだから……」
昴さんの手が私の首にかかり、私は驚き昴さんを見上げた。
彼は、目を細めて私を見つめている。苦しげにも悲しげにも見える顔で。
「だから僕は君を殺そうと思っていた。言ったじゃない。君が鬼になるのなら僕は君を殺すと。もしその兆候があるなら僕は迷わず君を殺そうと思っていた」
その言葉を聞いて、考えるよりも身体が先に動いていた。
昴さんの手を払い、ふわっと身体が浮いて後ろへと跳ぶ。
はらり、とマントが落ちて私はハッとして地面に伸びる影に目を向けた。
その影を見ると、確かに私の額にはあるはずのない尖りがある。
確かめたくなんてない。でも……それでも私は震えながら額に触れた。
確かにそこに角がある。二本の、とがった角が。
「私、鬼になっちゃったんですか……?」
涙声で言い、私は昴さんの方を見た。
すると彼は首を横に振って立ち上がる。
「僕は君を鬼にしないよ」
そして昴さんはこちらに向かって歩き出した。
「でも……角が」
「一時的なものだよ。邪気が浄化できれば……元に戻ると思うよ。あいつの邪気は厄介だな。僕もすごい鳥肌がたってる」
昴さんは途中で私が落としたマントを拾い、それを持って私に歩み寄ってきた。
そして私の前に立つと、再び私にマントをかける。
「どうしたら……元に戻るんですか……?」
「いつもみたいに外からじゃあ効果が薄いみたいだからどうしようかと思って。方法はなくもないけど……」
そして彼は私の額に触れた。
そこに生える角に。
「鬼は迷わず殺すものだったのに。僕には君を殺せそうにない」
殺す、という言葉に身体が震える。だけど……昴さんの顔には苦しそうな表情が浮かんでいた。
「あの鬼は、君が鬼であると気が付いたから君を喰らい、その力を得ようとしたんだよ。だから僕は君を利用して、君をおとりに使った。そうする以外に、あの鬼をおびき寄せる方法がなかったから。満月の夜しか現れないってことは、その日にしか行動ができないほど弱っていると思ったんだ」
あれ、弱ってたんだ……
それで私を……鬼の血をひく私を喰えば力が得られると……?
「もちろん君を喰わせる気なんてなかったし、僕には君を守りきる自信があったから。でも、嶺樹が現れるのは予想外だった」
「鬼って、人を喰うんじゃあ……」
「そうだよ。だから驚いたんだ。鬼が人との間に子供をつくるなんて。まあ、人とあやかしの間に子供が生まれる話なんていくらでもあるけど」
考えてみたら雪女だって、本来殺すはずの人間を生かして、その人の前に現れて子供まで生んでいたから、
ありえなくもないか……
そんな話、前したっけ。
「私を……殺さないんですか? こんな姿になったのに」
「だから僕は君を鬼にしないよ。元に戻れるし、だから君は鬼じゃない」
「でも……戻らなかったら……」
戻らなかったら私は昴さんに殺される、わけだよね?
そもそも、こんな姿じゃもうお屋敷にはいられないだろう。
……そうか、だからあの鬼は私に来るよう言ったのかな。
「あー……まだ元には戻れるってば。でもそれを僕は君にしていいかわからないから」
なぜか顔を紅く染め、昴さんは下を俯いてしまう。
もとに戻れる……? 本当に……?
わずかな望みを抱いて私は昴さんの言葉を待った。
「でもそのままだと家に入れないか……そうか、そうだよね」
なんて呟き、彼は顔を上げる。
そして昴さんは顔を真っ赤にして私の頭に手を回すと顔を近づけそして、唇が重なった。
何が起きているのかわからず、目を見開き私は昴さんの顔を見る。
彼は目を閉じているようだった。
それはそうか。こういう時目を閉じるもの……って、何が起きてるの?
これって……口づけられてる?
自分が何をされているのか気が付き、私はもがこうとするけれど昴さんの方が力が強く身体が動かない。
舌が口の中に入ってきてそこで、私は身体の異変に気が付いた。
何だろう、身体から少しずつ力が抜けていく気がする。
もしかしてこれが、邪気を祓う方法……?
だとしても、もっと何か方法はなかったのだろうか? せめて一言いってくれてもいいと思う。
呆然としていると、ゆっくりと唇が離れそして、顔を真っ赤にした昴さんが私の額を見つめ、そこを撫でた。
「初めてやったけど、何とかなるものなんだね」
「……って、いきなり何するんですか」
震える声で言い、私は昴さんの手を払い一歩後ずさる。
彼は、私から目をそらして言った。
「外から無理なら内側から君に干渉するしかないからだよ。もっと効率のいい方法があるけどさすがにそれはどうかと思うし、今はそれが最善だったから」
「せ、せめてする前に一言いいませんか?」
「言ったら嫌がると思った」
そう言って、昴さんは恥ずかしげに頭に手をやる。
確かに口づけの事を言われていたら私は拒絶しただろう。
でも……でもさすがにいきなりはどうかと思う。
「でもとりあえず、角は見えなくなったよ。髪色と目の色は戻っていないけど」
「か、髪の色と目の色まで変わってるんですか?」
震える声で言いながら、私は額に触れる。
さっきあった尖りが無くなっているのは確認できた。でも目の色とか髪の色はさすがにわからない。
屋敷に帰れば鏡があるけど……正直、鏡を見る勇気はない。
「な、何色になってるんですか……?」
怯えつつ尋ねると、昴さんは私の顔をじっと見て言った。
「……銀色と、紅」
それはさっきの鬼と同じ色……
私は被せられたマントの裾を掴み、震えながら顔を覆う。
そんな姿、夜とはいえ誰にも見られたくない。
「かなめ」
優しい声が私を呼び、肩にそっと手が触れる。
「帰ろう」
「……帰って……いいんですか……?」
「別に僕は君を追い出したりはしないよ」
それはそうかも知れない。
だけど……いろんなことがありすぎて私は自分の中で処理しきれなかった。
私は……このまま昴さんの屋敷にいていいの……?
そんな想いが私の中でゆらゆらと揺れていた。
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