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23 来客
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昴さんとお出かけをして一週間となる日曜日。
その日、朝食の後朝早くから来客があった。
昴さんにお客さんが来るのはそんなに珍しいことではないらしい。
何と言っても昴さんはあやかしを祓う祓い師で、不思議な出来事を相談しに来る人は結構いるそうだ。
世の中にはそんなに不思議が多いのかと思ったけど、転がる石や化ける狸を見たあとでは何があっても驚きは感じないだろう、と思うようになった。
「かなめ、書斎にお茶とお菓子をお持ちして」
とし子さんに言われて、私は急須と湯呑みをふたつ用意する。
お菓子は昨日買ってき紅葉の形をしたまんじゅうにしようか……?
今は十月、神無月。かなり過ごしやすくなり葉の色も変わり始めている。
とし子さんや美津子さんたちが片付けをする中、私は昴さんの為のお茶を用意し、お盆に載せて書斎へと向かった。
廊下を行くと、大きな話し声が聞こえてきた。
若い男の人の声だ。
いったい何者だろう、と思いつつ、私は書斎の扉を叩いた。
「失礼します」
声をかけてそっと扉を開き中に入ると、こちらを見つめる若い男性と目が合った。
着物姿の彼は、私を見るなり笑顔になって言った。
「君が昴の言っていた子?」
明るい声が告げ、昴さんのばつの悪そうな声が続く。
「そうだよ、彰吾。だからさっさと帰ってくれないか」
「えー? なんでだよ、せっかく彼女を見に来たのに」
不満そうな声で言いながら、男性は昴さんの方を向いた。
彼女を見に来たって……私を、だよね?
え、何者なのこの人。
短い黒髪に、二重の大きな瞳の人当たりのよさそうな人だけど、若い男の人は少し怖く感じる。
私は恐る恐るソファーに近付き、
「し、失礼します、お茶をお持ちしました」
と言いつつゆっくりと湯呑みをテーブルに置いた。
そして、まんじゅうののった皿を置く。
すると男性は私の方を見つめてにこっと笑い、
「ありがとう!」
と、元気な声で言い湯呑みを手にした。
昴さんの前にも湯呑みとまんじゅうのお皿を置きつつその表情を見る。
心底嫌そうな顔をしているけど……なんなんだろう。
さっき名前でこの男性のことを呼んでいたから、浅い仲ではないと思うけど。
不思議に思いつつその場を離れようとすると、背後から声がかかった。
「かなめさん」
男の人の声に思わずびくっと身体が震え、私はゆっくりと振り返る。
「な、な、何でしょう……?」
すると湯呑みを置いて男性は立ち上がり、頭を下げながら言った。
「初めまして、俺は桐ケ谷彰吾(きりがたにしょうご)陸軍少尉。昴とは昔から親交があるんですよ」
陸軍少尉……?
ということは昴さんと同じ……?
私も慌てて頭を下げながら名前を告げた。
「あ、あの……かなめ、と言います。こ、こちらでお世話になって……」
「先週、昴がうちにきて『女の子が喜ぶ場所を教えて欲しい』なんて言ってきたから、どんな相手か見に来たんですよ」
屈託のない笑顔で言いながら、男性……桐ケ谷さんはソファーに腰掛けた。
……そ、そんなことがあったのね……
だからお出かけする前の日の土曜日、どこかに行っていたのね。
「お前には浮いた話なんて絶対にないと思っていたから。養子いるし、仕事も仕事だし」
「……そもそも親のいない僕に縁談なんてあるわけないだろう」
なげやりに言い、昴さんはまんじゅうを手にしてそれをぽいっと口に放り込んだ。
縁談なんてない……
親がいないとだめなんだろうか。私にはそういう話はわからず不思議に思う。
四年前の震災で親を失った人なんてたくさんいるだろうし、そんなこと気にはしていられないんじゃないだろうか。
「あはは……それもそうだけど……やっぱり事件が尾を引いてるよなぁ……」
桐谷さんはそう呟き、まんじゅうを手にしてそれを見つめた。
「『笠置子爵一家惨殺事件』は、華族の間じゃあ有名だからな」
惨殺事件……
その言葉に背筋がゾッとする。
昴さんの家族は本当に殺されたってこと……?
しかもひどい殺され方をしたってことよね……?
このままこの話を聞いていて大丈夫なんだろうか?
どうしようかと悩んでいると、昴さんががたっと立ち上がり、机に近づくと財布を掴んで私の方にやってきて言った。
「でかけるよ、かなめ」
「で、出かけるって……え?」
昴さんは戸惑う私の腕を掴みやたらと派手な足音を立てて書斎を出ると、その勢いで玄関に向かいマントをひっつかんで草履を履いた。
昴さん、今日は着物だけどマントは着るんだな……
そんなくだらないことを考えつつ、私も下駄を履いて昴さんに引っ張られていく。
庭を抜け門をでたらすぐに商店街だ。
人がたくさん行き交い、お店を開ける準備をする人々の姿も目に映る。
「あ、あの……いいんですか? お客様を放っておいて」
「大丈夫だよ。あいつは勝手に来て勝手に帰るし。めいことぼたんが相手をするよ」
「そ、そうなんですか……?」
子供ふたりに来客の相手をさせるつもりなのもどうなんだろうか。
桐ケ谷さん、子供好きなのかな。
「あいつは子供の頃から家を行き来していたから……だから僕のことも色々知ってるんだ」
だから昴さんの家族がどうなったのかも知ってるってこと……
「あ、あの……惨殺ってどういう……」
恐る恐る声をかけると昴さんは立ち止まり、ゆっくりとこちらを振り返った。
相変わらずその顔にこれといった表情はなく、ただ黒い瞳が私の姿を映している。
その目が何を意味するのかわからない私は、内心怯えつつ言葉を待つ。
「殺されたんだ。僕の家族は皆、鬼の手によって」
そう答えた昴さんを包む空気が恐ろしくて、私の全身に鳥肌が立つのを感じた。
たくさんの人がいるのに、誰もが私たちなど見えないかのように通り過ぎていく。
時間がとまったような、そんな感覚を覚えたけどそんなことあるわけがない。
ただ、昴さんの目が怖かった。
私が目の前にいるはずなのにその瞳に何も映していないように見えて。
ただ、黒い闇が広がっているだけに思えた。
「ここは人が多いからもう少し歩こうか」
昴さんはそう静かに告げて、私をひっぱり歩き出す。そしてたどり着いたのは小さな神社だった。
狐がいる……てことは、稲荷神社かな。
子供たちが境内で遊んでいる。何をしているんだろう。おいかけっこかな。女の子も男の子もいて楽しそうに歓声を上げている。
私たちは境内の片隅にある大きないちょうの木にもたれかかった。
いちょうの葉は緑から黄色に変わろうとしている。夏の終わりが過ぎ去り秋がやってくる。
そのときびゅうっ、と風が吹いた。
木々の枝が揺れ葉が音を立てる。
そのざわめきの中で昴さんは語り始めた。
その日、朝食の後朝早くから来客があった。
昴さんにお客さんが来るのはそんなに珍しいことではないらしい。
何と言っても昴さんはあやかしを祓う祓い師で、不思議な出来事を相談しに来る人は結構いるそうだ。
世の中にはそんなに不思議が多いのかと思ったけど、転がる石や化ける狸を見たあとでは何があっても驚きは感じないだろう、と思うようになった。
「かなめ、書斎にお茶とお菓子をお持ちして」
とし子さんに言われて、私は急須と湯呑みをふたつ用意する。
お菓子は昨日買ってき紅葉の形をしたまんじゅうにしようか……?
今は十月、神無月。かなり過ごしやすくなり葉の色も変わり始めている。
とし子さんや美津子さんたちが片付けをする中、私は昴さんの為のお茶を用意し、お盆に載せて書斎へと向かった。
廊下を行くと、大きな話し声が聞こえてきた。
若い男の人の声だ。
いったい何者だろう、と思いつつ、私は書斎の扉を叩いた。
「失礼します」
声をかけてそっと扉を開き中に入ると、こちらを見つめる若い男性と目が合った。
着物姿の彼は、私を見るなり笑顔になって言った。
「君が昴の言っていた子?」
明るい声が告げ、昴さんのばつの悪そうな声が続く。
「そうだよ、彰吾。だからさっさと帰ってくれないか」
「えー? なんでだよ、せっかく彼女を見に来たのに」
不満そうな声で言いながら、男性は昴さんの方を向いた。
彼女を見に来たって……私を、だよね?
え、何者なのこの人。
短い黒髪に、二重の大きな瞳の人当たりのよさそうな人だけど、若い男の人は少し怖く感じる。
私は恐る恐るソファーに近付き、
「し、失礼します、お茶をお持ちしました」
と言いつつゆっくりと湯呑みをテーブルに置いた。
そして、まんじゅうののった皿を置く。
すると男性は私の方を見つめてにこっと笑い、
「ありがとう!」
と、元気な声で言い湯呑みを手にした。
昴さんの前にも湯呑みとまんじゅうのお皿を置きつつその表情を見る。
心底嫌そうな顔をしているけど……なんなんだろう。
さっき名前でこの男性のことを呼んでいたから、浅い仲ではないと思うけど。
不思議に思いつつその場を離れようとすると、背後から声がかかった。
「かなめさん」
男の人の声に思わずびくっと身体が震え、私はゆっくりと振り返る。
「な、な、何でしょう……?」
すると湯呑みを置いて男性は立ち上がり、頭を下げながら言った。
「初めまして、俺は桐ケ谷彰吾(きりがたにしょうご)陸軍少尉。昴とは昔から親交があるんですよ」
陸軍少尉……?
ということは昴さんと同じ……?
私も慌てて頭を下げながら名前を告げた。
「あ、あの……かなめ、と言います。こ、こちらでお世話になって……」
「先週、昴がうちにきて『女の子が喜ぶ場所を教えて欲しい』なんて言ってきたから、どんな相手か見に来たんですよ」
屈託のない笑顔で言いながら、男性……桐ケ谷さんはソファーに腰掛けた。
……そ、そんなことがあったのね……
だからお出かけする前の日の土曜日、どこかに行っていたのね。
「お前には浮いた話なんて絶対にないと思っていたから。養子いるし、仕事も仕事だし」
「……そもそも親のいない僕に縁談なんてあるわけないだろう」
なげやりに言い、昴さんはまんじゅうを手にしてそれをぽいっと口に放り込んだ。
縁談なんてない……
親がいないとだめなんだろうか。私にはそういう話はわからず不思議に思う。
四年前の震災で親を失った人なんてたくさんいるだろうし、そんなこと気にはしていられないんじゃないだろうか。
「あはは……それもそうだけど……やっぱり事件が尾を引いてるよなぁ……」
桐谷さんはそう呟き、まんじゅうを手にしてそれを見つめた。
「『笠置子爵一家惨殺事件』は、華族の間じゃあ有名だからな」
惨殺事件……
その言葉に背筋がゾッとする。
昴さんの家族は本当に殺されたってこと……?
しかもひどい殺され方をしたってことよね……?
このままこの話を聞いていて大丈夫なんだろうか?
どうしようかと悩んでいると、昴さんががたっと立ち上がり、机に近づくと財布を掴んで私の方にやってきて言った。
「でかけるよ、かなめ」
「で、出かけるって……え?」
昴さんは戸惑う私の腕を掴みやたらと派手な足音を立てて書斎を出ると、その勢いで玄関に向かいマントをひっつかんで草履を履いた。
昴さん、今日は着物だけどマントは着るんだな……
そんなくだらないことを考えつつ、私も下駄を履いて昴さんに引っ張られていく。
庭を抜け門をでたらすぐに商店街だ。
人がたくさん行き交い、お店を開ける準備をする人々の姿も目に映る。
「あ、あの……いいんですか? お客様を放っておいて」
「大丈夫だよ。あいつは勝手に来て勝手に帰るし。めいことぼたんが相手をするよ」
「そ、そうなんですか……?」
子供ふたりに来客の相手をさせるつもりなのもどうなんだろうか。
桐ケ谷さん、子供好きなのかな。
「あいつは子供の頃から家を行き来していたから……だから僕のことも色々知ってるんだ」
だから昴さんの家族がどうなったのかも知ってるってこと……
「あ、あの……惨殺ってどういう……」
恐る恐る声をかけると昴さんは立ち止まり、ゆっくりとこちらを振り返った。
相変わらずその顔にこれといった表情はなく、ただ黒い瞳が私の姿を映している。
その目が何を意味するのかわからない私は、内心怯えつつ言葉を待つ。
「殺されたんだ。僕の家族は皆、鬼の手によって」
そう答えた昴さんを包む空気が恐ろしくて、私の全身に鳥肌が立つのを感じた。
たくさんの人がいるのに、誰もが私たちなど見えないかのように通り過ぎていく。
時間がとまったような、そんな感覚を覚えたけどそんなことあるわけがない。
ただ、昴さんの目が怖かった。
私が目の前にいるはずなのにその瞳に何も映していないように見えて。
ただ、黒い闇が広がっているだけに思えた。
「ここは人が多いからもう少し歩こうか」
昴さんはそう静かに告げて、私をひっぱり歩き出す。そしてたどり着いたのは小さな神社だった。
狐がいる……てことは、稲荷神社かな。
子供たちが境内で遊んでいる。何をしているんだろう。おいかけっこかな。女の子も男の子もいて楽しそうに歓声を上げている。
私たちは境内の片隅にある大きないちょうの木にもたれかかった。
いちょうの葉は緑から黄色に変わろうとしている。夏の終わりが過ぎ去り秋がやってくる。
そのときびゅうっ、と風が吹いた。
木々の枝が揺れ葉が音を立てる。
そのざわめきの中で昴さんは語り始めた。
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