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21 お参り
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門にたくさんの人が吸い込まれ、たくさんの人がでてくる。
いつの間にか仲見世を通り過ぎたらしいけど、この奥に浅草寺の本堂があるのかな……?
門の両側には大きな像が置かれているけれど、あれはなんだろう。
「ここのご本尊は聖観世音菩薩なんだ」
「聖観世音菩薩……?」
「観音菩薩、と言ったほうが伝わりやすいかも。人を苦しみから救ったり願いを叶えてくれるんだ」
観音菩薩……観音様……かな?
それなら知ってる。名前だけなら、だけど。
昴さんは私の方を振り返り、ぐい、と私の身体を引き寄せて言った。
「参拝していこうか」
すぐ目の前に昴さんの整った顔があって、顔中の体温が上がっていく気がする。
思わず私は俯いて、小さく頷いた。
この人の行動は突拍子もなくて、何がなんだかわからなくなることがある。
急に引き寄せられたら恥ずかしいからやめてほしいんだけど……でもそれを口にはできなくて、私は昴さんに腕を掴まれたまま、人の列に並んだ。
門の両側に立つ像について尋ねたら、昴さんが教えてくれた。
仁王像、というらしい。
「お寺を守る守護神だよ」
門に入るとその仁王像の顔がよく見えた。どちらも怖い顔でこちらを睨んでいるように見える。
その視線に足が震え、私は仁王像を見つめて動けなくなってしまった。
なんでだろう。この先に行っては行けない気がする。
私を見てるわけがない。だってあれは像なんだから。なのに……足は全然動かない。
私の異変に気が付いたのか、頭に昴さんの手が触れた。
「あ……」
「大丈夫だよ。観音様は何びとも救う方だから」
その言葉を聞いて、固まっていた身体が嘘のように軽くなる。
何だったんだろう……今の。
「す、すみません、なぜか身体が動かなくなって」
「そう。仁王は寺に不届き者が入ってこないようにする方だけど、君は違うから大丈夫だよ」
それはそうだろう。私はふつうの人間だし、悪いことなんてしたことなんてたぶんないし、寺に危害を加えるなんてありえない。
「不思議なこともあるんですね」
「そうだね」
言葉短く答えて、昴さんは私の腕を掴む手に力をこめた。
列はどんどん進んでいき、本堂がすぐ目の前に見えてきた。
賑やかな人々の話し声と線香の匂いが漂う中、私たちは静かに自分の番を待った。
参拝、ということはお賽銭が必要よね?
そう思い、握りしめている財布に目をやると昴さんの声がかかった。
「ねえ、そのお金はどうしたの」
「これは……おっかあが遺してくれたもので……近所の人が使わず残しておいてくれたんです」
財布、というほど立派なものじゃないけど。
木綿の巾着だし。
昴さんは財布を握りしめる手を見つめて言った。
「そのお金は大事にしまっておきなよ。僕の仕事を手伝ってくれているから、今日は僕が君のためにお金を使うよ」
「え、でも……」
さすがに私が買いたいと言ったお土産代くらい自分で出したかったし、賽銭くらい自分で出したい。
戸惑う私に、昴さんは淡々と続けた。
「君のために遺されたものなら、君のために使うほうがいいよ」
私のために遺された……そう言われると何も言えなくなる。
でも何に使えばいいのかわからない。
そんな大した額じゃないし……何が買えるんだろうか。
「わ、わかりました。でも賽銭くらいは自分で出しますから」
そう私が強い口調で言うと、昴さんは黙って頷いた。
広く大きな本堂に入ると、なんだか圧倒される。天井が高くて、柱がすごく太くて立派だった。
観音様がいる、と言っていたけどお姿は見られないらしい。というか見ることができないそうだ。
お参りをして私は手を合わせて心のなかで願う。
『楽しい想い出をたくさんつくれますように』
たくさんの人の波を抜けて本堂をでると、また人の並ぶ列を見つけた。
「あれは……」
そこはお守りなどを売っている所のようだった。
そうだ、あれならいいかもしれない。お守りなら自分のためにもなる。
そう思い、私は昴さんの方を向いて言った。
「私、ちょっと行ってくるので動かないで下さい!」
「え、動かないで……え?」
驚く声を背中に聞きながら、私はまっすぐお守りを売っている所に小走りで向かった。
昴さんは危険な仕事をしているし、軍人だからお守りがいい。
今日のお礼に買っていきたい。
そう思いお守りを見るものの……読めない漢字が多い。
どうしよう……どれがいいのかわからない。
そうなったら勘で選ぶしかない。
私は、同じ字が書かれた色違いのお守りをふたつ買い、急いで昴さんの元に戻った。
「あ、あの、昴さん」
「何」
「これ」
言いながら私はさっき買ったお守りを差し出す。
「これは……」
「今日、昴さんとここにきた記念です」
そう私が言うと、昴さんは一瞬迷った顔をしたあと手を出して私からお守りを受け取った。
「すみません、私、何のお守りかはわからないんですけど……同じ字が書いてあって色違いだったから……」
さすがにお揃いは恥ずかしいけど、何か同じものがいいと思って買ってきた。
そのお守りには、
「良縁守」
と書いてあった。
縁、だけが読めなくてなんだかわからなかったけど、良って書いてあるからきっといいお守りだと思う。
「わざわざこれを……?」
「はい、あの……今日、色々見ることができて楽しかったし、『連れて行って』なんていう私の無茶なお願いを聞いてくださったし……お礼なんてできないけど、あの……お守りが昴さんを守ってくれたらって思って」
私はきっと、彼の恩に報いることなんてできないだろう。
観音様が昴さんを守ってくれたらって思ったんだけど……おかしかったかな?
彼はじっとお守りを見つめたあとふっと笑い、
「ありがとう」
と言った。
いつの間にか仲見世を通り過ぎたらしいけど、この奥に浅草寺の本堂があるのかな……?
門の両側には大きな像が置かれているけれど、あれはなんだろう。
「ここのご本尊は聖観世音菩薩なんだ」
「聖観世音菩薩……?」
「観音菩薩、と言ったほうが伝わりやすいかも。人を苦しみから救ったり願いを叶えてくれるんだ」
観音菩薩……観音様……かな?
それなら知ってる。名前だけなら、だけど。
昴さんは私の方を振り返り、ぐい、と私の身体を引き寄せて言った。
「参拝していこうか」
すぐ目の前に昴さんの整った顔があって、顔中の体温が上がっていく気がする。
思わず私は俯いて、小さく頷いた。
この人の行動は突拍子もなくて、何がなんだかわからなくなることがある。
急に引き寄せられたら恥ずかしいからやめてほしいんだけど……でもそれを口にはできなくて、私は昴さんに腕を掴まれたまま、人の列に並んだ。
門の両側に立つ像について尋ねたら、昴さんが教えてくれた。
仁王像、というらしい。
「お寺を守る守護神だよ」
門に入るとその仁王像の顔がよく見えた。どちらも怖い顔でこちらを睨んでいるように見える。
その視線に足が震え、私は仁王像を見つめて動けなくなってしまった。
なんでだろう。この先に行っては行けない気がする。
私を見てるわけがない。だってあれは像なんだから。なのに……足は全然動かない。
私の異変に気が付いたのか、頭に昴さんの手が触れた。
「あ……」
「大丈夫だよ。観音様は何びとも救う方だから」
その言葉を聞いて、固まっていた身体が嘘のように軽くなる。
何だったんだろう……今の。
「す、すみません、なぜか身体が動かなくなって」
「そう。仁王は寺に不届き者が入ってこないようにする方だけど、君は違うから大丈夫だよ」
それはそうだろう。私はふつうの人間だし、悪いことなんてしたことなんてたぶんないし、寺に危害を加えるなんてありえない。
「不思議なこともあるんですね」
「そうだね」
言葉短く答えて、昴さんは私の腕を掴む手に力をこめた。
列はどんどん進んでいき、本堂がすぐ目の前に見えてきた。
賑やかな人々の話し声と線香の匂いが漂う中、私たちは静かに自分の番を待った。
参拝、ということはお賽銭が必要よね?
そう思い、握りしめている財布に目をやると昴さんの声がかかった。
「ねえ、そのお金はどうしたの」
「これは……おっかあが遺してくれたもので……近所の人が使わず残しておいてくれたんです」
財布、というほど立派なものじゃないけど。
木綿の巾着だし。
昴さんは財布を握りしめる手を見つめて言った。
「そのお金は大事にしまっておきなよ。僕の仕事を手伝ってくれているから、今日は僕が君のためにお金を使うよ」
「え、でも……」
さすがに私が買いたいと言ったお土産代くらい自分で出したかったし、賽銭くらい自分で出したい。
戸惑う私に、昴さんは淡々と続けた。
「君のために遺されたものなら、君のために使うほうがいいよ」
私のために遺された……そう言われると何も言えなくなる。
でも何に使えばいいのかわからない。
そんな大した額じゃないし……何が買えるんだろうか。
「わ、わかりました。でも賽銭くらいは自分で出しますから」
そう私が強い口調で言うと、昴さんは黙って頷いた。
広く大きな本堂に入ると、なんだか圧倒される。天井が高くて、柱がすごく太くて立派だった。
観音様がいる、と言っていたけどお姿は見られないらしい。というか見ることができないそうだ。
お参りをして私は手を合わせて心のなかで願う。
『楽しい想い出をたくさんつくれますように』
たくさんの人の波を抜けて本堂をでると、また人の並ぶ列を見つけた。
「あれは……」
そこはお守りなどを売っている所のようだった。
そうだ、あれならいいかもしれない。お守りなら自分のためにもなる。
そう思い、私は昴さんの方を向いて言った。
「私、ちょっと行ってくるので動かないで下さい!」
「え、動かないで……え?」
驚く声を背中に聞きながら、私はまっすぐお守りを売っている所に小走りで向かった。
昴さんは危険な仕事をしているし、軍人だからお守りがいい。
今日のお礼に買っていきたい。
そう思いお守りを見るものの……読めない漢字が多い。
どうしよう……どれがいいのかわからない。
そうなったら勘で選ぶしかない。
私は、同じ字が書かれた色違いのお守りをふたつ買い、急いで昴さんの元に戻った。
「あ、あの、昴さん」
「何」
「これ」
言いながら私はさっき買ったお守りを差し出す。
「これは……」
「今日、昴さんとここにきた記念です」
そう私が言うと、昴さんは一瞬迷った顔をしたあと手を出して私からお守りを受け取った。
「すみません、私、何のお守りかはわからないんですけど……同じ字が書いてあって色違いだったから……」
さすがにお揃いは恥ずかしいけど、何か同じものがいいと思って買ってきた。
そのお守りには、
「良縁守」
と書いてあった。
縁、だけが読めなくてなんだかわからなかったけど、良って書いてあるからきっといいお守りだと思う。
「わざわざこれを……?」
「はい、あの……今日、色々見ることができて楽しかったし、『連れて行って』なんていう私の無茶なお願いを聞いてくださったし……お礼なんてできないけど、あの……お守りが昴さんを守ってくれたらって思って」
私はきっと、彼の恩に報いることなんてできないだろう。
観音様が昴さんを守ってくれたらって思ったんだけど……おかしかったかな?
彼はじっとお守りを見つめたあとふっと笑い、
「ありがとう」
と言った。
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